元東京都知事の石原慎太郎氏が2月1日亡くなりました。石原氏は運輸大臣に就任直後の1987年12月、全長7キロのリニア宮崎実験線に試乗し、「豚小屋と鶏小屋の間を走っているようなもの」と発言、本格的な実験線の工事費1000億円を負担するというJR東海の申し入れを受け入れ、山梨実験線建設へと大きく舵を切りました。一方、都知事時代の2002年1月には、高架で計画され住民の反対で凍結されていた東京外郭環状道路(外環道)を、地権者の承諾のいらない大深度地下トンネルで建設することを扇千景・国土交通大臣と合意しました。2つの巨大事業は今も、さまざまな問題をはらみながら続いています。現状をどう捉えているのか、今こそ「石原節」を聞きたかったと思います。(参考・老川慶喜著「日本鉄道史 昭和戦後・平成篇」、丸山重威著「住宅の真下に巨大トンネルはいらない!」) ジャーナリスト・井澤 宏明
「信ぴょう性薄い」調査報告
直上以外「緩みなし」?
2020年10月に東京都調布市の住宅街で、「外環道」の大深度地下トンネル工事による陥没事故が起きて1年余り。陥没現場では、トンネル直上の幅約16メートル長さ約220メートルの範囲の約30軒に限り、「地盤の緩み」が確認されたとして、更地にして地盤補修するための「仮移転」や買い取りの交渉が進んでいます。
一方で、「直上」以外の多くの住民も、住宅の壁のひび割れや地割れ、体調不良などに苦しめられています。事業者の東日本高速道路(NEXCO東日本)は、直上以外の約200軒でも家屋被害の補修には応じているものの、移転対象とはしていません。
NEXCO東日本や国土交通省などは21年12月17、18日に開いた住民説明会で、トンネル直上以外について「工事の振動により家屋に損傷を与えてしまった可能性は否定できないが、地盤を緩ませたという事実は確認できなかった」と説明、住民の不安を真っ向から否定するような調査結果を公表しました。
この説明会に先立つ21年9月、住民から相談を受けた芝浦工業大の稲積真哉教授(地盤工学)はトンネル直上以外で被害の大きい住宅4か所を調査し、地中に多数の「空隙」を見つけ、地盤の緩みも確認しました。
この調査結果の報道を受け「住民の不安解消のため」として事業者が開いたのが12月の説明会でしたが、住民からは「私たちの実感はまるで違う。被害は日々拡大し、地盤の変動を感じている」などと反発の声が上がりました。
稲積教授は「20年に発生した家屋のクラック(割れ目)が1年たった今も成長しているということは、下の地盤が動いているとしか考えようがない」と批判しています。
陥没原因は「気泡剤」
危機感を募らせた被害住民は今年1月17日、外環道事業と直接かかわっていない第3者の専門家を招き「外環問題を考える緊急シンポジウム」を調布市で開きました。NEXCO東日本など事業者にも出席を求めましたが、応じることはありませんでした。
NEXCO東日本の有識者委員会(小泉淳委員長)は昨年2月、陥没事故の原因について「特殊な地盤と施工ミスが重なったため」とする調査報告を出しましたが、シンポに出席した谷本親伯・大阪大名誉教授(トンネル工学)、浅岡顕・名古屋大名誉教授(地盤工学)は口をそろえて否定。トンネルを掘削するシールドマシンで使用している「気泡剤」が地盤を緩ませ陥没を起こしたとの共通の見解を示しました。
さらに、地盤の「緩み」について谷本名誉教授は「『緩み』が生じる範囲は決してトンネルの直上だけではない」とNEXCO東日本の調査結果を否定。参加した4人の専門家全員がNEXCO東日本の説明や有識者委の調査報告について「信ぴょう性は薄い」と批判しました。
事業者「お抱え」の有識者委の調査報告に専門家からの批判が出にくい背景について谷本名誉教授は「土木の分野にいる人間はすべて公共事業に関係している。発注者(事業者)側の意向を無視すると、自分の仕事がまっとうできなくなるので、関与を躊躇してしまう」と明かしました。
専門家との対話から逃げたNEXCO東日本など事業者は、陥没現場周辺以外の工事再開へ向け1月末から2月初めにかけて、住民説明会を開きました。