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vol.182「食」特集Part-1 漫画で伝える「食」のこと           漫画家 魚戸おさむさん

食育って、生きる力を育むこと 「食」特集Part-1

Vol.100で『食』を特集して以来、さまざまな角度から「食」に関する情報を取り上げてきました。今回は、にらめっこが伝えたいこと満載の漫画『玄米せんせいの弁当箱』『ひよっこ料理人』在宅医療の最新作『はっぴーえんど』の作者・魚戸おさむさんに、漫画家から視た「食」についてお話を伺いました。

漫画で伝える「食」のこと

漫画家魚戸おさむさんに聞く
「食」にかかわる人たちって魅力的な人が多いんです。

『食卓の向こう側』でいっぱい学んだ
—食べ物がどんな経緯で食卓にあがるか、食べ物の向こう側をひもといていくと全部つながっていて。だから食をおろそかにしたくないんだけど、今、時短とか、安い早いウマイとか、そういうのに私たちが踊らされています。
魚戸:ボクたちの漫画業界も、時短が入ってきてます。楽は別にいいんですが、楽だけで描いていたら、ちょっと手間のかかることの面白さや、意味合いというか奥深さを知らないまま漫画を描いちゃうんだろうなと。これは「食」も一緒だなと思うんですよ。楽は楽でちゃんとうまく利用していけばいい。要はバランスですよね。人としてのバランスが崩れてくると、何かしらひずみが出てくる。
—食に興味を持って、シリーズを描こうと思われたのですか?
魚戸:はい、ボクが興味があって。みんなが知らないこととか見てみる見ぬふりするような食の奥深い内容になると、敬遠されがち。でも個人的にはおもしろいと思ったので、だめ元で編集部に聞いたら、意外や意外「おもしろいかもしれない」って。「食の裏側ですよ、地味ですよ」、「いや、いいじゃないですかね」って。ちょうど「食卓の向こう側」(西日本新聞社に連載された記事)を知ったころだったので、こういうことを漫画に描けたら楽しいだろうなぁと思って描いたのが「玄米せんせいの弁当箱」だった。その前に「食卓の向こう側」のコミック編を描いたことがあって、それは西日本新聞社の記者さんたちと一緒につくったんです。名前は変えてますけど「玄米せんせい・・・」には、知る人ぞ知る、見る人が見ればわかる実在の人がいっぱい登場しています。その人たちを取材して描くのがすごく楽しかった。

業界では、グルメ漫画ははずさないっていう定説があるんです。『孤独のグルメ』、『深夜食堂』、『クッキングパパ』とか『美味しんぼ』。それに引き換え、「玄米せんせい…」や「ひよっこ…」では手作りとか、日本の伝統食とか、発酵などの話しで、描けば描くほど、地味だなぁって思いましたね。(笑)でも、グルメじゃないところに視点をあてただけで、いろんなことが見えてくる。たとえば吉田俊道さんの菌ちゃん野菜なんかもそうですけど、草の根で地道な活動をを広げている人たちがいっぱいいる。漫画を描くことでそういう人たちの応援にならないかなと思って。えらそうですけど、ね。活動をしている人は、吉田さんはじめ魅力的な人たちばかり。ものすごく楽しそうにやっていて、それが描く動機にもなっています。
—岐阜でも若い親さんたちが、吉田先生の講習を受け「菌ちゃん野菜応援団・岐阜支部」として活躍しています。集うことが楽しくて、作る環境があるなら作ろう!と子連れで畑に通っています。そして台所で出るゴミをムダにしない。「循環」がキーワードになっています。(菌ちゃん野菜応援団 参)
魚戸:吉田さんは、幼稚園や保育園で生ゴミで堆肥を作って土を作り、野菜を育てているんですね。ある幼稚園でにんじん嫌いな子が「にんじんは食べない!」って言っていたのに、収穫のとき逆に「食べるな!」って。「あんなに大事に育てたものを何で食べるんだ!」と言ったと聞きました。にんじんとか大根を食べない子どもたちが、自分たちで育てて、畑から抜いてその場で土だけとって洗わずにかぶりつく。そこまでやるのは、子どもたちは本物をわかっているから、動物的な勘みたいなね。

ものがたりを紡ぐ食べ物たち

—そうなったらしめたもんですね。ところで「玄米せんせい・・・」「ひよっこ…」を描いていて惹きこまれた点はありますか?
魚戸:食べ物って、ものがたりがひとつずつあるんですよね。料理を作る人だけじゃなくて、食べ物にかかわる人たちのことを想像したら、もう数え切れないくらいの人たちがかかわっている。実在の人をいっぱい取りあげたのは、その人自身のものがたりがおもしろいから。「食卓の向こう側」のおかげで、いろんな人を紹介してもらい、その人たちがみんなつながってたりしてもうホントにビックリしました。それでどんどん取材しては描き、描いては取材して楽しくなった。
—「玄米せんせい…」は、若者や大学生が対象で、「ひよっこ…」は、幼い子と高齢の方。共通しているのは“作ること”。魚戸さんご自身は料理は作られますか?

玄米せんせいの弁当箱 10巻 食べることは生きること より

魚戸:ひよっこ料理人を描いているときに、近くのガス会社が主催する男の料理教室に参加してみたんです。そこでは和洋中を学べました。洋食が一番パパッと作れたかな。中華は炒める前のいろんなものを細かく切るのが大変。和食は、やっぱりだしでしょ。だしも、かつお節を削ってね。でも今は簡単・便利・安いからと削り節のパックを使っている人が多い。実際計算したらね、かつお節を買って削った方がよっぽど安上がりなんです。あと、だしを取ったときの色が違う。市販のかつおパックはちょっと黄色っぽい。もう酸化が始まっているからでしょう。「ひよっこ・・・Vol.8」で描いたんですけど、紙コップに味噌汁を3種類作って、それを子どもに飲ませてどういう感想を言うかっていうイベント。そして、みなさんはどの味噌汁を子どもに伝えたいですか?って問いかけるんです。
A-粉末味噌 B-手前味噌 C-出汁入り味噌で、子どもの感想はAがお弁当屋さんの味噌、Bはおばあちゃんちの味噌 Cがお母さんの味!でみんながガクって(>_<)
—それだけ化学調味料のうまみ成分が身に染みついちゃうと、手作りのものが、薄味に感じて頼りなくなっちゃう。
魚戸:手作りのお味噌屋さんやしょう油屋さんに共通しているのは、昔ながらの作り方をしているところ。ある意味感動しますよ。こんな手間かけてやっているのかって。でも誇りを持っているし、楽しそうにやってるんですよ。

ひよっこ料理人 8巻 ひよっこたちの出航 より

 

食はからだと心を支える

魚戸:佐藤初女さんってご存じですか?もう亡くなりましたけど、ボクお会いしておにぎりをいただいたり、お弁当まで作ってもらったんです。佐藤さんを支援している方から、初女さんの漫画を描いてと言われたんですけど、結局実現しなかったんでが、「ひよっこ…」の最後、主人公がおばあちゃんになるでしょ、あれは、初女さんをイメージして描いたんです。初女さん、病んだ人を受け入れて、食を共にしてその人は癒されて帰って行くと言ってました。「わたしは何にもしていないです。ただ、みんなでご飯食べましょ」って。
—食ってそういう力があるんですね。1人で食べるより2人、2人より3人という感じ、食卓を囲むって大事なことだなって。
魚戸:ですよね。そこに来る方で共通しているのが、孤立している人・・・。大分県の安心院(あじむ)っていう村でも、いろんな人たちを受け入れてます。ある時、24,5才くらいの若者が来た。腰が曲がってしゃべらない。心配した親が安心院の噂を聞いて連れてきた。そこでもただ毎日一緒にご飯を食べて、昼間は畑をやってなんとなくその辺でぶらぶらしている。そのうちに、曲がっていた腰が伸びてきた。民宿のおばちゃんは「別にわたし何にもやっていないよ。ただ一緒にご飯食べて話しをしてるだけだよ」。一週間ほどしたら、見違えるほど若者らしくなって、「ボク東京に帰ります」って帰って行ったそうです。
—一緒に食べることって大事ですよね。今、こども食堂が全国的に広がっているけど、そういうことなんですね。
魚戸:そうですね。食べることを通じて、わかちあえたり、仲間として受けいれらたりするものだと思う。安心院のおばちゃんは、食べるものに意味があるって言っています。地元の食材で作られたものとか、手作りのもの。食べる人を意識して作ったもの。もちろん、買ったものでも、たとえインスタントの物でもみんなで食べる!ことに大きな意味があるんですね。

—食べることってコミュニケーションの潤滑油みたいですね。
一品持ち寄りパーティーも楽しいですよね。
魚戸:九州大学で、「一品持ち寄り弁当の日」っていうのをやっていて、登場する先生も実際にいる方です。ボクが食のことに目覚めたのが40代のころ。その頃、作るのがあたりまえの子どもたちを育てた人たちは、ほぼ毎日子どもたちと一緒に料理をすることを楽しんでた人たちです。「弁当の日」の竹下和男先生もおっしゃってましたけど、子どもって台所に入ってくるんですよね。それを今の親さんは追い返す。邪魔とか、あぶないとかって。そこをなんとか少しでもいいから台所にいさせてあげて欲しいですね。食材を混ぜるだけでもいいから。これボクが混ぜたんだよとか、みんなで食べるときに、そういって自慢したりして自尊心を満足させるというか。また、やらせてって違うことをやらせてあげるだけで、どんどん変わっていくし、料理を作ることがあたりまえになっていく。
—あぶないとか、散らかるとか、そういうのをちょっとガマンするってことですね。
魚戸:しょうがないもんね。できないんだから、汚くしても、大人だって、できないことやればグチャグチャになるしね。

今度は「在宅」がテーマ

—ところで、現在は在宅医療のお話を描かれています。
魚戸:はい、実は身近な人が亡くなって、死や介護や看護のことを改めて考えさせられて。これは避けられない問題です。日本では「死」をまだタブー視する傾向があります。今は、医療サイドから見た話ですが、今後は、家族はどう思っているのかというところまで掘り下げたい。在宅と言っても、自分たちが面倒を看るってどういうことが家で起きるのか、病院と家の違いは?金額の問題とかも含め、いろんなことがある。ボクも学びながら描いています。
人は老いて死ぬ…このことは避けて通れないし、遠ざけてちゃいけないなぁ、と、そういう気持ちになって読んでくれたら、と思ってます。
—介護や看護、延命のことなど日頃の会話というものがとても重要になってきますね。
魚戸:そこなんですよ。ボクの伯父は入院して肺が真っ白けでもう長くないと宣告された。それで、いとこたちも、このあとの治療どうするかを患者の伯父に一任させちゃった。そしたら、伯父は「オレは点滴がいい」って。栄養点滴がはじまったら、点滴だけで生きていかなきゃいけない。ベッドから出られない。意識はちゃんとしているけど、食べられない、飲めない・・・。看てる方も辛くて、水飲みたいと言われても誤嚥しちゃうのでできない。そんな状況をみながら、食の漫画とは全然違うテーマだと思って描いていましたが、実は根本的な部分は全てつながってると描き出してから気づきました。

食べられることが、生きる意欲につながる

「はっぴーえんど」第2巻 言えない想い より

—はっぴーえんど2巻にカレーを作る患者さんが登場します。
魚戸:いやあ、あれを描いたときに、「魚戸さん、また食の漫画描くの?」って言われて。食べることって、生きることだから何かどうしても描きたくなるんですよ。
—寝たきりの人も嚥下ができなくなると、生きる意欲も低下するんですよね。だから、食べることは生きることにダイレクトにつながっている。
魚戸:そうですね。ホスピスの先生と知り合って、ホスピスを見学させてもらったことがあるんです。ご自分の仕事外のときに、玄米スープを患者さんに提供してたんですよ。ご自分の思いだけで。だから看護師さんもみんな知らなくて。死期が迫っていそうな目も開かない患者さんでも、そのスープを飲めて「美味しい」って言うんです。先生が「もう一杯飲みますか?」って聞くとうんと頷くので、また口に入れてあげる。するとね、目がフーッと開いて、「あーおいしいね〜」って。それでちょっと顔色がよくなってきて、もう一杯飲むと目がぱーっと開いて「あーおいしい」って、肌が健康な人の色になる。部屋を出てから「先生、あれなんですか?」って聞いたら、「すごいでしょ。人はね、口からものを入れる入れないっていうのが、どれだけ活力になるかってこと。だから胃瘻はね、緊急手段であって、ある期間どうしても栄養を入れなきゃいけないときに、仮の栄養補給として開発されたもの。あれで延命するとかという話しじゃないんですよ」とおっしゃって、食べることは本当に生きることなんだと確信を得ました。
—あえて漫画で伝えたい理由、想いというのは・・・?
魚戸:「玄米せんせい・・・」のときからですね、そういう想いになったというか、今思うと、「食卓の向こう側」という記事を読んでからかな。こんなことが世の中の見えないところで起きている、暗いことばかりじゃなく、いいこともあるんだけど、見えないものを伝える手段として、漫画もできるんじゃないかと。それで、決して上から目線ではなく、こんなことも、あんなこともありますよ、という情報としても知ってもらう。それで、一人でも二人でも、読んだ人がなにか食に対する考え方が変わったり、なにか行動を起こしたりとかね、そういうことにつながっていったら、描いた甲斐があるなぁと思って。で、実際描き出すといろんな人にお会いして、お会いするうちに「実は魚戸さんの漫画を読んで、ボク食に目覚めました。」「わたしもです」、という人がいてビックリしました。
—「はっぴーえんど」ってどれくらい続くんですか?
魚戸:わかんないねぇ。ボクの師匠にまで、「魚戸君よくこんな漫画描くね」って言われて。
—師匠はどなたですか?
魚戸:「仁」ってドラマ、ご存じですか?その作者です。幕末に、現代の医者がタイムスリップして向こうで四苦八苦して人を助けるという話し。知識はあるけど道具がない、材料がないというなかで、どうやって医者として活躍するかという話しです。その先生に、そんなの描こうと思う漫画家は魚戸くんくらいしかいないよって言われて。それこそ、地味な漫画の極地みたいじゃないですか。死ぬ人を描くなんてね。「ひよっこ…」も、「玄米せんせい…」も、そうとう地味な部類に扱われてたけど、さらに地味・・・

ユーモアが緊張をほぐす

—ときどき主人公がずっこけますよね。
魚戸:あれやらないとボクが辛いんですよ。重くなりがちなテーマなので、その逆のことができるキャラクターがいいなって。笑いの中に真実が見えかくれする。ボクは、食育漫画を描こうという意識はないんですけど、担当の編集長に「魚戸さんさ、どこまで気づいているかしれないけど、世の中の食とかね、興味ある人から見たら、魚戸さんをね、神みたいな存在だと思っている人、いっぱいいますよ」って言われて、「まじですか!」(笑)

うおとおさむ/プロフィール 漫画家。 北海道函館市出身。
村上もとか氏(代表作「JIN-仁-」、「龍」、「六三四の剣」など)星野之宣氏(代表作「ブルーシティー」、「2001夜物語」「宗像教授異孝録」などなど)に師事し、 1985年「忍者じゃじゃ丸」でデビュー。代表作・家栽の人(作:毛利甚八)・ケントの箱舟(作:毛利甚八)・ナイショのひみこさん・がんばるな!!!家康・イリヤッド 入谷堂見聞録(作:東周斎雅楽)・食卓の向こう側コミック編(作:渡辺美穂・佐藤弘)・玄米せんせいの弁当箱(脚本:北原雅紀)・イーハトーブ農学校の賢治先生(案:佐藤成)・ひよっこ料理人(協力・鈴木真由美)・はっぴーえんど(監修・大滝秀一)*現在、ビッグコミックオリジナル(小学館)にて連載中

 

「ボクは食育のプロじゃないですよ。いいんですか?」と念を押されたが、「食」をいろんな方向から見つめてみたくて強攻取材となった。漫画なら伝わる!そんな思いは共通していた。ともすれば世の中の動きに逆行するかのような「手間」を重視した魚戸さんの食に対する視点は現代社会に対する警鐘か?でも、決して上から目線ではなくひとつの情報として伝われば、というスタンスは、とても穏やかなその人柄の表れだろう。今後、在宅医療の問題をどう発展していくのか、「はっぴーえんど」がとても楽しみだ。(三)


vol.182 「食」特集Part-2 映画0円キッチン

「食」特集Part-2

食べ物は大事、生きること そのものだから。
もったいない食料破棄に ついて考えさせられる。
映画『0円キッチン』は、 多くの気づきがありました。

世界で生産される食料の3分の1は食べられることなく廃棄されている。その重さは世界で毎年13億トン。「捨てられてしまう食材を救い出し、おいしい料理に変身させよう!」食材救出人のダーヴィドがヨーロッパ5カ国を巡る おいしく明るい”食”の旅路。 使った廃油は684.5L。走行距離5079Km。救出した食材690Kg。 「捨てられてしまう食材を救い出し、おいしい料理に変身させよう!」と考えた食材救出人のダーヴィドが廃油で走るキッチンカーでヨーロッパ5カ国の旅へ出発する。
初公開: 2015年6月7日
監督: ゲオルク・ミッシュ      上映時間: 1時間 22分
映画脚本: ダーヴィド・グロス   ジャンル: ドキュメンタリー
プロデューサー: Ralph Wieser

日本の食料廃棄
1年間に日本から発生する食品廃棄物は、食料消費全体の約3割にあたる『2000万~3000万トン』そのうち本来食べられたはずの、「食品ロス」は約632万トン。日本人1人当たりに換算すると、”お茶碗約1杯分の食べ物”が毎日捨てられている計算。日本の食料自給率は現在39%(平成27年度)で、大半を輸入に頼っていますが、その一方で、食べられる食料を大量に捨てているという現実があります。

 

ショックと憤りで、いてもたってもいられなくなり…

――「ゴミ箱ダイバー」になろうと考えたきっかけは?
ダーヴィド:以前の私は、「フードロスはあるだろうな」という程度の認識でした。それが、たまたまニューヨークなどでゴミ箱に入り込んで、まだ食べられるものを探す「ゴミ箱ダイバー」がムーブメントになっていることを知って、いろいろ調べてみたんです。それで、故郷のオーストリア・ザルツブルグのスーパーマーケットのゴミ箱をのぞいてみたら、もう、びっくり。多少はあるだろうと踏んでいたのですが、その量が想像をはるかに超えていて……。まだ新鮮な食べ物が山のように捨てられている現実に、いてもたってもいられなくなったんです。

ゴミ箱のなかは宝の山!?

――ゴミ箱ダイブを体験して、どんな発見がありましたか?
ダーヴィド:最初はショックと腹立たしさで、これは何とかしなければと猛烈に使命感が湧いた。やっていくうちに、宝の山を探検しているような、ワクワクするような感じにもなってきて。まずは自分たちでできることからやってみようと、仲間といっしょに、ゴミ箱から救い出した食材を使った「0円キッチン」のイベントを始めました。「おなかがすいている人集まって!」と呼びかけて、みんなで料理して、みんなで食べる。その様子を撮影して、シリーズでウェブ上に公開したんです。そうしたら、思いがけずものすごい反響があって……。

「家に帰ったら、冷蔵庫を点検してください」

――家庭の冷蔵庫を抜き打ちでチェックするシーンは印象的ですね。賞味期限切れの食材が出てきて「どうしてこんなにしちゃったんですか?」と問い詰める…
ダーヴィド:あそこは私も一番好きなシーンのひとつです。家に冷蔵庫が あれば必ず思い当たるでしょうから。家に帰って真っ先に冷蔵庫を開けてみるというアクションにつなげられたらいいな、という思惑があったからです。フードロスの直接的な要因は、賞味期限です。賞味期限が過ぎた食材は自動的にゴミ箱行きという暮らし方が、この問題を深刻にしています。本当は、賞味期限が過ぎたものでも食べられるものが多い。この映画が一番伝えたいのはそこです。家庭の冷蔵庫で眠っていた賞味期限切れの食材で料理する映像をきっかけに、わが家の冷蔵庫にあるものはどうだろうと考えてもらいたかったんです。

自らの五感で「賞味期限」を判断する力を

――賞味期限切れのものを食べるという行為はなかなか勇気がいるのですが……。
ダーヴィド:そうですよね。そもそも賞味期限というのは、次々に新しい商品を売っていくために設けられた消費社会のシステムのひとつ。この映画は、フードロスをなくすために何ができるかということがメインテーマですが、この問題の根本にあるのはいまの消費社会なのだということも言いたかったんです。
幸い私たちの家庭の中にも、においや見た目、感触で、食べられるか否かを判断するという祖父母の世代の文化がまだかろうじて残っています。いまのフードロスの問題を考えるうえでも、将来の世界の食について考えるうえでも、これからの子どもたちには、自分自身の五感で本当の賞味期限を判断できる力を身につけさせていくことのほうが大切ではないでしょうか。

小さなきっかけがあれば、習慣は変えられる

――賞味期限にしろ、スーパーの廃棄にしろ、私たちの生活習慣にしろ、変えられないことはないということですね。
ダーヴィド:もちろん、変えられます。もっとも大切なのは、自分が買う食べ物の歴史に興味をもつこと。「産地はどこ?」「生産者は誰?」「旬のとき以外に買う必要はある?」……というように、食べ物がつくられる背景を考えながら買うことを習慣にすると、いろんな意味で自分と食べ物とのつながりをもっとリアルに感じられるようになる。食べ物の選び方も変わるし、食べ物への感謝も自然に生まれるのではないでしょうか。

「食べることが人々をつなげていく」

――来日した時も、「0円キッチン」のクッキングセッションをされたそうですね。
ダーヴィド:とても有意義なものでした。フードロスの問題は、廃棄食材の量など数字で語られることが多いのですが、それだと実感が持ちにくい。「0円キッチン」では、廃棄されようとしていた食材をおいしい料理によみがえらせていくクリエイティブなプロセスのなかで、大事なことが伝わっていくんです。実体験にまさるものはないということを、改めて思いました。
それが「もしかしたら」と考えるきっかけになる。食べることは人々をつなげていくといわれるように、まさしく、「0円キッチン」には、一人ひとりの気づきをつなげ、広げていく可能性があると思います。

食品ロスを減らすために日常生活でできる10ポイント
〜買いに行く前〜 (1)冷蔵庫や戸棚の食材の量を確認
(2)空腹状態で買い物に行かない
〜買い物中〜 (3)すぐ食べるものは棚の手前から取る
(手前ほど賞味期限の迫ったものが置かれているため)
(4)必要以上に買い過ぎない
〜調理中〜 (5)できるだけ食材を使いきる
〜 食べた後〜 (6)食べきれなかった料理は別のものに変身。やむを得ず捨てる場合は、水気を切って捨てる
〜 保管中〜 (7)賞味期限は美味しさの目安。自分の五感を使って判断する(8)地域や学校、職場で一人一品持ち寄り運動 を実施し、家庭の在庫の無駄をなくす
〜 外食する時〜 (9)飲食店などで注文し過ぎない。食べられる量を出してくれる店を選ぶ(10)残さずに食べる。

 

ダーヴィド・グロス David Gross
1978年オーストリア、ザルツブルグ生まれ。大学でコミュニケーション科学、演劇学、ジャーナリズムを学ぶ。以後、ジャーナリスト・ドキュメンタリー映画監督として活動。

(はじめよう、これからの暮しと社会KOKOCARAより)

 


vol.182 かなでの沖縄だより vol.6


沖縄に来て1年
沖縄に来て1年が経とうとしてます。
学内演奏会でソロを歌わせてもらったり、沖縄慰霊の日の記念行事として行われたモーツァルトの「レクイエム」コンサートに参加させてもらったりと、この一年でたくさんのこと経験させていただきました。今は1年生最後のビックイベント、門下生で上演する オペラ『ヘンゼルとグレーテル』の稽古に頑張っています。

最近のことで
2月4日に名護市長選がありました。でも、那覇からは遠いところの出来事といった感じで、詳しいことは伝わってきませんでした。大学で話題になることもなく、毎日の講義や稽古に追われてきました。アルバイト先の奥さんとはいろいろと話すのですが、それ以外は沖縄の生活に慣れてしまって、何の違和感も感じられなくなっています。オスプレイも飛んでいると言われますが、気になりません。基地のことなど、沖縄に行ったらもっと身近に感じられるのかなぁと思っていたのですが、そんなことはありませんでした。沖縄に来てもうすぐ1年たつのですが、そんな自分を少し怖くなる時があります。奥さんも、沖縄にもいろいろな思いを持っている人が居るので、米軍基地の問題とかなかなか話しづらいと言われます。
でも、今年11月に予定されている知事選には私も投票する権利があります。その時にはしっかりと考えて投票したいと思っています。

沖縄の季節
夏はとても暑くて、内地にいてこんなに肌が痛くなることってあったかな?と思うくらいにすぐ真っ赤になってしまいます。はじめて沖縄の夏を体験して、自分が少し黒くなった気がします。3月に帰省した時、同級生から「真っ黒になって帰って来ると思った」と言われました。でも2年目は日焼け対策も大丈夫!沖縄の夏の海で、悔いを残さないよう遊びたいです!!!
沖縄には「秋」という季節はない気がします。10月くらいまでは半袖でも大丈夫なくらい。11月後半くらいから少しづつ寒くなって12月後半には一気に寒くなり沖縄の冬です。
風がとても強く、とても冷たいと感じます。15度をきったら本当に寒いです。沖縄でも、ダウンコートを着ている人もいればストーブや暖房を使う人もいます。こたつも使う人、います。もちろん、私は沖縄の1年目の冬には耐えられそうです。各務原の方が断然寒いので、凍えるまではいきませんでした。でも、「そんなこと言ってるのは今だけだよ」ってよく言われます。「体が沖縄の気候に慣れれば寒くなるよ!」って…。
内地の友達と話していても、「沖縄、暖かいんでしょ?いいな」とよく言われます。でも、沖縄は沖縄でとても寒いです。
それが、2月も終われば、また暑い暑い長い長い夏がやって来ると思うと、気がおかしくなりそうです。
少し、沖縄の気候について知っていたもらえたでしょうか?

この一年、『かなでの沖縄だより』を、沖縄に行ったことのある人にも行ったことのない人にも、少しでも沖縄について知ってもらえたらと思って書いてきました。これからも少しでもたくさんのことが伝えられるよう、書き続けていきたいと思います。


vol.182 熱中世代発 リバース12号

キチョウ(キタキチョウ)
Euremamandarina(冬を生きるチョウ)

昨年の暮れも迫ったある日、庭で枯れ草を掃除していた妻が大きな声で僕を呼びました。こんなに寒い季節にヘビはいないはずです。庭に飛び出してみると、小さな黄色いチョウがいました。掌の中で横たわったチョウは、息を吹きかけると、わずかに触角を少し動かすのです。彼女は不思議そうに「冬に蝶がいるなんて、生きているの?」と尋ねます。ミドリシジミは卵で、オオムラサキは幼虫で、アゲハチョウやモンシロチョウはさなぎで、チョウは種類によって、卵、幼虫、さなぎ、成虫と4通り方法で冬を越します。彼女が見つけたキタキチョウは、成虫で越冬します。庭の枯れ草の間で冬眠していたのを見つけられてしまったのです。このチョウは落ち葉のすき間に放してあげました。昨今、チョウが少なくなる中、このチョウはまだその数を減らしていません。幼虫がマメ科の植物の、しかも多様な種類を食草としているからです。食草のミヤギノハギやメドハギ、コマツナギ、ハリエンジュ、ネムノキは市街地の公園や堤防に植えられています。食草に多様性を持ったことがこのチョウが数を減らさない要因なのでしょう。岐阜市の柳ヶ瀬付近の公園でさえ見る事ができます。また、岐阜市や各務原の市街地でも普通に見られます。
冬の温かい日にチョウを見る事があるかもしれません。黄色いチョウなら、キチョウかもしれませんよ。

 

キチョウは、チョウ目・シロチョウ科の蝶で草原や畑、市街地などに普通に見られます。最近「キチョウ」とされていた種は、ミナミキチョウが南西諸島に分布と、キタキチョは本州~南西諸島に分布の2種に分けられることになりました。外見による見分けは出来ません。本種はキタキチョウです。

 

写真・三輪芳明(みわよしあき)プロフィール 1952年 関市生まれ。仲間と岐阜県では絶滅したと考えられていたコイ科の魚類ウシモツゴを発見、人工的な大量繁殖させ野生復帰に成功する。岐阜・美濃生態系研究会 二ホンミツバチ協会 日本チョウ類保全協会。

 

 

庄司 正昭 さん

Permaculture Design Lab

 

 

Permaculture Design Labの大きな活動の一つに、パーマカルチャーの手法でのフォレストガーデン(食べられるお庭)造りがある。
「『高木、中高木、低木、草本、地覆類、根菜類、蔓性類』が森の7階層になります。それを庭に作るんですが、そのほとんどが食べられたり使えるものなんです。そして、庭ができたから完成、ではなくて、そこからが暮しのスタートだと僕は思ってるんです。お子さんと一緒に植えた果物の苗や木に、一つでも花が咲いたら「花が咲いた!」と喜び、実がついたりした日にゃあ、収穫できるのが楽しみでしょうがない。食べ物が庭に実るって豊かですよね。そういうことをもっと多くの人に知ってもらいたいです」と庄司さんは語る。
昨年、庄司さんは4人の仲間と共に静岡県菊川市の中学校でパーマカルチャーの授業を行った。
「総合学習の時間を使って『学校をパーマカルチャーの視点でデザインする』というテーマで、動物を飼ったり、雨水を溜める場所、暑い夏に日陰を作って休む場所を作るとか、学校が楽しくなるためのデザインをみんなに作ってもらいました。子どもたちはパーマカルチャーを知る事によって視点が本当に変わったって言ってくれました。 ゴミではなく資源。耕作放棄地ではなくてそこも資源。それをパーマカルチャーではProblem is solution(プロブレム イズ ソリューション)って言うんですけど、問題は解決の糸口。そういう視点でいろんな物事を見てくれました。」

フォレストガーデンのイメージ
(Permaculture Design LabのH.P.より)

生徒全員が参加できる学校での授業、そこに取り入れられることには大きな意義がある。 SD(持続可能な開発のための教育)の研究指定校とはいえ、公立中学校が授業にパーマカルチャーを取り入れることはまだ珍しい。12月の発表会では、全国各地の先生が同校の取り組みを学んだ。これが機会となって、パーマカルチャーがどんどん広がっていったら、と庄司さんは願っている。
関市洞戸に移住して8年、地中の空気と水を動かす「大地の再生」、暮らしのある庭「パーマカルチャーガーデン」造りなどの仕事や岐阜森林文化アカデミーの講師、自然農での米作りやしょうゆ造り…庄司さんの周りにはいつも自然と仲間が共にいる。
「僕たちは自然界から「ギフト」をもらって生きています。タネをまけば実がなるし、空気があるのもそう。なのに今、社会は自然を壊す方向へと向かっています。ギフトをくれている自然界、じゃあ僕らはその自然界のために何ができるのか、みんなで考えたいですね。」

 

しょうじ まさあき/Permaculture Design Lab、もりにわくらし代表/パーマカルチャーデザイナー、ネイチャーインタープリター
1970年宮城県生まれ 。 システムエンジニアとして働きながら、登山やキャンプなど自然の中で遊ぶことにに目覚める。 2000年にネイチャーガイドの勉強を始め、日本が誇る里山の素晴らしさと大切さを知り、昔ながらの日本文化(暮らし方)を守り繋ぐこと が必要と感じる。未来につながる暮らし方のデザインとして、パーマカルチャーに出会う。現在、築100年の古民家を借り、畑、田んぼ、コミュニティ作りなど、暮らしを楽しみ ながら、庭師、大地の再生(通気水脈改善)の他、子どもキャンプ、パーマカルチャーキャンプなど自然や暮らしを伝える活動も 行っている。           (関市洞戸在住)

 


vol.182 ボーダーレス社会をめざして vol.41

NPO法人オープンハウスCAN 理事長 伊藤佐代子

 

一人暮らしって危険

障がいのある息子が一人暮らしの練習をし始めたのは、27年4月からで、もうすぐ3年になろうとしています。

1年程前の話です。アパートにいる息子から夜9時頃に電話がかかってきました。電話はめったにかけてこないので何だろうと思い取ると、「竹下さんがみえました。キャッシュカードがいります」と言います。「はっ?誰その人?キャッシュカード?」訳がわかりません。やられた!!キャッシュカードは持ってないはずなので、サインをしてしまったか・・・。血が引いていきました。雨の中、急いで車でアパートに駆け付けました。名刺がちゃんと置いてあり、その人にお金を払ったと言います。よくよく見るとNHKでした。すぐその名刺に書かれている会社に電話をすると、NHKから委託され集金している会社だというのですが、なんか怪しく、「どうしてキャッシュカードなんていう訳?お宅は変な会社じゃない?これから警察に電話するけど。」と言うと「今はキャッシュカードで手続きができるので、担当者がそう言ったのだと思う」と言い訳をしていました。支払ったのは受信料の1ヶ月分で少ない金額だったので一安心しましたが、知らない人でも簡単にドアを開け、話し、簡単にお金を払ってしまうという事が判明しました。それにアパートに駆け付けた時には、玄関に鍵がかかっていませんでした。「どうして鍵がかけてないの!ハンコ押してない?自分の会社の名前言ってない?」など矢継ぎ早に質問をし、少々私の方がパニックになりました。この部屋の主は、障がい者だ。簡単に騙せると知ったら、息子が勤務している会社に行ってお金をたかることも考えられます。「知ってる人以外は、絶対に扉は開けないこと」と約束しましたが、果たしてどうなることやら???

ひとつ勉強をしましたが、一人で暮らすということはかなりのリスクを伴うのだと実感しました。これから本人がいろいろ経験して、体で覚えていく以外方法はないのでしょう。と思っていましたら、一人暮らしを希望する障がい者に支援をする公的なサービスが、この4月から始まることになったのです。「自立生活援助」というものです。これは障がい者支援施設やグループホーム等を利用していた障がい者が対象で、息子のような人は対象外になってしまうのですが、大きな一歩です。定期的に障がいのある人のお宅を訪問し、食事・洗濯・掃除などに課題はないか、公共料金や家賃に滞納はないか、体調に変化はないか、地域住民との関係はいいか?など必要な助言や医療機関との連絡をするというものです。このようなサービスが増えていくと一般の人と同様に、障がいのある人も一人暮らしを希望する人が多くなっていくのでは?と期待をしています。間違いなく、障がい福祉の世界は、明るい未来に向い進んでいます。

 

 

 


vol.182 人生これから えんぴつ・カフェ

人生これから
エンディングというと、「わたしにはまだ早いわ」、「ぼちぼち考えるわ」、「親に書いてもらうわ」とさまざまな反応が返ってきます。人生のエンディングは誰もが迎える、ということはわかっていても、準備をするときを決めかねてしまう・・・エンディングという言葉に抵抗を感じる人も多いですね。だから、私たちは、ライフデザインノート「ゼロの昇天」。いま、これから、どう生きるかが大事。だって、人生これから!ですから。(^o^)

第3回えんぴつ・カフェ開催
と き:2018年3月16日(金)
じかん:9:30-11:30
ところ:各務原市産業文化センター 2階 第一会議室
各務原市那加桜町2丁目186  電話: 058-371-2846
参加費1,000円(資料代700円
(コーヒーOR紅茶&お菓子付き、「ゼロの昇天」ご持参の方は500円)
書き直したり、気持ちが変わったりするのを見越してえんぴつで。。ひさびさに、学生になった気分で!あーだこーだとおしゃべりしながら、らくがき感覚で描き込んでみませんか?

 

          参加者の感想
第1回 えんぴつ・カフェ 2018年1月17日(水)

第1回の「えんぴつ・カフェ」

・ノートを購入したことがひとつステップをクリアしたと思ってしまい、実は開いてないんです。(笑)
・連れ合いに、そろそろ書いといてよ、と言われていた。でも、どこをどう書けばいいのか、検討もつかない…
・わたしは終活中なんです。大病をして、漠然としていた死が身近になった。これからどう生きていくかがとても大切に思う。
・助産師として仕事をしています。生まれる現場にも死は隣りあわせと感じています。
・孤独のすすめ(五木寛之)を読んで、死に向かって生きているんだなと思った。過去の思い出にひたって、奮い立たせることもある。思い出も大事。
・在宅で看取った。生きるってどういうことか考え込んだ。ノートを生かす方法を考えたい。
・子育て真っ最中のときに、義理の父母が認知になったのでほんと大変です。母を亡くしたとき、家族葬で母の生い立ちを知ることができた。このノートははじめの一歩として活用したい。
・子どもに接する仕事をしています。自分自身をちゃんと振り返りができるようになりたい。
● 整理整頓 衣服、写真、年賀状や手紙、資料、本・・・書き出して、シェア。全員が気になっている物を「整理するぞ!宣言」をして終了しました。

第2回 えんぴつ・カフェ 2018年2月9日(金)
● やりたいことをリストアップ。5分間で書き出すワークでは、参加者の数だけ項目が出てきて、その人の人生観も浮き彫りになりました。
・自分を見つめ直すいい機会になった。

・みなさんの積極的な生き方が刺激になった。などの意見がありました。

 

定価700円

問い合わせ:「ゼロの昇天」編集委員まで

田辺 090-5638-7044 三上 090-7854-4561


vol.182 ホスピスナース奮戦記 vol.7

ある日突然・・・

この日は、70代の女性を訪問した。夜10時を過ぎていたが、患者さんの夫と息子さんが疲れた、でも優しい笑顔で出迎えてくれた。様子をうかがうと、患者さんはその日の朝まではどうにか一人で歩いてトイレにもいっていたし、会話もできたようだった。少しではあるが、お茶を飲んだり食べ物も口にしていたようだった。それが夕方から容態が変わり、訪問したときは意識も朦朧としてとても一人では動けなかった。リクライニングチェアに座ったまま、体にはまったく力が入らない。なんと昼前から夜の10時までこの状態だと言う。この患者さんの今しか知らない自分にとっては、おそらく死期が近づいているのだろうということが一番に考えられた。それ以外に何か容態を急変させた要因があるか考えるが、患者さんとの意思疎通もままならずとても難しい。患者さんの夫は、患者さんが最後にいつ飲み物を口にしたか、いつトイレで用を済ませたのかもわからないようだった。とにかく夫と息子二人でどうしたらいいかわからないまま途方に暮れているようだった。そして急な変化にとまどっていた。今まですべて身の回りのことも自分でしていた患者さん。まさかこんな急に変化がくるとは思ってもみなかったと言った。ベッドも医療用ベッドでなく、少し体の重い患者さんは家族にとって負担が大きい。まず、ベッドの真ん中にもう一枚シーツを敷き患者さんを椅子からベッドへ移した。正直かなりしんどかった。息子さんにアシストを頼んでやっとベッドの真ん中へ楽な姿勢で休めるように移動させた。案の定おしりは真っ赤。すでに小さな褥瘡ができていた。ご本人は痛みで苦しい様子はなかったが、肌はみるからに痛々しかった。長時間同じ姿勢でずっと座っていたせいで、足もパンパンにむくんでいた。朦朧とする意識の中、バイタルをとって、いくつか質問をすると、かろうじてトイレに行きたいけど出ないということがわかった。おそらく12時間以上は尿は出ていないようだった。この容態で尿道カテーテルを入れるか、ものすごく迷ったが、患者さんが膀胱を抑えると痛いと言ったので、入れることにした。それから、念のためもう一枚タオルをおしりの下に敷いた。この日まで必要なかったため、おむつも、パッドも、そういった類のものは何も家になかった。患者さんの夫は、始め少し躊躇したが、清拭と体位交換のやりかたを一生懸命覚えようとした。息子さんは、お母さんのお下の世話はできないと、部屋の外にいたが、体位交換はお父さんと二人でやってみると言った。二人を見ていて、彼らが今抱いている不安が手に取ってわかるようだった。初めてが急にいっぺんにやってきたのだから無理もない。
帰る前に患者さんの夫と息子さんに、必要な時の症状緩和のための薬の使い方も説明した。それから、正直今回はとても難しいと思ったが、死期が近づいているようだということと、それにともなって見られる症状も説明した。患者さんの夫は少し涙ぐんでいた。
もしかしたら、この患者さんはもう二度と、しゃべることはできないかもしれない。最後に家族と交わした言葉は、なんだったろう。。。もしかしたら、この患者さんはもう二度と夫や息子の顔をみつめることはできないかもしれない。最後に家族の顔をみつめたのは、いつだろう。。。もしかしたら、この患者さんはもう二度と家族の手をにぎりしめることはできないかもしれない。最後に家族の手を握ったのは、いつだろう。。。
次の日に記録を読むと、患者さんは明け方に亡くなった。妻として母として家族には世話をさせまいと決めていたのだろうか。それとも、どんな容態であっても妻として母として、家族ともう少し同じ時間を共有したかっただろうか。どちらにしろ彼女の身体はとても早く変化し、最期を迎えた。夫にとっても、息子さんにとっても、私が帰った後あの一晩が有意義な時間であったといい。それが、このまだまだなホスピス看護師の私にとっての唯一の救いだ。
そして、今回もまた、家族と過ごす当たり前の時間が、本当はとてつもなく大切なものだと気づかされた。
禅の言葉、「一期一会」を思い出す。今日の出会いはただ一度きり、毎日顔を合わせる家族であっても友達であっても、その出会いというのは、二度と同じ時間をもつことはできない人生で一度きりの大切な時間。(ふっと心がかるくなる禅の言葉 永井政之監修 より)この言葉、前より深く心に刻もうと思う。

わかばま〜く:プロフィール 1982年生まれ。ニューヨーク州立大学卒業後、ニューヨーク市立病院に看護師として4年勤務。現在は訪問看護師としてホスピスケアに携わっている。岐阜県各務原市出身。


vol.182 ぎむきょーるーむ 続・10代の食生活これでいいのォ?

日本消費者連盟代表運営委員・富山洋子さんに聞く

いつまでも“ふっくら”コンビニおにぎり

食べやすくて、携帯食として人気のあるコンビニおにぎり。しかし、このおにぎりには予想以上に添加物がたくさん!半日以上立ってもふっくら柔らかく、のりも包装からするりと抜け、パリッとした歯ごたえ。まさに添加物のはたらきなのです。

表示だけではわからない

表示は使用量の多い順に書かれています。「塩飯」「ツナマヨネーズ」「海苔」のように、すでに調理済み・加工済みの材料についてはその名称のみでよく、それに使った調味料などの添加物を表示する義務がないので、そこに含まれるぶんを合わせるとかなりな量の添加物が使われていると推測されます。
さらに「一括表示」として同じ目的に使用されている添加物はまとめて「ph調整剤」などと表示すればいいことになっています。表示の最後に「原材料に小麦、大豆を含む」とありますが、この大豆は、輸入されたもので遺伝子組み換えのものを使っている可能性が大きい。

長持ちサンドイッチのナゾ

賞味期限は、おにぎりは26時間。サンドイッチは29時間となっています。柔らかいパンは水分を吸ってビチャビチャになりやすく、ハムやキュウリは変質したり腐ったりしやすいもの。それなのにおにぎりより長持ちするなんてよほど無理をさせているということでしょう。

ファミレス・ファストフード

これら外食産業の多くが輸入食品。このところ話題となっている中国産の野菜のように、日本では許可されていない添加物が使用されていることもあり、その安全性が問題になっています。また、日本ではジャガイモの芽止め以外に使用が禁止されている放射線照射食品も入りこむことがあります。安全性にかなり問題ありです。

「有機」「地場産」って・・・・・・

さて、メニューに『有機野菜』と書いてあるものは安心だと思う人もいるでしょう。有機野菜とは、栽培期間だけでなく、種まきや苗の植え付けをする2〜3年以上前から化学肥料や農薬を使っていない土地で栽培された農産物を指します。そして「有機(オーガニック)という表示は、農林水産大臣から認可を受けた第三者認証機関が生産工程を検査して、厳しい企画に合格した農産物だけに認められ、「有機JISマーク」をつけることができるものなのです。
「特別栽培農産物」というのもあって、農薬や化学肥料をまったく使わない、あるいは、ふつうの栽培法より農薬の使用回数や化学肥料の使用量が半分以下の夫野を言います(かつては「減農薬」「無農薬」という表示もありましたが、現在はそういう表示をしてはいけないことになっています)でも、調理されたものには原材料名や添加物を表示する義務は法律的にもないので、不確かになりがちです。
また、サラダなどのカットされた生野菜は消毒液につけているかもしれないので、野菜だからといって身体にいいかどうか不安です。もう一つ、「産直野菜」「自社農園」「地場産」「契約農家直送」。どこから来たって「産地直送」。本当かどうか私たちには確かめようがありません。こうした言葉にだまされてしまうのは、食べ物の物語を知らないから。それがどのような風土で、誰の手によって育てられたものかについて、私たちがあまりにも無関心だからなのでしょうね。

 

食べ方を押しつけられて
そもそもジャンクフードってなんでしょう?添加物がいっぱいのもの?ファストフード?ジャンクフードか否かは、食べることの関係性の中で位置づけられるとわたしは思います。食べ物はきわめて「個」にかかわってきます。と同時に社会のあり方に深くかかわっています。たとえば放射線照射食品は、肉や野菜を腐らせずに戦地に運ぶために軍事用に開発されたもの。学校給食も一般的になったのは戦時中で、銃後を守る小国民を養うためのものでした。戦場ではまさに食べ物は兵力を養う大切なもの。軍隊がまず現地でしたことは、食べ物の略奪です。そこに暮らしていた人たちのいのちや家や畑を踏み荒らし奪い取った食べ物を食べ、生き延びた兵隊さんたち。彼らが口にしたものは添加物にまみれていない、人々の命の糧となる生きもの、丹精込めて育てたものでしたが、それらは、いまでいうジャンクフードよりつらい食べものだったに違いありません。このように、戦場でも現在の食卓でも、奪い取ることをふくめて、個人が望んでいないのに、社会や国から食べ方を押しつけられることがいちばん問題だと思います。押しつけられて食べざるを得ない、それがいうならジャンクフードの本質だと、わたしはとらえています。(富山洋子)

 

C O L U M N

添加物の魔力をどうする?

情報過多の時代ですが、食べ物の選び方・食べ方を変えられない、変えようとしない。みんな、「わかっているけどやめられない」のはなぜか。それは添加物のメリットがあまりにも大きすぎるからです。添加物のメリットは「安い」「(調理の手間がかからず)簡単」「(24時間いつでも買えて)便利」「(見た目が)きれい」「おいしい(味にしたてることができる)」という5つに集約できます。
「知らなかった」という方もいらっしゃるかもしれませんが、裏側の表示を見れば全部書いてあります。うすうす気づいているのに、確かめようとせず、そういう食べ物を子どもに食べさせ続けるのか。それは、多少の犠牲を払っても、目先の5つのメリットを得たいからでしょう。結局、人は楽ということが好きなんです。でも、子どもの健康を犠牲にしてまでも、添加物によって得られるメリットがほんとうにいいのかどうか。「安いし簡単だし、おいしいからまぁいいや」では、もはや価値観の崩壊でしかない。崩壊した価値観のもとで育てられた子どもの心と体は、いったいどうなるのでしょう。

子どものときから食べ慣れた” つくられた”味

子どもたちが添加物がつくりだすおいしさの虜になるのは、なにも小学生、中学生になってからではありません。じつは、カップラーメン、スナック食品などの”ジャンクテイスト好き”になる下地は、乳幼児のころから家庭の食卓でつくられています。
一般的に体にはあまりよくないと思われているカップラーメン・スナック類と、いまやどの家庭でもあたりまえに使っているだしの素、スープの素、調理用タレなどとは、添加物の基本構造が同じ。食品裏の表示をみればすぐにわかりますが、共通するのは、「食塩」「化学調味料(アミノ酸)」「たんぱく加水分解物」・・・・これが加工食品の「黄金トリオ」、うまみのベースです。この黄金トリオの配合比率をさまざまに変え、そこに香料やエキスを混ぜることにより、どんな味もつくりだすことができる。こうした手軽に使える”○○の素”の味をわが家の味として、乳幼児のころから教え込んでいるのだから、やがてスナックやカップラーメンに出会ったときに、慣れ親しんだ味と同じものをそこに見いだし、やめられなくなるのです。

(安部司) 食品ジャーナリスト。食品業界の裏側を公開する『食品の裏側—みんな大好きな食品添加物』(東洋経済新報社)を出版し大きな反響を呼ぶ。

晴れときどき、ジャンクフード

自分の食べ物の芯をどこにもつか

エッセイスト  山本ふみこ

お楽しみ路線でいこう
ジャンクフード、ファストフード。それぞれの家の食の番人たち(多くは母親)は、かなりその安全、味覚への影響を心配している。食べる一方の立場にある人たち(多くは若者)にしても、ジャンクフードに味覚をひっぱられ、ファストフードに舌をならされていくことを、潔しとしていない。ほどほどにしないとなあ、とか。でも、しかたない面もあるんだよなあ、とか。
問題はどうやって、日本の食べ物(食べ方)、昔の味をとりもどすか。
ゆっくりがいいんじゃないかと、思う。

勘と眼力を鍛えて
おやつには、芋や野菜、くだもの、乾物類、餅、ご飯を使ったものを食べるのが好きだ。それにご飯と味噌汁中心のごはん。だけど、たまには、ジャンクフードによろめき、ファストフードに遊ぶ。
大事なのは、それぞれ自分の食べ物の芯をどこにもつか決めること。勘とか眼力を鍛えて、食品を選ぶこと。
いま、自分が考える理想の芯と、食生活がずれすぎているな、という人だって、ゆっくり理想に近づけばいい。てくてく歩く速度で、無理しないで。
てくてく歩きのあいだに、理想のおやつ、理想のごはんを、むずかしく考えていたことに気づくはずだ、自分の描く理想って、素朴ってことか?という具合に。もしかしたら、食べすぎていたことにも、気づくかもしれない。
事を急ぐと、頭でっかちになり、おやつとごはんを簡単にやさしくこしらえる面白さを味わえなくなる。たまには、どうしたって世話になる、コンビニやファストフードの位置づけが見えなくなる。

やまもと・ふみこ
1958年生まれ。エッセイスト、作家、著書に『わたしの葬儀』(晶文社)『人づきあい学習帖』(オレンジページ)『台所あいうえお』(バジリコ)『子どもと一緒に家のこと。』(ポプラ社)『家族のさじかげん』(家の光協会)など多数。

 

 

 

 

 

 


vol.182 半農半Xという生き方 vol.23

田も作り、詩も作ろう

「詩を作るより、田を作れ」。実利を優先したほうがいいことをすすめることわざです。なるほどと思いつつ、でも、何かしっくりこないところもあります。ある日、異なる3つのパターンが私の中に生まれました。 ① 「田を作るより、詩を作れ」。魂の表現も大事だとする芸術家的な考え方です。 ② 「詩も田も作るな」。これは詩は詩人に、田は農業のプロに任せたほうがいいというもの。きわめて現代的といえるかもしれません。 ③ 「詩も作ろう、田も作ろう」。1か0のどっちかではなく、やりたいなら、両方やってみたらというもの。私はこれこそ21世紀的だと思っています。この話を山梨県での講演の際、話してみたら、ある方がアンケートに「山梨にそんな町があります」と教えてくださいました。いまは笛吹市という市名となっていますが、合併前の旧八代町には、「田も作り、詩も作ろう」という標語の看板がいまも町に立っているようです。詩は詩作のみならず、短歌でも写真でも陶芸でもいい。土に触れつつ、みんなアーティストのまちをめざせたらすてきですね。

夢公開

いつも書かせていただいているこのミニエッセイですが、新しい2018年の最初の今回は筆者が「僕が住む綾部がこんなまちになったらいいなと思っていること、実現してみたい夢」を5つ書いてみます。 ① 綾部は世界平和をめざす人工言語「エスペラント語」を国内に広めたまちなので、エスペラント語のメニューを置くカフェなどが20店舗ほど生まれたら!② グンゼのTシャツを活かしたアート展がおこなえたら!③ 合気道の発祥地として、合気道をやっている若い世代の移住が増えれば!④全国の高校生によるアイデア選手権「平和甲子園」を実現できたら!⑤ これは個人的な夢ですが、百名山の1つ、南アルプスの塩見岳に登れたら!
いかがだったでしょうか?現在の綾部の人口は3万数千人で人口減少中ですが、市民みんなが夢を公開し合い、応援し合い、実現し合っていけば、新しい風がきっと吹き始めると思うのです。チャレンジのあるまちに若者は魅かれるそうです。

塩見直紀(しおみなおき)半農半X研究所代表
1965年、京都府綾部市生まれ。20年前から「半農半X(エックス=天職)」コンセプトを提唱。半農半X本は翻訳されて、台湾、中国、韓国にもひろがる。著書に『半農半Xという生き方 実践編』など。

※半農半Xとは・・・半農は環境問題、半Xは天職問題(どう生きるか)を背景と する。持続可能な農のある小さな暮らしをベースに、天与の才を社会に活かす生き方、暮らし方。ex.半農半漁、半農半大工、半農半看護師、半農半カフェ、 半農半絵描き、半農半歌手、半農半鍼灸師、半農半カメラマンなどなど。


vol.182 菌ちゃん野菜応援団 第3話

3回目にしてタイトルに言及してみます。

 みなさん、菌ちゃんの「菌」ってなんだかわかりますか??
そう!今や日本中で厄介者扱いされているあの「微生物」のことですよ!
抗菌滅菌殺菌。どこに行っても菌は完全に悪者。一匹の菌も見逃さないぞー!なんてCM もたくさんありますね。でも、菌ってそんなに悪いのかなぁ??

だってね、3歳までにいかに泥んこ遊びをたくさんしたかで身体の丈夫さは決まる!なんて研究結果もあるくらいなんですよ。地球が生まれて45億年。この世界でいちばん早く生命活動を始めたのは。。。。微生物なんですよ!みんな知ってた??
私たちの身体も内臓も実は全て微生物だらけ!!消化も代謝も免役も。身体の活動の至るところで菌ちゃんは活躍しているんです。私たちは菌から離れては生きていけないんですよねぇ。この微生物といかに仲良くなれるか?が元気の秘訣といっても過言ではないんですよー!!!ってことで我らが菌ちゃん野菜応援団。今回はたくあん漬けです。
 夏の暑い日に種まきをし、汗を流しながら間引きをし、冬の雪が降るなか凍えながら力を込めて抜いて一本一本水で手洗いをし軒下に干す。
材料は大根、米ぬか、塩だけ。あとは時間と菌ちゃんの働きを待ちます。
時をためる暮らしが豊かだ、という映画もありましたね。
私たちはゆっくりゆっくり時をためて暮らしていくことをいとおしんでいます。抗菌より加菌。そんな生活も楽しいんですよー。加菌生活万歳!!!

 


vol.182 未来に続く暮らしの学び Part-24

アボリジニの人から教わったこと。

「エスノオーケストラ」の団体を通じて、先住民である一人の女性と知り合いました。
彼女はこの土地出身で、私たちと同じ世代です。彼女は、部族の中では戦士に値すると同時に、場を保つ役割も担っています。それぞれの部族の中で、受け継いでいく役割が決まっているのだそうです。彼女は自分の役割を理解し、それを受け継いでいくために自身が学ぶべきことを学んでいます。それは訓練なのだと言います。
3週間ほど私たちと生活を共にしてくれたことで、たくさんの気づきがありました。その一つ、精霊について。土地や川や木々には、それぞれ精霊が宿っていて、それぞれの意識、存在を尊敬しながら接していること。目に見えない存在とのコネクションが強い人たちなんだと感じました。もともとアボリジニの人たちは目に見えない存在とコネクトすること、それらの存在とかかわることをとても自然であたりまえのこと、と言います。

この土地の“気”を美しく保つには、浄化の煙をたくこと、そしてその後、どういった“気”を自分たちが保ちたいかを明らかにして、そのつど浄化していくことが大切だと教わりました。特別な能力が必要なのではなく、そういった態度、姿勢をもって接することが必要だと。
ものにあふれた生活のなかで、「見えない存在を、常に感じながら生活できているか」と聞かれると、こころもとないのですが、彼女は、「ただ時に意識を傾けて、見えないものを感じ取る時間を持ってみるといい」と教えてくれました。
 もう一つ、自分たちの祖先とつながること。自分たちはどこから来て、自分は何者なのか。それを明確にすることも大事なことだと言います。
自分たちの伝統的な文化とはなにか、まずはそれを知ること。エスノオーケストラで出会った人をとおして、それを学び合うことが必要だと感じています。伝統文化の交流です。自分がいる土地で、もともとのその土地の人たちの生活や生きる知恵。それを直接に教えてもらえるというのはとても貴重なこと。それは、部族の習わしに限らず、モノづくりの技術や、農作業ににもあてはまると思います。
まだその文化、伝統が生きていることに感謝し、それを学び、生活の中に取り入れていけるといいなと思います。

暮らしを学び、実践し、持続可能な生活に結びつけていくこと。それを心にとめて生活していこうと再認識した体験でした。yao


vol.182 夢か悪夢かリニアが通る vol.11


掘削前夜、変わる風景

リニア中央新幹線を巡る談合事件の捜査が東京地検特捜部により行われています。日本を代表する大手ゼネコン4社がトンネルや駅などの建設工事を受注調整して分け合ったとされるこの事件の根底にあるのは、建設の必要性をあいまいにしたまま9兆円という巨費を投じてしゃにむに突き進むリニア事業のゆがんだ姿です。沿線の住民が作る団体「リニア新幹線沿線住民ネットワーク」は昨年末、「独禁法違反という犯罪性の強い工事を続行することは決して認められない。JR東海はリニアの工事をいったん中止すべきだ」という声明を出しました。が、きょうも工事は続いています。             ジャーナリスト・井澤宏明

 

空中に巨大コンベヤー
岐阜県内初のリニア工事が一昨年末に始まった瑞浪市日吉町を1月末、久々に訪ねました。「そろそろ掘削工事が始まるらしい」と住民から連絡をいただいたからです。
品川―名古屋間286キロのうち86%がトンネルのリニア。工事中はトンネルの掘削口となり、完成後は緊急時の避難口となる「非常口」が地上数キロ置きにつくられます。
日吉町の南垣外地区にも1か所が予定されています。非常口から約400メートルの長さの斜坑を掘り、そこからリニア本線となる日吉トンネル(7.4キロ)を東西に掘り進めます。着工から1年をかけて非常口工事現場や残土置き場の整備が行われてきました。

生活道路や農地を横切り、建設された巨大コンベヤー

低い山々に囲まれた緩やかな谷間に広がる南垣外地区。その風景はしばらく見ぬ間に一変していました。高さ約20メートル、ジェットコースターのような巨大なベルトコンベヤーが生活道路を横切り、空を切り裂くように見下ろしています。
コンベヤーは非常口予定地から残土置き場まで約2キロも続き、谷全体がすっぽりと工場の内部か採石場になってしまったかのよう。人家の軒先から10メートルも離れていないところもあり、「これが動き始めたら住民は堪らないな」と重苦しい気持ちになります。
まだ掘削が始まっていないのにもかかわらず、辻々には交通誘導員が立っています。タンクローリーなどと出くわすたび、わずかに道幅が広くなった所で待たなければなりません。脱輪しそうな狭い道をバックさせられることも。
コンベヤーは、非常口から掘り出した残土約130万立方メートルの8割強を、耕作放棄地に整備した置き場に運び上げます。JR東海によると、掘削は今年度内を目途に始め、3年間続きます。当初、残土はダンプで運ぶ計画でしたが、工事車両の通行が1日最大460台という想定に住民が強い不安を訴えた結果、コンベヤーを使うことで車両を160台まで減らすことになりました。

消えたコジュケイ
南垣外地区では、リニア建設に伴う人家の立ち退きなどがないこともあって、工事に強く反対する声は上がってきませんでした。沿線各地で難航している残土の置き場が近くに確保出来たことも着工を早める一因となりました。自治会のメンバーは、建設中の生活への影響を少しでも減らそうと、JR東海や工事を請け負う清水建設などと話し合い、歩道設置などを実現してきました。
それでも、穏やかだった農村の環境が変わることは避けられません。
「(工事のない)日曜日が待ち遠しい」。非常口予定地の近くに住む女性はつぶやきます。リニア工事が始まり、車両や重機の音、樹木伐採の音などさまざまな雑音が耳に入るようになりましたが、「ノイローゼになっちゃうで、気にしないようにしてる」といいます。

人家に迫るコンベヤー。住民の暮らしは守られるのだろうか

庭先に来ていたコジュケイのつがいが姿を見せなくなり、これまでは田んぼのあぜ道までしか出てこなかったキジが庭に現れるようになりました。工事により、すみかを追われたようです。「今年はウグイスが鳴くだろうか」。こんなことを心配しなければならなくなりました。

目に見える変化だけではありません。掘削が始まれば、この連載でも触れたように、この地域では、ウランを掘り出す可能性があります。放射線を出し肺がんを引き起こすラドンが空中に放出される危険性と隣り合わせの工事です。
住民の男性に掘削直前の心情を問うと、「丁寧な仕事をやってほしいだけです」と言葉を絞り出しました。


vol.182 プレゼントコーナー

PRESENTS 182号

読者アンケート
1- あなたの
「実現したいことBest5」教えて!
5つも思い浮かばない?いえいえ、きっとあるはず。絶対やる!でもなんとなくやりたいな、でもOK!
2- 気になるにらめっこ紙面での広告
3- 気に入った記事、気に入らない記事のタ   イトル1つ・その理由もお書きください。
4- ご希望のプレゼント名
(第1希望・第2希望)
5- 本紙をどこで入手されましたか?
6- 氏名、年齢、住所、郵便番号、電話番号、 家族構成

 

プレゼントご希望の方は
ハガキまたはe-mailで、上記のアンケートを
1〜6までご記入の上、編集部・プレゼント係りまでお送りください。
〆切:3月26日 当日消印有効。
Cはにらめっこ編集室に受け取りに来ていただける方。
宛先
〒504-0855 各務原市蘇原新栄町2-25
e-mail: info@niramekko.com
※お寄せいただいた個人情報は、本紙プレゼントの発送に限り、 使用させていただきます。

 

A.JAZZe!ライブチケット

アートギャラリー是様より…2名様

サックス、ピアノ、ベースとそれぞれの楽器が自己主張しながらもハーモニーを奏でていく…ジャズの究極はアドリブ演奏。三輪トリオは卓越したプレーヤー3人が、是という空間を気ままにしかも確実に音の世界へ私たちを誘います。Live 5月19日(土)19:00〜

 

B.クリアファイル&ランチクロスのセット

にらめっこより…1名様

今号特集の漫画家・魚戸おさむさんの取材に伺ったおり、編集長がいただいてきた素敵な品を読者にプレゼント!
おみそ汁の作り方がついたクリアファイル、おいしそうなお弁当のイラストつきのランチクロス(52cm×52cm)。魚戸先生のイラストがなんとも温かです。

 

C.写真集『奥飛騨に響く種蔵の里』

加藤麻美様より…2名様

四季折々の写真が瑞々しく、そして懐かしい。何もない田舎にだからこそ、大切なものが今も残されている。そんな気持ちにさせてくれる写真集です。にらめっこ編集室でお受け取りください。

 

D.シネックス映画招待券

シネックス様より…ペア3組様

涙が出る程お腹を抱えて笑っちゃう!そんなひと時を過ごしたら、日々の細かな不安や心配事も、なんとかなるさと思えるかも。大きなスクリーンで鑑賞すれば、より映画の世界に入り込めますね。写真は「嘘八百」より。(招待券はシネックスマーゴではご使用なれません)