【Vol.167】ぎむきょーるーむ

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おとなの節度   教員40年の経験から見えてきたこと

がんばらない子がまともなとき
私はときどき「がんばれよ!あと少し」とか「がんばりが足りません」などと言うのですが、よく考えてみると、がんばるものの自体を深く考えてみようとはなかなかしないわけです。「なんのためにがんばるのか」「どうして、がんばらなければならないのか」ということを、あまり子どもにいいません。「そんなむずかしいこと、わかるもんか」。たしかにそうは思いますけど、「仮設実験授業」の場合、「足なんぼん」は、子どもたちにいわせると「おもしろいからやる」だそうです。
つまるところ、「がんばりがい」のないことは、「がんばれない」のではないか。だから「がんばりがいのないこと」を「がんばる子」たちは、いまに「がんばること」それ自体が「がんばりがい」になってしまうのです。
「なんでもいい、とにかくがんばることだ」ということも、よほど気をつけないと危険になってきます。つまらないことにはちっともがんばらない子。そんな子の方が、よほどまともなんではないのでしょうか。    (1年生の通信「やんちゃっこ」より)

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いたずらをしかる
いたずらをしかりつけていて、しばしプッと吹き出してしまうことがある。神妙にしていた子どもも、ボクに調子をあわせてニヤリとする。こうなってくると、もうしかっても効果なく、「これから気をつけるんだぞ」とまとめてゲームオーバーとなる。同じことをやっても、こちらの気分でしかるということもけっこうある。子どももえらい迷惑なことだが、笑って許せることと、そうでないときは紙一重だ。えらそうな教育評論家が「『おこる』と『しかる』はちがいます。おこらずにおちついてしかりましょう・・」なんていうけれど、それはあまりうまくない。なんでもかんでも「しかる」と、かえっていやみになる。
「どうしてそういうことをするの」「なぜ、よく考えずにやるの」「いいと思っているの?」「相手のこともなぜもっと考えてあげないの」などネチネチやると、子どももいつのまにか「俺が悪かったよな」という思いから「ウルセエババア(ジジイ)だな。てめえがぐちぐちいうからじゃねえか」という思いに変わるものだ。
まじめ、ふまじめ、いいこと、悪いことの差がいったいどこにあるのか示すのは難しい。わかっていてもやってしまうとき、いちばんめげているのは本人なのだ。(1〜2年生の通信「快感のラプソディー」より)

つらいこともうれしいこともすべて栄養
親の考えや生き方が、そのままにしろ反対にしろ、きちんと子どもに反映しますから、子育てはしんどいですね。でも、基本的には楽観的な方がいいのではないかと思います。しんどそうにやってても、結局あまり効果なく、「子どものために,私はこんなにがんばっているのよ」という暗黙のプレッシャーが子どもに行きますから。それに「学業成績は人間の素晴らしさに比例しない」というのを、あたりまえのことですが、念頭におきたいです。小学生のうちは、体を動かし、人としっかりかかわり、つらいこともうれしいこともすべて栄養だと思ってほしいのです。学習と言うことも、知的な好奇心や探求心が重要で、それを喚起させられるような教え方をしたいとボクは考えています。なにごともなく生活していれば安心でしょうが、だからといって子どもにとってプラスになっているかということとは別なんですね。
学校は家庭と同じように生活をする場で、そこにルールもあれば、役割の仕事もあります。傷ついたり、傷つけあったり、いっしょに悲しんだり、喜んだり、そんなドキドキハラハラのできごとを栄養にしてもらいたいと思います。
ご家庭の方も自分の子どもだけでなく、我が子の友だちも同じように成長していくことを願ってほしいと思っています。自分が楽しむためには、人にも楽しさを分けてほしいのです。(1〜2年生の通信「快感ラプソディー」より)

家庭訪問から思うこと
家庭訪問週間は人生相談週間と、ほぼ同じだなあと思いました。
「うちの子は消極的で、家ではよく話すんですけど、外ではダメなんですよ」「おっちょこちょいで、おちつきがなくて、集中力に欠けますの」などなど。
1人ひとりの子どもの性格についてくわしく調べ上げ、よいモデル(型)と照らしあわせチェックしているようで、もしみなさんの願望通りの人間になったら、まず息苦しくてボクなんか真っ先に日本から逃げ出さなきゃいけないと思っています。
○ おっちょこちょい→積極的・活発
○ ぐず・消極的→慎重・コツコツ型
という具合に、短所は長所でもあり、長所は短所にもなります。短所は長所で十分に補えます。事実、誰でも無欠点の人間に魅力など感じないでしょう。
ただ、だからといって居直ってもらっては困るのですが、毎日の生活の中で自分自身の短所に悩みつつ、短所を圧倒するような実行を、長所で推し進めていく以外ないようです。 どうぞしっかりお悩みなさい。  (1年生の通信「みちくさ」より)

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子どもとわたりあえる自信を
教師がいくら公務員でも、国家の持ちものでないのと同じく、子どもがいくら親に育ててもらっても親の私物ではありません。ボクは「それが親に向かっていうことか」といったそのとき、親はすでに敗北していると思います。なぜなら子どもは「べつに頼んで生んでもらったわけじゃない」といえるからです。
親が親であることにあぐらをかいて、子どもを私物化するとき、親は自分の無能さを子どもにさらけ出します。親としてではなく、人間同士として子どもとわたりあえる自信をもつことこそが、大変重要なことじゃないでしょうか。
「生んでもらってよかった」と、子どもは思いたいのです。 (1年生の通信「みちくさ」より)





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