大深度工事、おびえる住民
東京都調布市の住宅街で昨年10月に起きた高速道路「東京外郭環状道路」(外環道)の陥没事故。「大深度法」による国の認可を受け、地権者との用地交渉や補償をしなくても進めることができる大深度地下トンネルの掘削工事中に発生しました。この事故を受け、リニアの大深度地下トンネル工事の行方に注目が集まっていましたが、JR東海は着工に向けた一歩を踏み出しました。国の緊急事態宣言下の東京で6月8日、住民説明会を開いたのです。 井澤宏明・ジャーナリスト
「外環さん」とは違う
説明会は、「第一首都圏トンネル」(品川駅-仮称・神奈川県駅、約37キロ)が通過する品川と大田、世田谷の3区の住民が対象で、報道陣には「非公開」で行われました。
計画によると、「北品川工区」は約9.2キロ。品川駅近くに掘った「北品川非常口」から神奈川県川崎市の「等々力非常口」まで、深さ55~90メートルをシールドマシンで掘り進めます。トンネルの直径は14メートルもあります。
この日の説明会で関心が集まったのは陥没事故を受けたJR東海の対応です。担当者は事故の原因をNEXCO東日本が設置した有識者委員会の最終報告書に基づき、「特殊な地盤条件となる区間」における「施工に課題があった」と説明。「リニアには、事故が発生した『特殊な地盤』に当てはまる場所はないと考えているが、外環道事故を踏まえ、施工管理を強化する」と安全性を強調しました。
追加のボーリング調査を行うことを求める声が住民から上がりましたが、中央新幹線建設部の吉岡直行担当部長は「私どものところの区間は『固結シルト』がほとんどを占めており、きちんと地質が把握できている。『外環さん』と違って、掘っていくところの確認がしっかりとできているので、改めてボーリングをする必要はない」と自信満々に答えました。
一方、これまでは否定してきた大深度地下工事の地上への影響を一転、認めました。「シールドマシンが家屋の近くを通ったとき、どんなことが起こるのか」という問いに「ビット(刃)をぐるぐる回してトンネルを掘っていくので全く音、振動が出ないことはありえない」としたうえで、「建物の杭、基礎に振動が伝わって建物が小さく揺れる。それを振動として感じる人もいるし、空気の揺れを騒音、低周波音と感じる人もいる。騒音、振動、低周波音を抑え、シールドマシンがお宅の下を通っていることに気付かないようなるべく頑張りたい」と答えたのです。 さらに、トンネル真上と両側約40メートルの範囲で事前の家屋調査を予定していることを明らかにしました。
「住民の理解」って?
報道によると、会場に入れなかったマスコミにJR東海は説明会後、「住民からの理解を得られたと考えている」と説明したそうです。赤羽一嘉・国土交通相が陥没事故を受けて「地域住民の理解と協力」を得てリニア工事を実施するようJR東海を指導したことを意識した発言だと思われますが、これは長野県大鹿村など各地の説明会で多くの疑問や不安の声が住民から上がる中、JR東海が一方的に繰り返し不信を買ってきた「やり口」です。
報道陣の多くは、説明会の模様を録音してもらおうと、住民にボイスレコーダーを託しました。録音を聞くと、14人の住民が質問しています。質疑は途中で打ち切られたそうです。
「トンネルが真下を通り、陥没したり家が傾いたりするのではないか心配」「陥没事故ではシールドマシンの回転で低周波音が発生し、眠れる状態じゃなかったと聞いている。夜間工事はやめてほしい」「振動や音があると眼科手術ができない」――さまざまな不安の声が投げかけられましたが、「理解を得られた」ことを裏付けるような発言は1つもありません。
「大深度地下については、通常は補償すべき損失が発生しないと考えられる」(国土交通省パンフレットより)という大深度法の前提は陥没事故で崩れました。説明会に参加した「リニアから住環境を守る田園調布住民の会」代表の三木一彦さん(63)は「リニアのルートは特殊な地盤じゃない、安全なんだとなぜ断言できるのか。施工管理をうちはしっかりやるから大丈夫と言われても、人為ミスは起きる。『しっかりやる』と繰り返されるたびに不安になる」。不信感は募るばかりです。