危機の南アを守れ
リニア中央新幹線南アルプストンネルを巡る情勢が「風雲急」を告げています。トンネル掘削による大井川の減水問題についてJR東海の説明が二転三転し、静岡県との議論がこう着状態となっていましたが、「仲介役」を買って出た国土交通省が今年に入って、新たな有識者会議を設置することを提案。環境省や農林水産省も参加した議論を求めていた静岡県も「会議は全面公開で行う」「水問題に関わる各省庁の専門家や県推薦の有識者が参加、地元住民の代表も立ち会う」など5条件を示して同意しました。3兆円もの財政投融資をJRに貸し付けるための法律改正を行い二人三脚でリニアを推進してきた国交省にはたして、「中立」を期待できるのでしょうか。これからもしっかり監視していく必要があります。 井澤宏明・ジャーナリスト
240万トンの水をどうする?
「南アルプスにリニアはいらない」と題したシンポジウムが1月19日、神奈川県川崎市で開かれました。リニア建設によって危機的な状況に置かれている南アルプスについて考えようと、市民団体「リニア新幹線沿線住民ネットワーク」などが主催し、200人余りが参加しました。
「山場なんですよ、リニアの問題は」と話を切り出したのは、静岡県の有識者会議の委員としてJRと対峙してきた地質の専門家、塩坂邦雄さんです。
南アルプスと30年以上付き合ってきたという塩坂さん。「大井川の水が毎秒2~3トン減ると言ってますけど、これは工事が終わってリニアが走れる状況になったとき、トンネルの周辺からチョロチョロ出てくる水。イメージとしては、華厳の滝の渇水期の水量で、それと同じ量をポンプで戻そうとしている」と解説。
「それよりもっと重要なのは、トンネルが(断層)破砕帯を突き抜けると、240万トンの水が出てしまうとJRは言っているが、この大量の水をどうするんだ、という答えが出ていないこと」と問題点を指摘しました。「抜ける水は(240万トンの)ほぼ10倍だと思っている」とも。
トンネルに湧き出た水を沢に戻す悪影響にも言及しました。「トンネルの地下水温は年間ほとんど同じ15、6度。これを生態系のために戻すというが、水温が0度とか2度の沢に戻したら生態系を破壊するだけです」
さらに、JR東海道本線の丹那トンネル掘削中に発生した北伊豆地震(1930年)でトンネル内に3メートル近い横ずれが発生したことや、台湾地震(1999年)で断層がずれ河川に滝が発生した事例を挙げ、断層を貫く南アルプストンネルの致命的な欠陥も指摘しました。「トンネルがずれたら、時速500キロのリニアに止められる余地はありません」
最後のスイッチを押してしまう
日本自然保護協会で環境保護室長を務めた辻村千尋さんは、国立公園に指定されている南アルプスに、どうして巨大トンネルを掘ることができるのかという疑問に、「南アルプス国立公園の中には、リニアに関する設備が(計画されてい)ないからです」と答えました。
辻村さんによると、南アルプス国立公園は山の稜線部しか指定されていません。そこで、重要な環境が残っている大井川源流部まで国立公園の範囲を拡充すべきだという結論が、リニア計画が決まった直後に出されました。「環境省が負けたんです。リニア計画の方が先に進んでしまったので、環境省は国立公園の指定を拡充することができなかった」
南アルプスの高山植物のお花畑を取り巻く状況にも触れ、「シカの食害や地球温暖化で雪の降り方も変わって、お花畑は相当痛い目に遭っている。今回のトンネル工事で地下水全体の流れが変わり、最後のスイッチを押してしまう可能性がある」と危機感をあらわにしました。
南アルプスが登録されているユネスコのエコパークには、定期的な報告が義務づけられています。辻村さんは「リニアのトンネルができて、(大井川源流部の)二軒小屋あたりまで道路が整備されて観光バスが行くようになったら、エコパークの指定が相当、黄色信号になるのではないか。予防的観点に立って見れば、リニア計画は止めるしかない」と訴えました。