「水枯れ」経験した掛川
南アルプスを愛した山岳写真家、白籏史朗さんが11月30日、86歳でなくなりました。5年前の2014年9月、白籏さんがリニア中央新幹線建設に反対する集会で講演する様子が動画投稿サイトYouTubeで公開されています。白籏さんは「気持ちが非常に落ち着く、包み込んでくれるような山地」と南アルプスの魅力を語り、リニア南アルプストンネル計画について、「トンネルを掘るということで、地下水の流路がどのように変わるかということが非常に心配。森林に相当大きな被害が出るのではないかと思います」と警鐘を鳴らしています。「何か工事すると金が絡む。金が絡むとつい巻かれてしまう人もいる。それによって自然は荒れ、地下水は枯れ、生物は減ってしまう。悪循環なんですね」。その言葉は、長年にわたり山々の襞を分け入って歩き続けた白籏さんの実感だったのでしょう。 井澤宏明・ジャーナリスト
60万人の生活用水
静岡県掛川市で12月3日、「掛川の水について考えるシンポジウム」が開かれました。平日の昼間にもかかわらず会場の市生涯学習センター大ホールには約500人が詰めかけました。リニアの南アルプストンネル建設で大井川の水が減る問題を受けて、身近な水について考えてもらおうと市が主催したものです。
長年、水不足に苦しんできた掛川市には県内の3分の1に当たる200以上の「ため池」が作られ、毎日の水くみが大変なことから、「水のない掛川には嫁をやるな」と言われたという悲しい歴史があるほど。現在、使用量の9割を大井川の水でまかなっていますが、大井川の渇水により、最近では昨年12月から今年5月まで147日間も節水対策を行いました。
同市には苦い経験があります。新東名高速道路の粟ヶ岳トンネル掘削工事で2000年5月、地域の水道の水源だった粟ヶ岳中腹の湧水が枯れてしまったのです。
パネリストとして参加した富士東製茶農協の平井文男組合長は、年間収入の7、8割を得る「一番茶」シーズンに水が枯れ、製茶に必要な水を給水車で運んだこと、その後、中日本高速道路(ネクスコ中日本)の補償で上水道が整備された(水道料は30年分のみ補償)経緯を振り返り、こう語りかけました。
「お風呂のふたを開けて湯気が出てきたとき、今のカルキ臭がする水に最初は慣れることができなかった。本来のおいしい山の湧き水を飲んでみたいという思いがあります」
ネクスコが工事前に、「水は枯れない」と地域の先輩たちに説明していたこと、水枯れ発生当初は、「因果関係は調べてみなければ分からない」となかなか話し合いにも応じなかったことを挙げ、「JR東海は(大井川の減水について)色々数字等を言っているが、本当にそれが正しいのか。(水枯れの経験があるので)信用できなくなっている」と訴えました。
「県民共有の財産」
基調講演を行った静岡県の難波喬司副知事は、JR東海が推計している大井川の毎秒2トンの減水量について、「大井川の水を利用している約60万人の生活用水がそっくりそのままなくなるということ」と解説。JR東海が「原則として、湧水の全量を大井川に流す」と表明したのは昨年10月、減水を公表してから5年後のことでした。
ところが今年8月になって、「先進坑がつながるまでの工事期間中、山梨、長野両県へトンネル湧水が流出する」ことをJR東海は明らかにしました。静岡・山梨県境には地下水をたたえた「畑薙山断層」があることが分かっています。難波副知事は、映画「黒部の太陽」を例に挙げながら、「断層の水が枯れるまで出し切って、それで工事が再開になる。1年間ここから出た水は全部、山梨側に流れる。それでも大井川水系の水は減らないと言っている。まったく理解できない」とJR東海を批判、議論がこう着状態にあることを伝えました。
さらに、「水循環基本法」などを紹介して、「トンネルで出る水はJRの水じゃない。県民共有の財産を、よそに流す権利はどこにもない。ここはどんなことがあっても我々は譲れない」と決意を述べ、利水者の応援を求めました。