vol.190 夢か悪夢かリニアが通る!vol.19

 あなたの家の軒先に高架橋が現れ、時速505キロで車両が行き交うようになったら――そんなことを想像したことがありますか。前回の東京オリンピックが開かれた1964年10月に開業した東海道新幹線を巡って、沿線の名古屋市の住民が騒音や振動の差し止めと損害賠償を当時の国鉄に求めて、「名古屋新幹線公害訴訟」を起こしました。長い裁判を経て86年に和解は成立しましたが、国鉄を引き継いだJR東海はこの経験から何を学んだのでしょうか。新幹線開業から半世紀を経た今、リニア中央新幹線で「いつか来た道」を歩もうとしています。                  井澤宏明・ジャーナリスト

見上げれば超特急

「最後の手段」、差し止め提訴

 品川―名古屋間約286キロのうち9割近くがトンネルのリニア。既に実験線(全長42・8キロ)が完成している山梨県では全体の3割以上が地上部を走る予定です。
 住宅地の真上を通るリニアの巨大な高架橋によって静穏な生活が破壊される――などとして、山梨県南アルプス市の沿線住民が5月8日、事業を進めるJR東海を相手取り、同市内の建設工事差し止めや慰謝料を求める訴訟を甲府地裁に起こしました。

 提訴したのは「南アルプス市リニア対策協議会」の8人。同協議会は昨年4月、JR東海がリニア建設用地として幅約22メートル(両側4メートルが緩衝帯)だけしか移転補償の対象としないことなどに異議を唱え、甲府簡裁に民事調停を申し立てました。
 民事調停で住民側は、▷リニア用地から約30メートル以内の住宅の移転または金銭補償▷高架橋で分断される「残地」の買い取り▷日陰が発生するすべての住民に対して、日陰の時間に応じた補償――などを求めました。これに対しJR東海側は「いずれも応ずることはできない」とし、調停は不調に終わりました。
 やむなく提訴となったわけですが、原告の志村一郎さん(77)は会見で、「最後の手段という気持ち。JR東海とは何回も話し合ったが、沿線住民の生活に配慮していないことがはっきりした。(リニアが)軒先を通るような場合でも、移転対象ではない、金銭補償がない、ということですから、どなたも納得できない。少なくとも正当な補償を求めたい」と訴えました。
 訴状では、リニア建設予定地になったために、原告の土地や建物の価値が低下、将来の生活設計が台無しになり精神的苦痛を負っていると主張。高架橋が建設されリニアが開業すると、公害が起こり健康被害をもたらすと指摘しています。
 具体的には、▷高さ30メートルの高架橋の日陰になり、冬至には日照が1時間になる▷早朝から深夜まで6分間隔で車両の騒音や振動にさらされる――ことなどを挙げています。 
 


百害あって一利なし

 原告のトマト農家河西正廣さん(71)は、リニアにより農地が斜めに分断され、高架の日陰で栽培が続けられなくなります。

 「我々の地域は風光明媚で過ごしやすい穏やかな街です。ここに、怪物のような半永久的なものが出来てしまう。リニアで利便性が良くなると言われているが、我々にとって、『百害あって一利なし』です」と、語気を強めました。
 差し止め請求の対象は同市内の約5キロですが、代理人の梶山正三弁護士は「全部を止めるのと同じ効果を狙っている」と説明しています。JR東海は、リニアは「公共事業」で「公共の利益となる事業」だとしていますが、梶山弁護士は「リニアは、不特定多数のためという意味で『公共性』はあるけど、皆のためになるという『公益性』はみじんも認められない。皆のためにならない事業だったら、『皆さん、我慢する必要ありませんよ』という理屈です」と、差し止め請求の理由を解説しました。
 リニアを巡っては、国の事業認可取り消しを求め約800人が起こした行政訴訟が東京地裁で続いていますが、JR東海によると、建設差し止めを求める民事訴訟は初めて。
 金子慎社長は5月30日の記者会見で南アルプス市の裁判について、「リニア工事を差し止めてほしいという大きな要求で、私たちとしては応じがたい」と述べたと報じられています。しかし、住民が自分たちの生活を守ろうとすることが、果たして「大きな要求」と言えるのでしょうか。





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