vol.189 夢か悪夢かリニアが通る!vol.18

 名古屋城に近い官庁街。ビルとビルの間に直径約40メートル、深さ約90メートルの大穴を開ける工事が2年余り前から進んでいます。リニア中央新幹線「名城非常口」です。本線のトンネル掘削の起点になるほか、完成後は乗客の避難口になる予定です。今年3月中旬、この非常口の掘削工事が地下水湧出のため中断していることが一斉に報道されました。掘削は昨年12月下旬から止まっていたそうです。JR東海は筆者の取材に対し、「周辺の地下水への影響は起きていない」としていますが、果たして今後もそう言い切れるのでしょうか。周辺は愛知県警本部や名城病院などもある名古屋市の中枢。注視していく必要があります。今回は、南アルプストンネル工事が行われている長野県大鹿村の今をお伝えします。
                 ジャーナリスト・井澤宏明

「二人三脚」JRと村

工事車両通行のための道路が、これまでの道路を寸断するように完成していた。左は国の重要文化財に指定されている福徳寺本堂

約束の5倍の工事車両

1月16日夜、大鹿村とJR東海による村民対象の懇談会が開かれました。目的は、南アルプストンネル工事で掘り出した残土の運搬について、JRが計画していた「う回ルート」を使用できる目途が立たないため、今後も国道152 号を使わせてもらいたい、と説明することです。
 JRによると、これまでピーク時で1日68台だった工事車両の通行が、来年3月までに5倍近い314台になるといいます。国道の周辺には、大鹿小学校や商店、住宅地があり、「う回ルートを作って残土運搬のダンプが国道を通るのを避ける」とJRはこれまで説明し、住民の我慢を強いてきました。「約束が違う」。多くの住民が驚き、不安や不満を抱くのも当然のことです。
 冒頭のあいさつで、大鹿村の柳島貞康村長とJRの古谷佳久・長野県担当部長は「う回路の地権者の合意がいただけない」ことを理由に、国道を使わざるを得ないと説明しました。
 新聞報道などによると、う回ルートに私有地を持つ旅館経営者と村、JRは2016年末から協議を続けてきました。ところが、JRが示した使用条件に、旅館経営者側が不信感を募らせ昨年10月、長野県に公害調停を申請したのです。
 JRが示したのは日曜を除く週6日間の運行。一方、旅館側が求めているのは、「旅館のお客さんにも住民にも迷惑がかからない工事」。具体的には、土曜や長期休暇、通勤時間帯の運休や台数の制限などですが、両者の隔たりは埋まらないままです。

住民を「吊し上げ」

村内のあちこちに、工事により車両通行を制限することを伝える看板が。右奥に南アルプスの赤石岳が見える

 会場では、旅館経営者の娘である前島久美さんが、村側の制止を振り切るようにして発言。「調停で話し合いを続けているにもかかわらず、台数を増やして住民生活に負担をかけるのは、地権者としてすごく残念に思っています」と、苦しい胸の内を明かしました。
 さらに、「私たちが少なくとも生活を維持していくためには、これだけのことを守ってほしいということを求めているだけです。調停の結果を待って、う回ルートの整備が整ってから工事車両を増やしてほしい」と訴えました。
 地権者を「吊し上げ」るような形で懇談会が進められることにも疑問が投げかけられました。「この小さな村の中で、『地権者』と連呼するっていうのは、ちょっと(おかしい)。これは、個人の問題ではないのに、それをあたかも個人の問題であるかのような説明会を開くのは、ちょっと違う」と住民の女性。
 どうしてそんなに工事を急ぐのでしょう。「工事が遅れているんですか」という住民の問いをJRは否定した上で、残土置き場になっている村総合グラウンドを「2020年度半ばまでに使えるようにする約束を考えると、314台の台数増加をお願いせざるを得ない」と村側の都合であるかのように説明しました。
 そもそも、グラウンドに盛り土をする必要はありませんでした。残土を受け入れるために使用できなくなっているだけです。ところが、柳島村長も「いつまでも使えないというわけにはいかない」とJRを擁護しました。
 2時間余り続いた懇談会の終盤、柳島村長は314台の国道使用について、「容認すべきだと考えている。ご協力、ご理解をお願いしたい」と住民に呼びかけました。そこには、南アルプストンネル工事着工を受け入れる苦渋の思いを語った2年余り前の姿はありません。