2025年の大阪万博開催が決まりました。東京五輪(2020年)、リニア中央新幹線品川ー名古屋開業(2027年、あくまで予定)との3点セットは、高度成長期の東海道新幹線、東京五輪、大阪万博をほうふつとさせます。1970年の大阪万博のテーマは「人類の進歩と調和」。私たちはあれから、進歩し調和してきたのでしょうか。進歩の象徴とされるリニア工事が引き起こしている不調和と向き合うたび、首を傾げざるを得ません。 ジャーナリスト・井澤宏明
痛めつけられ 失われ
惜別の市民散策会
リニア神奈川県駅が建設される予定の神奈川県立相原高校(相模原市)。連載5回目で紹介したこの学校は来春の移転が決まってしまいました。11月10日には最後の市民散策会が開かれ、約80人の参加者が別れを惜しみました。
10ヘクタールを超える広大な敷地に約150種類の木々が植えられている校内は、市民が通り抜けできる憩いの場。生徒が育てる牛、豚、ヤギやポニーは子どもたちの人気者です。
散策会は19年前から、市民団体「教育と緑ある橋本の町づくりを考える会」が開いてきました。最終回の案内役を務めた安藤弘明さん(66)は元同校理科教師で会の発足メンバーです。「移転危機が何回もあり何とか持ちこたえてきたんですけど、とうとう移転することになってしまいました」。
土曜日にもかかわらず、この日も家畜をかいがいしく世話したり、大根を収穫したりする生徒の姿がありました。
会代表の浅賀きみ江さん(69)は1980年代、見知らぬ土地に引っ越してきて行く当てもなく、毎日のように子どもを連れて同校に通いました。「子育てをさせてもらった場所なので本当に残念。橋本の町の誇りだと思ってきました」。
リニア駅建設に伴い同校跡地は再開発の対象となり、のどかな風景は一変します。移転先は約2㌔離れた職業能力開発総合大学校跡地。駅からバスで約30分かかります。
埋めがたい隔たり
南アルプストンネル掘削により、「大井川の流量が毎秒約2トン減る」とされる問題を巡り、JR東海とのにらみ合いが続いてきた静岡県。JR東海が「トンネルの湧き水全量を大井川に戻す」と方針を変えたことで、事態が動き始めました。11月21日には静岡県庁で、リニアに関する2つの会議が立て続けに開かれました。
先に開かれた有識者会議。JR東海がようやく公表した2トンの根拠を示す膨大なデータを検討した地質専門の委員は、垂直ボーリングが極端に少ないことなどを挙げ、「2トンの根拠は何もないことがはっきりした」と指摘しました。
続いて行われた環境保全連絡会議には、JR東海の担当者も出席。湧水を電動ポンプ6台で戻す計画について、水工学専門の委員が「恒久的という観点から疑問がある。何万年、何十万年という規模で検討してもらいたい」と迫りました。
これに対しJR東海の澤田尚夫部長は「リニアの構造物は50年、100年使っていく。JR東海がどこまで会社としてあるか分からないが、会社が続く限りメンテナンスと運営はやっていく」としか答えられず、埋めがたい意識の隔たりを感じさせました。
生態系専門の委員は「地下の湧水を川に戻すと、水質が違うために生態系が全滅状態になる」と危機感を訴えましたが、澤田部長は「どんなことを調べればいいのか」と逆質問する始末。
「あまりにもひどい」。難波喬司副知事が口をはさんだのは、大井川下流にある島田市の担当者がJR東海の説明に懸念を示したことに対し、「下流域への地下水の影響は考えにくい」とJR東海側が改めて説明した直後でした。副知事は「地下水に影響が出ているのに、『影響を及ぼすことはありません』と言うのが根本的な問題だ」と苦言を呈しました。
「ご理解を深めていただいたものと考えている」。会議後、取材陣に囲まれた澤田部長は、長野県を担当していたときと同じような独りよがりな発言を繰り返しました。
一方、国土交通省時代に公共事業を手がけた難波副知事は「事前にリスクを徹底的に小さくして、利水者の皆さんや自然環境を考えている方々が、『それぐらいだったら、やってもいいんじゃないか』というところまでリスクを落とさないと、(トンネル本坑に先立って掘削する)先進坑にはいけないと思っている」と、前のめりなJR東海の姿勢にくぎを刺しました。