2018ぎふ平和のつどい
講演 青木未帆さん(学習院大学教授・憲法学)
「9条を守るのは誰か〜問われているのは私たち」
憲法を誰が守るのか、国家が守らなくちゃいけない、国家に守らせる。同時にそのことを支えているのは、最終的には私たちであるということを改めて共有したいと思います。
日本国憲法を「あんな憲法」と言った安倍首相ですが、なんで嫌いなのか。端的に言えば「個人が一番大切だから」とか、「自由が大切だから」、ということを今の日本国憲法が正面から掲げているからだろうと私は考えています。
「状況」
状況は二つ。一つが政治の中での状況。今政治がどれくらい前のめりになっているか。二つ目は国民がどういう状況にあるのか。国民といっても、世代や性別で温度差があるので誰に何を伝えられるよう訴えていくのか気をつけないといけないと思います。
現政権は2019年8月25日の日曜日に憲法改正の国民投票をしたいと、考えていると思われます。これをストップできるのは私たちです。現在の国民投票法によると、国民運動の期間を設けるときに、最短で60日という定めになっています。2ヶ月間でもしかすると憲法改正ということになるかもしれない。多くの国民にとって、まだ大丈夫だろうと、なんとかなるんじゃないかと思われている今が、改憲を望む側からするとチャンスと見られているのかもしれない。注意をしなくてはいけません。
出発点としては、2017年の衆議院選挙の公約にすでに掲げられて選挙を経ているということ、これは非常に重要です。さらに2018年10月20日には安倍首相が総裁選3選された時に「いよいよ国民のみなさまと憲法改正に向けて進んでまいりたい」というような言葉もつかわれました。
私たちが警戒しなくちゃいけないのには十分理由があります。2013年、内閣法制局長官の人事、無理矢理にクビをすげ替えたのは8月8日のことでした。その冬には特定秘密保護法MSC4、いずれも国民的反対が強いものでしたが強行採決され、翌年7月1日には閣議決定。政府の解釈を変えて憲法改正をしないと集団的自衛権を行使できないと言われていたものを、一夜にして変えてしまった。その次の年には「新安保法制」。戦争法とよばれるようなものが国会で作られ、これも強行採決でした。無理が通れば道理が引っ込む、というような状況で、なにがなんでも自分たちがやりたいことはやるんだという強い意志が示されています。憲法改正に向けた布陣が整えられ、身内の中から、今まで憲法改正を最前線で扱ってきたような人からの批判をものともしない、というところに最大限の警戒をしたいと思います。
さて、この前のめりになる政治に対して国民はどうでしょうか。まだまだ憲法改正には関心がないわけではないけど十分に考える時間がない、という方のほうが多いんじゃないかと思います。今はまだ国民があまり関心がないから大丈夫じゃないかという人が多いのなら、それでは甘いと言うべきだと思います。
各紙世論調査での傾向を見てみます。若い世代の自民党支持率が高いということなど、一定の傾向があります。その中身ちょっと見てみたいと思います。
安倍政権(内閣)を支持しますか?支持しませんか?という問いについて。
男性女性、年代をならして全体として支持をするというのが(10月の時点・朝日調査)40%。不支持も40%。その他、答えないが20%。男性と女性でだいぶその違いが出ています。そして、若い人と中高年で違いがございます。詳しく見てみます。
まず支持率。男性の場合、50歳以降と49歳よりも前の傾向が違います。50歳以降になると、支持率よりも不支持率のほうが高くなりますが、若い人たちは非常に明確に安倍政権の支持のほうが高い。女性についても若い世代は支持率が高いという傾向があります。ただ、女性の18歳から29歳までの結果をみると、その他、答えないというのが50%。どう考えたらいいのか決めかねているという人の方が多いのかもしれません。支持と不支持で見てみると、支持の方が高く34%。女性の場合も49歳までと50歳以降でラインが分かれ、50歳以降は不支持が高い。多くの問題について世代間で違いがあるところに注意が必要かと思います。
このように一口に国民といっても温度差があって、見ている世界と見えている世界が違う。誰に何を、誰の心に響き届くか、どのような言葉をどうやって発信するのかが問われています。
ところが、次の質問については、どの世代をとっても同じような傾向が出ています。それは何か。
「あなたが安倍政権に一番力を入れて欲しい政策はなんですか。次の中から一つだけ選んで下さい。」
1-景気・雇用、2-社会保障、3-財政再建、4-外交・安全保障5-地方の活性化、6-憲法改正。
一番多いのは、社会保障で全体の30%の方が一番にあげています。二番目に景気雇用、地方の活性化、その次が財政再建。憲法改正は一番後で全体としてみて5%です。実はこの傾向はどの世代もだいたい同じです。
興味深いのは、次の問い。「安倍首相はすべての世代が安心できる社会保障制度への改革を3年かけて行うとしました。これに期待できますか?できませんか?」
中高年層は「期待できない」という人が圧倒的に多く6割7割を超えています。ところが、若い世代、男性も女性も、「期待できる」という人が半数を超える。考えてみれば、国家とか社会に対する基本的な信頼があるということです。若い世代が絶望していたらもう終わりですよね。なんとかなるんじゃないかという基本的な信頼のうえに、まだ私たちの社会があるということに希望を見いだしたいのだろうと思います。その上で、どの世代にとっても、私たち一人ひとりが大切にされる政治をこれだけ求めているのですから、それを全面に出して、「平和」と「きちんと人間らしく個人として生きる」ということは、非常に密接で不可分でありますので9条と25条がコラボのような形で訴えていく必要もあるのではないかと最近強く思ってます。
国民投票
国民投票法によると最低投票率という定めはありません。世論調査からはこのように揺れ動く、どちらにも転ぶような層がたくさんいることがわかります。これだけ、憲法改正の中身の説明を一切しないというのは「国民的な議論が起こったら困る」と考えていると言うべきじゃないか。だから、今が大切な時なのです。
「やるべきことはただ一つ、憲法改正だ!」このようなストレートで、何も考えないでいいというような主張はとても強いです。
果たして憲法改正に反対しようとする人たちは、同じようなレベルになれるんだろうか。なにも考えなくていいから、憲法改正にただただ反対すればいいと・・・それはちょっと違う。やっぱり目指すべきは平和の姿、こんな社会になって欲しいとか、いろいろと理想がある以上、何でもかんでも反対で一つにまとまろうというのは、むずかしいんですね。
憲法というのは一部の人のものではありません。私たちみんなのものです。さらに私たちの子どもとか孫とか、その先の世代のものでもあります。みんなで考えなくちゃいけないところを、「考えないでいいです、何も変わりません」という詐欺的な言葉に騙されてはなりません。やはり、将来に対して、私たちのその次の世代に対する責任、責務を考えると絶対に阻止しなくてはいけない。と同時に日本国憲法改正草案の世界観が、日本国憲法とは真逆であることに警戒しないといけないと思います。こういう世界観がバックにあるのが今の改憲論だと。その中で一つだけ申し上げたいのが人権についての考え方が全然違うことです。人権を主張するときに、ほかの人の迷惑にならないというのは当然です。私たちの社会の中で人様に迷惑をかけないようにいうのと、国家が人の迷惑になっちゃいけない、というのは根本的に違います。迷惑だということを国家が判定するならば、これは人権ではなくなってしまいます。
9条加憲
日本国憲法9条については、みなさんよくご存じの通りですね。
戦争はしません、戦力持ちません、交戦権も持ちません、と掲げています。日本国憲法ができる前に大日本帝国憲法があったわけですが、大日本帝国憲法には軍隊にかかわる規定がたくさんありました。軍隊というのは何よりも特別扱いをされる集団で、軍にかかわる規定の一切合切をなくしたというのが憲法9条の一つの効果でした。しかし、自衛隊を作りました。自衛隊はどうやって説明したらいいのか、みなさんもご存じの通り軍隊だとは言われてこなかった。憲法は戦力を持つことを禁じています。でも自衛隊はその戦力に当たらないから持つことができるんだ、ということです。
実は政府は、防衛作用を行政作用の一つとしています。防衛省というのは内閣の下にある省庁の中の一つで行政組織です。この防衛省を別の角度から見ると、自衛隊なんだと説明してきました。
考えてみると、外から攻められたときに国を護るため闘う、そのとき闘って殺すのは他の国の人たち。だから国内で権力を行使されるのとは、そもそも根本的に違う作用だ、特別なんだという言い方が、かつて軍隊ではされていた。でも、自衛隊は普通の国家行政組織で普通の役所なんだから特別扱いできない。今は特定秘密保護法という法律ができてしまいましたが、こういう限界を設けていたのが9条の意味です。
自衛隊を設けるというのは、要はその特別扱いをする根拠を正々堂々と書き込むということになります。では特別扱いされるとはいったいどういう意味か。日本国憲法の90条、という条文に、こういう定めがあります。
「国の収入・支出の決算はすべて毎年会計検査院がこれを検査し内閣は次の年度にその検査報告と共に、これを国会に提出しなければならない。」会計検査院法1条には「会計検査院は、内閣に対し独立の地位を有する」とあります。
森友学園の8億円値引きに根拠がない、という報告書をめぐって新聞報道等でかなり大きく扱われました。いまだによく分からない部分がありますが、値引きに根拠がなかったとした会計検査院はよく頑張ったなぁという雰囲気があったと思います。会計検査院法が内閣に対し独立の地位を有する、と定められるからこそです。会計検査院の特別扱いの根拠も、自衛隊を同じように特別扱いする根拠を設ける一つの対比として考えられると思います。
日本国憲法で憲法上の機関はいくつあると重いますか?立法権、行政権、司法権の3つ。立法権を与えられている機関は国会で、衆議院、参議院。お互い独立していますから2つ。行政権は内閣、司法権は裁判所です。それからこの会計検査院を入れて5つなんです。憲法が権力を分割して立法する、法律を作る、法律を執行する、その過程で出てきたさまざまな紛争を解決するといったようなことと、お金があってはじめて政治ができますので、会計検査については内閣に対して独立の機関がきちんとこれをチェックする、という枠組みができます。このようなところで、自衛隊を憲法に書き込むというのは、この5つを6つにするということになります。書き込むならどういう作用を果たすのか、ほかの機関との関係はどうなのか、それを書くのが憲法ですから、書かなきゃいけない。ところが素案を見ると、「法律の定めるところにより」、という言葉使いのみで具体的な説明がない。いかに国民を愚弄した姿勢であるか。もっと怒るべきだと思います。
当然のことながら、憲法に今あるバランスを崩すとなると、ほかの機関との関係でもほんとうは議論しなきゃいけないはずです。国会がきちんと、内閣の判断に是非を問うことができるような権限が与えられなくてはならない、あるいは、裁判所が後からでも正当性を審査する権限が与えられなきゃいけないんじゃないかと思います。
自衛隊を明記する、ということは憲法上の機関として扱うということです。自衛隊を憲法上に書き込むことになれば、政治にかかる責任が今よりもっと重くなります。果たして今の政治は、当事者であるという意識をちゃんと持っているのでしょうか、何か自分事ではないような気がします。
憲法を守るのは誰か
最後に「憲法を守るのは誰か」。憲法12条にも書いてあります。この憲法を保障する自由というのは、国民の不断の努力によって守られる。これが今問われているんでしょう。私たちが言わなければ、政治は自ら説明することを拒否している状況にあります。よりよく人権が守られるために、平和を守るために、どういうような社会にしていくのか、私たちが声をあげる必要が今まで以上に強く必要になってきます。
あおい みほ ○ 学習院大学教授・憲法学
主な著書として『憲法を守るのは誰か』(幻冬舎ルネッサンス新書)、『憲法と政治』(岩波新書)、『はじめての日本国憲法』(PHP研究所)、最近の編著に『憲法改正をよく考える』(日本評論社)がある。昨年発足した「安倍壊健NO!3000万人署名全国アクション」の呼びかけ人の一人として、多くの講演や執筆活動だけでなく国会前行動なども参加している。