今夏の西日本豪雨では、山あいの集落が土石流にのみこまれ、たくさんの人たちが犠牲になりました。自然の前に人間はいかに無力であるかを改めて思い知らされるとともに、真っ先に思い浮かんだのはリニア中央新幹線の残土のことです。リニアは品川-名古屋間の86%がトンネルのため、東京ドーム約50杯分もの残土を出します。JR東海は多くを谷沿いに積んで処理する予定ですが、今回のような豪雨に襲われないという保証はありません。そのとき何が起こるのか、被災地が教えてくれていると思うのですが。 ジャーナリスト・井澤宏明
公聴会で語られたこと
地上への影響を否定
豪雨で交通機関が混乱しているさなかの7月6、7の両日、国土交通省主催のリニアに関する「公聴会」が名古屋市内で開かれました。
「公聴会」とは、重要な政策決定をする際、関係者や有識者などの意見を聞く制度。JR東海がリニア建設のため、東京、神奈川、愛知3都県の計50・3キロを対象に、深さ40メートル以上の「大深度地下」使用について国土交通相に認可申請したことから開かれました。
大深度法によると、国の認可を受ければ、事業者は住民に補償することなく、大深度地下を使用することができます。騒音や振動、電磁波、地盤沈下や地下水への影響、地価の下落などが憂慮されますが、JR東海は「問題となることはない」などと、これらを否定しています。
ところが、既に大深度地下使用を認可されトンネル工事が進んでいる東京外郭環状道路で今年5月以降、酸素濃度の低い空気が工事現場の上を流れる川に漏れ出して気泡が発生したり、地下水が流れ出したりするトラブルが発生しています。
公聴会では、事業者のJR東海を始め「賛成」側の7人、「反対」側の6人が公述に立ちました。JR東海をのぞく「賛成」側の6人は、地元経済界などを代表するメンバー。沿線住民からはめったに聞くことのできないリニアへの期待をどのように語るのか、注目しながら耳を傾けました。
合理的説明なされたか
公聴会初日、中部経済連合会の小川正樹氏がアピールしたのは、「新たなライフスタイル」です。
リニア長野県駅が計画されている飯田市は、東京まで高速バスで4時間余りかかりますが、リニア利用で45分に短縮される計画です。想定される効果について、小川氏は次のように述べました。
「飯田に住み、それ以外のところに仕事場がある、という2拠点居住も可能になる。東京や名古屋だけに住むのではなく、(飯田との)2拠点を行き来するライフスタイルが生まれ、若者やシニア層、シニア予備軍の移住も期待できる」
愛知県観光協会の鈴木隆氏は、「愛知県は、2、3泊と長く泊まってもらう観光資源に乏しく、1泊の方がほとんどだ」と、厳しい実情を打ち明けたうえで、リニアで首都圏からの往復時間が大幅に短縮されることにより、「(名古屋の)滞在時間が2時間延びる効果はとても大きい」と、飲食などによる経済効果に期待を示しました。
2日目に登場した名古屋都市センター長の奥野信宏氏は、元名古屋大学副総長で国土審議会会長。「スーパー・メガリージョン構想」を推進しています。
スーパー・メガリージョン構想は、リニア沿線を人口7000万人に上る巨大な広域都市圏として機能させ、東京一極集中を是正したり、人口減少に歯止めをかけたりしようという国家プロジェクトです。
奥野氏はリニア効果の具体例として、名古屋に住む学生が東京の大学に通学出来るようになることを挙げました。
「東京の大学に行きたいというお嬢さんを持つ家庭では、『一人暮らしをさせるのは不安だから、名古屋の大学に行かせる』という話をよく聞くが、40分で通えたら東京の大学へ行かせることも可能になるのではないか」
公述を聞きながら私の頭をよぎったのは、「ストップ・リニア!訴訟」の原告が法廷で語った以下のような言葉でした。
「私たちは、これから行われるリニア新幹線の工事によって、さまざまな被害をこうむることになります。問題は、私たちにそうした実害を与えてもなお、リニア新幹線が必要だという合理的説明がなされていないことです」