vol.185 かなでの沖縄だより vol.9

碧い海、碧い空。沖縄というところ

7月8日、静岡から来た知り合いのTさんたちと南部戦跡巡りをしてきました。最初に陸軍病院南風原壕群20号へ。南風原文化センターから「飯あげの道」という、ひめゆり学徒たちが当時ご飯を担いで壕まで行ったという道はすごい急坂でした。今は道が整備されているけど昔は砂利道だったと聞きました。ここを、攻撃を避けながら食料を担いで行くのはとても過酷な任務だったと考えると恐ろしくなりました。壕の中に入った瞬間冷やっとしました。長さが約70メートルあり、途中19号と21号と2つの壕に分かれる交差点のようなところが手術場。あんな狭い道にベットがあり、すごい臭いがしたり人のうめき声やうなり声が聞こえたと聞くと本当に恐ろしく感じました。たくさんの木々が生い茂っている小山の中に壕があるのに なぜやすやすと米軍に見つかり、火炎放射にやられてしまったのか?という疑問を投げかけたTさん。「今ではこんな森だけど、当時は一面、焼け野原で見渡せたから」と教えてくださった時、わたしは言葉を失いました。ここで私たちのチームをガイドしてくださったおじいちゃんに「私 今沖縄に住んでいるんだよ」話すと、最後に「あなたたち若い子がたくさん学んでたくさん発信してね。あなたもこんなことしたくないでしょう?だから、ちゃんと学んで伝えてね。今日は私の話を聞いてくれてありがとう。来てくれてありがとう」と言ってくださいました。

平和祈念公園・魂魄の塔
次に平和祈念公園と魂魄の塔に行きました。日本では沖縄でしか見られないんじゃないかなというくらい真っ青な空、真っ青な海でした。けれども、1945年の夏米軍の上陸により逃げ場を失った人たちがその絶壁から飛び降りた、恐ろしい光景をイメージしながらこの景色を見ていました。

ひめゆりの塔・資料館
最後にひめゆりの塔と資料館へ行きました。南風原町で壕の見学をし、展望台からの素晴らしい景色を見た後だったので、感動も大きく考えさせられることがたくさんありました。1つ1つの展示物を見て、資料を読んでいたら知らないことばかり。改めて、沖縄戦が激戦だったこともわかりました。同時に、これだけのことを知っている人ってどれだけいるのだろうと思いました。日本で唯一の地上戦。「こんな事があったんだよ」って少しでもみんなに知ってもらえたらと今までで一番強く感じました。
ひめゆりの塔に着いて私が忘れられない光景が1つあります。それは、お花を持って塔の前で泣いて何かを語りかけていたある男性の姿です。二度と同じことを繰り返してはいけないということを改めて思いました。
最後に私のバイト先の奥さんからこんな事を言われました。
「ひめゆりの塔や壕に行って、少しどよんとしたかもしれない。でも、ちゃんと共感できたのは心がちゃんとしている証拠。少しチルダイ(心も体もだれてしまった)しただろうから、途中でアイスでも食べて今の有難さを感じて。亡くなった人は、凹んでないでもっと頑張れ!と言っているはずだよ」と。そうなのかなと思ったら少し前向きに考える事ができました。学んで終わりでなく「ちゃんと伝えて、みんなで考えて、二度と同じことを起こしたらいけないんだよ」と思いました。南部巡りもして、私の大好きなお店で沖縄料理を食べたり、海水浴をしたり…。楽しい時だったし、とても勉強になりました。
沖縄って素敵な場所だなって改めて思いました。でも、ここまでにすさまじい歴史があり、今も基地問題やオスプレイ問題などのたくさんの問題をかかえている沖縄です。海水浴をしてる上をオスプレイが通って行きました。なんでこんなに素敵な場所が力ある者の意のままに踏みにじられていくのかと思うと、とても辛く思います。みんなが幸せな暮らしができる。そんな世界にしたいと心から思います。





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