vol.185 ホスピスナース奮戦記 vol.10


生前準備についておもうこと

7月10日。容態の確認のための訪問だった。ヘルパーさんから「さっきから患者さんは息をしていないようだ」という連絡が入りアパートにつくと、患者さんはとても安らかな顔をしていて、一目で亡くなっているとわかった。死後硬直も始まって、腕が曲がったまま、体も半分横向きになった姿で硬くなりはじめていた。確認のためバイタルをチェックするが、呼吸も心音もない、脈も感じられず瞳孔も動かない。ヘルパーさんは英語が通じないので、通訳電話を介し話しを聞くと、3時間以上前から息が浅くなったと判明。亡くなったことを伝え、家族に電話する。ヘルスケアプロキシ―である長女に電話すると、電話口で泣き崩れて会話にならない。すると、フロリダに住む次女から電話があり、今度は開口一番、「どんな薬を投与したのか、なんで死んだのか、なぜ病院につれていかないのか」と怒鳴り声。。。。。半分叫び声のような怒声を聞きながらパソコンに食らいつき日中どんなことがあったのかもう一度看護記録を読む。今日何があったのか、昼間訪問した看護師とは連絡が取れないし、途方にくれた。ヘルパーさんに聞くと、お昼ごろ、酸素マスクや体位交換だけでは呼吸困難の症状がコントロールできず、症状緩和のために看護師が呼ばれ、モルヒネ投与が始まったことがわかった。あとはヘルパーさんが(家族として扱われるので)患者さんの呼吸の状態をみながら、教えられた量をあげることになっていた。
患者さんのような心不全が進んだ場合、呼吸困難はよくみられる。ふたたび次女と話をすると今度は、「誰がモルヒネあげたの!?モルヒネがお母さんを死なせたのよ!あんたたちが殺したのよ~!」と狂ったように怒り出した。

モルヒネについては、多くの人がいろんなイメージや考えをもっていて、誤解している人も少なくない。口に入れ、舌の下やほほの内側から体内へ吸収されるこの種類のモルヒネは、飲み込めなくなった患者さんや意識のない患者さんへも使われる在宅ホスピスでは基本の薬。痛みだけでなく、苦しい呼吸を和らげるときにも使われる。なぜ患者さんがこの薬を必要としたか、どんな効果があるのか、どんな量が投与されたか、次女に説明する。だんだんと落ち着いてきて、だいぶわかってくれたようだった。次は葬儀屋に連絡しなければならないが、なんと葬儀屋が決まっていない。長女に聞くと、次女に聞いてという。次女に聞くと、お金がないという。というより、二人ともが葬儀にお金を出すような余裕がないという。再度ヘルパーさんが電話口によばれ、患者さんがもっていた通帳に葬儀分はとってあるはずだから、通帳を探せということになった。アパートには、同じビル内にすむ患者さんの妹やその家族が集まっていたものの、ただあきれたように一部始終をみながら待っているだけだった。
ニューヨークではご遺体はできるだけ死後4時間以内に葬儀屋や病院などの遺体安置のできる場に移すルールがある。私は、ソーシャルワーカーに電話して、家族の経済的状況と葬儀屋の紹介など、公共の遺体安置所の使用など含めて次女に直接話をしてもらうようお願いした。しかしニューヨーク市の公共の遺体安置所というのは、愛する家族をいったん預けるなんてできないような場所だという。(どんなだろう・・・)結局、安く葬儀をうけもってくれる葬儀屋に頼むことになった。
このカオスの中、患者さんはどんな気持ちでこの一部始終を眺めてるだろう、上からみて笑い飛ばしているだろうか。。。。ホスピスのサービスを受けていても、死はまだ先のこと、と思っているご家族も多い。まだ生きているのに死後のことを決める、葬儀屋を決めるなんてと、そのこと自体ができない人も多い。ご本人も、ご家族も。でも、死は必ずやってくる自然の摂理。死が訪れた時に対する準備または理想や考えをもつことは、縁起が悪い、あきらめたくない、生きる希望をもっていたい、それとはまた完全に別なるものだと、私は思う。生まれてくる命を迎えるのにいろいろ準備や手配をするのと同じ、気持ちや心情は違えど、命を見送ってあげる準備や手配。家族の中でのゴタゴタもあれど、それがやはり家族への愛というものなのではと思った。

わかばま〜く:プロフィール 1982年生まれ。ニューヨーク州立大学卒業後、ニューヨーク市立病院に看護師として4年勤務。現在は訪問看護師としてホスピスケアに携わっている。岐阜県各務原市出身。





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