vol.182 ホスピスナース奮戦記 vol.7

ある日突然・・・

この日は、70代の女性を訪問した。夜10時を過ぎていたが、患者さんの夫と息子さんが疲れた、でも優しい笑顔で出迎えてくれた。様子をうかがうと、患者さんはその日の朝まではどうにか一人で歩いてトイレにもいっていたし、会話もできたようだった。少しではあるが、お茶を飲んだり食べ物も口にしていたようだった。それが夕方から容態が変わり、訪問したときは意識も朦朧としてとても一人では動けなかった。リクライニングチェアに座ったまま、体にはまったく力が入らない。なんと昼前から夜の10時までこの状態だと言う。この患者さんの今しか知らない自分にとっては、おそらく死期が近づいているのだろうということが一番に考えられた。それ以外に何か容態を急変させた要因があるか考えるが、患者さんとの意思疎通もままならずとても難しい。患者さんの夫は、患者さんが最後にいつ飲み物を口にしたか、いつトイレで用を済ませたのかもわからないようだった。とにかく夫と息子二人でどうしたらいいかわからないまま途方に暮れているようだった。そして急な変化にとまどっていた。今まですべて身の回りのことも自分でしていた患者さん。まさかこんな急に変化がくるとは思ってもみなかったと言った。ベッドも医療用ベッドでなく、少し体の重い患者さんは家族にとって負担が大きい。まず、ベッドの真ん中にもう一枚シーツを敷き患者さんを椅子からベッドへ移した。正直かなりしんどかった。息子さんにアシストを頼んでやっとベッドの真ん中へ楽な姿勢で休めるように移動させた。案の定おしりは真っ赤。すでに小さな褥瘡ができていた。ご本人は痛みで苦しい様子はなかったが、肌はみるからに痛々しかった。長時間同じ姿勢でずっと座っていたせいで、足もパンパンにむくんでいた。朦朧とする意識の中、バイタルをとって、いくつか質問をすると、かろうじてトイレに行きたいけど出ないということがわかった。おそらく12時間以上は尿は出ていないようだった。この容態で尿道カテーテルを入れるか、ものすごく迷ったが、患者さんが膀胱を抑えると痛いと言ったので、入れることにした。それから、念のためもう一枚タオルをおしりの下に敷いた。この日まで必要なかったため、おむつも、パッドも、そういった類のものは何も家になかった。患者さんの夫は、始め少し躊躇したが、清拭と体位交換のやりかたを一生懸命覚えようとした。息子さんは、お母さんのお下の世話はできないと、部屋の外にいたが、体位交換はお父さんと二人でやってみると言った。二人を見ていて、彼らが今抱いている不安が手に取ってわかるようだった。初めてが急にいっぺんにやってきたのだから無理もない。
帰る前に患者さんの夫と息子さんに、必要な時の症状緩和のための薬の使い方も説明した。それから、正直今回はとても難しいと思ったが、死期が近づいているようだということと、それにともなって見られる症状も説明した。患者さんの夫は少し涙ぐんでいた。
もしかしたら、この患者さんはもう二度と、しゃべることはできないかもしれない。最後に家族と交わした言葉は、なんだったろう。。。もしかしたら、この患者さんはもう二度と夫や息子の顔をみつめることはできないかもしれない。最後に家族の顔をみつめたのは、いつだろう。。。もしかしたら、この患者さんはもう二度と家族の手をにぎりしめることはできないかもしれない。最後に家族の手を握ったのは、いつだろう。。。
次の日に記録を読むと、患者さんは明け方に亡くなった。妻として母として家族には世話をさせまいと決めていたのだろうか。それとも、どんな容態であっても妻として母として、家族ともう少し同じ時間を共有したかっただろうか。どちらにしろ彼女の身体はとても早く変化し、最期を迎えた。夫にとっても、息子さんにとっても、私が帰った後あの一晩が有意義な時間であったといい。それが、このまだまだなホスピス看護師の私にとっての唯一の救いだ。
そして、今回もまた、家族と過ごす当たり前の時間が、本当はとてつもなく大切なものだと気づかされた。
禅の言葉、「一期一会」を思い出す。今日の出会いはただ一度きり、毎日顔を合わせる家族であっても友達であっても、その出会いというのは、二度と同じ時間をもつことはできない人生で一度きりの大切な時間。(ふっと心がかるくなる禅の言葉 永井政之監修 より)この言葉、前より深く心に刻もうと思う。

わかばま〜く:プロフィール 1982年生まれ。ニューヨーク州立大学卒業後、ニューヨーク市立病院に看護師として4年勤務。現在は訪問看護師としてホスピスケアに携わっている。岐阜県各務原市出身。





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