vol.181 夢か悪夢かリニアが通る vol.10

命の水 奪う 山岳トンネル

3000メートル級の山々が連なる南アルプス。赤石山脈とも呼ばれ岳人たちに愛されてきたこの山々は、国立公園やユネスコのエコパーク(生物圏保存地域)にも登録され、世界自然遺産登録も目指しています。片や、リニア中央新幹線は全長約25キロにも及ぶトンネルで、この山脈の南部を貫く計画です。その影響は駿河湾に注ぐ大井川の流量を減らすだけにとどまらず、生態系や流域の暮らしに取り返しのつかない結果をもたらす恐れがあります。今回は沿線1都6県で唯一着工していない静岡県のお話です。    ジャーナリスト・井澤宏明

毎秒2トンの水が減る

「毛細血管のように本流に注ぐ無数の支流が、滅水ないし枯れる恐れがある」。自作の地図で説明する服部さん(9月8日、東京都内で)

11月上旬、静岡市の大井川源流部を訪ねました。JR静岡駅から約3時間、畑薙第一ダムの奥に、紅葉の渓谷を縫うように未舗装の林道が続いています。マイクロバスが大きく揺れるたびに座席から体が跳ね上がり、天井に何度も頭をぶつけそうになりました。登山の最前線となる二軒小屋ロッヂはシーズンを終え、小屋終いの支度を始めていました。
この人里離れた山の中に、トンネルの掘り出し口となる2つの非常口が設けられ掘削が行われる予定です。工事が始まってしまえば、この美しい谷は、工事車両が行き交う工事現場になるだけでなく、工事が終わった後も、掘り出された膨大な残土がうず高く積まれる処分場になってしまいます。
「大井川の流量が毎秒約2トン減る」。JR東海が2013年に公表した南アルプストンネルの影響予測は地元に衝撃を与えました。これは、大井川の下流域7市約60万人の給水量にあたるのです。
江戸時代は東海道屈指の難所とされ、「越すに越されぬ」と馬子唄にうたわれた大井川も、多くの発電用ダム建設で水を奪われ、「河原砂漠」と称されるようになりました。住民の「水返せ運動」の甲斐あって河川維持のための放流も実現しましたが、渇水期には毎年のように生活、工業、農業各用水の取水制限が続いています。

静岡にメリットない
流域や静岡県の抗議を受け、JR東海は事業認可後の2015年になって対策を打ち出しました。水が減るのは、本来は大井川に流れ込むはずの地下水が、トンネル掘削により湧き水となって流出してしまうため。そこで、トンネルと約11キロ下流の椹島(さわらじま)の大井川をつなぐ「導水路トンネル」を掘って湧水を放流し、毎秒約1.3トンの水を戻すというのです。残り約0.7トンは、「必要に応じて」ポンプでくみ上げる計画です。
ところが、2トン「全量」の回復ではないことに流域は再び反発。静岡県の川勝平太知事は今年4月、「トンネル湧水の全量を恒久的かつ確実に大井川に戻すことを早期に表明すること」をJR東海に求めました。
それでも「全量」回復に応じないJR東海に業を煮やした川勝知事は10月の定例会見でリニア建設について、「静岡県にとってはまったくメリットがない」と批判。中日新聞によると、これに対しJR東海の柘植康英社長は、リニア開業により東海道新幹線の静岡県内の駅に止まる本数が増えることを挙げ、「メリットはある」と反論しました。
流域が求める協定締結の目途も立たないままJR東海は11月15 日、南アルプストンネル静岡工区の工事契約を結んだと発表しました。

多くの生き物が死滅する
そもそも、大井川の水を「水資源」ととらえるだけなら「全量回復」でも済まされるのかもしれません。が、この水は多くの生き物の「生きる糧」でもあります。
「導水路トンネルは、人間の都合にのみ配慮した保全策に過ぎず、減水の根本的な解決にならない」と喝破するのは静岡県焼津市に住むクライマー服部隆さん(64)。その訳を、「水が戻るのは椹島より下流の本流のみで、それより上流部には一滴の水も戻らないからだ」と指摘します。
上流部に水が戻らないと何が起きるのでしょうか。服部さんは、「渓谷美の喪失」「豊かな森の後退」「多くの動植物、生物の減少や死滅」を挙げ、「南アルプス南部の素晴らしさは、豊かな大井川水系があってこそ。リニアトンネル掘削は、その核心的価値の喪失につながる」と主張、エコパーク登録が取り消される可能性にも言及しています。

大井川と燕沢の合流地点。トンネル掘削で掘り出された残土の処分場が計画され、その高さは約65メートルにも及ぶ。周囲は地滑り地形で大井川の水をせき止めてしまう恐れがある(11月10日、静岡市葵区で)





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