vol.180 夢か悪夢かリニアが通る!-vol.9

水源を貫く 長大トンネル

東海道本線・熱海―三島間を短時間で結ぶために計画された丹那トンネル。ほぼ1世紀前の1918(大正7)年に着工され完成までに16年もの歳月を要しました。この難工事を描いた吉村昭著「闇を裂く道」(文藝春秋)には、工事が進むにつれトンネル真上の丹那盆地を潤してきた渓流が次々と枯れ、追い詰められた住民がむしろ旗を立て建設事務所に押しかける姿が描かれています。これはただの昔話ではありません。全286キロのうち86%がトンネルのリニア中央新幹線は地下水脈を切って進むため、山梨実験線では既に多くの水枯れが発生しているのです。                     ジャーナリスト・井澤宏明

 

「水が枯れる」
中津川市と隣接する長野県南木曽町。旧中山道の妻籠宿で知られるこの町の貴重な水源地を、リニアの中央アルプストンネルが貫く計画です。JR東海は「影響は小さい」と主張しますが、南木曽町の住民からは「水がめに穴を空けたら水が枯れる」と不安の声が上がっています。
非常時には町の人口4260人の約3分の1を支える町内最大の水源地約85ヘクタールが「妻籠水道水源保全地区」です。2つの湧水の水源地を開発から守るため1999年、長野県の条例によって指定されました。
この水源は、水量の安定した濁らない水を住民に届けてきました。公益財団法人「妻籠を愛する会」常務理事の藤原義則さん(69)は「昭和30年代前半、妻籠宿じゅうを探してやっと見つけた貴重でうまい水です。これに代わる水源は見つかっていません」と言います。
長野県飯田市と中津川市をつなぐ中央アルプストンネルは、長さ約23.3キロにも及び、途中で水道水源保全地区の地下を1キロ弱にわたって横切ります。
「どこまで掘ってきたら水源に影響が出てくるのか、誰にも分からない」と心配するのは町議の坂本満さん(67)。地質調査技士の顔も持つ坂本さんは、トンネルのルート上に、水を豊富に蓄える複数の断層が走っていることに危惧を感じています。
同じように中央アルプスを貫いた中央自動車道・恵那山トンネル工事では、百数十か所に及ぶ断層・破砕帯の掘削で、高圧の異常出水にたびたび襲われました。坂本さんは「水が全部、岐阜県側に抜けてしまうのでは」と最悪のケースも想定します。

「週刊金曜日」2017年9月29日1154号より(連絡先03-3221-8521)

JR東海が追加調査
水道水源保全地区で一定規模以上の工事をするためには、長野県知事の同意を得る必要があります。知事は県環境審議会の意見を聞くことになっているため現在、審議会で専門家による検討が進められています。
JR東海はこれまで、「トンネル掘削により、トンネル内に湧出する地下水があっても周辺の限られた範囲に留まり、それ以外の深層や浅層の地下水への影響は小さい」と説明してきました。つまり、掘削するのは深層の硬い岩盤なので、浅層にある水源への影響は小さいというのです。
一方で、「断層付近の破砕帯等、地質が脆弱な部分を通過することがあり、集中的な湧水が発生する可能性がある」と地下水位への影響の可能性を認めています。
これに対して、審議会の専門委員会メンバーは「影響がないとするにはそれなりの詳細な根拠が必要」と指摘。「水源の涵養源は浅層の水だと決めつけてしまわず、(深層の)硬い岩盤の破砕帯や亀裂帯を通じて来ている水もあるかもしれない」とこれまでの説明の再考を求め、JR東海は今ごろになって追加調査を行っています。

岐阜県でも
町リニア対策協議会委員も務める坂本さんはこの専門委員会に出席し、「水道水源保全地区の真下をトンネルが通過することが決まってしまっていることに違和感がある。今からでも中止するか、ルートを変更する必要があるのでは」と訴えました。
長野県から中津川市に2005年、「越県合併」した旧山口村にも、長野県の水道水源保全地区に指定されていた場所があります。トンネルはこの地区も貫き影響が懸念されますが、岐阜県には知事の同意を必要とする制度はなく、専門家の検討も行われていません。JR東海は、この旧山口村から南木曽町方面に向け掘削する準備を進めています。

妻籠宿を歩く観光客。多くの外国人客にも愛されているこの静寂が、リニア工事が始まっても保たれるだろうか。(南木曽町で)