vol.179 ボーダーレス社会をめざして-vol.38

NPO法人オープンハウスCAN 理事長 伊藤佐代子

命の重さ

「障がい者は不幸しか作れない。いない方がいい。」と言って知的障がい者福祉施設「津久井やまゆり園」で殺傷事件が起きてから、約1年が経とうとしています。あの事件の夜、私はテレビを見ながら涙を流していました。事件が起きてすぐ、手をつなぐ育成会が、障がいのある人に向けてメーッセージを出しました。それがテレビのニュースで流れていたのです。
・・容疑者は「障がい者はいなくなればいい」と話していたそうです。みなさんの中には、そのことで 不安に感じる人もたくさんいると思います。そんなときは、身近な人に不安な気持ちを話しましょう。みなさんの家族や友達、仕事の仲間、支援者は、きっと話を聞いてくれます。そして、いつもと同じように毎日を過ごしましょう。不安だからといって、生活のしかたを変える必要はありません。障がいのある人もない人も、私たちは一人ひとりが大切な存在です。障がいがあるからといって誰かに傷つけられたりすることは、あってはなりません。もし誰かが「障がい者はいなくなればいい」なんて言っても、私たち家族は全力でみなさんのことを守ります。ですから、安心して、堂々と生きてください。・・というものです。
「私たち家族は全力で守る」という文言に障がいのある人の親の気持ちが込められています。障がいのある子どもを持つ親は、彼らを何があっても守るんだと思っています。現在、障がいがある息子は、とても穏やかに、楽しく、充実した毎日を送っています。親である私も、とても幸せな日々を送っています。今日までの道のりが決して楽だったわけではありませんが、不幸と思ったことは一度もありませんし、障がいのある人がいなくなればいいと思ったことも一度もありません。優生思想・・能力が劣っている者の遺伝子を排除して、優秀な人権を後世に遺そうという思想・・というものがありますが、何が劣っていて、何が優秀と言うのでしょう?後世に何を残すというのでしょうか?人の命の重さは同じです。被害にあわれた方の氏名が公表されませんでした。神奈川県警は、「施設にはさまざまな障がいを抱えた方が入所しており、被害者の家族が公表しないでほしいとの思いを持っている」と言い、被害者の家族の一人は「日本では、全ての命はその存在だけで価値があるという考え方が当たり前ではなく、優生思想が根強いため」と説明しました。彼らはこんな大事件にあっても誰にも知られず亡くなり、さもいなかったかのように扱われたのです。亡くなられた人の名前が、新聞に出ないことは今までにはなく、これこそが人権侵害だと思いました。子どもは、自分とは違う一人の人であることを、親は自覚しなくてはいけないのです。大きな課題を残したまま、この事件は終わりました。