vol.173 ウラン、本当に避けられる?

リニアタイトル
5032113 「リニア中央新幹線の全線開業を最大8年間前倒しする」。参院選で与党が大勝したことを受け、安倍首相はそう表明しました。国が財投債という国債を発行して調達した約3兆円を、長期間、超低金利でJR東海に貸し付け、2045年の大阪延伸を早めようというのです。
リニア計画は、JR東海の「全額自己負担」を前提に国が認可したはず。「公費の投入は話が違う」(7月25日付毎日)、「リニア延伸 前倒しに壁」(7月26日付読売)。メディアも疑問を投げかけ始めました。
アベノミクスの目玉事業にリニアが躍り出た今こそ、私たちは冷静な目を持ちたい。今回は、岐阜県内のリニア工事で、ウランが掘り出される恐れのあることについてお伝えします。                 ジャーナリスト 井澤 宏明(各務原市在住)

立ち退き240件
リニア中央新幹線の品川―名古屋間286キロのうち岐阜県内を通るのは55.1キロ。88%の48.6キロがトンネル、6.5キロが高架や橋などです。
JR東海から用地交渉を請け負っている県によると、リニア建設による県内の立ち退きは、住宅や倉庫などの建物約160件。さらに、岐阜県駅へのアクセス道路となる濃飛横断自動車道(中津川工区)建設による約80件が見込まれています。
測量が進まないと正確には分からないそうですが、多くの住民が、長年慣れ親しんだ住宅や土地を離れざるをえないことになります。

人形峠の悲劇
県内のリニア工事では、東京ドーム10杯分を超える約1280万立方メートルの残土が発生すると予想されています。
リニアが通る瑞浪、御嵩の地中には、国内最大の埋蔵量といわれるウラン鉱床群があります。万が一、放射性物質であるウランが掘り出されると、ラドンガスが発生して空気中に放出され、それを吸った人が肺がんなどにかかる恐れがあります。

ウラン埋蔵量が東濃地方に次いで多い岡山・鳥取県境の人形峠。1950年代から60年代に行われた採掘で野積みされてきたウラン残土に、住民は苦しめられてきました。人口100人足らずの地区で11人ががんで死亡し、うち6人が肺がんの犠牲になりました。
小出裕章・元京都大学原子炉実験所助教は、約1000人の鉱山労働者のうち約70人が肺がん死すると予測しました。

「掘ってみないと・・・」
JR東海は「(リニア)計画路線はウラン鉱床を回避している」と説明しています。その根拠として、旧動燃(動力炉・核燃料開発事業団)が1963年から87年に行った約1400本のボーリング調査で、ウラン濃度を確認し、ウラン鉱床の位置を把握していることを挙げています。
旧動燃のボーリング約1400本のうち、リニアルート近くに位置しているのはわずか6本で、ルートをすべてカバーしているわけではありません。JR東海の言い分が正しいのかどうか、旧動燃を引き継いだ日本原子力研究開発機構東濃地科学センターに尋ねてみました。

「ウラン鉱床を回避しているとはいえる」。電話取材に応じた職員はJR東海の言い分を認めながらも、「ウラン鉱床と呼べるほどの規模ではないものはあると思う。そういうところは、実際に掘ってみないと分からない」と話しました。

5032113ルート上に高放射線量
ウラン鉱床以外でも高放射線量。そんなデータが今年2月と3月、市民団体が行った調査で観測されました。ウラン鉱床を避けているはずのリニアルート上で、ウラン鉱床よりも高い放射線量を記録したのです。

リニアルート上、品川から245キロ地点の放射線量を測る井上さん(左)ら

リニアルート上、品川から245キロ地点の放射線量を測る井上さん(左)ら

毎時0.341マイクロシーベルトの最高値を観測したのは、御嵩町次月のリニアルート上、品川から245キロ地点。2月の同じ日、国内最大規模の月吉鉱床内と周辺計4か所で測定した結果は、0.3マイクロシーベルト未満でした。
この調査を受け、市民団体「リニアを考える岐阜県民ネットワーク」はウランやラドンガスの再調査を要請。これに対しJR東海は「(品川から)245キロ地点については、これまで実施した調査から、ウラン鉱床ではないと考えている」と答えました。高放射線量の原因については、ウラン成分が含まれる花崗岩が地表に露出していることを挙げています。

調査メンバーの「多治見を放射能から守ろう!市民の会」代表の井上敏夫さん(67)は「放射線量からみて、リニアルート上はウラン鉱床より安全だとは言えない。地下にほぼ同じレベルでウランが存在し、ウラン残土が出る危険がある」と警鐘を鳴らしています。

今秋にも着工される予定の瑞浪市の南垣外非常口予定地

今秋にも着工される予定の瑞浪市の南垣外非常口予定地

JR東海は今秋にも、ウラン鉱床に近い瑞浪市の日吉トンネル南垣外工区の工事に着手するとしています。

残土被害、過去にも
残土が住民の生活に被害を与えた例は、県内にもありました。可児市で2003年、ため池のマスなどの魚が大量死し、この水を使っていた農家がその年の稲作を中止したのです。
東海環状自動車道の建設工事で出た黄鉄鉱を含む残土を、上流の谷筋に埋めたことが原因でした。
JR東海の柘植康英社長は記者会見で「(日吉トンネルの)施工にあたっては、ボーリング調査などで地質の状況を確認しながら掘削する。掘削中の放射線量、排水中のウラン濃度を把握し、慎重に対応していく」と述べています。
5032113しかし、県内のリニア工事では、基準値を超えるフッ素や水銀が2012年から14年の事前調査で検出されていたにもかかわらず、JR東海が県に報告していなかったことが今年2月になって明らかになりました。日吉トンネル予定地周辺に住む男性は「(地元とJR東海では)危機意識のレベルが違う」と不安を隠せません。
放射能汚染は、発生してからでは取り返しがつきません。
ウランを掘り出さないという確証が得られ、住民に十分納得のいく説明ができるまで着工はしない。それがJR東海の最低限の責任ではないでしょうか。
リニア