ミツバチやアリの群れは、いわば巨大な「脳」にあたるという。そしてその仕組みにはリーダーがおらず、極めて民主主義的な処理がなされているという。
ミツバチやアリは女王バチや女王アリという名称から、女王がリーダーだと思われがちですが、彼女らは繁殖に専念しており、群れの宿命を決定することはありません。 分蜂のように群れ全体の運命を決める際、声高に自己主張するリーダーもいない。だが彼らは、新たな営巣地を巧みに選び出すことができます。
「リーダーのいない民主主義」はありえないように思えます。リーダーが決断をしなければその集団はさまよい、何も選べずに結果的に滅びてしまうのではない か、と。しかしミツバチは特定のリーダーをもたず、多様な意見を述べ合って、しかも合意形成する仕組みをもっています。どうしてそんなことが可能なのでしょうか。
分蜂の際、新しい営巣地を探す探索ミツバチは等しく自己主張をします。しかし「しつこく」主張はしません。「いい場所があった ぞ!」と何度か激しく尻振りダンスをした後、ダンスをやめます。別の探索バチが確認しに行き「確かに良い」と報告するに任せるのです。
探索バチが1匹で「いいぞ」と言っても、他の探索バチが「そうでもないよ」と報告すると、その候補地を支持するハ チはいなくなります。真に優れた候補地だけが、支持する探索バチの数を増やしていく。もっと優れた場所があとで見つかったら、あっさりそちらに傾く。最良の判 断が可能なんです。
人間の場合、しつこく自己主張する人がいるとその意見に流されやすくなったり、リーダーの自己主張が激しいと、 それに反する意見を述べにくくなったり・・・逆にリーダーの判断におべんちゃらを述べるメンバーが増えて、間違った決断をしてしま うことになりかねません。が、ミツバチにはそれがないのです。
ミツバチには異論反論を自由に述べることが保証されています。そして自分の主張をいつまでも曲げずにしつこく続けるものもいません。意見に触発された探索バチ が「確かにあそこはいいよ」と報告し、その数が定足数に達すると「じゃあそこで決まりだな」と群れ全体で合意が取れ、一斉に移動を始めます。
ミツバチのこうした意志決定を、『ミツバチの会議』の著者・シーリーは大学の教授会運営に活かしています。いたずらにしつこく自己主張する人がいると判断がねじ曲げられてしまうので、あらかじめ全員一人ひとりの意見を聞くことを前提とし、議論を重ねることで成功しているといいます。
ある意見が提出されたら「今の意見をどう思いますか」と一人ひとりに尋ねると新たな視点を加える有益な意見が出されます。多種多様な意見が出たところでまた意見を引き出すと、ステージを一つ上がった議論が可能になり、合意が醸成されていくのです。
ハーバード大学の白熱教室はこれに近いスタイルをとっています。教授は自分の考えを押しつけず、できる限り多様な意見を引き出す。新たな意見が出るたびに新たな視点が加えられたことを喜び、さらに深化した議論を進めるのです。
ミツバチから学ぶ民主主義より
人間は一見、養蜂という技術でミツバチを支配下に置いたようにも見受けられますが、実はミツバチも巧みに繁殖に都合のいい人間と出会って長
い年月を生きのびてきた昆虫ではないかと思います。ミツバチと人が共生し、自然界の一動物として人がもう少し謙虚に生きたなら樹木や草花は目的を持って、生き生きと果実を実らせ、開化し、蜜を流し、この先のみらいの地球を多彩にあふれた情景に包まれることを約束してくれるに違いありません。<ミツバチの大地パンフレットより>
BOOK紹介
民主主義のプロセスとは何であるかを考える知恵がつまっている。たとえば、討議の初めにリーダーが行うべきことは「集団の繁栄にみんなが関係している」と気付かせ、「問題の範囲、解決のために使える資源、手順の規則」など中立的な情報を与えることだ。その後「リーダーが集団の考えに及ぼす影響をできるだけ小さくする」ことで「自由に質問ができる雰囲気を作り出し」「疑問や異議の表明を奨励」することこそ重要なのだ、と。なぜなら「集団が選択肢を探す能力は、一個人の力に勝る」から。
ここで集団とは同じ方向を向く人々のことではなく、選択肢を可能な限り拡(ひろ)げることのできる、アイデア集団のことを意味する。その選択肢を必ず表現することで情報を共有し、もっとも優れた結論を出すことができる。著者が挙げている正反対の例は、ブッシュ大統領による2003年のイラク侵攻決定である。リーダーを喜ばせようと、周囲が早すぎる合意をした事例だという。ミツバチから学ばねばならないほど、今や人間は、多様な解答を探ることをしなくなっている。
書評・田中優子(法政大学教授・近世比較文化)より
Thomas. D. Seeley 52年生まれ。米国コーネル大学教授(生物学)。片岡夏実訳、築地書館・2,940円
DVD紹介
イフホーム監督の祖父との記憶やミツバチへの愛情を織り交ぜながら、現在、人間の活動が地球の多様な生命のみならず自らの存在もおびやかしている現実を紡ぎ出す。それらは鋭い文明批判でもあり、小さな「いのち」を通して、自然と人間の持続可能な関係を問いかける必見のドキュメンタリーである。
2012年ドイツ、オーストラリア、スイス合作