vol.159 ぎむきょーるーむ「大人未満」な子とつきあう

長~い! 反抗期 思春期 自立期 「大人未満」な子とつきあう

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すれちがいはえんえんと ジャーナリスト 杉山由美子
子どもの思春期は、親の思秋期
長女も結婚、次女も就職。もう子育て終了。これからは、やりたい仕事をして少しは人様のお役に立って、人生のしめくくりに向かおう。
という矢先、長女が入院。じつは原因の痛みは、長女が10代からの持ち越しで、「たいしたことない」とみすごしてきたものだったから後悔も深い。

思えば娘には苦労をかけた。今も胸がうずくのは、長女の中学校時代。子どもが見えない、わからないときは親も混迷を深めていると、今だからいえる。

長女は荒れた。安いコスメを塗り、禁止されているルーズソックスをはき、制服の裾を上げ、眉を剃った。上級生の男の子たちをグループで追った。

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どれもたわいのないことだったのに、私はいきり立った。なんとか軌道修正させようとやっきになって叱ったり説得した。

女性の経済的自立を標榜してきた私は、女の子が社会でどのように差別されているか、そのために差別されない学力と学歴をもつ必要があるとデータをもって解説した。

長女はまったく聞いていない。耳が閉じていえるいることがびんびん伝わるからくどくなる。くどくなるとそっぽを向く。しつこい私は「昨日言ったことだけど」と翌日に持ち出した。エンドレステープ。

「あれはまいったな!終わったと思っていたのにまた一からはじまるんだからね」長女は笑う。

思考停止していたのは私だった。

「メシの食える大人になる」のはたやすくないけれど
子育ては長い。やっかいな10代を超えればすんなりいくかというと、そうはいかない。

子どもは親だけでは育てられない。親が孤立して経済的に苦しくなれば、すぐ子どもに八つ当たりしてしまう。親も子も逃げ場や居場所、子どもを認めてくれる他の大人が、家庭の外に必要だとつくづく思う。

私は娘たちに「ワーキングマザーになったらできるだけめんどうをみるね」と話している。社会が若い人や子どもに厳しいから、せめて親がへとへとでもめんどうをみるしかないと思ってしまうのである。

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いまの若者は自立してない、幼い、といわれるけれど……。
それでは「大人」って、どういう人?

石川憲彦(精神神経科医)

かつては「元服」など大人になる確かな節目がありました。
自然に学びながら生きていけば10代の初め頃には1人で世の中をわたっていける体力がつき、不器用ながらも「相場」とされる行動ができるようになり、また生殖能力がそなわってくる。

それがひととおりそろったところで元服となる。農業社会ではそれでよかった。しかし世の中が複雑化すればするほど生きぬくためのルールも複雑になり、大人の基準も複雑になっていきます。

工業社会では、知的合理性が体力にとってかわりましたが、知的合理性はテストの点だけでははかれるものでもない。ものさしがひとつではないから、大人の条件はさらに複雑になります。

とはいえそのころも、大人のイメージとは、自然界をみすえてどっしり構えている、しっかりしている、というものだったでしょう。

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ところがいまのような情報産業社会では、どっしり、しっかりしていても、あまり意味がありません。情報産業社会で価値を生み出すのは想像力、イマジネーションだということですから、時代への感度の高さなどが大きな意味をもつとされる。

ところが想像力をはかるものさしなんてないのですから、どういう人が大人なのかわかりません。成果をはかるものさしがないのです。

農業社会にせよ工業社会にせよ、大人は実態を生み出してきました。そこは智恵の蓄積があり、老賢者もいた。
ところが実体経済なき金融資本主義の社会にはそれがない。こういう世の中で旧来の「大人」という理想像を求めるから、混乱するんですね。

これからの大人の条件は、かっこよく貧しくなること!

大人の基準って?
本来、どんな時代であれ、行きぬくには、体力とも知力とも違うタフさが必要です。それは「こうなったらおしまい」などと条件をつけず、立ち止まってじっくり考えながらものごとをすすめて、生きていこうとするタフさです。

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それから、殺しあわずに生きていこうとする意志、共生していく意志をどれほどもっているか。このタフさと共生への意志以外に「大人の力」と呼べるものはないと私は思います。

そしてこういう力は、いま「幼い」といわれている人たちの代表、発達障がいとか知的障がいのある人たちのなかにもあるし、頭がいい、器用だといわれる人で、この力をもっていない人もたくさんいます。

その点では、10代も50代も同じ土俵だと思いますよ。いまの60代が大人か、といわれると、ねぇ。そして、「しっかりした大人」たちが原発を作ってきたことも忘れてはなりません。

これから先の大人イメージは、「かっこよく枯れて、貧しさも楽しめる才能」。商品化された欲望にふりまわされず、悠然と、人間同士たがいに見守りあいながら生きぬく才能なのです。

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