新米Nurseものがたり-(Vol.17)

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ホスピスの患者さん

バングラディッシュ人の患者さんに”Kill me”って言われた。
殺せないよ、でも逝かしてあげたいと思った。
何もかもがゆっくりすぎて、何もかもが苦しみに満ちている

7月はラマダンの月。ラマダンの間に死ぬと天国へいくそう。それもあってかラマダンが始まってからは、今まで眠くなるから痛み止めや精神安定剤のような薬はいやだって言ってたのに、もっと強い眠くなる薬をくれ、もっともっと痛み止めをくれって言い続けるようになった。やせほそった体は人口栄養がつながれてるせいで、まだその役目を終わることなく、細々と命の維持を続けてる。

ホスピスのソーシャルワーカーが切り出した。
「人口栄養を止めるオプションもあります。もう苦しみ抜いたと思うから自分の感じるままの選択をしてください。これ以上人工栄養で体を生かしていると、あなたの心と体は食い違ったまま。ラマダンの間に逝きたいと願う気持ちもわかります。相談しましょう」

前は本人と家族の意向があって人口栄養を続ける選択をした。でも今はソーシャルワーカーの言葉に彼は何度も何度もうなずいた。本人が人口栄養はもういいと止めたがっている。それを止める=きっとすぐに死がやってくる。

彼は食べることもできないまま7か月間ここまできた。何のために……家族のためだろう…
まだ若い奥さんと13歳と10歳と5歳の娘さん達がいる。
彼女達を前に彼は昨日涙を流してた。5歳の末っ子の女の子の後ろ姿がさみしくて、涙がでた。いたたまれない。

今は3つのチューブにつながれていて本人は何度も全部取り外したいと言ってた。癌のせいで取り外すと、とてつもない苦しみがやってくる。
のどの渇きをいやすために少しでも飲んだりすれば吐いてしまうし、排泄物が逆流するから、ときには便のようなにおいの嘔吐もあって、これは難しい…
本人は自分でおしっこしたくても弱すぎてすぐにベッドから落ちてしまいそうになるために、そのチューブも抜けないまま尿意があっても尿が足せない痛みも避けたい。
今週も何回も何回もベッドから落ちそうになって、うちらは冷や冷やしながら走りっぱなしだった。うつろな表情のまま、彼の心と意志が体の衰弱に関係なく彼を突き動かしてるようにさえみえた。まるで誰かが彼の肉体を乗っ取ってるように…意識があるまま、ゆっくりすぎる彼の最期の時、現実はむごい。

今は一刻も早く楽になってほしいと願う。
あらためて心と体と精神を統一することの大切さを考える。

ホスピス2人目は96歳のおばあちゃん。

脳梗塞で倒れてそのまま意識が戻らず他の病棟からホスピスにきて4日目。毎日今にも死にそうな呼吸をしてた。
案の定、昨日、体位交換に行ったときに呼吸が今にも止まりそうで迷ったけど一応そっと体位変えたら、ため息のようなラストブレス(最後の息)をした。あの最後の息って、なんか本人の意思もあるような、そんなひと息。
人それぞれやけど、「はい、これでおわり。もういいよ、よく頑張った体にお疲れ様…」って言ってるような、なんともいえないため息のような深呼吸のような最期の一息。
ある人にとっては、受け入れの一息なのかもしれない。
このおばあちゃんは「はい、おしまい」ってため息のような息をして、すーっと顔色が白くなった。目の黒い部分は完全におっきくなって、脈も感じられず、心臓の音も肺の音もなかった。胸を強くさすっても動かなかった。眠るようにそのまんま。
こういう死は正直ほっとする。人工呼吸器やいろんな機械につながれていろんな薬を自分の意思と無関係に投与されて…ってなるよりも96年という命をまっとうして、今人間らしく、その時を迎えたんやから。
倒れる前まではおトイレも自分でできて歩くこともできるおばあちゃんだった。だからなおさら倒れて脳が働かなくなってから、亡くなるまでが短くってほっとする。
ただこの患者さん、家族が一度も、亡くなった連絡をしてからも、誰一人こなかったことがちょっとだけさみしかった。

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