ぎむきょーるーむ・こどものはげまし方

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子どものはげまし方「がんばろう」といってはいけないの?

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「子どもたちをはげますことは、とっても大事」とみんないう。
けど、「がんばれ!」っていってるだけでしょ?
といわれれば、そうかも。

「心をこめて、その子のためを思って…そこが重要だ」と、
子育て本には書いてある。
けど、それって精神論じゃん!04
雨乞いじゃん!

滝に打たれろ、みそぎをしろ、
根性入れてがんばれ!って
結局、また「がんばれ」かよ…
がんばれない子は、はげませないのか

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慌てない!現状を慎重に知ることから

熊谷 喜一郎

「はげまし」については興味深い研究があります。「幻肢痛」という、事故などでなくした腕や脚が痛む現象があるんですが、これが起きる人と起きない人がいる。そのちがいは周囲のはげまし方にありました。

ひとつ目のはげまし方は、「痛みに寄り添うサポート」。「痛いんだね」と共感するなど、その人の痛みに注目して癒すはげましです。

もうひとつは、「社会的サポート」。社会復帰の手立てや介助の体制を考えるなど、痛みとは関係ないところでサポートする、いわば現実対応型です。

調査の結果、幻肢痛が起らなかったのは後者でした。腕や脚を失うとは、昨日まで信じていた自分の身体のかたちが変わったということですから、当然、未来の予測も裏切られる。とても大きな「予測誤差」です。そこでは、新しい身体で生きていくには、これからどう世界をつくり直せばいいのかをいっしょに考えることが、痛みを緩和させたわけです。

ここはすごく繊細なところです。私たちは、目の前で人が苦しんでいたり悩んでいたりすると同情の気持ちが湧いてくる。心が反応するんですね。はげまされる側も、たとえば「がんばれよ」などといわれるとありがたいと思う。思うけれど、では、これからどうすればいいのかというと途方に暮れてしまう。

勉強でもスポーツでもなんでもいい、目標をもってとりくんできたことが、大きな壁にぶつかって挫折する。子どもがぺしゃんとなる。親は慌てて「無理しなくていい」と、やめることで解決しようとする…。でも、昨日まで「がんばれ」と言っていた親が、急に「やめていい」といったら、子どもはグレます。ぼくならグレる(笑)。

05大切なのは、さきほどの「社会的サポート」と同じで、周囲の大人は「どこにどんな問題があった」「じゃあ、どこを変えたらいいだろう」と、いっしょに考えて、慎重に目標を再設定すること。現実をしっかり見きわめ、予測を子どもといっしょに徐々に変化させていくことです。

ここで、「具体的」というのはとても大切なことなんです。けれど、大人でも子どもでも抽象的にしか語れない人が少なくありません。自分のことを語るのに「私って、ダメなんです」「私って案外こうなんです」で終わってしまう。

大切なのは、「何月何日にどんなことが起きて、自分はどんなふるまいをしたのか」といった具体性なのですが、そこにつながらない。これでは反省のしようもないですよね。そうして「ダメだ」という抽象的なところだけで頭がぐるぐるまわってしまって、そこから抜け出せなくなる。

過去を具体的に語れる人は、未来の計画を具体的に立てられるといわれます。具体的にふり返るから、次の一歩をどうするのかを考えることもできるんでしょうね。

はげましって結局は、めんどうくさがらずに、丁寧に具体的におたがいの話をすりあわせていくことなんじゃないでしょうか。

<くまがい・しんいちろう>
小児科医。東京大学生先端科学技術センター特任講師。


06浜田 寿美男

「がんばれ」や「がんばろう」がほんとうの励ましになるのは、たがいがその脈絡を共有しているときだけです。あと一息で山頂にたどりつく手前ですわりこんだ仲間に、自分も座りこみたい気持ちのなかで「がんばろう」という。そこではたがいが同じ立場で脈絡を共有していますから、「励まし」が生きますし、声をかけられたほうも「励み」になります。

だけど、親や先生が子どもを励ますとなると、これがむつかしい。大人と子どもでは力がちがいすぎますし、立場もちがいます。そもそも生きている脈絡も大きく食いちがっています。「相手の気持ちになって」なんていいますが、じつはそれがいちばんむつかしいのです。

学校に行くような年齢になれば、いまは親と子でも、たがいの生活の脈絡が重なりあう機会が少なくて、相手の気持ちの流れがなかなか読めません。

07

だとすれば、子どもが自分の手を離れ、自分の知らない学校空間や仲間関係を生きるようになったと諦めて、この子にはもう親も読みきれない自分独自の生活の脈絡があるものだと見切る。

そのうえで、「がんばってるよね」というほうが、こちらも楽だし、子どもも楽。気楽なようですが、そのほうが「励み」にもなります。むしろ困るのは、切羽詰まった脅迫的な「がんばれ」です。これはこわい。

自分から離れた別の脈絡で、子どもたちががんばって、がんばって、でもうまくいかないことがある。そんなとき「がんばってもできないことはある」と思い直して、「まあゆっくりしようか」といえるかどうか。これってけっこう大事な気がします。

それに「できないからって、命まで取られることはない」。だからという妙ななぐさめ方で、「そうだよね」と納得して、ホッとする。「励み」というのは、そうした開き直った安心のうえで動きだすもの。

力を抜いて、まずはいまを生きること。いやいや、これは子どもにかぎらない話。じつをいえば、最近の私自身に向けた呪文です。

<はまだ・すみお>
発達心理学・法心理学者。奈良女子大学名誉教授。





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