リニア中央新幹線のトンネル掘削工事によって岐阜県瑞浪市大湫町の共同水源や井戸、ため池で水枯れや水位低下が起きていることが今年5月15日、中日新聞や岐阜新聞で報じられました。山梨実験線(42.8キロメートル)で起きた「悪夢」が繰り返されてしまいました。 井澤宏明・ジャーナリスト
水枯れの「悪夢」再び
「天王様の井戸」が枯れた
大湫町は中山道の宿場町として栄えた300人余りが暮らす小さな集落です。被害が起きた当時、旧宿場町西側の地下約110~150メートルのところで「日吉トンネル」(全長約14.5キロメートル)の掘削が進んでいました。JR東海は、被害が工事の影響だったと認めています。
リニア工事ではこれまで、1990年代からの山梨実験線建設工事で簡易水道の水源や桃などの果樹の水やり、農薬散布に使っていた沢の水が枯れる被害が続発しました。実験線以外で大規模な被害が明らかになったのは今回が初めてです。
300年以上の歴史を持つといわれる「天王様の井戸」も枯れました。筆者が5月16日に大湫町を訪れると、ため池の底にひび割れの跡がハッキリと見えました。近所の女性によると、いったん枯れた後、雨水が溜まったそうです。女性は「ウシガエルの季節なのに鳴き声が聞こえなかったので池をのぞきに行ったら、カラカラに乾いていて、オタマジャクシがカピカピになっていた。枯れたのは初めて」と驚いていました。
母親の介護のため毎週里帰りしている三輪均さん(72)宅では50年以上枯れたことのない井戸が枯れたといいます。井戸水は生活用水に使ってきました。トイレに使っている水道「東濃用水」を井戸水の管につなぐJR東海側の応急工事で急場をしのぎましたが、「井戸水は年中、一定の温度なので夏場は冷たく感じる。使えるようになったら使いたいけど、何年先になるか」とこぼします。
工事中断求めても続行
今回明らかになったのはJR東海の後手後手の対応です。
今年2月20日、JR東海が設置した3つの観測用井戸で水位低下を確認。同月26日には5つの共同水源のうち「清水水源」が枯れていることが分かり、瑞浪市に報告しました。4月下旬には計14か所(後に15か所)の井戸、共同水源、ため池の水が枯れたり減ったりしていることを確認し、応急措置として上水道への接続工事を開始。ところが、県への報告は5月1日。住民説明会が行われたのは同月13日のことです。
日吉トンネル掘削工事現場では今年2月中旬に発生した湧水が、8月に入っても止まっていません。湧水量は毎秒20リットル、1日1728トンで、25メートルプール約4杯分。ところが、減水効果があるという「薬液注入」をJR東海が始めたのは、5月20日のことでした。
JR東海の対応のお粗末さはこれにとどまりません。被害が次々に広がり住民から工事の中断を求められても、工事を続けたのです。5月16日になって、丹羽俊介社長が記者会見で「中断」を発表しましたが、すぐにではなく集落の手前まで200m掘り進めてから。瑞浪市の水野光二市長から「即時中断」を求められたりして、翌17日に中断するドタバタぶりでした。
「工事を続けたために、被害が拡大したのでは」。5月29日に岐阜県庁で開かれた環境影響評価審査会地盤委員会終了後、県内のリニア工事のトップ梅村哲男・担当部長に筆者が質問を投げかけると、「何とも言い難い」。さらに問い詰めると「水位が低下したのは事実。工事は確かに続けておりました」と、関連を頑なに認めようとしませんでした。
もし薬液注入でトンネルの湧水が減ったり止まったりしたとしても、地下水が回復するかどうかは分かりません。県審査会でJR東海は「湧水を止めることで地下水が少しでも回復することを期待しているが、必ずしもそうならない可能性があると考えている」と明言しています。
「山全体が枯れている」。6月10日夜、一連の報道後初めての住民説明会が報道陣をシャットアウトして開かれ、危機感を訴える男性の声が漏れ聞こえました。男性が続けて「大湫の水は一番おいしい。絶対取り戻してください」と呼びかけると、会場から大きな拍手が沸きました。