住宅地の真上を通るリニア中央新幹線の高架橋によって静穏な生活が破壊される――。山梨県南アルプス市の沿線住民6人(提訴時は8人)がJR東海を相手どり同市内のリニア建設工事の差し止めを求めて甲府地方裁判所に起こした裁判は5月28日、2019年5月の提訴から5年を経てようやく判決が下されました。リニア差し止め訴訟は静岡県や東京都でも続いていますが、これらに先駆けた初の司法判断に注目が集まりました。 井澤宏明・ジャーナリスト
工事差し止めを棄却
←判決後、マスコミの囲み取材に応じる志村さん。「3年ほど裁判が続きましたが」と記者から声をかけられると、左の手の平を広げ「5年ですね。現在6年目です」と訂正する場面もあった。提訴から5年がたち、放送局や新聞社内の異動や配置換えで、当時のことを知る記者は1人もいないようだ
原告「まったく理解できない」
「主文 原告らの請求をいずれも棄却する」――。新田和憲裁判長の声が法廷に冷たく響きました。「次の事件がありますのでご退室を」。呆気にとられる原告や傍聴人を、裁判所職員が追い立てます。「(こんな判決なら)もっと早く出せばいいのに」「(昨年12月の結審から)半年も待たせて」。原告らは落胆の思いを口にしながら法廷を後にしました。
雨の降る裁判所前で、原告代表の志村一郎さんがマスコミの囲み取材に応じました。「まったく理解できない。(山梨)実験線自体であれだけ欠陥が出ているわけですから。それより以上に(南アルプス市では)ひどいことになるんです。(棄却は)理由がまったく分からない」。志村さんはマスク越しに憤りを露わにしました。
リニアは品川―名古屋間約286㎞の9割近い約246㎞がトンネルですが、残りの地上部約40㎞のうち約27㎞(山梨実験線を含む)が山梨県内に集中しています。すでに完成し走行試験を行っている山梨実験線で、日照や騒音、振動などによる被害が相次いでいるのはこのためです。南アルプス市の約5㎞は、品川方面から名古屋方面へ北東から南西へ高架橋で通過する計画のため、多くの住宅地を斜めに横切ります。
原告の秋山美紀さんの場合、20年以上前に手に入れた一戸建て住宅の南側にある庭を斜めに横切る形でリニア高架橋の建設が計画されています。窓を開けるとすぐ目の前、住宅から2mほどしか離れていません。ところがJR東海側から示されたのは移転ではなく、リニア用地にかかる「三角形」の土地の買い取りと、1976年に出された旧建設省事務次官通知(2003年改正)に基づいた30年間の「日陰補償」でした。
「受忍限度の範囲にとどまる」
判決は日照被害について、「リニア路線の直下又は至近の土地に対し、相当程度の日照阻害が生じることはやむを得ない」としながらも、JR東海が「基準に基づいた相応の補償を講じるとしていること」を挙げ「工事自体を差し止める必要があると認めるのが相当であると判断される程度の違法性が存在するとは認められない」と断じました。
JR東海が秋山さんの宅地のうちリニア用地にかかる一部しか買い取らないとしていることについても、「提示された条件をそのまま強制的に受け入れることが義務付けられているわけでもなく、提示された条件に再検討を求めたり、対案を提示することが不可能とされているわけでもない」として、「不法行為に当たるとは認められない」と突き放しました。
判決直後に山梨県弁護士会館で開かれた報告集会。「ショックで言葉がないです。少しでもいい方向に、って思ってたんですけど。ちょっと今、言葉が出ないです」。秋山さんは言葉を絞り出しました。
原告らは、リニア建設予定地になったために土地や建物の価値が下落したと訴えてきました。
これに対し判決は「工事の着手に伴い、原告らの所有地の財産的価値もある程度下落している可能性があると認められる」としながらも、「交換価値自体、社会経済情勢等によって変動しうる一方、リニアには高度な公共性、公益性が認められるので、財産上の交換価値の下落という不利益は、原告らの受忍限度の範囲にとどまる」と言い放ちました。
梶山正三弁護士は「被告(JR東海)の言うことを鵜呑みにして、原告の損害、健康被害、環境の被害、生活妨害についても、(リニアには)それなりに事業の公益性があるから我慢する限度内だと、そういうありきたりの非常につまらない判決だ」と、65ページの判決書を手に厳しく批判しました。
住民らは控訴を決めました。闘いは東京高裁に移ります。