JR東海の丹羽俊介社長は3月29日、リニア中央新幹線を巡り「残念ながら2027年の開業は実現できる状況にはない」として品川―名古屋間の「27年開業断念」を公式に表明しました。しかし、その原因については「静岡工区が開業の遅れに直結している」と相変わらず静岡県が県内の南アルプストンネル着工を認めない「せい」にしています。もし、この4月に着工できたとしても、開業は「34年以降」になる見通しだとか。ところが、同県の川勝平太知事が辞意を表明し、4月3日に記者会見すると翌4日、同社は山梨、長野両県の工事でも31年まで工事が遅れることを初めて明らかにしました。静岡県以外の沿線各都県でも工事が大幅に遅れていることは以前から指摘されていましたが、同社は頑なに認めようとしませんでした。リニア事業が足元から揺らぎ始めています。 井澤宏明・ジャーナリスト
『2027年断念』の波紋
「失言」と「リニア区切り」で辞職決断
川勝知事の辞意表明のきっかけは県の新採用職員への訓示でした。
「静岡県庁というのは、別の言葉で言うとシンクタンクです。毎日毎日、野菜を売ったり、あるいは牛の世話をしたり、あるいはものをつくったり、ということと違って、基本的に皆さま方は頭脳・知性の高い方たちです。ですから、それを磨く必要がありますね」
猛批判を受け報道陣に釈明した2日夕、突然漏らした辞意。川勝知事は3日、改めて記者会見し、「特に一次産業、農業、酪農、水産業は最も大事にしてきた産業で、そういう方たちの心を傷つけたとすれば誠に申し訳なく、心からおわびを致します」と謝罪しました。
辞職決断の原因として「失言」以上に強調したのが「リニア問題」でした。
「一番大きかったのはリニアです。私は(任期の)4期目はリニアの南アルプストンネル工事から、南アルプスの水と生態系、環境をいかに守るかということに心を砕いてきた。リニア問題を解決するのは、事業計画を見直す以外にないと思っていた」
川勝知事は「27年開業断念」を挙げ、「丹羽新社長が事業計画見直しに踏み出された。リニアの問題が大きな区切りを迎えた。県民と約束したリニア問題で一里塚をしっかり越えた」と自賛してみせました。
さらに、「リニアについては将来世代のことを考えなくちゃいけない。南アルプスは国立公園ですから、自然を保全することは日本の国策であると信じているし、ユネスコエコパークですから、政府が関わっているので国際的公約であると。(リニアは)国家的事業とはいえ営利事業ですから、堂々とものを言わなくちゃいけないと思っていた」と、自負ものぞかせました。
「南アルプストンネル、ペイするのか」
静岡工区に関しては国の有識者会議が23年11月、約3年半の議論を終え報告書をまとめました。とはいえ、南アルプストンネル掘削により大井川の水が減ったり、上流の沢が枯れて生態系が破壊されたりする恐れがなくなったわけではありません。県は国に議論を求めていた47項目のうち30項目が「未了」だとして着工を認めず、専門部会で同社と対話を続けるとしています。
3日の記者会見ではこの点についても「道半ばで解決されていないのでは」と問われましたが「仮に工事をやる場合にしても2040年近くまでということだから、いかに南アルプス(トンネル)工事が長い時間かかるものでペイする(採算がとれる)かどうか問われているんじゃないか」と、繰り返し主張してきた南アルプストンネルの「ルート変更」を示唆する回答で応じました。
リニア事業そのものについても「立ち止まってどうしても考えざるを得ない段階。従来とはまったく違う次元に至っている」と、問題提起しようとする場面もありましたが、マスコミが取り合うことはありませんでした。
リニアの県内着工を巡って「命の水を守る」と国やJR東海と対峙し続け「静岡バッシング」の的となってきた人物の突然の退場劇。NHKが夜7時のニューストップで報じるなど、リニアの行方とからめて注目を集めています。川勝知事は任期を1年残して4月10日、辞職願を提出する意向です。直後の知事選でリニア問題がどう語られるのか、注目したいものです。