vol.211 ここいく日記 はじめの28歩!

「からだの権利」「性の権利」は人権
日本ドイツ撃破!サッカーのワールドカップ・カタール大会初戦、日本の逆転勝利が新聞の一面記事となり、朝のテレビでは東京渋谷のスクランブル交差点で、多くの人が歓喜する様子が報道されていました。スポーツを楽しむことは悪くはない、でも開催国カタールで移民労働者や性的少数者の人権が守られていない現実を想うと胸がザワザワした。ふと、報道のあり方が性を正しく教えない教育と重なりました。
日本の勝利に歓喜する人たちが悪い訳ではない。カタールの人権問題も知らないし、これまで丁寧に人権について考える機会を与えらず生きてきた人は少なくないと思う。
ここいくの「いのちの授業」では性的指向、性自認のお話を毎回します。年齢に合わせた伝え方でどの学年でも伝えています。

ある小学4年生の授業で「男の子が赤やピンクのランドセル使っていたらどう思う?」と聞くと「いいと思う」と答えが返ってきました。「じゃあ、男の子がスカート履いていたらどう思う」と聞くと「変態だ!盗んできたかも犯罪だ!」そんな答えが返ってきました。私は、この発言をした子どもが悪いとは思いません。日本の勝利に歓喜する人たちのように、よく知らないためだと思っています。
ほとんどの子どもたちが、自分自身が自分の身体の主人公であるという「からだの権利」「性の権利」の認識がありません。性は多様であり、自分の性は自分が決める。決められるのはあなただけ。
それは誰もが生まれながらにして持っている権利で、奪われることも、誰かに侵されることもない永久の権利。こんな当たり前で大切なことを教えてもらっていない子どもたちが、大人になっていく。
ジェンダー・ギャップ指数が主要先進国で最下位の日本。人権を学べない国であることを痛感しています。
国は2023年度から全国の学校において「生命(いのち)の安全教育」を実施することをきめました。それは子どもを性暴力・性犯罪の当事者にしないための、性暴力に関わる安全教育とのことです。文科省の指導内容を確認すると、性暴力は中学生からの指導となっています。現実には幼児期の子どもの性暴力被害があり、性暴力に関する学びは幼児期から必要だと私たちは考えています。

 私たちここいくの「いのちの授業」は、「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」に基づいており、国が進める「生命(いのち)の安全教育」の学習内容と学習計画とはかなり違います。最も異なる点は、私たちは、すべての学習テーマをすべての年齢で伝えます。学習テーマは年齢に応じて「らせん型」に発展させていく形で、繰り返し積み重ねるように年齢に合わせて学んでいきます。国は「発達段階にそくしたもの」として年齢ごとに指導内容がことなります。「性の安全教育」ではなく「生命の安全教育」のネーミングとなった理由はなにか?
「からだの権利」「性の権利」=人権を避けているとしたら、そこには日本の教育の根本的な問題がある気がしています。