vol.200 夢か悪夢かリニアが通る!vol.29

東京都調布市の住宅街で昨年10月18日、陥没事故が起きました。地表部分で約5メートル×約3メートル、深さ約5メートルの大穴が子どもたちも行き交う市道に開いたのです。地下47メートルの「大深度地下」ではほぼ1か月前、高速道路「東京外郭環状道路」(外環道)のトンネルを掘る直径16メートルの巨大なシールドマシンが通過、住民が振動や騒音などの被害を訴えていました。その後も3か所で空洞が見つかり、住民は不安な日々を送っています。NEXCO東日本は12月18日、工事との因果関係を認め謝罪しましたが、同じような被害はこれから進められるリニア中央新幹線の「大深度地下」工事でも起こる恐れがあるのです。                                井澤宏明・ジャーナリスト

大深度工事で陥没

住宅直下でも補償なく

調布市の陥没現場ではボーリング調査が行われ、物々しい雰囲気に包まれていた(2020年12月2日)

 今回陥没事故があった外環道工事は「大深度法」(大深度地下の公共的使用に関する特別措置法)という法律によって行われています。大深度地下とは、通常は使用されないおおむね深さ40メートル以深のこと。この法律により、国の認可を受ければ、事業者は地権者の同意を得たり、補償をしたりすることなく、住宅の真下であろうと大深度地下を使用することができます。
 リニア工事でも、大深度法によって東京、神奈川、愛知3都県の計約50キロの大深度地下工事が2018年、国に認可され、今春にも工事がスタートする予定です。騒音や振動、電磁波、地盤沈下や地下水への影響、地価の下落などが心配されていますが、JR東海は「問題になることはない」などと、これらを否定してきました。
 ところが、調布市の陥没事故の原因が大深度地下工事だったら、「大深度地下については、 通常は補償すべき損失が発生しないと考えられる」(国土交通省パンフレットより)という大深度法の前提が崩れ、リニア工事も見直しが必要になります。
 12月18日に開かれた記者会見では、事故を受けて設置された有識者委員会の小泉淳委員長(早稲田大学名誉教授)が中間報告を公表。「シールドトンネルの施工が、陥没箇所を含む空洞の要因の一つである可能性が高いと推定される」と、工事と陥没事故の因果関係を認めました。一方で、工事は「特殊な地盤条件下において行われた」という一文を入れることも忘れませんでした。

「特殊な地盤」と言い訳

陥没事故直後の様子(NEXCO東日本ホームページより)

 記者会見で小泉委員長に質問しました。「『特殊な地盤』 という言葉がたびたび出てきますが、言い訳にしか聞こえません。これを今回、先生方のような専門家が見抜くことができなかったんですよね」。「そういうことになりますね」と小泉委員長はうなずきました。
 小泉委員長は大深度地下の権威です。2009年に編者を務めた「地下利用学 豊かな生活環境を実現する地下ルネッサンス」で大深度法誕生の背景を次のように説明しています。「地下掘削技術の進歩により、大規模な構造物の地下であっても地上にほとんど支障を与えず、掘削可能となった」
 会見ではこの文を引用して尋ねました。「この認識は変えざるをえないですよね」。ところが小泉委員長から返ってきたのは「普通の地盤であれば、経験しているような地盤であれば、ということ」という答えでした。
 「それは言い訳にしか聞こえません」と畳みかける私に、「そう言われると、『自然をすべて説明しなさい』と言われているようなものですよ」と小泉委員長。たまりかねた私はこの日、最も聞きたかった問いを発しました。「(特殊な地盤が事前に予測できないの)であれば、大深度地下の工事を続けてはいけないんじゃないですか」。今後の外環道工事だけでなくリニア工事もストップしかねない問いに「権威」がどう答えるのか、固唾をのんで見守りましたが、その答えは呆れ返るようなものでした。「そうしたら、我々は地上に住んじゃいけないんじゃないですか。いつ星が落ちてくるか、いつ何が起こるかわかりませんよね」
 陥没事故があったのは、小説家の武者小路実篤が晩年を過ごし、記念館もある閑静な住宅街です。外環道工事がやって来るまでは平穏に過ごせていた土地です。「特殊な地盤」という言葉を繰り返し、住民が愛してきた土地を侮辱するかのような小泉委員長の発言には学者の「矜持」どころか「保身」しか感じられませんでした。