vol.200 子育て・基本のき ゴリラの子育て


Prologue
 私は何か落ち込むことがあると、東山動物園のゴリラに会いに行っていました。なぜだかわからないけれど、ふぅ〜と肩の力が抜け、ホッとするのです。その当時はイケメンゴリラ「シャバーニ」(写真・下)はおりませんが、そんなことはどうでもよくて、ゴリラと対面するとなんか包み込まれるような大きな力を感じられたのです。どっしりと構えて、向こうもこちらも見ています。まさに対面。私は自分の不甲斐なさや、自信喪失の原因を、一人でブツブツと対面してくれたゴリラに話しかけていたように思います。そして彼(彼女?)はちゃんと聞いてくれていたように思いました。そうすることで、なぜかスッキリして帰路につくことができたのです。

今、東山動物園の人気者・シャバーニ

 その後、各務原に住むようになり、「にらめっこ」を創刊したのが1987年。私自身が子育て真っ最中でリアルタイムにさまざまな問題が降って湧いてくる日常でした。そんな時、ゴリラの子育ては大いに学ぶべき要素が多いと聞き、犬山にある京都大学の霊長類研究所の山際寿一先生をたずねました。そこで、ゴリラについて色々なお話を伺ったのです。そしてこの話は、今まさに子育て真っ最中のお母さんたちにも聞いて欲しいと強く思い、山際先生の講演会を企画し先生にお願いをしました。快くお引き受けくださったお話の内容は、にらめっこVol.20号に掲載されています。約30年も前のこと!子連れでの講演会はとても賑やかで、山際先生もちょっと困惑顔でしたが、印象に残る話をここでおさらいをしてみたいと思います。
 ゴリラの子育ては「子育ての基本のキ」。30年経った今もその基本は変わらないと思いました。


 今日は「ゴリラの子育て」について話します。あとで子育て中の皆さんの感想を聞かせていただきたいと思っています。
 私がサルの研究をしているわけは、猿は人間が進化してきた道を知るのに都合のよい対象だからです。人間の過去の恋愛、社会、子育てを知る参考になるからです。
 現代の人間社会は高度に文明化されていてお互いに接触しあわないで生活できます。直接、面と向かって話したり、身振り、目などのコミュニケーションが家族の中で非常に大切であるにも関わらず、電話などに頼って忘れているように思います。人間の生活の中で過去から変わらない部分があると思うのです。そしてそれを失ってしまったら言葉で納得しても体が納得しないということがあるのではないか、とそんなことを考えながら私はゴリラの研究をしてきたのです。
 ゴリラはいままで考えられていたよりずっと穏やかであることがわかりました。

 一頭のオスのゴリラと数頭のメスのゴリラからできています。メスは乳児を持つゴリラと、持たないゴリラに分かれます。乳児を持つゴリラはその間、3年間発情しません。子どもは母ゴリラが発情期になると群れをでて行きます。
 オスは「ひとりゴリラ」になり、メスを見つけて新たに群れを作って行きます。メスは「ひとりゴリラ」にはならず、他の集団に入るか、またはひとりゴリラを一緒になります。

 ゴリラの社会では遊びは非常に重要な働きをしています。遊びを通じてお互いの社会関係を維持しています。ゴリラはよく笑います。笑うことによって相手に自分の喜びを伝えるのです。
 大きなゴリラが何か食べているところに、小さなゴリラがやってきて顔を見つめられたりするといたたまれなくなって食べ物を譲ってやることがあります。このように、大きなゴリラ、強いゴリラは遊びを通じて小さいもの、弱いものに同調することを覚え、社会関係がうまくいっているのではないかと思われます。
 また、大きなゴリラが、小さなゴリラに手を出したことを、第三者の小さなゴリラがいさめることもあります。その場合3頭は見つめ合うだけで、暴力はありません。大きなゴリラは小さなゴリラの仲裁を受け入れます。大きなゴリラほど自制心を持っているようです。

  動物の社会では父親が認知されていないため、例えば息子サルが大きくなると、大人のサル同士としてしか、認知できません。しかしゴリラ社会では父親が育児に参加するため、子どもたちは生涯父親を認識していると思われます。育児関係にあったオスとメス(母親と息子、父親と娘)は配偶者関係を持てません。

  ゴリラの一生は50年くらいですが、ある年齢に達するとオスのゴリラの背中に白い毛が生えてきます。そのため「シルバーバック」と呼ばれます。群れを率いるシルバーバックは、群れを守り、メスには優しくし、子どもの保護者となります。そして他の群れのオスに対しては恐ろしい存在でなくてはいけません。

 シルバーバックの子育ては、子どもと一緒に遊んでやり、子どもを保護するもので、母親のおっぱいを通じてのそれとは違っています。父と子が、必ずしも血縁関係があるとは限りません。
 しかし、これによりメスに過大な負担となっている子育てが分担され、メスは自由になり、出産、授乳などで失われた体力を回復することができます。あるいは乳離をした子を置いて他の集団に移ることもできます。
ゴリラの集団の中で、乳児の時に母親が死んだ場合、他のメスがおっぱいをやりますが、授乳期を終えた子どもはシルバーバックが面倒をみます。
 ゴリラは毎晩ベッドを作って寝ますが、5歳くらいまでは自分では作れません。母親のいない子は、シルバーバックが自分のベッドに入れ、そして抱きしめてやり、彼の大きなお腹で遊んでやります。小さい子には接触が必要で、足りないとフラストレーションを起こすのです。

 子どもがシルバーバックになつくには、メスの巧みな戦略もあります。成長した子どもは次第に重くなり、自分が食事に行く時に連れていけないので、シルバーバックのそばにそっと置いていくのです。他のメスも同じことをするので、シルバーバックの周りは保育所のようになります。初めは泣いていた子どももシルバーバックが優しく、よく遊んでくれるので次第に関心が母親からシルバーバックに移ります。そうするうちに夜もシルバーバックの周りにベッドを作るようになり、母離れしていきます。その後、シルバーバックと子どもたちは遊びながら、かなり長い間、大人になるまで親密な関係が続きます

   ゴリラの社会の中で、子どもたちが父親母親から独立していけるのは彼らが小さい時に非常に熱心なケアを受けているからではないかと思います。人間とゴリラ社会を一緒にすることはできませんが、人間が古い時代から持っていた親の子結びつき、別れといったものをゴリラ社会が譲り受けているのではないかと思うのです。

にらめっこvol.20に一部加筆したものです。


Epilogue
編集を通じていろいろな方にインタビューをさせていただきました。ゴリラと意思疎通は叶わなくても、対面するだけで気持ちが落ち着く…そう!この対面が重要なんですね。それはまさに「にらめっこ」です。笑ったら負けよ!あっぷっぷ〜、のにらめっこ。ネーミングの由来はここ。忙しくても1日に一度はちゃんと目と目を向き合って、話をしようって。200号という機に改めて子育ては自分育てであるとともに、社会が育つ一役を担うことだと、思うのです。


ゴリラはなぜ胸をたたくの

ドラミングの秘密
ゴリラといえば、2足で立ちあがってこぶしで胸をたたいている姿を想像しませんか。これはドラミングと呼ばれています。まるでドラム(太鼓)を叩いているように見えるし、音もぽこぽこ、ぽこぽことあたりに響きわたるからです。 でも、実はゴリラはこぶしで叩いてはいません。 よく見ると、手の平で叩いています。人間のドラマーだって太鼓をたたくときは手の平を使います。そのほうがいい音が出せるからです。
叩き方だけでなく、ドラミングは昔から大きな誤解を受けてきました。それは、ドラミングはゴリラが攻撃するときのサインだという考えです。
 19世紀の半ばごろに欧米人の探検家がアフリカで初めてゴリラに出会ったとき、勇壮なドラミングを見て肝をつぶし、ゴリラがとても暴力的な生き物だと誤解したのが始まりです。以来、100年以上もの間ゴリラは獰猛な野獣と見なされてきました。1930年代に製作されたキングコングという映画はゴリラがモデルになっていて、薄気味悪い笑いを浮かべて胸を叩きます。
でも20世紀の後半に野生のゴリラの研究が進むと、ドラミングは決して攻撃の前触れでではなく、むしろ相手と戦わずして引き分けるための表現であることがわかってきました。私もゴリラの群れの中で何度もドラミングを目撃しましたが、決して危険を感じることはありませんでした。
 胸をたたくとき、オスは慎重にあたりを見回して仲間にぶつからないように気を使っています。人間でも自己主張をしたいとき、机をドンとたたいたり、足をふみならしたり、腕を振り回したりします。ゴリラのドラミングも自己主張のために行われるのです。おとなのオスばかりでなく、まだ1歳になったばかりの子どもから大人のメスまであらゆる性・年齢のゴリラが胸を叩きます。ゴリラは生まれつき負けず嫌いです。胸に太鼓をもっていて、不満を感じるとすぐに胸を叩く。そう考えたら、ゴリラもドラミングも正しく理解できるだろうと思います。 (写真・文 山極 寿一)

Q&A 山際先生に聞いてみた!

Q:ゴリラを見ていてすごいと思うことは?
A:行動の美しさです。特にオスは自分の相手にどんな効果を与えるか、ちゃんと頭に入れて行動しています。ですから、全ての行動がピタリと型にはまって美しいのです。それが、相手に与えるインパクトは大きいと思います。人間も昔は自分の行動の効果を計算して生活していたと思いますが、現代では政治家か役者くらいです。こういうコミュニケーションというものを、人間は忘れてはいけないのではないかと思いました。

Q:6歳と3歳の男の子が母親にベッタリです。人間は甘やかしすぎですか?
A:ゴリラも個体差がすごくあります。母離れができないゴリラは遊びが下手です。あまり仲間と遊びません。多分、複数のゴリラとの間で、自分をコントロールする勉強ができていないのでしょう。

Q:動物園の動物が子育てをしなくなっているのと、今、人間の子育てがよく取り上げられ、問題とされるのは、同じ原因なのでしょうか?
A:動物園では早くから親から離すため、子育てを学習する場がないのです。学習する機会を与えれば上手にできます。1回目はうまくいかなくても2回目は大抵うまくできるようです。
人間の方はもっと複雑なことが原因と思います。ゴリラ社会で
は生活集団=家族です。人間社会では、他のいろんな集団遍歴をするときのベースになるのが家族です。人間の家族は単独では成り立たないのです。そういう中で問題が起きてきたということは、単に母親の資質、能力、経験といったものだけでなく、社会のネットワークそのものが崩れつつあるのではないかと思うのです。特に価値観です。「何が一番大事か」ということがわからないのです。昔は価値観がしっかりしていたから、それにそって子育てをしていけばよかったのです。しかし、今はそれぞれの社会習慣や生活様式によって色々な方法論があるため、完全なものを見つけ出すことが困難なのです。そこに問題があるのではないかと思います。  にらめっこvol.20に一部加筆したものです。


山極 寿一(やまぎわ じゅいち)
1952年、東京都生まれ。霊長類学・人類学者。京都大学総長。京都大学理学部卒、京大大学院理学研究科博士後期課程単位取得退学、理学博士。ゴリラ研究の世界的権威。ルワンダ・カリソケ研究センター客員研究員、日本モンキーセンターのリサーチフェロー、京大霊長類研究所助手、京大大学院理学研究科助教授を経て同教授。2014年10月から京大総長、2017年6月から2019年6月まで国立大学協会会長、2017年10月から日本学術会議会長を兼任。『「サル化」する人間社会』(集英社インターナショナル)、『京大式おもろい勉強法』(朝日新聞出版)、『ゴリラからの警告「人間社会、ここがおかしい」』(毎日新聞出版)など著書多数。