vol.197 半農半X vol.38

育てて用いる

 娘が生まれたら、桐の木を植えたいと思うようになったのは、いったいいつの頃からでしょう。高校の頃、祖母から、日本では女の子が生まれたとき、桐の木を植えて、嫁ぐとき、大きく育った桐の木を用いて桐タンスにしてもたせたと聞いたからでしょう。軽いし、火に強いなど、「桐の特性」を知り抜き、必ず来る未来(=嫁ぐ日)を見通し、今から行動し、それを準備するという先人の知恵には未来への確かなヒントがあるような気がします。「育てて用いる」。それが脈々と培われた日本の哲学、生活美学です。今では、知る人も少なくなってしまった日本の話ですが、この桐タンスの話は大事な何かを私たちに教えてくれている、そんな気がするのです。

小さな友のために

 山里の秋の風景である柿が生っている姿を見ると思い出す先人の知恵があります。どんなにお腹が空いていても、生っている柿をすべて収穫せず、鳥たちのためにいくつか残すという日本の先人の知恵です。そんな先人のすてきな思想を知ってから、ぼくもそうするようになりました。こうした考え方は日本だけのものではなく、お隣の韓国にも同様の考え方があることを本で知りました。いまの私たちは根こそぎとってしまったり、すべてを自分(人間)だけで独り占めしてしまったりするけれど、鳥や虫などの友のためにそうしたことができるということはやはりすてきなことだし、次の世代に伝えていきたい大事な生活哲学だと思うのです。
 アイヌ民族は根っこを必ず残すという循環の思想がある。ある日、ぼくは旅人のために街路に果樹を植えるという思想に出会った。奈良時代、東大寺の僧・普照(ふしょう)の提案で旅人の休息や飢えを防ぐため、全国の駅路の両側に果樹が植えられたという。すてきな提案をする僧がいたものだ。韓国も、たとえ飢えていてもすべての実をもぎ取らず、鳥たちのために残すという。


塩見直紀(しおみなおき)半農半X研究所代表
1965年、京都府綾部市生まれ。20年前から「半農半X(エックス=天職)」コンセプトを提唱。半農半X本は翻訳されて、台湾、中国、韓国にもひろがる。著書に『半農半Xという生き方 実践編』など。

※半農半Xとは・・・半農は環境問題、半Xは天職問題(どう生きるか)を背景と する。持続可能な農のある小さな暮らしをベースに、天与の才を社会に活かす生き方、暮らし方。ex.半農半漁、半農半大工、半農半看護師、半農半カフェ、 半農半絵描き、半農半歌手、半農半鍼灸師、半農半カメラマンなどなど。