vol.196  夢か悪夢かリニアが通る!vol.25

 旧国鉄の分割・民営化を推進したJR東日本元社長の松田昌士氏が5月19日、84歳で亡くなりました。JR東海名誉会長の葛西敬之氏らとともに「国鉄改革3人組」の一人。労組元組合長との蜜月、道路公団民営化での一徹さなど評価は割れるようですが、リニア中央新幹線を特集した日経ビジネス2018年8月20日号では歯に衣着せぬ次のような発言が紹介されています。「歴代のリニア開発のトップと付き合ってきたが、みんな『リニアはダメだ』って言うんだ。やろうと言うのは、みんな事務屋なんだよ」「俺はリニアは乗らない。だって、地下の深いところだから、死骸も出てこねえわな」。新型コロナウイルス感染拡大で価値観が激変する今、松田氏ならリニアをどのように語ったでしょうか。     井澤宏明・ジャーナリスト


揺らぐ「便利」「速い」

リニア南アルプストンネル工事の模型。トンネル掘削で湧き出した地下水を「導水路トンネル」で大井川に戻す計画だというが(国土交通省提供)

“強行”された会議

 政府が緊急事態宣言を発令して「不要不急」の外出自粛などを求めた4月下旬、集団感染も疑われていた国土交通省が“強行”した会議が波紋を呼びました。
 会議はリニアを巡る有識者会議。主なテーマは、南アルプスを貫く巨大トンネルを建設する影響で静岡県の大井川の流量が減る問題です。同県や流域自治体はこれまで、「JR東海の対策は県民が安心できるレベルに達していない」として着工を認めてきませんでした。品川-名古屋間の開業予定の2027年が7年後に迫る中、同省が「調整役」に乗り出した形です。
 4月27日の初会合はちぐはぐさが目につきました。会議は感染拡大防止のため「オンライン形式」で、取材も一部を除いてオンラインに限られました。ところが、委員7人のうち4人が同省に集まりました。建物内にある同省自動車局で9人(その後11人に)の感染者が確認されていたのにも関わらずです。
 会議の冒頭で、同省の水嶋智鉄道局長は「国民の大きな関心事項。いたずらに時間をかけるわけにはいかない」と開催の大切さを訴えました。が、JR東海の金子慎社長が名古屋からオンラインで出席して、「私どもはリニアが有益な事業だからと環境保全を軽んじるつもりは全くないが、県も南アルプスの環境が重要であるからといって、あまりに高い要求を課して、それが達成できなければ、着工も認めないというのは法律(環境影響評価法)の趣旨に反するのではないか。有識者会議では、県の提起している課題の是非、即ち、いくら何でも事業者にそこまで求めるのは無理なのではないかという点も含めて審議をいただければ幸いだ」と発言してひんしゅくを買いました。
 県と自治体は猛抗議、国交省が金子社長の発言は「会議の趣旨にそぐわず反省を促す」などと文書や口頭で注意する騒ぎになり、金子社長は発言の撤回、謝罪に追い込まれました。「『3密』を避けている。集中的にやりたい」(同省の事務局)と急いだ会議は裏目に出ました。

静岡県民を中傷

 舌の根も乾かぬうちに金子社長は5月29日の記者会見で「6月中に(静岡県の)準備工事の了解が得られないと、27年開業は難しくなる」と発言しました。静岡新聞は「県民を中傷 ネットで相次ぐ」という見出しで、リニア問題で県民への心ない中傷が相次いでいることを伝えていました。
 6月2日に開かれた有識者会議の3回目の会合後、出席した宇野護副社長にオンラインで尋ねてみました。筆者「金子社長の発言によって、『静岡県が27年の工事を遅らせている』という風当たりがネット上で強まっているようだが、もう少し配慮が必要ではないか。実際、沿線の色んなところで工事は遅れていて、27年(開業)というのは客観的に不可能ではないか」、宇野副社長「静岡工区のような状況になっているところはないと思っているし、色々苦労しながら着実に進めてきているというふうに考えている」
 東海道新幹線の大型連休の乗客は前年より94%減りました。オンライン会議やテレワークが急拡大しリニアの意義も揺らいでいます。建設自体に反対ではなかった静岡県の川勝平太知事も4月30日の定例記者会見で「リニアが立脚している哲学『便利、速い』だけを追求していいのか」と疑問を投げかけています。

「集団感染」が疑われていた国土交通省で開かれた有識者会議(4月27日、国土交通省提供)



                                  井澤宏明・ジャーナリスト