「工事の影響で水枯れ 田植え断念も」。昨年12月、九州新幹線長崎ルートのトンネル建設工事で周辺河川の流量が減少し、長崎県諫早市で農家の田植えができないなどの被害が出ていることが毎日新聞などで報じられました。工事を請け負う鉄道・運輸機構は、リニア中央新幹線の中央アルプストンネル建設なども担当しています。機構はトンネル工事の影響と認め、井戸を掘ったりしていますが、十分な水量は確保出来ていないと報道は伝えています。水枯れ問題は山梨県のリニア実験線でも起きていますし、これからのリニア工事でも各地で起きる恐れがあります。 ジャーナリスト・井澤宏明
大井川の水を巡って
「事業をやめていただきたい」
静岡県では、リニアの南アルプストンネル建設で大井川の流量が減少する問題を巡り、今年に入っても議論が続いています。1月25日には静岡県庁で、県の中央新幹線環境保全連絡会議が開かれ、県、有識者とJR東海との間のリスク認識の差が浮き彫りになりました。
県はJR東海に対し、着工前の段階で、大井川の流量減少などリスク推定の不確実性をできる限り縮小するよう努力することを求めました。具体策として、流量減少についての予測を複数の解析方法で行うことを有識者が提案しましたが、JR東海はこれを拒否しました。
JR東海の澤田尚夫・環境保全統括部担当部長はその上で、「トンネルを掘る前に不確実性を縮小するためにできることは限られている。どんな(予測の)やり方をしても不確実性は残るので、工事を通してしっかり事前の予測や調査をやっていきたい」と述べ、あくまでも工事に着手してからリスク管理を行っていくことを主張しました。
これを聞いた難波喬司副知事は「あ然とした。リスク管理について事前にできませんと言っているに等しい。事業をやめていただきたいと言うしかない」と厳しい言葉を投げかけました。
有識者もJR東海の頑なな姿勢にあきれた様子。「事前にできることは何でもやるというのが基本的なリスク管理だが、国鉄時代に使った手法をそのまま踏襲して、それ以外はやらないという考えがどうして出て来るのか」(森下祐一・静岡大教授)、「JR東海の説明は古典的。リニアのような大プロジェクトでなくても、方法の限りを尽くして試算して絞り込んでいくことは、現状ではごく常識的に行われている」(大石哲・神戸大教授)などと、辛口の指摘が続きました。
会議後、報道陣の取材に応じた難波副知事は「これだけの大規模公共事業を、20年以上前のリスク管理のやり方でやろうとしている。現代的には認められない」と苦言を呈しました。
事業者の良心
30日に再び開かれた同会議。JR東海の澤田部長は冒頭で、「実質的にアセス(環境影響評価)のやり直しか追加措置を求めるもので、(環境影響評価)法の趣旨にもそぐわないのではないか」と、前回の会議での県や有識者の提案に反論しました。
さらに、環境影響評価手続きの過程で知事の意見を聞いてきたことを挙げ、「今の段階で(追加の調査や措置を)求められるのは、引き延ばしに通じるものではないか」「いつまでたっても工事着手ができない」などと、県を非難しました。
はたして、JR東海が行ってきた環境影響評価は、堂々と胸を張れるようなものなのでしょうか。「環境影響評価が不十分だから今のような問題が起きているのではないか」。私の問いかけに澤田部長は「(環境影響)評価書まで手続きが終わった後に工事実施計画の(国の)認可をいただいているので、きちんとできていると認識している」と答え、手続きの正当性を主張しました。
30日の会議後、報道陣に囲まれた板井隆彦・静岡淡水魚研究会会長は述べました。「大井川の非常に貴重な自然の一番肝心な部分がかなり大きく壊される可能性があるので、我々は発言しないわけにはいかない。環境影響評価の手続きはなされたが、大井川という場所の特殊性に合わせて行われたとは思わない」。さらにこう語りかけました。「環境影響評価の制度は、事業者の良心に依存している。いかに自然を保全するかという心構えが求められている」。一緒に聞いていたJR東海の職員はどのように受け止めたのでしょうか。