vol.182「食」特集Part-1 漫画で伝える「食」のこと           漫画家 魚戸おさむさん

食育って、生きる力を育むこと 「食」特集Part-1

Vol.100で『食』を特集して以来、さまざまな角度から「食」に関する情報を取り上げてきました。今回は、にらめっこが伝えたいこと満載の漫画『玄米せんせいの弁当箱』『ひよっこ料理人』在宅医療の最新作『はっぴーえんど』の作者・魚戸おさむさんに、漫画家から視た「食」についてお話を伺いました。

漫画で伝える「食」のこと

漫画家魚戸おさむさんに聞く
「食」にかかわる人たちって魅力的な人が多いんです。

『食卓の向こう側』でいっぱい学んだ
—食べ物がどんな経緯で食卓にあがるか、食べ物の向こう側をひもといていくと全部つながっていて。だから食をおろそかにしたくないんだけど、今、時短とか、安い早いウマイとか、そういうのに私たちが踊らされています。
魚戸:ボクたちの漫画業界も、時短が入ってきてます。楽は別にいいんですが、楽だけで描いていたら、ちょっと手間のかかることの面白さや、意味合いというか奥深さを知らないまま漫画を描いちゃうんだろうなと。これは「食」も一緒だなと思うんですよ。楽は楽でちゃんとうまく利用していけばいい。要はバランスですよね。人としてのバランスが崩れてくると、何かしらひずみが出てくる。
—食に興味を持って、シリーズを描こうと思われたのですか?
魚戸:はい、ボクが興味があって。みんなが知らないこととか見てみる見ぬふりするような食の奥深い内容になると、敬遠されがち。でも個人的にはおもしろいと思ったので、だめ元で編集部に聞いたら、意外や意外「おもしろいかもしれない」って。「食の裏側ですよ、地味ですよ」、「いや、いいじゃないですかね」って。ちょうど「食卓の向こう側」(西日本新聞社に連載された記事)を知ったころだったので、こういうことを漫画に描けたら楽しいだろうなぁと思って描いたのが「玄米せんせいの弁当箱」だった。その前に「食卓の向こう側」のコミック編を描いたことがあって、それは西日本新聞社の記者さんたちと一緒につくったんです。名前は変えてますけど「玄米せんせい・・・」には、知る人ぞ知る、見る人が見ればわかる実在の人がいっぱい登場しています。その人たちを取材して描くのがすごく楽しかった。

業界では、グルメ漫画ははずさないっていう定説があるんです。『孤独のグルメ』、『深夜食堂』、『クッキングパパ』とか『美味しんぼ』。それに引き換え、「玄米せんせい…」や「ひよっこ…」では手作りとか、日本の伝統食とか、発酵などの話しで、描けば描くほど、地味だなぁって思いましたね。(笑)でも、グルメじゃないところに視点をあてただけで、いろんなことが見えてくる。たとえば吉田俊道さんの菌ちゃん野菜なんかもそうですけど、草の根で地道な活動をを広げている人たちがいっぱいいる。漫画を描くことでそういう人たちの応援にならないかなと思って。えらそうですけど、ね。活動をしている人は、吉田さんはじめ魅力的な人たちばかり。ものすごく楽しそうにやっていて、それが描く動機にもなっています。
—岐阜でも若い親さんたちが、吉田先生の講習を受け「菌ちゃん野菜応援団・岐阜支部」として活躍しています。集うことが楽しくて、作る環境があるなら作ろう!と子連れで畑に通っています。そして台所で出るゴミをムダにしない。「循環」がキーワードになっています。(菌ちゃん野菜応援団 参)
魚戸:吉田さんは、幼稚園や保育園で生ゴミで堆肥を作って土を作り、野菜を育てているんですね。ある幼稚園でにんじん嫌いな子が「にんじんは食べない!」って言っていたのに、収穫のとき逆に「食べるな!」って。「あんなに大事に育てたものを何で食べるんだ!」と言ったと聞きました。にんじんとか大根を食べない子どもたちが、自分たちで育てて、畑から抜いてその場で土だけとって洗わずにかぶりつく。そこまでやるのは、子どもたちは本物をわかっているから、動物的な勘みたいなね。

ものがたりを紡ぐ食べ物たち

—そうなったらしめたもんですね。ところで「玄米せんせい・・・」「ひよっこ…」を描いていて惹きこまれた点はありますか?
魚戸:食べ物って、ものがたりがひとつずつあるんですよね。料理を作る人だけじゃなくて、食べ物にかかわる人たちのことを想像したら、もう数え切れないくらいの人たちがかかわっている。実在の人をいっぱい取りあげたのは、その人自身のものがたりがおもしろいから。「食卓の向こう側」のおかげで、いろんな人を紹介してもらい、その人たちがみんなつながってたりしてもうホントにビックリしました。それでどんどん取材しては描き、描いては取材して楽しくなった。
—「玄米せんせい…」は、若者や大学生が対象で、「ひよっこ…」は、幼い子と高齢の方。共通しているのは“作ること”。魚戸さんご自身は料理は作られますか?

玄米せんせいの弁当箱 10巻 食べることは生きること より

魚戸:ひよっこ料理人を描いているときに、近くのガス会社が主催する男の料理教室に参加してみたんです。そこでは和洋中を学べました。洋食が一番パパッと作れたかな。中華は炒める前のいろんなものを細かく切るのが大変。和食は、やっぱりだしでしょ。だしも、かつお節を削ってね。でも今は簡単・便利・安いからと削り節のパックを使っている人が多い。実際計算したらね、かつお節を買って削った方がよっぽど安上がりなんです。あと、だしを取ったときの色が違う。市販のかつおパックはちょっと黄色っぽい。もう酸化が始まっているからでしょう。「ひよっこ・・・Vol.8」で描いたんですけど、紙コップに味噌汁を3種類作って、それを子どもに飲ませてどういう感想を言うかっていうイベント。そして、みなさんはどの味噌汁を子どもに伝えたいですか?って問いかけるんです。
A-粉末味噌 B-手前味噌 C-出汁入り味噌で、子どもの感想はAがお弁当屋さんの味噌、Bはおばあちゃんちの味噌 Cがお母さんの味!でみんながガクって(>_<)
—それだけ化学調味料のうまみ成分が身に染みついちゃうと、手作りのものが、薄味に感じて頼りなくなっちゃう。
魚戸:手作りのお味噌屋さんやしょう油屋さんに共通しているのは、昔ながらの作り方をしているところ。ある意味感動しますよ。こんな手間かけてやっているのかって。でも誇りを持っているし、楽しそうにやってるんですよ。

ひよっこ料理人 8巻 ひよっこたちの出航 より

 

食はからだと心を支える

魚戸:佐藤初女さんってご存じですか?もう亡くなりましたけど、ボクお会いしておにぎりをいただいたり、お弁当まで作ってもらったんです。佐藤さんを支援している方から、初女さんの漫画を描いてと言われたんですけど、結局実現しなかったんでが、「ひよっこ…」の最後、主人公がおばあちゃんになるでしょ、あれは、初女さんをイメージして描いたんです。初女さん、病んだ人を受け入れて、食を共にしてその人は癒されて帰って行くと言ってました。「わたしは何にもしていないです。ただ、みんなでご飯食べましょ」って。
—食ってそういう力があるんですね。1人で食べるより2人、2人より3人という感じ、食卓を囲むって大事なことだなって。
魚戸:ですよね。そこに来る方で共通しているのが、孤立している人・・・。大分県の安心院(あじむ)っていう村でも、いろんな人たちを受け入れてます。ある時、24,5才くらいの若者が来た。腰が曲がってしゃべらない。心配した親が安心院の噂を聞いて連れてきた。そこでもただ毎日一緒にご飯を食べて、昼間は畑をやってなんとなくその辺でぶらぶらしている。そのうちに、曲がっていた腰が伸びてきた。民宿のおばちゃんは「別にわたし何にもやっていないよ。ただ一緒にご飯食べて話しをしてるだけだよ」。一週間ほどしたら、見違えるほど若者らしくなって、「ボク東京に帰ります」って帰って行ったそうです。
—一緒に食べることって大事ですよね。今、こども食堂が全国的に広がっているけど、そういうことなんですね。
魚戸:そうですね。食べることを通じて、わかちあえたり、仲間として受けいれらたりするものだと思う。安心院のおばちゃんは、食べるものに意味があるって言っています。地元の食材で作られたものとか、手作りのもの。食べる人を意識して作ったもの。もちろん、買ったものでも、たとえインスタントの物でもみんなで食べる!ことに大きな意味があるんですね。

—食べることってコミュニケーションの潤滑油みたいですね。
一品持ち寄りパーティーも楽しいですよね。
魚戸:九州大学で、「一品持ち寄り弁当の日」っていうのをやっていて、登場する先生も実際にいる方です。ボクが食のことに目覚めたのが40代のころ。その頃、作るのがあたりまえの子どもたちを育てた人たちは、ほぼ毎日子どもたちと一緒に料理をすることを楽しんでた人たちです。「弁当の日」の竹下和男先生もおっしゃってましたけど、子どもって台所に入ってくるんですよね。それを今の親さんは追い返す。邪魔とか、あぶないとかって。そこをなんとか少しでもいいから台所にいさせてあげて欲しいですね。食材を混ぜるだけでもいいから。これボクが混ぜたんだよとか、みんなで食べるときに、そういって自慢したりして自尊心を満足させるというか。また、やらせてって違うことをやらせてあげるだけで、どんどん変わっていくし、料理を作ることがあたりまえになっていく。
—あぶないとか、散らかるとか、そういうのをちょっとガマンするってことですね。
魚戸:しょうがないもんね。できないんだから、汚くしても、大人だって、できないことやればグチャグチャになるしね。

今度は「在宅」がテーマ

—ところで、現在は在宅医療のお話を描かれています。
魚戸:はい、実は身近な人が亡くなって、死や介護や看護のことを改めて考えさせられて。これは避けられない問題です。日本では「死」をまだタブー視する傾向があります。今は、医療サイドから見た話ですが、今後は、家族はどう思っているのかというところまで掘り下げたい。在宅と言っても、自分たちが面倒を看るってどういうことが家で起きるのか、病院と家の違いは?金額の問題とかも含め、いろんなことがある。ボクも学びながら描いています。
人は老いて死ぬ…このことは避けて通れないし、遠ざけてちゃいけないなぁ、と、そういう気持ちになって読んでくれたら、と思ってます。
—介護や看護、延命のことなど日頃の会話というものがとても重要になってきますね。
魚戸:そこなんですよ。ボクの伯父は入院して肺が真っ白けでもう長くないと宣告された。それで、いとこたちも、このあとの治療どうするかを患者の伯父に一任させちゃった。そしたら、伯父は「オレは点滴がいい」って。栄養点滴がはじまったら、点滴だけで生きていかなきゃいけない。ベッドから出られない。意識はちゃんとしているけど、食べられない、飲めない・・・。看てる方も辛くて、水飲みたいと言われても誤嚥しちゃうのでできない。そんな状況をみながら、食の漫画とは全然違うテーマだと思って描いていましたが、実は根本的な部分は全てつながってると描き出してから気づきました。

食べられることが、生きる意欲につながる

「はっぴーえんど」第2巻 言えない想い より

—はっぴーえんど2巻にカレーを作る患者さんが登場します。
魚戸:いやあ、あれを描いたときに、「魚戸さん、また食の漫画描くの?」って言われて。食べることって、生きることだから何かどうしても描きたくなるんですよ。
—寝たきりの人も嚥下ができなくなると、生きる意欲も低下するんですよね。だから、食べることは生きることにダイレクトにつながっている。
魚戸:そうですね。ホスピスの先生と知り合って、ホスピスを見学させてもらったことがあるんです。ご自分の仕事外のときに、玄米スープを患者さんに提供してたんですよ。ご自分の思いだけで。だから看護師さんもみんな知らなくて。死期が迫っていそうな目も開かない患者さんでも、そのスープを飲めて「美味しい」って言うんです。先生が「もう一杯飲みますか?」って聞くとうんと頷くので、また口に入れてあげる。するとね、目がフーッと開いて、「あーおいしいね〜」って。それでちょっと顔色がよくなってきて、もう一杯飲むと目がぱーっと開いて「あーおいしい」って、肌が健康な人の色になる。部屋を出てから「先生、あれなんですか?」って聞いたら、「すごいでしょ。人はね、口からものを入れる入れないっていうのが、どれだけ活力になるかってこと。だから胃瘻はね、緊急手段であって、ある期間どうしても栄養を入れなきゃいけないときに、仮の栄養補給として開発されたもの。あれで延命するとかという話しじゃないんですよ」とおっしゃって、食べることは本当に生きることなんだと確信を得ました。
—あえて漫画で伝えたい理由、想いというのは・・・?
魚戸:「玄米せんせい・・・」のときからですね、そういう想いになったというか、今思うと、「食卓の向こう側」という記事を読んでからかな。こんなことが世の中の見えないところで起きている、暗いことばかりじゃなく、いいこともあるんだけど、見えないものを伝える手段として、漫画もできるんじゃないかと。それで、決して上から目線ではなく、こんなことも、あんなこともありますよ、という情報としても知ってもらう。それで、一人でも二人でも、読んだ人がなにか食に対する考え方が変わったり、なにか行動を起こしたりとかね、そういうことにつながっていったら、描いた甲斐があるなぁと思って。で、実際描き出すといろんな人にお会いして、お会いするうちに「実は魚戸さんの漫画を読んで、ボク食に目覚めました。」「わたしもです」、という人がいてビックリしました。
—「はっぴーえんど」ってどれくらい続くんですか?
魚戸:わかんないねぇ。ボクの師匠にまで、「魚戸君よくこんな漫画描くね」って言われて。
—師匠はどなたですか?
魚戸:「仁」ってドラマ、ご存じですか?その作者です。幕末に、現代の医者がタイムスリップして向こうで四苦八苦して人を助けるという話し。知識はあるけど道具がない、材料がないというなかで、どうやって医者として活躍するかという話しです。その先生に、そんなの描こうと思う漫画家は魚戸くんくらいしかいないよって言われて。それこそ、地味な漫画の極地みたいじゃないですか。死ぬ人を描くなんてね。「ひよっこ…」も、「玄米せんせい…」も、そうとう地味な部類に扱われてたけど、さらに地味・・・

ユーモアが緊張をほぐす

—ときどき主人公がずっこけますよね。
魚戸:あれやらないとボクが辛いんですよ。重くなりがちなテーマなので、その逆のことができるキャラクターがいいなって。笑いの中に真実が見えかくれする。ボクは、食育漫画を描こうという意識はないんですけど、担当の編集長に「魚戸さんさ、どこまで気づいているかしれないけど、世の中の食とかね、興味ある人から見たら、魚戸さんをね、神みたいな存在だと思っている人、いっぱいいますよ」って言われて、「まじですか!」(笑)

うおとおさむ/プロフィール 漫画家。 北海道函館市出身。
村上もとか氏(代表作「JIN-仁-」、「龍」、「六三四の剣」など)星野之宣氏(代表作「ブルーシティー」、「2001夜物語」「宗像教授異孝録」などなど)に師事し、 1985年「忍者じゃじゃ丸」でデビュー。代表作・家栽の人(作:毛利甚八)・ケントの箱舟(作:毛利甚八)・ナイショのひみこさん・がんばるな!!!家康・イリヤッド 入谷堂見聞録(作:東周斎雅楽)・食卓の向こう側コミック編(作:渡辺美穂・佐藤弘)・玄米せんせいの弁当箱(脚本:北原雅紀)・イーハトーブ農学校の賢治先生(案:佐藤成)・ひよっこ料理人(協力・鈴木真由美)・はっぴーえんど(監修・大滝秀一)*現在、ビッグコミックオリジナル(小学館)にて連載中

 

「ボクは食育のプロじゃないですよ。いいんですか?」と念を押されたが、「食」をいろんな方向から見つめてみたくて強攻取材となった。漫画なら伝わる!そんな思いは共通していた。ともすれば世の中の動きに逆行するかのような「手間」を重視した魚戸さんの食に対する視点は現代社会に対する警鐘か?でも、決して上から目線ではなくひとつの情報として伝われば、というスタンスは、とても穏やかなその人柄の表れだろう。今後、在宅医療の問題をどう発展していくのか、「はっぴーえんど」がとても楽しみだ。(三)