vol.175 ぎむきょーるーむ あの子が発達障害?

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なぜ、多くの子が「発達障害」と呼ばれるの?
先天的な障害と誤診について

なぜ、注意欠陥/多動性障害(AD/HA)「発達障害」と呼ばれる子が増えたのか。
第一の理由は、学校にゆとりがなくなったからです。
少し前に、学級崩壊という言葉が流行しました。最近、この言葉を耳にすることは少なくなりましたが、その理由は学級や学校の崩壊が少なくなったからではなく、崩壊があたりまえのように多くなったため、ことさら特別の言葉を使う必要がなくなったからです。いずれにしても、学級崩壊の原因だと決めつけられたのは、おちつきのない子どもたちであり、そのときに使われた病名がAD/HDでした。
たしかに、学級崩壊の原因とされた子どもたちは、教室で立ち歩きをしたりしていました。しかし、これらの子どもたちの多くは、入学直後からというよりは、もっとあとになってからおちつきがなくなったのです。
ほんとうは途中から出現した行動でしかないものを、先天的な障害であるかのように、誤診してしまったのです。

「専門家」の手にゆだねると

第二の理由は、一部の家庭にゆとりがなくなったことです。
親は、わが子が平均から外れてしまうことを、とてもおそれるようになりました。このため、おちつきのない子どもや、勉強に集中できない子どもが、「専門家」の手にゆだねられるようになりました。ところが、その「専門家」たるや、にわか仕込みですので、頼まれるとつい、マニュアル頼みの過剰診断をしてしまうのです。
第三の理由は、大人の社会にゆとりがなくなったことです。
かつて一部の少年事件の加害者がAD/HDを有していたと喧伝されたし、今もそういう傾向があります。それは事件の原因を単純化させ、自己責任化させるのに役立ちました。その結果、事件に関係する社会状況が、かくされてしまった。

ここでも一部の「専門家」が、加害少年のもつAD/HAという「障害」が直接、事件を引き起こしたかのように過剰解釈をしていたのです。

世の中にゆとりがなくなって

こうして考えてくると、AD/HDといわれているものの大部分は、誤診ないし過剰診断によって水増しされているということがわかります。
多動、段取りが苦手、注意が集中しない、おしゃべりという特徴がそろった子どもの数は多くても、それが生まれつきのものであり、どこでも著しく多動で、しかも歳とともにだんだん軽くなるという診断基準に当てはまる子どもの数は、それほど多くはないのです。しかも、このような特徴が、個人内部の原因にもとづくものであれば、それらをそなえた子どもの数が、時代によって急増するわけがありません。
増えているように見えるのは、やはり世の中にゆとりがなくなっているから、というしかないでしょう。
精神科医 高岡 健 たかおか・けん
1953年生まれ。精神科医。岐阜大学医学部准教授。日本児童青年精神医学会理事。著書に『人格障害論の虚像』(雲母書房)、『心の病はこうしてつくられる』(批評社)『発達障害という希望』(雲母書房/ともに石川憲彦共著)など。
vol.77より

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そもそも「発達障害」は診断名ではありませんでした。
発達障害が問題になり出したのは、農業社会から工業社会へと変化し始めた19世紀ころ。瞬発力や荒々しさは、農作業や自然の中で生きるには秀でた能力です。でも、机にじっとして本を読んだり、食事をするような、都市化された社会の常識からは歓迎されません。「おちつきがない」「お行儀が悪い」子どもたちは、新しい社会からはみ出す問題児になってしまった。人に求められる能力やマナーが変わって、新たなディスオーダー(社会的不適合)の子どもたちが出現したんですね。

「発達障害」と診断することの意味

子どもが「発達障害」と診断されると、「みんなの理解が広がる」とか「ほかの人に説明しやすくなった」などと歓迎されます。
たしかに人は「理解する」と、それまで感情、迷信、過去の差別意識などに支配されていた観念がぱっとひらけるようなことがあり、いったんはみんな安心できます。でも、こうして一瞬でなにかがひらけ、急に保護的に解放されるようなときには、要注意。解放をめざしたはずの「診断」によって、逆に自分で自分を制約したり、理解者によって生活を規制せよという抑圧が始まるからです。特に今の社会は、自己コントロールを求めますから、分相応と社会が認めているうちはよいですが、そこを超える解放への反動は大きい。これをおそれ、当人もいい病者たろうと自分で自分を縛り、そして家族、近しい人間にも抑圧が広がっていきます。

診断と診断名

診断が重要なのは、医者の権力を制約する必要性からです。とくに、治療の方向性を吟味するためにはとても大切。だから診断基準は必要です。それは、いわば法律やルールと同じように、医者が必ず誤る判断を未然に防ぎ、医師患者間の了解事項を明確にしてくれます。憲法みたいなもの。でも、憲法が権力者を保護するためにつかわれるようになると、これもまた要注意です。
ですから、学問的議論はさておき、診断名は患者の権利を保障するときに有利に活用できる防衛の切り札と考えてください。
診断名も変遷しつづけ、2年前からは「神経発達症群・神経発達障害群」という診断名が登場しました。「学習障害」は、「限局性学習症」になるというような調子です。「症」をもちいることで、「障害(社会的問題)じゃなく病気だよ」といいかえたいわけです。この間、アメリカでは1990年に2%といわれていたADHDが8%に。当初1万分の3人とされた自閉症では、いまや100人に1人ないし2人に急増しました。

診断名が定着していくと、さきほどいったような「新たな『障害』を理解しましょう」という風潮が教育界で強まりました。卒業後も、「発達障害支援法」で軽度の発達障がい者を障害者雇用枠で優先採用するため、それまで職を得られた障害者が作業所に追いやられる事態が深刻化しています。

石川憲彦 精神神経科医 Vol.90より





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