時速505キロで、東京・品川―名古屋を40分、東京・品川-新大阪を67分で結ぶ「夢の超特急」リニア中央新幹線。私たちの住む岐阜県にも、工事の槌音が迫っています。
住み慣れた土地からの立ち退き、トンネル掘削による東京ドーム50杯分といわれる大量の土砂や水枯れ、日照被害、工事車両の騒音、振動、交通渋滞、ウラン採掘の恐れや電磁波による健康被害。沿線には、不安な日々を過ごしている多くの住民がいます。
リニアは私たちにとって、「夢」でしょうか、それとも「悪夢」でしょうか。考えるきっかけになったら、とこの記事を書きました。
ジャーナリスト、元読売新聞記者、井澤 宏明(各務原市在住)
地中1400メートル
リニアには運転士はいません。遠隔操作で走り、品川―名古屋間286キロのうち86%がトンネルで、車窓からの風景はほとんど見えません。都市部では40メートルより深い大深度地下、南アルプスでは地中約1400メートルのところも走ります。
超電導磁気浮上方式の技術を使い、強い磁力で車体を10センチ浮かせることで、東海道新幹線「のぞみ」の時速285キロを大幅に上回る505キロを実現しました。「地下トンネルの中を飛ぶ航空機」と表現する専門家もいます。
これまでの新幹線と全く違うのは、民間企業のJR東海が9兆円にも上る建設費を自社で負担する、として国の認可を受けたことです。
品川―名古屋間は、11年後の2027年、名古屋―新大阪間はさらに18年後の2045年開業を目指しています。ところが、安倍首相は6月、財政投融資を通じて約3兆円をJR東海に低利で融資する支援策を明らかにしました。これで、大阪延伸が早まるとみられています。
輸出が目的なの?
東海道新幹線があるのに、なぜリニアを作る必要があるのでしょうか。
その目的としてJR東海は、①東京・名古屋・大阪の日本の大動脈輸送の二重系化を実現し、将来のリスク発生に備える必要②日本の経済社会全体への大きな波及効果――を掲げています。
①の将来のリスクとは、開業から半世紀を超えた東海道新幹線の大規模改修、南海トラフなどによる巨大地震です。②は3大都市圏が人口約6400万人の一つの巨大都市圏となる、というものです。ちょっと分かりにくいですが、例として、出張の負担感の激減、仕事・プライベートでの広域的な交流の拡大、通勤・通学・単身赴任のあり方の変化、を挙げています。
「国内のリニアは建設と運営のノウハウを持つための実験。時速500キロの独自技術を世界に売っていく」と、JR東海の葛西敬之名誉会長が繰り返し号令してきた、という報道もあります。(2013年9月19日付岐阜新聞)
活断層が動いたら
今年4月、震度7の揺れが襲った熊本地震では、断層が動き、九州新幹線の回送列車が脱線しました。
リニアは、中央構造線を始め無数の活断層を横切ります。JR東海は「活断層を通過する場合でも、適切な設計・工法により構築します」と説明しますが、長年、南アルプスを研究してきた理学博士 松島信幸さん(地質学)は「万一、活断層が動いて地震になればトンネルは完全につぶれる」と警鐘を鳴らします。
東海道新幹線で昨年6月に起きた焼身自殺事件。JR東海社長のコメントは、リニアを手掛けている組織のトップとは思えないものでした。(2016年1月3日付朝日新聞)
記事によると、火災発生後、車両がトンネル内で止まれば被害者が増える可能性がありましたが、運転士が再加速したおかげで大惨事を避けられたといいます。「運転士の判断が多くの人命と、会社を救ったかもしれない」と柘植康英社長。86%がトンネルのリニアで起きたらどうなるのでしょうか。
1736台におびえる村
最難関工事となる南アルプストンネル(約25キロ)の長野県側入り口となる住民1000人余りの大鹿村。大鹿歌舞伎で知られる山里はいま、1日最大1736台という工事車両の来襲におびえています。
JR東海はこの夏の着工を目指し4月27日、住民説明会を開きました。住民からは、大型車両とのすれ違いが難しい生活道路の全線2車線化を少なくとも済ませてから着工するよう求める声が相次ぎました。JR東海は一部の2車線化にしか応じず、トンネル工事を進めながら、道路工事を行う方針を示しました。
それでも、澤田尚夫・中央新幹線建設部担当部長は「(住民との)溝は小さくなったと感じる」と報道陣に話してはばかりません。
住民の山根沙姫さんは「壊されようとしているのは、大自然だけでなく、つないできた文化、暮らし、人のつながり。工事が始まったわけではないのに、村の中で少しずつ摩擦が生まれてきている」と、悲しげに話します。
名城公園でも
名古屋城に近い官庁街にある旧名城東小公園。樹齢約50年というケヤキの新緑がまぶしい国有地で6月、リニア非常口建設工事が始まりました。
それに先立ち6月2日と5日、工事説明会が開かれました。「参加者が自由に発言しにくくなる恐れがある」との理由でマスコミを締め出したなかで、会は進行しました。
工事は、深さ約90メートル、直径約40メートルの巨大な穴をあけるというもの。会場からは、工事車両による騒音、振動、交通渋滞などの事前調査が不十分だ、という指摘がありましたが、JR東海から十分な回答は引き出せませんでした。近くの名城病院の患者への影響を心配する声や、掘り出した土砂の行く先も決まっていないのに説明会を開くのはおかしい、といった意見もありました。
説明会が終了した翌6日、JR東海は工事に着手し、13日からはケヤキなどの樹木の伐採作業に入っています。
738人が提訴
5月20日には、沿線住民ら738人が国を相手取り、JR東海のリニア計画への事業認可取り消しを求める裁判を東京地裁に起こしました。この行方にも注目したいものです。