VOL.153 ぎむきょーるーむ 家で勉強しない子・できない子

01

Q1.なんでもやりたがる子

長女は習い事や塾でへろへろです。宿題も多い ので疲れきってしまいます。いまは子どもの背中 を押して、何とかこなしていますが…。
(小学低学年・女子の親)

A1.無理に無理を重ねると

なんでもこなしているようなお子さんですから、きっとがんばりやさんなんでしょう。でも、低学年の子は、自分の身体や心の疲れが、なかなか自覚できないもの。かなり疲れていても、無理してがんばってしまうので、突然、体と心のバランスを崩すことがあります。子どもたちは、自分のがんばりを見て喜んでいるお母さんの期待に応えようとします。でも、それがいつもよい方向へ向くとはかぎりません。無理に無理を重ねる結果になる危険もふくんでいます。少し、ペースダウンされることをおすすめします。ぼーっとしていることを「ダメなこと」と考えずに、助走をしている、あるいは充電していると考えるのです。その「間」によって、新しい発想や、気分の転換、疲れを癒し、次の課題への意欲や決意がもたらされます。低学年のうちは、簡単なことでも、ていねいに数字や文字を書き、考える過程を大切にしてほしいと思います。こどもを励まし、元気づけ、ほめながら勉強や塾・習いごとをさせてあげたいですが、やはり、睡眠時間、食事の時間、外遊びの時間、そういった「成果」を求めない、でもとっても重要なこどもの「生活」の部分部分をだいじにしたいと思うのです。

Q2.習習慣ゼロなんですけど

いくらいっても宿題すらやらず、学習の習慣がまったくついていません。どうしたら机に向かってくれるでしょうか。(小学校中学年・男子の親)

A2.はじめは、やりやすいことから

01親のいうとおりには、まずやってくれないのが、ギャングエイジの中学年です。この問題には、2つのことがいえます。まず、本人のやる気がないかぎり、宿題も家庭学習も、子どもたちは真剣にとりくみません。もう一つは、やる気を出す即効性のある方法はないということです。そもそも、家庭学習は、楽しいことは少なく、いや、ほとんどないかもしれません。「しかたないけど、やってみるか…」という気持ちではじめることがあってもいいのです。でも、やれば、かならず「かしこくなる」ということを、繰り返し話してあげてください。家庭学習の内容については、復習だけでなく、予習もあれば、学習に関連する内容でもいいもいいと思います。教科書だけでなく、いろいろな本を読むこと、日記を書くこと、夕飯を手伝って、そのレシピを書いてみること…幅広く考えます。でも、習慣となるとむずかしいですね、てきとうに、やりたいときにやることのできる子もいます。でも、凡人は、やはり、とりあえずの日課表があってもいいかなと思います。

Q3.くり返しは役立つの?

学習の定着のためといいますが、ほんとうにそうなのでしょうか?

A3.ていねいに順序よく、がだいじ

まず、定着と言うより,習熟という視点で、練習問題をする場合は、ていねいに、順序よくやることが必要です。残念ですが、「やればいいんでしょ」的な子どもたちは、つまずきが多いのです。できるだけ図を描いたり,計算式を省略したりしないで、わかりきったことを少ない問題でいいですから、やってほしいのです。
九九の計算なら、お経のようにくり返せばいいですが、高学年の分数の計算などは、かならず、途中の計算式を描いた方がいいと思います。
次に、習熟の延長として、新しい工夫の必要な計算式があります。たとえば、答えを約分して簡単な分数にするなどです。割合の問題などは、基本的で原則的な方法だけでは計算できません。また、文章題では、もっと複雑な要素がからみあうので、よけいに練習問題が必要です。
少しでも変化のある練習問題は、「ためし」「発展」のページによくあります。また、「急に簡単に解けなくなるなぁ」という感じがあるところは、要注意。学習の進み具合が遅いからといって、問題も宿題も多くすることは疑問です。

 


何かしら不思議で、独特な日本語  浜田寿美男

「勉強する」ということばは、よく考えてみると、なにかしら不思議で、独特な日本語です。
家で「勉強する」って、どういうこと?ではなくて、
家で「学ぶ」って、どういうこと?に置き換えると、なにかぜんぜんちがった意味になってしまいます。やはり「勉強」は「勉強」、「学ぶ」とか「学問する」というのとはちがうんですね。
そこで私のお気に入り『新明解国語辞典』で「勉強」を引いてみると、
語釈:「そうすることに抵抗を感じながらも、当面の学業や仕事などに身を入れる意」と書かれています。語義説明のなかには「現在素直にありがたいとはいえないが、将来の大成・飛躍のためにはプラスとなる経験」。何かしら大変な目にあって、しかし「いい勉強になった」なんていいかたをするのは、これです。

「勉強好き」のほうがよほど奇妙?
語釈のように、それでもがまんしてするのが「勉強」だということになります。そうだとすれば、勉強はいやだなと思うのは、ことばの意味からしてとうぜんで「勉強好き」のほうがよほど奇妙であるように思えてきます。「どうして勉強しなければならないの?」と聞いたりしますが、大人からすれば、学校の勉強はとにかくしなければならないものなのだから、子どもがそんなことをいうのは、ただ勉強をいやがっているだけだと見えてしまいます。
確かに小学校でも中学校でも、子どもたちが学ぶことを求められている知識や技能や能力は、どれをとっても、大人の目には大事に見えます。だからこそ、子どもたちはこれを「勉強」しなければならないというふうに、大人は考えます。だけど、子どもたちにはそれが「どうして?」というふうに思えてしまう。学ぶことの意味が腑に落ちていないのです。そうだとすれば、このやりとりはやはり大きな問題です。単に成績を上げるとか「学歴」「学校歴」をあげるとかいうことではなく、まともにこの問いに答えることができないのであれば、「学び」も結局「勉強」でしかありません。
こうしてみると、一番問題なのは、学校の学びが、子どもたちにとって、やはり「勉強」でしかないということかもしれません。とすれば、最初、冗談のように言い換えてみた問いが、けっこう大事になってきそうです。さてさて、
「家で学ぶ」ってどういうこと?

 

はまだ・すみお 奈良女子大学教員「子ども学」などをやってきましたが、この三月でやっと定年。





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