2016年、新青森―新函館北斗間で部分開業した北海道新幹線。30年度末開通を目指し札幌延伸工事を進めていますが、工事の大幅遅れに加え、札幌オリンピック・パラリンピックの30、34年開催が白紙になり、開業時期の見直しも取り沙汰されています。新函館北斗―札幌間の約8割がトンネルで、札幌ドーム約12杯分の残土が出る見込み。リニア中央新幹線でも9割近くを占めるトンネルから掘り出される膨大な残土が工事のネックになっていますが、北海道新幹線では既にヒ素やセレンなどの重金属を基準値以上含む「有害残土」が掘り出され各地に積まれています。 井澤宏明・ジャーナリスト
北海道新幹線で起きていること
「やりたい放題」
「住民の目がないとやりたい放題です」。人懐っこい笑顔に憤りを隠せないのが、工事が進む八雲町の住民で「流域の自然を考えるネットワーク」スタッフの稗田一俊さん(75)です。
福岡県生まれの稗田さんは1972年、東京水産大学(現・東京海洋大学)を卒業。水中撮影専門の映画会社を経て、フリーランスカメラマンになりました。北海道の遊楽部(ユーラップ)川でサケの撮影を手がけ、内浦湾(噴火湾)のホタテを撮影したことをきっかけに八雲町に移住。『鮭はダムに殺された 二風谷ダムとユーラップ川からの警鐘』(岩波書店)などの著書があり、「どうぶつ奇想天外!」(TBS)などテレビ番組の撮影も手掛けてきました。
豊かな自然を肌で感じてきた経験から、沢や湿地を埋め立てる残土処分を黙って見過ごすわけにはいきません。現場に足繁く通い、地道に調査した事実を突きつけて、リニアも建設している北海道新幹線の建設主体「鉄道建設・運輸施設整備支援機構」(鉄道・運輸機構)や自治体に改善を求め続けてきました。
2016年には、八雲町の立岩トンネル工事現場にある有害残土仮置き場の沈殿池から濁水が遊楽部川に排出されているのを確認。有害残土が同機構側の説明していた「遮水シート」ではなく、すき間だらけの「防水シート」で覆われた状態で仮置きされ、風にあおられた土砂が牧場にまき散らされている実態も目撃し、会のホームページなどで報告しました。
たび重なる改善要求にも関わらず、トンネル工事現場からの排水により、清流に魚があふれていたルコツ川や山崎川の川底の石が泥をかぶり、魚の棲めないドブ川のような「死の川」に。そんな悲惨な状況も撮影、公表しています。
「監視の目は必要」
新函館北斗駅のある北斗市では農業者などで結成した「新幹線トンネル有害残土を考える北斗市民の会」(坂本常光会長)に協力。砕石採取場跡地にある有害残土の最終処分場から、雨が降るたび大野川に流れ込む白濁した排水や砂泥を採取。専門機関の分析で、環境基準の1・5倍のヒ素が検出されました。大野川流域の函館平野(大野平野)は、道南地方有数のコメどころ、ブランド米「ふっくりんこ」の産地です。
同機構の調査では「基準値以下」だったものの、その後、処分場の地下水から環境基準を超える重金属セレンを検出。有害残土搬入は中止され、渡島トンネル工事は一時中断。セレンの処理プラントを設置せざるを得なくなりました。
この有害残土最終処分場の盛り土は遮水シートも敷かず、地面にそのまま積む「ずさん」ともいえる工法で行われてきました。同機構は「地盤中の重金属等は水分に溶出しながら土粒子に吸着する特性があります」と安全性を強調しますが、地下水が汚染されるのではないかという住民の疑念は消えません。
工事現場に通ううち、稗田さんは警察に通報されたり、入り口の看板に「事前通告なく、警察等へ直ちに通報します」と記されたりするようになりました。
それでもめげません。筆者は11 月初旬、稗田さんに現地を案内してもらいましたが、残土処分場に正面から入れないと見るや、「ちょっと見せて」と一眼レフカメラを懐手に処分場の脇にある小川に水浸しになりながらズンズン分け入っていきます。
「監視の目は必要。本当は僕なんかがやるんじゃなくて、自治体がやらないといけない」と稗田さん。自治体が事業者と「二人三脚」となって住民を守ろうとしない構図はリニアを巡る状況とそっくりです。