VOL.169 チャレンジャー わらべうた伝承 井上博斗さん

チャレンジャータイトル

祭が原点
 僕が生まれ育った香川県では、秋祭りにはどこの地区でも獅子舞をやっていました。歌や笛はなく、太鼓と鐘による獅子舞が秋祭りのメインで、幼い頃の獅子舞のトランスするような体験は強烈だったのに、いつしか祭りから遠のいてしまって。
 ところが地元を離れた大学生になって、自分が一番求めているものは何だろうと考えた時、子どものころの祭りが甦ってきたんです。それで、日本各地の祭りを見に行くようになりました。同時に芸術舞台も観ていたんですが、とにかくいいものが見たい、本物が見たいとか、なんかそういう飢えや衝動があった。そんな時に心から本物と思える、土取利行さん、桃山晴衣さんという郡上を拠点とする偉大な音楽家のパートナーに出会ったんです。
 僕は桃山さんを母のように慕って、大学卒業後、三重県の材木屋に就職した後も毎週のように郡上に通っていました。でも、桃山さんが2008年に亡くなられて、桃山さんの存在がすごい支えになっていた僕は、郡上に行くしか自分の身の振りようがなかったんです。
わらべうたとの出会い
  桃山さんが郡上で開いていたワークショップ「創造塾」で、僕は初めてひらがなの「うた」に出会いました。桃山さんは、小唄・端唄はもちろん古謡や浄瑠璃、「梁塵秘抄」という平安末期の流行歌謡の蘇生まで、日本のうたをどこまでも探求している歌い手でしたが、そのうたの基本は、「わらべうた」だと言うんですね。出会った瞬間にわかったのが、自分が心の中から「うた」を求めていた、ということ。この出会いを思い出すと今でもちょっと涙ぐむんです。
 その桃山さんの塾に、近所のおじいちゃんが歌いに来てくれるんですよ。それが郡上踊りの保存会が歌っている郡上節じゃなくて、ご自分の郡上節なんです。そのおじいちゃんはもう亡くなったんですけど、なすび作りの達人で、なすびの願いを叶えるという事が、なすびを作る事なんやと。だからなのか「うた」に、その人特有の節や、いぶし銀の声だけじゃなくて、その人の背後からくる何かもの凄いものを持ってるんですね。「あ、お年寄りの「うた」を拾って行けば、さらに自分の求めている「うた」に出会えるかもしれない」と思って、地域のお年寄りからちょっとずつ「うた」を採集するようになったんです。
 実際に採集に行ってみると、おじいちゃんが覚えているうたと、隣の家のおばあちゃんが覚えている同じうたが違うし、集落が移るとまた変化するんです。そして、あちこちその土地のうたを採集しに行くとお年寄りはいろんな話しをしてくれるんですね。戦争の時はこうで、こんなもの食えなかったとか、うたなんか歌う余裕などなかったとか、もう千差万別です。
 そういう聞き込みの積み重ねを経たことで、「わらべうた」とは、「人から人へ伝えられたドレミでないもの」「子どもが自発的にうたっているもの」「土地で生まれて、誰が作ったかわからないもの」の3つ、という言い方を僕はしています。だから、うたは、その人その人が体の中に携えているもの以上に、その人が意識してない背景や歴史を全部引きずっているものだと思うんです。それが、今なかなか伝わっていっていない情況にあると感じますね。

伝えるきっかけ
 そんななか、ある母子の映画会に誘われて行った時、上映が終わって、「わらべうた」をうたってと頼まれて「とんび」をうたったんです。そしたら、あるお母さんが号泣していて。そのお母さんが言うには、「とんび」のうたは小さい頃、おばあちゃんが自分をおぶってうたってくれていた「うた」だったんですって。おばあちゃんはその二週間くらい前に亡くなっていたそうです。「うた」のことも忘れていたのに、大好きだったおばあちゃんの「うた」が出て来て、あまりにも突然にそのときの情景がどーっと飛び込んで来たらしいんです。
 そういうことがあって、あ、これは伝えていく意味があるんだと思いました。へたくそだし、音楽家でもないけれども、僕には僕の伝え方があるのかもしれないな、と。

 郡上では子育てサークルで月に1回、郡上の「わらべうた」を伝えるという活動をしています。野外で自由に、ただ歩いたり遊んだり、川原で虫とったりしながら、そこで「わらべうた」を1つずつ伝える。親さんには全部復唱して覚えてもらうけど、子どもには教えなくてもいいんです。家に帰ってお風呂に入っていると突然うたいだして、外ではひとこともうたってないのに、ってお母さんがよく驚くんですよ。それくらい子どもの感性、吸収力、アウトプットって見事なんです。
 また、参加したお母さんが「この前の「おむつ替え」のうた、効果てきめんでした」って。おむつ替えの時に動いて困っていたのが、そのおむつ替えのうたをうたうと子どもがビタッ!と止まるみたいで、あれ最高!とかいわれると、別に効果が目的でやってるんじゃないけど、「うた」にはいろんな力があるんだな、と。
 そういう反応をうけながら、採集を続けつつ新曲を伝えたり。とにかく、土地のうたを親が口ずさめるようになること、無意識にふいっと口に出てくるようになる、というのを目的にこれまで3年間やってきました。

 僕は「わらべうた」は、よく言われる5音階でもないと思ってるんですよ。例えば、「かーぜかぜふっけよ。やーまのかぜふっけよ。やーまのかぜ、なけりゃ」とうたったときの「なけりゃ」は音階ではないと。それをうたった人の言葉なんだと。これはもう言葉の世界だと僕は思う。
 もう1つわらべうたには、なまり、その土地の方言、これがたくさん出てくる。よそ者にとっては本当の節は絶対とれないです。土地の人が言ったときの「なけりゃ」がね、僕には真似できねえって思いますねえ。

うたになる寸前のもの
 僕がよく言うのは、子どもの「おーねーがい」とか、「あーめー、あーめーもっとふれ」とか、うたになる寸前のようなもの、節がつく瞬間があるんですよ。それを聞いていてほしいんです。思いが節になって出る。こどもはそれを自然にやっているので、「あ、うたが生まれてる」、と捉えてほしい。僕がそれを思ったのが、材木屋で働いている時で、そこの子どもは4人姉妹で、わらべうたの新曲をよく彼女たちに教えてもらったんですが、そこの下の子が1才くらいのときに、自分の靴を探しながら「くつくつ〜どこいった」ってうたったんです。だれもそんなことは教えてないのにもう節が生まれてる。そういうふうに出てくるんだなってその時すごく感動したんです。

こどもとわらべうた
 岐阜には900曲くらいわらべうたの記録があるんですね。(参照『岐阜のわらべうた』林友男著)郡上では100曲くらいあるのかな。この郡上で採集してよくわかったのは、風や鳥のうたとか、お日様のうた、自然そのものをうたっているうたがたくさんある。僕はこの、「うたうためのうた」をかなり重点置いて伝えてます。遊びうたでもないので、ただうたっているだけなんだけど、子どもと自然が一体になっているので、大人は絶対つくれないだろうなっていう「うた」なんです。これがどういうふうにうまれたのか、本当に不思議なんですけどね。
 だから、戦時中には乃木将軍とか、クロパトキンとか、そういう言葉がうたに入ってくるんです。いくら大人がそれはうたってはいけないと言っても止められない。じゃんけんではグーを「軍艦」って言っちゃう。いい悪いじゃない。こどもは世相を反映するカガミです。60年代から、団地っ子による一人遊びから、お絵描きうたが生まれたのも世相を表している。まさにうたは世につれ、世はうたにつれです。

とんび
 わらべうたの会のテーマソングは、岐阜ではお馴染みの「とんび」です。「とんび」のうたは、岐阜一円でいろんなうたわれ方をしているんですが、とんびが舞ったらお天気になる、というのをいつもうたいます。他にも銭くれ、とか羽をくれとか、届かないものに託す想いが、「とんび」のうたに表れていて、とにかく「とんび」だけでもまず覚えてもらおうと思ってうたっています。

とーんび、とーんび まいまいしょ
とんびが舞ったら日がよかろ 日がよかろ

 シンプルですよね。これを外で子どもたちと歌うんです。もう開放されてね。僕が歌うより子どもらがうたう方が100倍すごいんですよ。子どもの声ってきらめいている。わらべうたはやっぱりこどものものだから、本当、嫉妬しますよね(笑)。そういうきらめきをCDにできたらな、記録に残せたらなって。桃山さんは、「うた」を「魂の食べもの」と言っていましたが、土地から生まれたうたが「魂のふるさと」になるような、うたにあふれた情況をよみがえらせたいと思っています。

これから
 来年からは郡上の7ヵ町村全域からわらべうたを採集してそれを伝える、「郡上わらべうたの会」を展開していこうと思っています。一年目は引き続き調査や伝承活動をして、二年目には、こどもたちでうたえるようになること、3年目には発表の場を持ったり、CDを出すという計画を練っているところです。
こうした取り組みに関しては、ありがたいことに、幼稚園とか小学校一、二年生とか、これからうたえる子のお母さんたちが主体となって動こうとしているので、自然と大きな流れになっていくんだろうな、と思っているんです。
 僕はそれと同時に、大人の感性をどう探るのか、というテーマがあるので、年に一度の郡上八幡音楽祭の企画を通して、童心に帰れる音の時間とか、魂を揺さぶるような国際的な音楽舞台を長いスパンでやっていきたいと思っています。今まで2回開催していますが、音楽祭は老若男女、全世代が対象です。来年の7月にまたやりますから、こちらもぜひ体験していただきたいですね。        (郡上市在住)

井上博斗(いのうえひろと)●1983年、香川生まれ。

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幼少より香川県善通寺市の郷土芸能に親しむ。2010年に郡上八幡に移住し、郡上のわらべうた・作業唄・踊り歌・祝い唄の伝承をライフワークとする。郡上八幡音楽祭2013,2015をプロデュース。岐阜各地で親子わらべうたの会の講師をつとめる。里山文化体験イベント「六ノ里ランドスケープ」(2014)、「町家オイデナーレ2015 in 郡上八幡」を企画。現在、郡上八幡音楽祭2016、白山開山1300年祭(2017)に向けて活動中。





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