一昨年、大澤さんが出会ったひとつの文章がありました。『子どもの頃やりたかったけどできずにいたことを65歳を過ぎてから挑戦すると良い』。どこかの社長さんのエッセイで、すぐに思い浮かんだのは、子どもの頃からやりたかったピアノでした。
「私が子どもの頃は終戦直後で、欲しいものも手に入らなかったし、やりたいこともできなかった時代でした」。小学低学年の頃、担任の先生が歌いながら足踏み式オルガンを弾く手元をくいいるように見て、見よう見まねでオルガンを弾いたこと。普段は触らせてもらえない講堂に置かれたピアノになぜかその日は触ることができて、鍵盤をそっと弾いてみたあの日。そんな記憶も蘇ってきました。
「70数年前、まだ稲羽郡(昭和38年に4つの町が合併して各務原市が誕生)だった頃に音楽祭があってね、合唱の伴奏を頼まれちゃって。度胸だけで弾いたような感じだけど、先生は褒めてくれました」。それがピアノに触れた2回目でした。
子育てが落ち着いた頃には、我流で身につけたキーボード演奏で仲間と老人施設へ慰問に訪れたり、抒情歌のサークルで歌を習ったりと、いつも身近にあった音楽。なのに、家事や仕事など生活のいろんなことに時間がとられることもあり、ピアノを習うことは実現しないまま…。
30年以上続けてきたバレーボールもやめ、寂しく思っていた頃に、冒頭のエッセイに出会ったことで勇気付けられ、すぐに初心者向けのピアノ練習用DVDを購入して、練習を始めました。「ピアノは、ずっと以前に娘用に買って縁側で眠ったままのものがあったし」。しかし、独学での練習に限界を感じました。
その頃、10年以上続けている“叙情歌”の会でピアノ伴奏してくださっている先生が、自宅でマンツーマンの教室を開いていると知りました。歌いながらも常にピアノを弾く先生の手元を見つめていた大澤さん。先生の人柄も先生の弾くピアノも好き。ぜひ教えていただきたいとお願いしました。「隙間時間にくらいしか練習はできないけれど、それでも教えていただけますか?」。こうして大澤さんの月に2回のピアノ教室通いが始まりました。
「どの曲もいいけれど、特にクラシックが好きでねえ、飽きがこないの。もちろん、初心者用にアレンジされた楽譜なんだけど、今までノクターン(ショパン)、トロイミライ(シューマン)、花のワルツ(チャイコフスキー)など習いました。今日もらった楽譜は「情景(チャイコフスキー)です」。2〜3ヶ月で1曲をマスターするペース。ただ、新しい曲に入ると前に習った曲を忘れがちなので、好きな曲を忘れないよう復習も欠かせません。
朝、出勤前に時間ができたとき、仕事から帰宅し遅めの夕食を終えたときなど、たとえ15分でも時間があればピアノに向かいます。「どれだけ練習しても楽しくってちっとも苦にならない。この歳でも練習していると自然に少しずつ指が動くようになるのね」。
あのエッセイに出会えてよかった、良いピアノの先生に出会えてよかった、ピアノがあってよかった!この歳になってからでもはじめてよかった!という大澤さん。
楽しそうな笑顔から、やりたいことがあればいつからだって始められるよ、と伝わってきました。
写真は昨年の8月サラマンカホールでの発表会。あの名器スタンウェイのピアノで「いい日旅立ち」を演奏。「ちょっとドキドキしたけれど、無事に弾けてよかった」。