vol.203 夢か悪夢かリニアが通る!vol.32

陥没が起きる前に

 JR東海が始めようとしているリニア中央新幹線の大深度地下トンネル工事に対し、東京都の住民が「NO」を突き付けました。大田区と世田谷区に住む沿線住民24人が7月19日、建設工事の差し止めを求めて東京地裁に裁判を起こしたのです。工事差し止め裁判は、山梨県南アルプス市、静岡県でも進行中です。原告は「取り返しのつかないことが起こる前に、何としても食い止めなきゃならない」と訴えています。       井澤 宏明・ジャーナリスト

提訴のため東京地裁に向かう三木さん(中央)ら原告団(7月19日、東京都内で)

危険訴え続けたが…

 JR東海は、品川駅付近から東京都町田市までの約33キロと、愛知県春日井市から名古屋市中区までの約17キロで、地下40メートル以深の大深度地下トンネル工事を計画しています。
 この連載でも何度も触れてきましたが、「大深度法」で国に認可された大深度地下トンネルは、たとえ私有地でも、用地交渉や補償交渉をしないで、つまり「無補償」で工事を進められるという開発側にとってとても都合のよい事業です。
 「大深度地下については、通常は補償すべき損失が発生しないと考えられる」(国土交通省)というのが大前提でしたが、昨年10月に東京都調布市の住宅街で起きた高速道路「東京外郭環状道路」(外環道)の大深度地下トンネル工事中の陥没事故により、「安全神話」は崩れてしまいました。
 原告は、トンネルの真上を含め3キロ以内に居住している住民です。訴状では、リニア工事は人が人として生きていくために不可欠な人格権である身体権と平穏生活権、憲法と民法で保障されている財産権を侵害するとして、約4キロ区間の工事差し止めを求めています。
 「我々はもう3年前から、大深度地下トンネル工事の危険性を訴え続けてきたが、JR東海も国土交通省も聞く耳をまったく持っていませんでした」。提訴後の記者会見で原告団長の三木一彦さん(63)(大田区田園調布)は悔しさをにじませました。
 三木さんたちは2018年、「リニアから住環境を守る田園調布住民の会」を結成、2019年1月には、陥没や地盤沈下などの危険性を訴え、大深度地下使用の認可取り消しを求める700通以上の「審査請求書」を国交省に提出しました。
 1年半もたって届いた赤羽一嘉・国交相の弁明書は「単なる抽象的危惧感にすぎないもの」と、三木さんたちが訴える危険性を一蹴しました。これに対する「反論書」を出した直後、外環道の陥没事故が起こってしまったのです。

「蟻地獄」になる不安

 記者会見には三木さん以外にも3人の原告が出席しました。小川優香さん(49)は4人の子どもを持つ主婦。緑豊かで子育てのしやすい環境にあこがれて数年前、都心から田園調布に引っ越しました。小川さんは、リニア工事が周囲の川に与える影響を心配し、「どうして水とトンネル工事が関係ないと言えるのか、子どものために何になるんだろうという気持ちでいっぱい。失望感を感じています」と訴えました。
 親の代から世田谷区東玉川で暮らす松本清さん(75)は自宅の真下にトンネルが計画されています。「どなたでも自分の家の下にトンネルを掘られたら嫌だと思う。将来的に、住宅地の陥没が『蟻(あり)地獄』のように起こるかもしれない」。近所では、被害を恐れ移転した家が何軒かあるそうです。

調布市の外環道陥没事故もあり、多くのマスコミが記者会見に詰めかけた(同)

 同じ東玉川のトンネル予定地直上に住む弁護士・朝倉正幸さん(81)は早朝に目が覚め、リニアの問題が頭に浮かんで眠れなくなってしまうといいます。イタイイタイ病弁護団長を務めるなど自身が長年携わり、国の環境政策を転換させた「四大公害裁判」に報道が大きな役割を果たしてきたことを紹介し、「現代の最大の公害問題であり、大公共事業であるリニア事業の問題点を積極的に報道してほしい」と、報道陣に語りかけました。
 「このまま行ってしまったら、家の前や下に穴が開いてしまうかもしれないという不安、危機感、非常な精神的負担に日々悩まされている。その不安は、JR東海がリニアを止めると言うまでずっと続くものです」。三木さんはやりきれない思いを明かしました。第1回口頭弁論は10月26日に開かれます。