一番大事なのは親子関係だと私は思っています。取り替えがきかない。だけど、親子だけで関係を良くするのはなかなか難しい。カリカリしているお母さんに、「あなたのお子さん元気でいいじゃない。心育ってるわよ」と言うと、お母さんの肩の荷が下りることがたくさんあるんじゃないかな。親子の間に他人が入って風を通してあげることが大事です。
同じ親のDNAを引き継いで産まれても、同じような教育を受けたからといっても、同じように育つわけではない。10年間保育の現場で勉強してきましたが、結論を言えば、この世に正しいものなんてない、ということ。
時代や国によって大きく変わる子育て事情
時代によっても子育て事情はずいぶん変わって来ています。
40、50年くらい前は赤ちゃんが産まれたら産湯で体を拭っていました。今はお湯につけると赤ちゃんの体温が一気に下がるから良くないとされて、産まれた赤ちゃんを布で拭っています。また、ミルクの方が栄養バランスいいと、母乳が出てもミルクを買った時代。今は母乳が一番、何かの事情でミルクで育てていると、「母乳じゃないのね」という視線だけで心痛めている人がいるくらい。それから、赤ちゃんは泣くのが仕事、すぐに抱くと抱きくせがつくと言われた。今は泣いたら何かのサインだから抱いてあげましょうって。こんなふうに180度違う考えが変わっています。
国によっても考え方は違います。うちの園はお昼ごはんはお弁当。ドイツ人の子が入園してきました。お弁当箱の一段目ごはんだけ、2段目パプリカだけ、でおしまい。他の日、一段目ごはんだけ、2段目キュウリだけ。お母さんの集まりがあった日のお母さんのお弁当はなんとごはんとスイカだけ。
日本ではバランスよく、子どもに良かれという気持ちがすごく強いから、朝から一生懸命お弁当を作る。ある時2才の子のお母さんが、「この子が痩せてるのでいつも7品目は作ってお弁当に入れてるのに、食べないんです。どうしたらいいですか?」って聞かれた。親は頑張れば頑張るほど、子どもが受け取ってくれないと「あなたのためにやっているのになんで食べないの」となる。「病気がちで何か栄養補給が必要ならともかく、この子元気だし顔色もいいから大丈夫よ」って答えます。生きていくために必要な物を食べるというのは動物の本能。食が細い子は細いなりにそれで足りてると私は思う。
それからみんな専門家に弱い。例えば、指しゃぶり。横浜市では1才半検診の時に歯医者さんから「指しゃぶりしていると歯並びに影響して出っ歯になりますよ。永久歯に影響もするしやめさせた方がいい」って言われる。「それは大変だ」と大体のお母さんはやめさせようとする。2、3才の子を前に「指をしゃぶっていたら出っ歯になっちゃうよ」と話しても幼児は出っ歯を理解できません。言葉を聞いて、納得して更に理解して自分をコントロールする能力っていうのは5才以上にやっと芽生えてくる。
少し前の精神科医は、指しゃぶりをする子を「あ、お母さんこれは愛情不足」って、わけのわからないことは大体愛情不足かストレスでしょうって言う。それが一番刺さりますね、親としては。毎日怒濤の日々を過ごしているわけで、愛情不足って言われてたら100%の人に心当たりがあるよ。ところが、今時の精神療法ではね、「とりあえず指しゃぶりで安心出来るんだからムリにやめさせなくてもいいでしょう」って。欧米では5、6才になってもしてる子多いですよね。あれをしているから鼻呼吸がうまいんだって。
専門家はどんどん細かい専門分野でよりベストのことを公表しているのかもしれない。でもあなたとあなたの子どもを実際に見てアドバイスをくれている訳じゃない。
その子の育ちをよろこんで
今はデータが多すぎ。何才では何々ができるはずと平均値の物差しでわが子を測る。すると早い、普通、遅いという評価がうまれる。赤ちゃんの時には自己肯定感120%だったはずなのに、2、3才になるともう評価が始まって、そこから自己肯定感はどんどん崩されていく。たとえば、平均1才で歩くと言われているけど10ヶ月で歩く子も2才過ぎで歩く子もいます。4才でしゃべらないって連れて来られた子なんて山ほどいます。でもみんな何事もなく話すようになっていく。私は、ステップアップしていくには何かの必然性があるんじゃないかと思っています。発達が早い人は喜んでもらえるからいいのですが、ここで一番大事なのは、発達が遅い子です。まだかしら、まだかしら…心配されて待って待って、やっと歩いた時には喜びじゃなく安堵なんです。子どもは自分が出来なかった事が出来るようになっていくのが成長していくということです。1つ1つできることを親御さんや周囲の人に喜んでもらって育つのと、まだできない?と心配と不安を抱えられて育つ子とでは、子どもの気持ちが一番違う。「ありのままの僕じゃ私じゃいけないんだね」「もっとちゃんと早くなくちゃいけないんだね」っていう気持ちを持ってしまう事になる。マイナスの部分をとりあげて、どうにかしなくちゃって思ってる親がすごく多い。その子が人より劣っているところ、そこばっかりを見て子育てしていると、子どもは苦しいです。
2、3才のイヤイヤ期は自分中心に地球が回っている。この時はわがままでプライドが高い。でもこれから続く一生の「自分は大事」「私は私を軸にします」という大きな根っこを張っている時期です。だからイヤイヤ期はないよりあった方がいいと思います。4才5才になってからという子もいますけどね。だからその時はしょうがない。「嫌だって言わないの!」って上から押しつけるんじゃなくて、「はいはい、嫌でしたね、どうもどうも」とね。じゃあこれとこれ、どっちにします?って選択権を与えると納得することが多いです。子どもの摩訶不思議な現象をどうにかしようと思うよりも、それをどうくぐっていくか、そこには親の工夫しかないと思います。
4才くらいになると言葉を使って思考するようになる。だから言葉が大事になってくるわけです。でも4才くらいだと想像と現実が混沌としているから嘘だか本当だかよくわからない。5才になるとそこに思考が入る。だから理屈っぽくなるのよ。
親のポイントとしては、何度言ってもやめないことは「何かの足しになるかしら?」とあきらめましょう。何度言ってもできないことは、未発達でできないことが多いわけですから。「鼻をかむことをどう教えたらいいですか?」2才では一気に鼻から息を出すということはできないんです、未発達で。だからちょっとやって「あ、できないんだ」と思ったら、まだ未発達でできないんだ。とあきらめる。
子育てのポイントはあきらめです。そしてわが子を命に関わるような危険からは守って、「うちの子はゆっくりだから大器晩成だわ、きっと」って、ありのままの子どもでよしとして欲しいですね。一気には育たない、だんだん育っていく。そして、あなたがどれだけ頑張っても頑張らなくても、お宅の子はお宅の子くらいには育ちます。高い望みは親も子も苦しいです。目標は低ければ低い程いいと私は思っています。 (文責・にらめっこ)
7/15 各務原市子育て支援課主催 講演会より
しばたあいこ●プロフィール りんごの木代表。保育者。1948年東京生まれ。1982年自らの目指す幼児教育を求めて仲間3人で「りんごの木」を創設。保育のかたわら保育雑誌や育児雑誌などに寄稿、小学校や幼稚園、子育て支援広場など様々な場所で講演。「子どもの心により添う」を基本姿勢とし、子どもとあそび、子どもたちが生み出すさまざまなドラマをおとなに伝えることで、子どもとおとなの気持ちのいい関係づくりをしたいと願っている。
<主な著書>「今日からしつけをやめてみた」「それって保育の常識ですか」「こどものみかた」「けんかのきもち」「ともだちがほしいの」他多数