発破が襲う「美しい村」
3000メートル級の山々が連なる南アルプスの山懐に抱かれた長野県大鹿村。「日本で最も美しい村」の看板が今や色あせて見えます。昨年12月、同村の生命線ともいえる県道で、リニア中央新幹線関連工事の発破による土砂崩落事故が起き、住民の生活や温泉旅館の営業がダメージを受けました。その記憶も冷めやらぬ中、同村最奥の釜沢地区では発破による掘削工事が始まり、住民が不安を抱え暮らしています。 ジャーナリスト・井澤宏明
山が崩れたと思った
3月28日、大鹿村釜沢地区に向かいました。南北朝時代、後醍醐天皇の皇子・宗良親王が暮らしたと伝わる「御所平」の地名が残る同地区には現在、赤石岳や小河内岳を望む急峻な斜面に、9世帯が暮らしています。沢のせせらぎや野鳥の声しか聞こえなかった山里は全長約25キロに及ぶ南アルプストンネル工事の長野県側最前線。除山非常口の掘削が始まっています。
この日、JR東海や鹿島JV(鹿島、飛島建設、フジタ)が地区住民の立ち合いのもと、同非常口で爆薬を使った発破テストを行い、騒音や振動を確認することになっていました。
同非常口では昨年12月、初めての発破が行われましたがその際、多くの住民が振動を感じました。「振動が斜面をズズズズとはい上がっていくように感じた」とミュージシャンの内田ボブさん。「山が崩れたかと思った」と恐怖を口にした住民もいます。
自治会長の谷口昇さん宅では発破後、ひどい雨漏りが始まり、風呂場のコンクリートがひび割れていました。その後も、山側に積んであった石垣が崩れ、寝室の壁まで迫ってきました。
谷口さんはJR東海に被害を訴えましたが、発破との因果関係は認められないまま。住民の不安をよそに、掘削を急ぐJR東海は今回の発破テストを提案してきました。
同非常口の坑口から約300メートル離れた集会場。住民、村役場やJR東海の職員など約20人が息をひそめ坑口方向を見つめる中、発破テストは行われました。「ゴーと聞こえた」という人はいましたが、多くの人は、音も振動も感じることは出来なかったようです。JR東海によると、爆薬の量は前回と同じ3キロですが、前回は坑口から40メートルで今回は110メートル。深くなっただけ、衝撃も小さかったのかもしれません。
悪夢と同居する日々
直後に行われた懇談会で、JR東海は住民に発破再開を伝えました。同地区は地滑り地帯で、村は毎年、道路のひび割れ計測を続けています。JR東海は今回のテストに間に合うように、地滑り計を5基設置しました。長野工事事務所大鹿分室の上野英和分室長は「発破でこちら(釜沢地区)に影響があるという認識は元々持っていなかった。これで数値としてしっかりするので、地元の皆さんに安心してもらえる」と胸を張ります。
それでも住民は安心などできません。懇談会後、「体感的なものが怖いんだ、俺らは。ここ(の斜面)は石をしょっている。それがドドドドと落ちてきたら、ということを常に考えてる」と訴える内田さんに、上野分室長は「我々はあくまでも数値でしか言えない」と応答。内田さんは「数値と現実がどれだけギャップがあるかということが問題なのよ」と、住民に寄り添う姿勢を求めました。
谷口さんによると翌29日、2回の発破があり、1回目ははっきりと音を、2回目は「ボーン」と感じたそうです。JR東海によると、発破は1日最大4回、夜中の1時や2時に行うこともあるといいます。「釜沢は何もなくても滑っているというデータがある。ちょっとした振動で地滑りを促進することもあるのでは」。谷口さんは不安に押しつぶされそうです。
4月1日、東京都内で開かれたリニアを考える集会。内田さんの奥さん、遠野ミドリさんは釜沢地区の今について参加者に報告しました。発破が始まった現状を「悪夢と同居する日々」と表現したうえで、「静かだったら、揺れなかったら、何をしてもいいんですか。(掘削)現場には多くの生物が生息し80デシベル以上の音が10 年間ほぼ毎日続きます。生態系に必ず影響が出るだろうということはバカでも分かります」と生き物の生活の場が壊されていくことへの危機感を訴えました。