vol.182 夢か悪夢かリニアが通る vol.11


掘削前夜、変わる風景

リニア中央新幹線を巡る談合事件の捜査が東京地検特捜部により行われています。日本を代表する大手ゼネコン4社がトンネルや駅などの建設工事を受注調整して分け合ったとされるこの事件の根底にあるのは、建設の必要性をあいまいにしたまま9兆円という巨費を投じてしゃにむに突き進むリニア事業のゆがんだ姿です。沿線の住民が作る団体「リニア新幹線沿線住民ネットワーク」は昨年末、「独禁法違反という犯罪性の強い工事を続行することは決して認められない。JR東海はリニアの工事をいったん中止すべきだ」という声明を出しました。が、きょうも工事は続いています。             ジャーナリスト・井澤宏明

 

空中に巨大コンベヤー
岐阜県内初のリニア工事が一昨年末に始まった瑞浪市日吉町を1月末、久々に訪ねました。「そろそろ掘削工事が始まるらしい」と住民から連絡をいただいたからです。
品川―名古屋間286キロのうち86%がトンネルのリニア。工事中はトンネルの掘削口となり、完成後は緊急時の避難口となる「非常口」が地上数キロ置きにつくられます。
日吉町の南垣外地区にも1か所が予定されています。非常口から約400メートルの長さの斜坑を掘り、そこからリニア本線となる日吉トンネル(7.4キロ)を東西に掘り進めます。着工から1年をかけて非常口工事現場や残土置き場の整備が行われてきました。

生活道路や農地を横切り、建設された巨大コンベヤー

低い山々に囲まれた緩やかな谷間に広がる南垣外地区。その風景はしばらく見ぬ間に一変していました。高さ約20メートル、ジェットコースターのような巨大なベルトコンベヤーが生活道路を横切り、空を切り裂くように見下ろしています。
コンベヤーは非常口予定地から残土置き場まで約2キロも続き、谷全体がすっぽりと工場の内部か採石場になってしまったかのよう。人家の軒先から10メートルも離れていないところもあり、「これが動き始めたら住民は堪らないな」と重苦しい気持ちになります。
まだ掘削が始まっていないのにもかかわらず、辻々には交通誘導員が立っています。タンクローリーなどと出くわすたび、わずかに道幅が広くなった所で待たなければなりません。脱輪しそうな狭い道をバックさせられることも。
コンベヤーは、非常口から掘り出した残土約130万立方メートルの8割強を、耕作放棄地に整備した置き場に運び上げます。JR東海によると、掘削は今年度内を目途に始め、3年間続きます。当初、残土はダンプで運ぶ計画でしたが、工事車両の通行が1日最大460台という想定に住民が強い不安を訴えた結果、コンベヤーを使うことで車両を160台まで減らすことになりました。

消えたコジュケイ
南垣外地区では、リニア建設に伴う人家の立ち退きなどがないこともあって、工事に強く反対する声は上がってきませんでした。沿線各地で難航している残土の置き場が近くに確保出来たことも着工を早める一因となりました。自治会のメンバーは、建設中の生活への影響を少しでも減らそうと、JR東海や工事を請け負う清水建設などと話し合い、歩道設置などを実現してきました。
それでも、穏やかだった農村の環境が変わることは避けられません。
「(工事のない)日曜日が待ち遠しい」。非常口予定地の近くに住む女性はつぶやきます。リニア工事が始まり、車両や重機の音、樹木伐採の音などさまざまな雑音が耳に入るようになりましたが、「ノイローゼになっちゃうで、気にしないようにしてる」といいます。

人家に迫るコンベヤー。住民の暮らしは守られるのだろうか

庭先に来ていたコジュケイのつがいが姿を見せなくなり、これまでは田んぼのあぜ道までしか出てこなかったキジが庭に現れるようになりました。工事により、すみかを追われたようです。「今年はウグイスが鳴くだろうか」。こんなことを心配しなければならなくなりました。

目に見える変化だけではありません。掘削が始まれば、この連載でも触れたように、この地域では、ウランを掘り出す可能性があります。放射線を出し肺がんを引き起こすラドンが空中に放出される危険性と隣り合わせの工事です。
住民の男性に掘削直前の心情を問うと、「丁寧な仕事をやってほしいだけです」と言葉を絞り出しました。