キチョウ(キタキチョウ)
Euremamandarina(冬を生きるチョウ)
昨年の暮れも迫ったある日、庭で枯れ草を掃除していた妻が大きな声で僕を呼びました。こんなに寒い季節にヘビはいないはずです。庭に飛び出してみると、小さな黄色いチョウがいました。掌の中で横たわったチョウは、息を吹きかけると、わずかに触角を少し動かすのです。彼女は不思議そうに「冬に蝶がいるなんて、生きているの?」と尋ねます。ミドリシジミは卵で、オオムラサキは幼虫で、アゲハチョウやモンシロチョウはさなぎで、チョウは種類によって、卵、幼虫、さなぎ、成虫と4通り方法で冬を越します。彼女が見つけたキタキチョウは、成虫で越冬します。庭の枯れ草の間で冬眠していたのを見つけられてしまったのです。このチョウは落ち葉のすき間に放してあげました。昨今、チョウが少なくなる中、このチョウはまだその数を減らしていません。幼虫がマメ科の植物の、しかも多様な種類を食草としているからです。食草のミヤギノハギやメドハギ、コマツナギ、ハリエンジュ、ネムノキは市街地の公園や堤防に植えられています。食草に多様性を持ったことがこのチョウが数を減らさない要因なのでしょう。岐阜市の柳ヶ瀬付近の公園でさえ見る事ができます。また、岐阜市や各務原の市街地でも普通に見られます。
冬の温かい日にチョウを見る事があるかもしれません。黄色いチョウなら、キチョウかもしれませんよ。
キチョウは、チョウ目・シロチョウ科の蝶で草原や畑、市街地などに普通に見られます。最近「キチョウ」とされていた種は、ミナミキチョウが南西諸島に分布と、キタキチョは本州~南西諸島に分布の2種に分けられることになりました。外見による見分けは出来ません。本種はキタキチョウです。
写真・三輪芳明(みわよしあき)プロフィール 1952年 関市生まれ。仲間と岐阜県では絶滅したと考えられていたコイ科の魚類ウシモツゴを発見、人工的な大量繁殖させ野生復帰に成功する。岐阜・美濃生態系研究会 二ホンミツバチ協会 日本チョウ類保全協会。
庄司 正昭 さん
Permaculture Design Lab
Permaculture Design Labの大きな活動の一つに、パーマカルチャーの手法でのフォレストガーデン(食べられるお庭)造りがある。
「『高木、中高木、低木、草本、地覆類、根菜類、蔓性類』が森の7階層になります。それを庭に作るんですが、そのほとんどが食べられたり使えるものなんです。そして、庭ができたから完成、ではなくて、そこからが暮しのスタートだと僕は思ってるんです。お子さんと一緒に植えた果物の苗や木に、一つでも花が咲いたら「花が咲いた!」と喜び、実がついたりした日にゃあ、収穫できるのが楽しみでしょうがない。食べ物が庭に実るって豊かですよね。そういうことをもっと多くの人に知ってもらいたいです」と庄司さんは語る。
昨年、庄司さんは4人の仲間と共に静岡県菊川市の中学校でパーマカルチャーの授業を行った。
「総合学習の時間を使って『学校をパーマカルチャーの視点でデザインする』というテーマで、動物を飼ったり、雨水を溜める場所、暑い夏に日陰を作って休む場所を作るとか、学校が楽しくなるためのデザインをみんなに作ってもらいました。子どもたちはパーマカルチャーを知る事によって視点が本当に変わったって言ってくれました。 ゴミではなく資源。耕作放棄地ではなくてそこも資源。それをパーマカルチャーではProblem is solution(プロブレム イズ ソリューション)って言うんですけど、問題は解決の糸口。そういう視点でいろんな物事を見てくれました。」
生徒全員が参加できる学校での授業、そこに取り入れられることには大きな意義がある。 SD(持続可能な開発のための教育)の研究指定校とはいえ、公立中学校が授業にパーマカルチャーを取り入れることはまだ珍しい。12月の発表会では、全国各地の先生が同校の取り組みを学んだ。これが機会となって、パーマカルチャーがどんどん広がっていったら、と庄司さんは願っている。
関市洞戸に移住して8年、地中の空気と水を動かす「大地の再生」、暮らしのある庭「パーマカルチャーガーデン」造りなどの仕事や岐阜森林文化アカデミーの講師、自然農での米作りやしょうゆ造り…庄司さんの周りにはいつも自然と仲間が共にいる。
「僕たちは自然界から「ギフト」をもらって生きています。タネをまけば実がなるし、空気があるのもそう。なのに今、社会は自然を壊す方向へと向かっています。ギフトをくれている自然界、じゃあ僕らはその自然界のために何ができるのか、みんなで考えたいですね。」
しょうじ まさあき/Permaculture Design Lab、もりにわくらし代表/パーマカルチャーデザイナー、ネイチャーインタープリター
1970年宮城県生まれ 。 システムエンジニアとして働きながら、登山やキャンプなど自然の中で遊ぶことにに目覚める。 2000年にネイチャーガイドの勉強を始め、日本が誇る里山の素晴らしさと大切さを知り、昔ながらの日本文化(暮らし方)を守り繋ぐこと が必要と感じる。未来につながる暮らし方のデザインとして、パーマカルチャーに出会う。現在、築100年の古民家を借り、畑、田んぼ、コミュニティ作りなど、暮らしを楽しみ ながら、庭師、大地の再生(通気水脈改善)の他、子どもキャンプ、パーマカルチャーキャンプなど自然や暮らしを伝える活動も 行っている。 (関市洞戸在住)