I’m Challenger 画家・吉野 公賀さん

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僕のたからもの

僕は子どもの頃に野球をやっていたのですが、当時の監督やコーチからいただいた言葉が宝物となって、今でも僕を支えてくれています。監督からは「やれば出来る!100%の結果より100%の努力!」、「『夢』を見ろ!『夢』を追え!そして最後に『夢』をつかめ!」。
コーチからは「努力に勝る天才はなし」。
夢は見るだけでもわくわくするし、それがモチベーションにもなる。そして夢をつかむために努力する、それ自体が素晴らしいことですよね。
僕の仕事というのはある意味、夢を語るというか、そこが最も大事な部分だと思うんです。叶う叶わないという前に、まず夢を持つということが大切だと思うんです。

直感力を信じる

01建築士を目指して就職した1年目、23歳のときです。緑内障という病気で、右眼の視力が失われていきました。そのとき瞬間的に思ったのが「絵を描きたい!」ということ。同時に「できそうだ」という直感も閃きました。
それまで建築の勉強はしていても、絵の勉強は全然していませんから、技術はもちろん、やり方も分からないし、人脈も何もないんですけど、なんかできそうな気がした。とにかく美しい絵が描きたいというだけで、画材屋さんに行きました。お店の人に「絵が描きたいので道具を買いにきました」と言うと、「じゃあキャンバスがいるよね」「筆もいるね」「何で描くの?きれいな色だったらアクリル絵の具というのがあるよ」と教えてもらいました。
そうやって絵を描いていこうと決めた頃、ふと入った雑貨屋さんで一枚のポストカードが目に留まりました。そこには夏目漱石の「草枕」(*註1)という小説の冒頭の部分が書かれていました。暗唱できるほど、何回も何回も読んで、僕の心の中にずっと残る言葉となりました。
今って暗いニュースがたくさん流れている、住みにくい世の中ですよね。「草枕」は100年以上前に書かれた本ですが、その当時は日露戦争がある頃なので、もしかしたら、今よりもっと住みにくい世の中だったかもしれません。これからも住みにくいと思う事は多いでしょう。だからこそ自分が描いた絵が、人の心を豊かにするとか、観た人の心を癒すとか、ちょっとでも生まれてきて良かったなとか、そういうことを感じられる時間をつくっていくことができたらいいな、と思うんです。
絵に限らずアート全般そうなんですけど、一見世の中になくても生きていけるように思われがちです。でもそれが存在するのは、やはり人間が生きていくうえで必要だからじゃないでしょうか。人の想いがあって、それを何かしら形にしたものが絵であったり詩であったり音楽であったりするのだと思うんです。

自分は自分

01 絵を描き始めてからも決して順調ばかりとは言えませんでした。自分のやっていることがうまくいかなくて悩んだときもあります。そういうとき、自分の親がどんな人生を歩いてきたか、自分がどう生まれてきたのか、気になり始めました。
おじいちゃんが戦争で命からがら帰ってきたこと、父と母の生い立ちや出会いなど、僕が生まれる前の家族の歴史を知ったとき、それまで当たり前のように感じていた自分の命が、実はとてもありがたいことなんだと気付きました。奇跡の連続だったんじゃないかと思うくらいそれは衝撃的だったのですが、同時に、妙に落ち着いた気持ちになって、「ああ、自分は自分でしかないから、他人の人生を歩めるわけではない」と思えてきたんです。
それまでは、同じ世代の作家がチャンスをつかんで出世していくのを見て、「なぜ自分はああいうふうにできないんだろう」と思っていた。でもそれは、他人の人生を歩もうとしていることなんだと気付かされたんです。
子どものころ、毎週野球の練習場まで送迎してくれたのは父でした。両親が一生懸命応援してくれたおかげで野球を続けていくことができました。自分一人が頑張っているんじゃないし、頑張れるのも周りの人がいて、そういう環境があったからなんですね。

リセット・出会い・覚悟

2年前の34歳のときには、10年くらい画家として築いてきたものを捨てた時期がありました。自分なりに一生懸命頑張っていたんですけど、うまくいかないことが続いて自分らしさを失い、絵をだんだん嫌いになっていくということがありました。たぶん常に上を上を目指してやってきたので、必要以上に背伸びをしていたんでしょうね。その疲れがもう許容できないくらい溜まってしまった。
それで、「もういい!今までやってきたけど、これから先はリセットして一からやり直そう」「これが最後になってもいい!」そういう気持ちで個展を開催しました。
不思議なことに、その気持ちが新たな出会いを生みました。
横浜の画廊さんが目を留めてくれたんです。そのときは、自分がこんな気持ちでやっていても相手に迷惑をかけることになりかねないし、正直、眼の病気のこともあったのですが、丁寧にお話をしていく中で「一緒にやっていきましょう」ということになり、今に至っています。
有難いことに絵を描き始めた頃から様々な方と出会い、応援していただいているのですが、そうした良縁の積み重ねのおかげで、今でも画家として活動を続けることができているんです。
振り返ると、節目節目に良い出会いに恵まれてきました。投げかけられた言葉や印象的な出来事は、そのどれもが僕の大切なものとして心に響いています。

 

 

0-にらめっこよしのとものり◆プロフィール

視覚障がい者としての壁を越えようとする画家として、各地で個展を開催。国内外での展覧会にて作品が買い上げられるなど、ファンやコレクターからの支持が順調に広がっている。現在、横浜元町の画廊 「フジムラコンテンポラリーアート」 の所属作家として、更なる飛躍を目指して活動中。

【作品テーマ】“人=樹 to 命” “光=希望”
人の命や人生そのものを樹木に例え、奥深い愛の力と、困難に立ち向かい希望へと辿り着く姿を描き続けている。
いつ失明するかわからないという恐怖の中、今見えるわずかな光の大切さを実感。今の吉野でなければ描けない絵のスタイルで表現の追及をしている。