緊急特集 ジャーナリスト・久保田弘信さん講演会「イスラム国」人質事件と日本のゆくえ

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回のを受けて

後藤さんは非常に優しい方で、取材のテーマがぼくと似ているんですね。戦争の中で非難民として生きる子どもたち、大変な思いをして暮らす家族、そういった人々に焦点を当てる。僕たちジャーナリストにとって、一番の喜びは「伝えること」、「知ってみなさんに考えてもらうこと」なんですが、メディアが扱う情報はどこか偏っています。取材をして帰国して、日本のメディアに使ってもらおうとしても、「うーん」といって使ってくれないんですね。日本のメディアは非常にセンセーショナルな映像を求めます。

昨年末に僕は遺書を残してイラクの最前線に行きました。「なにかあったときには僕の責任。ですからイラクの人を恨まないで下さい。二国間の関係がこじれるのが一番困ります。」と。後藤さんは最後シリアに行かれる前にビデオメッセージを残されました。『もし自分の身になにかあっても、シリアの人を恨まないで下さい』と。にもかかわらず、日本の首相はなんと言ったか。『罪を償わせる!』。何でそういう強固な言い方をするのかなと。間違いなく後藤さんはそのことばを望んでいないと思う。日本の首相がそういう発言をする中で、世界中のメディア、世界中の人々が「日本って右傾化しはじめたんだな」、というのを感じています。

このままでいいのか、それは僕が決めることではありません.僕は現地で撮ってきた情報をみなさんにお伝えして、こんなふうに日本って思われていますよ、そんな中で、このまま安倍首相が行っている「積極的平和外交」という方法に行くのかそれとも平和憲法を大事にしていくのかって、実は僕たち日本人が一人ひとりが考えなきゃならない時期に来たと思う。今までは「9条を守る」、「日本の平和外交をどういうふうにしていくか」ということは日本国内の問題だった。そのことを今は世界中が注目しています。日本は大きな分岐点に来たんだと海外のメディアが伝えていますし、海外の人たちは思っています。

人質事件に関して

安倍政権に対する批判もありますが、非常に残念なのは、またもや出ました「自己責任論」。イギリスのBBC系列のニュースペーパーで、日本は自国民になにかあると、行ったやつが悪いという国なんだ、と書かれていました。もちろん、湯川さんにいろいろ問題があったかもしれない、後藤さんも危険を承知で行ったのかもしれない。でも自分たちの国民が、第3国の人に殺されたときに、「行った本人が悪い!?」これ、日本独特の文化なんですね。危険を承知でやったんだから、死んでも仕方がないんじゃないか。こういう考え方をする日本は、ハイリスク・ローリターンを覚悟の上、自費で戦場に赴き、内情を取材する僕らジャーナリストにとって、非常にやりにくい国です。フランスのジャーナリストが、イスラム国ISISに拘束されて、無事帰って来たときには、英雄扱いでした。かたや日本では帰って来た本人が最初なんて言いますか?「ごめんなさい。ご迷惑かけて申し訳ありません」そこが違うと思うんですね。

イスラム圏は危険か?

今日も、各新聞社やテレビ局の方が大勢いらっしゃいました。インタビューを受けたときに「中東、それからイスラム圏の危険ってなんですか?」って聞かれたんですね。今回のニュースをきっかけに中東とかイスラムの国が危険だって言うふうに、なんか一面的に日本が伝えてしまっているところがある。
確かに危険はあります。政情が不安定な国ですし、問題は多々あるんですけど、僕たちは中東の国々のことをどれだけ知っているかって言うと、かなり知らない人が多いんですね。反面、日本という国は世界中から知られています。
で、今回の件があって、中東のことに少し思いを寄せる。イラクとシリアの間にはややこしい問題があり、イスラム国っていう新しい勢力がいるんだ、かつて戦争があったイラクってもう十年以上経っているが、その戦争後、どういう治安でどういう暮らしをしているんだろう、シリア内戦が起こった?シリアってどういう国なのか…僕たち知らないんですね。何か事件が起こって、その事件をきっかけに伝えられるだけで、その国の国民性とか、全然伝わってない。
イラクの人、シリアの人、それからトルコの人、ヨルダンの人、みんなが、日本のことよく知ってます。よく思っています。戦後、たった70年弱のあいだにここまで「復興した国」、もう1つは「戦争を放棄した国」って。特に今まで、イスラム圏との戦争に関わって来なかったということで、中東の人たちは、日本のことを非常によく思ってくれてます。僕らジャーナリストは肌でそれを感じているんです。

僕たちは中東を知らない。

後藤さんの死をきっかけにこれだけの人が集まってもらって、中東のことに思いを寄せてもらったら、この会の初めにしていただいた黙祷よりも彼は喜んでるんじゃないかと思うんです。いつ僕もそういう立場になるかわかりません。毎回覚悟しています。そのときに黙祷してもらったらうれしいです。でも、それ以上に僕が今まで伝えたいと思ったことを残された人たちが知ってくれたら、それが一番うれしいですね。  (文責・にらめっこ)

中東諸国の歴史ー①/6  1年かけて勉強しよう!

02中東諸国では、なぜここでこんなに戦争が起こっているのでしょうか?それは、「石油」という利権と、「宗教」 による対立があるから。特に 「石油」が大きなポイントで、この利権を得るために中東以外の諸外国も積極的にこの地域に関わってきました。
また、「宗教」による対立があるために、双方が利益や損失を考えて和平をする、といった事もなくなってしまいます。
そこへ来て、「イスラエル」という全く違う宗教と民族の国がポンと出来て、ますますゴタゴタになってしまいます。

元々、「中東」 の一帯には 「オスマン・トルコ帝国」 という名のデカい帝国がありました。言うなればこの帝国が中東地域を 「天下統一」 していた訳で、一時は東ヨーロッパから北アフリカまでその支配地域を延ばしていました。
同じ頃、ヨーロッパでは「大航海時代」 が訪れた。オスマン・トルコ帝国が中東地域を完全に制圧してしまったため、「陸がダメなら海だ!」 というワケです。

1500 年前後、日本がちょうど戦国時代だった頃。「ポルトガル」 「スペイン(イスパニア)」 「イギリス」 「オランダ」 などの国々が、まだ見ぬ世界を探求するために船を出し、貿易船と、それを襲う海賊と、海賊を倒す艦隊が入り乱れていました。コロンブスがアメリカ大陸を発見したのは1492年ですね。
1600 年頃、大航海時代は 「探検の時代」 から 「支配の時代」 へと移っていく。探検航海によって世界の姿が解って来ると、その新しい世界を支配しようと、列強国が互いに争いを始めるようになります。ヨーロッパの軍隊は最新の武器で武装していますから、世界の国々をガンガン占領していきます。
こうして、その地域の住民の事など無視した 「領土の取り合い合戦」 が起こる事になります。このヨーロッパの強国が世界中の国々を 「植民地支配」 していく事が、その後の世界の歴史に大きく影響する事となります・・・(次号へつづく)