vol.225 続・しょうがいをみつめるvol.7

バリアフリーってどういうこと?

バリアフリーと聞くと駅や施設の手すりやスロープなどを思い浮かべる方は多いのではないでしょうか。
それもそのはず、バリアフリーとはもともと建築用語で「障害のある人や高齢者などが社会参加しやすくするため、建築物などに存在する障壁(バリア)を取り除く(フリー)こと」の意味で使われていました。
現在ではより広い意味合いをもつようになり、「あらゆる人の社会参加を妨げる物理的、社会(制度)的、心理的障壁を取り除く」という意味で用いられています。
それは、障害というのは社会の側にあるものなので、その障壁を取り除くのは社会の責務であるという考えからきています。

年月をかけ、物理的障壁はかなり取り除かれてきました。誰もが使う公共施設などは誰にとっても使いやすいということを前提に設計されており、エレベーターやスロープが設置してあり移動しやすいのはもちろん、案内表示は誰にとってもわかりやすいシンボルマークであったり、さまざまな人が使えるトイレや休憩室が設置してあったりします。
最近では、レゴランドが自閉スペクトラム症など刺激に敏感な来園者が安心して利用できるよう、各アトラクションの刺激(感触、味、音、視覚、匂い)の強さを示した「感覚ガイド」を設置したことが話題になっていました。
これまでの目に見える障壁の除去から、見えない(見えづらい)障壁の除去へと物理的バリアフリーが進んでいることを感じます。

社会的にも、障害によって学びの機会が損なわれないようさまざまな学びの場が整備されてきましたし、障害があっても仕事の機会が得られるよう法律が制定されてもきました。
ですが、心理的障壁はなかなか除去できない壁として大きく立ちはだかっているような気がします。もちろん面と向かって公の場で差別的な発言をする人はあまりいないとは思いますが、障害のある人への偏見や決めつけは多くの人の心にあるものだと思います。もちろん私にも・・・。
障害のある当事者やご家族の話を聞いていると、「障害者雇用って制度はあるけど、精神障害だと雇われづらいんだよね」とか、「学校の先生に学習補助具としてのタブレット申請を却下されました」などと、制度はあってもそれを運用する人自体が障壁になっているということがよくあります。
心理的障壁は目に見えませんから、本人も意識していない場合が多いのです。学校の先生も何もいじわるをしようと思ってタブレット申請を却下したわけではないでしょう。だからこそ、心理的バリアフリーはとても難しいのです。

 では、心理的バリアフリーを進めるためにはどうしたらいいのでしょう。
それは一人一人が異なることを前提にして、相手のことを知ろうとすること、相手の話を聞こうとすることなのではないかと思います。
よく知らないから見方が偏ってしまったり決めつけてしまったりするのです。知ればいろいろな見方や考え方ができるようになり、その分障害のある人や高齢者などさまざまな人に想いを馳せることができるようになります。
みなさんも、たくさんの人と出会い話をしてみましょう。それが多くの人が生きやすい社会につながる一歩になるはずです。