vol.224 熱中人 関谷 恭子さん

 俳句は「座の文学」という言葉があって、みんな車座になって自分の俳句を詠んで人のを読む。そこには先生も生徒もないんです。日常の心に留まった一瞬を切り取る、その時の自分の心情や状況を俳句にする、それはまるで日記のようだと思うんです。
俳句を知ると、日本の四季がとても身近に感じられます。それは旧暦の考え方とか、二十四節気とか、季節の移り変わりを知ることにつながるからでしょうね。

 嫁ぎ先が商売をしていたので、家業が忙しくて、自分の目の前の生活だけで手一杯でした。もうちょっと基本的なことを大切にした生活をしたくても、それができないまま、もんもんとしてたんですね。サービス業でしたので、対人にも疲れてて…。もっと自然に触れたい、丁寧な暮らしがしたいという思いがありました。同時に自分をもう少し大切にして生活を見直したいという思いもありました。それで休日に里山でこもるように過ごし、野の花に目を留め名を調べたり、昆虫好きな夫に虫の名をたずねたり…。時には味噌を手作りしたり、梅干しを漬けたりして、そういう少しゆったり暮らしを整える、少しずつですがそんな生活を10年ほど続けていたんです。そんな時に友人二人から、俳句教室の誘いをうけました。「私たちは普段、経営とか商売のこととか、そういうところにばかり頭を使っているんだけど、俳句は全く違う脳みそを使うからむちゃくちゃ新鮮だよ」と言われたんです。「じゃあ入ってみるわ」と教室に入りました。ちょうど年代的に周りでも何かを始める人が多い頃で、それも背中を押されました。
 それから美濃市の教室に毎月通いました。歳時記を知ったのも教室に入ってから。そこには花の名前、鳥の名前、味噌作りだとか詳しい生活のことが載っていたのが私的にはすごく興味深かった。だから俳句をつくるというよりも、「あ、歳時記ってすごく面白いわあ」というのが先にあったのかもしれない。例えば「立春」。もうすぐ春なんだけど、季語でいうと「春隣」っていって、春がもう直ぐそこまで来ている感じ。「春きざす」とも。立春を過ぎると「春浅し」と感覚的な言葉になったり「春寒し」とか。そうやって春が行ったり来たりしながら季節が移りゆくことが歳時記の言葉で表されていて、それもなんか響くというか。

 最初入った教室は本当に厳しくて、毎月宿題で10句作っていくんですが「こんなのただの説明じゃん」、とか「これはレシピ」「情報が入りすぎ」とバッサリ。形として17音に収まってはいても、中に情報が多く入りすぎると、焦点がぼけてしまい、何がいいたいのかわかりにくくなってしまうのです。本当に訳も分からずスタートしました。今から13年前のことです。
昨年2月に初の句集「落人」を出版しました。家業に区切りをつけたこと、自身が還暦を迎えたこと、実家の父を亡くしたこと、いろんなことが重なって、節目を迎えた気がした頃、先輩が「恭子さん、そろそろ句集を出しなよ」っていってくださったんです。本を出したのはコロナの影響もあったかな。仕事が激減し、仕事のやり方も変わり、俳句の教室や吟行にも出かけやすくなった。ちょうど俳句が面白くなってきたことと重なって俳句の比率が上がってきたということも大きかったかもしれません。
装丁を始め使用フォント、色など、東京まで出向いて出版社の方といろいろな打ち合わせをしたのもいい経験でした。
 俳句を始めてから13年。その間に書き貯めたものを1000句まで絞り、そこから先生が250選んでくださり、そこに自分の思い入れがあるとか、載せたい句を足して、340の俳句をこの一冊に載せました。この本を出版したことで、過去13年間に溜まった俳句をゼロにして、次のステージに。今はそんな気分です。