リニア中央新幹線の地下トンネル掘削工事による地下水位の低下や水枯れ、地盤沈下が昨年5月以降明らかになった岐阜県瑞浪市大湫町。6月3日夜に開かれた住民説明会でJR東海は、被害の原因となっているトンネルの大量湧水を止めるために行うとしてきた薬液の「本注入」を断念すると説明しました。つまり、水枯れや地盤沈下に対して「お手上げ」だと宣言したことになります。既に40~70メートル低下した観測井戸の地下水位はさらに2メートル、雨が少ない場合は5メートルほど低下、5月28日時点で最大10・8センチにも及ぶ地盤沈下はさらに10~20センチ、つまり最大計30センチまで達するという今後の見通しも示しました。 井澤宏明・ジャーナリスト
地盤沈下30センチ予測も
「本注入」を止める理由として挙げたのは、トンネル湧水を止めた唯一の成功例としていた鹿児島県の国道504号「北薩トンネル」で昨夏、トンネルの壁面が崩壊し、大量の土砂や水が流入する事故が起きたことです。
もし、今回の現場で本注入を行って水位が回復すると、トンネルに大きな圧力がかかってトンネルが崩れたり、地表面に陥没が起こったりする「大きなリスク」があるというのです。さらに、本注入による地下水位の回復は3・8~7・4メートル程度にとどまり、「元の地下水位までの回復は望めない」とまで言い出しました。
住民説明会は今回も非公開で行われましたが、参加者から入手した録音を聞いてみると、JR東海は以下のように説明していました。
「山岳のトンネルで掘削した後に出てきた湧水を止めた先行事例は『北薩トンネル』しかなくて、それを拠り所に我々は頑張ってきた。何かしら今後新たに技術革新とかがあれば、もちろんそれも検討する余地はあると思うが、現時点では他に方法がなかなか考えつかないというか、いろいろな専門家の意見を聞いてもなかった、というところは一旦、ご理解いただきたいなと思います」
つまり、山岳トンネルでいったん大量湧水が発生してしまえば、止める手段はないということです。これは静岡県内ではまだ着工されていない「南アルプストンネル」や他都県の工事にも深刻な影響を及ぼすのではないでしょうか。
JR東海は「代替水源」として、深井戸の掘削や旧キャンプ場の沢水を引いてくることを提案しましたが、住民からは「大湫の水のことは二の次にして、まずトンネルを守らなきゃいかんという姿勢がありありと見える」「リニアが国家的プロジェクトなら、湧水を止めるのも国家的プロジェクトでやっていただきたい」「この程度の水圧で壊れるようなトンネルに、新幹線より速いリニアを通して大丈夫か」などと怒りや失望、不満の声が噴出しました。
住民に背を向ける市長
ところが3日後の6月6日に開かれた岐阜県環境影響評価審査会地盤委員会に出席した瑞浪市の水野光二市長の発言は驚くべきものでした。水野市長は、3日の住民説明会でJR東海の説明を聞いた住民が「安心された」と繰り返し述べ、最も地盤沈下のひどい地域では住宅も被害を受けているにも関わらず、「このあたりは幸い消防の器具庫と地域の方々が集まるような集会場がある程度でございます」と被害をわい小化したうえ、「『やっぱりできないことはできないよね』と、そのようなご意見を言っていただける方もみえたので、少しずつ皆さんも現実的な判断をしていただけるようになってきているのかなと感じた」と、説明会での住民の発言にはない、現実とはかけ離れた報告を行いました。
委員会終了後の囲み取材で、筆者は水野市長に尋ねました。「住民の方が『安心された』と繰り返していたが、そんな発言は一言もなかったし、『皆さん、現実的な判断をしてもらえるようになっているのでは』と言ったが、そんな住民もいなかった。こんな話をこの場でしていいのか」。
それに対する水野市長の答えは「もちろん心配される発言をした町民もいるが、しかし、『理解できたね、そうだよね』というふうに理解をして帰られた方も私はいると。また、実際そういう声も聞いたので、そういう発言をさせていただいた」。
住民を苦しめているのはJR東海だけではありません。