投稿者「にらめっこWeb版スタッフ」のアーカイブ

vol.195 夢か悪夢かリニアが通る!vol.24

 新型コロナウイルス感染拡大で、東海道新幹線の3月1日から25日までの乗客が前年同期比で55%減ったとJR東海が発表しました。4、5月の「のぞみ」減便も決まっています。7年後、リニア中央新幹線品川―名古屋間が完成したらどうなるでしょう。新型ウイルスや南海トラフ地震などで人の往来が激減したとき、新幹線とリニアを運行するJR東海へのダブルパンチとなり、想定されるのは日本航空が経験した公的資金投入による再建です。一方で新型コロナは、職場以外で仕事をする「テレワーク」や「ネット会議」の普及を加速させました。世界は大きく変わろうとしています。「ポストコロナ」(コロナ後)の時代に、品川と名古屋を40分で移動するリニアが必要とされるとは思えないのですが。
                             井澤宏明・ジャーナリスト

国交省 「中立」のムリ

静岡県のリニア環境保全連絡会議にオブザーバー参加する国交省の森室長(左、右は難波喬司副知事、(2月10日撮影)

委員に「リニアムラ」住人

 リニアの南アルプストンネル建設工事により大井川の水が毎秒2トン減るとされる問題などを巡り、JR東海と静岡県との議論はこう着状態に陥っています。「仲介役」を買って出た国土交通省が提案したのが、JR東海に助言・指導を行うための有識者会議の設置。ところが、委員の「人選」で早くもつまずきました。
 国交省が3月6日に示した候補のうち県が問題視したのは、森地茂・政策研究大学院大学政策研究センター所長(交通工学)。JRの前身である旧国鉄出身で、JR東海の中央新幹線懇話会メンバーや、リニア静岡工区などの工事を受注している大成建設の社外監査役も務めている「利害関係者」です。
 そのうえ、リニア計画を推進した「中央新幹線沿線学者会議」で活動し、リニア技術にお墨付きを与えた同省「超電導磁気浮上式鉄道実用技術評価委員会」委員長も務めました。
 記憶に新しいのは、リニア全線開業(大阪延伸)を早めようと、JR東海に3兆円の財政投融資を行うための法改正が議論されていた2016年10月の国会です。森地氏は衆議院国土交通委員会に参考人として出席し、現在も各地であつれきを起こしているリニア建設で発生する残土問題について、「既に土捨て場を契約していると聞いている」と発言したのです。
 同省は2014年にリニア計画を認可し、財投を可能にする法改正を行った、いわば「当事者」。仲介役としてふさわしいのかどうかが注目されています。どうして「リニアムラ」の住人ともいえる森地氏を委員候補にしたのか、同省鉄道局施設課の森宣夫・環境対策室長に3月9日、電話で尋ねてみました。
 筆者「森地氏はリニアを推進してきた方ですよね」、森室長「森地先生も、何が何でもやってやろうではなく、(同省の)技術評価委員会でも『ちゃんと全部の技術の課題がクリアにならないと、私は認めない』とおっしゃっている。JR東海寄りだったら困るが、そういうわけではない」、筆者「国交省は、中立性を保つつもりはないんですか」、森室長「あります。静岡県がどう判断されるか。多分、何らかはおっしゃってくるんじゃないかなと」

静岡県が「異例」の公募

 森室長の予想通り、静岡県の川勝平太知事は13日の定例会見で「有識者会議は中立性が十分に考慮されると思っていたが、強い疑念が抱かれる人が入っている」と同省への不信感を露わにしました。県は、地下水などの水循環に詳しい有識者を3月末まで公募し、委員候補として同省に推薦する異例の対応。これに対し同省の水嶋智鉄道局長は17日、「このような展開になり大変驚いている」と不快感を示しました。
 結局、同省は森地氏を委員候補から取り下げましたが、「委員ではなく別の立場」で有識者会議に参加させようとしています。これを県は拒否、4月中旬にも会議をスタートしようと前のめりな同省に対し、感染拡大への配慮を求めています。
 元共同通信記者で芥川賞作家の辺見庸さんが感染拡大を受け、次のように書いていました。「このたびの災厄は(中略)テクノロジー万能を信仰してきた世界とそれを支えてきた人類への『壮大な反撃』―という面もあるのではなかろうか」(4月4日付岐阜新聞『マスクとミサイル』)
 「リニア信仰」も見直すときが来たのではないでしょうか。

東海道新幹線車内から見る大井川。かつては「越すに越されぬ」と詠まれた東海道の難所だった(2月27日撮影)

vol.195 半農半X vol.36

言葉貯金

 30年前の大学4年生のころから、本で読んだ良い言葉、影響を受けた言葉をメモしてきました。「言葉貯金」と名づけています。あらためて、その言葉の数々である「言葉貯金」がいまの自分を支え、エッセイや企画書などを書くときも、とても役立っていることを実感。隣町にできた福知山公立大学の授業でも冒頭、テーマに沿った言葉を10ほど紹介しながら、学生に感想や意見を述べてもらったり、書いてもらったりする試みをしていますし、学生にことば貯金をすすめています。インターネット時代はますます言葉の力が重要になると思います。
 最近では書き留めてきた言葉を独占せず、みんなにも活かしていただきたく、公開。すると、またしあわせがやってくることを実感しています。放てば満てり、ですね。

半介護半Xと 半X半IT

 昨年3月、「おいおい老い展」という5日間連続のイベントを東京でおこなうので、トークショーに出演してほしいと連絡がありました。テーマはなんと「半介護半X」です。天職である介護の仕事もバリバリやります。そして、大好きなことや特技、ライフワーク(X)もがんばりたいという人が全国にいるとのことでした。東京の新聞記者さんから「可能性を感じるので記事にしたい」と電話取材がありました。一人多役の時代なのですね。
 半農半Xからヒントを得た東京のIT起業家が「半X半IT」な人材を募集したら、今まで求人に苦労していたけど、いい人が集まるようになって、本社を故郷の徳島県美波町に移したそうです。半X半ITは映画化され、「波乗りオフィスへようこそ」という題で昨春から全国で上映が始まりました。いつか岐阜でも上映されたらいいですね。半農半Xの誕生から四半世紀。令和の時代にも半農半Xの考え方が役立つとうれしいです。


vol.195 未来に続く暮しの学びPrt-36

今できること。

 オーストラリア、バイロンベイ周辺では、今週以降から徐々にコロナパニックの波が押し寄せてきました。
 ネットや、ニュースでは、恐怖を煽るような情報が流れているので、ここでは、前向きな情報を共有したいと思います。

 まず、野菜の苗が売り切れる!この地域で、自分で食を賄うべく野菜を育てようという意識が流れ始めました。FB の地域グループでも、「野菜の育て方をシェアするよ」というような情報を交換する動きや、ガーデナーの友達が、初めて野菜を育てる人たちにアドバイスをアップしたりしています。
 ソーシャルディスタンスを強いられる状況なので、オンラインでの会話ですが…それでも、それぞれが自分の土地、アクセスできるスペースで野菜を育て始めたことはとてもいいことだ、これはとてもいい兆し。

 私たちの住む土地でも、今まで畑に興味示さなかった住人が畑作業に参加し始めました。今回の状況が、共に住む人の意識を畑、野菜作りに向かわせてくれたことは明らかです。今後どれだけ畑で仲間とともに過ごすことが重要か、を問われているような気がします。そんな今、自分の住む環境で、今後に向けてできることを考えてみました。それは、いまある環境の範囲内でもできる、自給自足、持続可能な暮らし方の知恵を学ぶということだと思います。

 コロナウィルスの情報は、何が真実で、何が不正確か、巷に溢れる情報を見極めるのはとても難しい状況ですが、私は、自分を信じることにしています。腹の虫が空腹を教えてくれるように、私たちたちは起こった現実を直観的に判断できる力を持っていると思うから。自分が今まで学んできたことを振り返り、なにが役立つかをしっかり考えたいと思っています。生きるために、自分に何ができるか。仲間、家族、自分の愛する人たちのために、自分がなすべきことは何なのか…
 今回のコロナウィルスの出現は一つにチャンスかもしれません。これをチャンスととらえ今後も自身に問い続け、気づいた時に行動していく。未来を作るのは自分たちだ!という意識を持って。それが今、私のできること。


vol.195 菌ちゃん野菜応援団 vol.16

 この原稿を書いているのは3月下旬。コロナ騒動で世界中が震撼としているときです。治療法が確立されていない新しいウイルスに、人はなす術もなく右往左往。みな明日への不安をぬぐいきれずにいるように見えます。

 でもね、ほら!こんなときこそ、菌ちゃんの出番でしょ!!
何故って?コロナもインフルも免疫力が弱ったときに感染、重症化してしまうからです。

では免疫力を高めるには?それが菌ちゃん(微生物)と繋がること。

 昔の日本人は冷蔵庫が無いなか、高温多湿の気候を微生物と共存することで明るく健やかに暮らしていたんですよね。四季折々の旬の野菜を食べること、それらを塩や麹と共に発酵させること、不必要に殺菌をしないこと。そんな昔ながらの生活が実は私たちの健康を強力にサポートしてくれるってすごいことじゃないですか?

今こそ菌活ですよ〜!

 同じように畑も発酵させるととびきり美味しい野菜が出来ることは何度もお話させていただいている通り。
 今年からは関の迫間地区、岐阜の岩滝地区、各務原の蘇原地区にて畑を本格始動しはじめます。

 お近くの地域に足を運んでみませんか。
地に足をつけて生きるための第一歩になりますよ。自分の健康と命は自分である程度守る時代。無理はせず楽しく、でもしっかりと知恵を共有しあいましょ!


vol.195 ここいく日記 はじめの12歩!

10年後の身体を作るために
(今できること)

 私は3人の娘の母です。
私が子育てで大切にしている事は、夫婦仲良くと食育です。私の夢は孫沢山のおばあちゃんになること。それには健康な身体、元気な精子と卵子が必要です!
我が子だけでなく、周りの子ども達も幸せになることを願うようになりました。

食も文化の伝承だと考え、20年以上前から子どもや周りの人たちに日本人が昔から食べてきた日本食の味噌や梅干づくりを教えています。
「いのちの授業」では「食育」も大切にしています。
 私の得意な分野を沢山の方に伝えることは、私が人の為にできる事として、生かされている意味を見つけた気分です。
 今年になり、新型コロナウイルスが世界中に広がり多くの被害をもたらす中、免疫力を高める食品が注目されています。昔から『味噌汁は朝の毒消し』と言われているくらい、身体に良い効能があると朝食の大切さを伝えます。子ども達はパンからご飯にしようとか、味噌汁作ってもらおう!とか、つぶやきます。直ぐに変化が現れてくれます。
 夏休み前に知って欲しい食育プログラムにジュースと砂糖、添加物のお話があります。ジュースの中にどの位砂糖が入っているかを当てるクイズでは、スティックシュガー(3g)何本?コカ・○ーラ(500ml)25本、カ○ピス30本!
子ども達にどよめきが起こります。90gの砂糖はそのままでは甘くて飲めない。でもジュースの中には添加物が入っているから、口当たりが良く飲めてしまう!
砂糖の量を実際に見ることで子ども達により伝わります。体重により一日に摂取して良い量、飲み過ぎるとイライラすること、病気になりやすいことも伝えます。
暑い時は飲みたくなるジュースですが、学んだ事で子どもたちは自分で考えるようになります。
ペットボトルから直飲みを止めてコップに注いでみる。
食品の裏の表示を見て確認する。食べ物に関心をもって欲しいと思っています。

 なぜなら、今日食べている食事は10年後20年後の君たちの身体をつくっている。
健康な精子と卵子がいのちをつなぐことのできる体となるためにも『食育』も伝えています。
 コロナウイルス感染に不安な今だからこそ、日本食を見直し家族で食卓を囲み、たくさん笑い、ナチュラルキラー細胞を活性化して免疫力を高めてみてはどうですか?
 笑い。生きる上で大切ですね。ここいくの会議は笑いが絶えません。1人より仲間が居ることでやれる事が広がります。この輪がひろがり若いメンバーが入ってくれると嬉しいです。(以前、授業した先でここいくメンバーになりたいと言ってくれた子どもがいました)                      担当:ここいくメンバー・加藤佳代でした。


vol.195 トンガからこんにちは! 新連載

はじめまして!加藤美希と申します。大洋州のトンガ王国で暮らし初めて、半年。そろそろトンガのイロハをつかみ始めてきたところで、トンガの紹 介をすることとなりました。どうぞよろしくお願いいたします。

加藤美希(左から二人目)

 トンガは人口10万人ほどの小さな小さな国です。「トンガ」と聞いて思い浮かべられるもの、何かありますか?

 まずラグビーが盛んです。2020年のラグビーW杯では日本代表としてトンガ出身の選手も活躍していました。冬に食べられる南瓜はトンガからきているものもあります。さらに!鯨の親子と泳げる国です!!

 でもトンガの何が一番トンガらしいかと言うと、日曜日の過ごし方。『Lotu(お祈り)、Kai(食べる)、Mohe(寝る)』この一言に尽きます。

キリスト教の信仰が厚いトンガ人は日曜日に必ず教会に行きます。多い人で、早朝5時、朝10時、昼3時、夕方5時。これはさすがに多いですね。普通は朝10時の一回か午後の一回で二回です。

  そして、気合を入れた正装をして出かけるんです。男性はシャツとトゥペヌと呼ばれる巻きスカートの上にタオバラというゴザのような腰巻をして、女性はプレタハという上下セットの伝統衣装にタオバラやアクセサリーのキエキエを腰に巻きます。平日汚れたTシャツを着ている男性スタッフがきちんとした格好をしていると、ドキっとするほど見違えて見えるものです。小さな子供はドレスも着たりしています。
 教会と一言でいっても、宗派があって、ウェズリアナ、シアシ・トンガ、マーモンガ、カソリック、アドバンテージ、、、、そのほかまだまだあります。月曜日には決まって「ロトゥ行った?どこの教会?」と聞かれます。そして、さらに「’Umu(石蒸し料理)食べた??」と聞かれるのもお決まり。

トンガ人にとって食べることは本当に大切で、特に
‘Umuは特別な日や日曜日に欠かせません。仕事の遅刻や早退は何も思わないのに、日曜日に’Umuを用意しないことは、とっても怠惰な1日だったと反省するほどです。
“Umuは教会に行く2時間前くらいから用意し始めます。
 ‘Umuの基本はLū(ルー)というタロ芋の葉、魚や肉(羊肉が人気)とココナッツミルクをバナナの葉で包んだ料理と芋類のマニオケ(タピオカ)クマラ(サツマイモ)タロ(タロ芋)ウフィ(ヤム芋)などです。これらを教会に行く前に熱した石と共に石窯に入れて、ココナッツの葉などで覆い、蓋をして、教会でお祈りしている間の1時間から1時間半、じっくり蒸し焼きにします。帰ってくると、美味しいご飯が出来上がっていると言うわけです。
 私もこの‘Umuを食べる事が、日曜日の楽しみの一つです。
教会の帰りに誰かに声をかけてもらってご馳走になるのを楽しみにしていると言ったほうが、正しいかもしれません。

Moheはお昼寝でーす!これでもか!というほどお腹いっぱいにご飯を食べて、体を休めます。起きたら、お昼ご飯の残りを食べて、一日終わりです。日曜日は家事も含めて一切の仕事をお休みする日なので、なーんにもしません。
 教会後の道には誰もいないし、開いているお店はありません。海に入ることも良しとされていないので、本当に人が住んでいるんだろうか?と思うほど静かです。なんて平和な日曜日でしょうか。

この原稿が来て10日後、加藤さんからメールが来ました。

全隊員の帰国指示
COVID-19の影響でJICA全隊員、(期限未定)一時帰国となり本日(4月2日)トンガを出国し、今朝帰国しましたが、検疫検査結果待ちで、入国できていないでいます(笑)
公共交通機関を一切使うの禁止らしく、いつ、どうやって実家に帰れるのか、、、多くの途上国では医療が整う先進国へのアクセスか良いことが活動の安心材料でもあります。いつトンガに帰れるかはわかりませんが、帰れる事を祈りつつ、トンガの魅力が伝わるように頑張りますね!!
それでは、引き続きよろしくお願いいたします!

加藤美希(かとうみき)農的暮らしに落ち着きたいと思いつつ、ついつい旅人人生を送っている管理栄養士です。旅するうちに、「伝統料理と健康の秘密」が人生の研究課題に。今回のミッションはトンガで蔓延する肥満や生活習慣病の改善。伝統料理の推進と学校菜園を通して、将来トンガの人々が世界に有する健康大国になることを願って日々奮闘中です。


vol.195 プレゼントコーナー

1- あなたの「癒しのひととき」とは?
 あなたがほっこりするときはどんなとき?
2- 気になるにらめっこ紙面での広告
3- 気に入った記事、気に入らない記事の
 タイトル1つ・その理由もお書きください。
4- ご希望のプレゼント名
(第1希望・第2希望)
 ※Dは編集室まで受け取りに来られる方。
5- 本紙をどこで入手されましたか?
6- 氏名、年齢、住所、郵便番号、電話番号、家族構成

プレゼントご希望の方は

ハガキまたはe-mailで、上記のアンケートを1〜6までご記入の上、編集部・プレゼント係りまでお送りください。
〆切:5月25日 当日消印有効。

宛先
〒504-0855 各務原市蘇原新栄町3-15
e-mail: info@niramekko.com
※お寄せいただいた個人情報は、本紙プレゼントの発送に限り、 使用させていただきます。
※当選の発表は発送をもって代えさせていただきます。

A.神のお米【神月】 3合

   自然農縁 月とたね様より…2名様

加茂郡東白川村で、家族で自然に寄り添う昔ながらのお米つくりをしている「自然農縁 月とたね」さんからのプレゼントです。八分つきか玄米、希望を明記してね。

B.『ゼロの昇天』

   人生これから!様より…3名様

よりよく生きるためのライフデザインノート。絵本作家・高畠 純さんの
イラストが軽妙!これからの人生をどう生きようか?私らしくってなんだろう?そして人生の最期を自分らしく迎えるって?そんなヒントがいっぱい詰まっています。

C.CINEX映画招待券

   シネックス様より…ペア3組様

感動、笑い、涙、緊張、恐怖…。様々な感情を味わえる作品と出会う場所、映画館。さあ、今日はどんな作品の気分ですか?写真は「最高の花婿 アンコール」より。

D.にらめっこ特産大豆300g

   にらめっこより…3名様

にらめっこの畑でスタッフが丹誠込めて育てた大豆。少々小粒だけど、大豆本来の味がギュッと詰まっています。もちろん農薬と化学肥料は不使用。おひとりにつき300g進呈。にらめっこ編集室でお受け取りください。


vol.194 被災からいのちをまもる

地域防災学専門家の小山真紀さんに聞く

小山 真紀(こやま まき)
岐阜大学流域圏科学研究センター准教授 専門は地域防災学。ハザードとリスク評価、人間行動と死傷、市町村の防災対策など事前(事後)・最中・直後を通じた減災に関わる研究を続けている。世帯および地域コミュニケーションにおける防災力などに着目した取り組みを進めている。

Part-1  

災害から身を守るには

三:いつ来るかわからない災害に備えるには

小:防災って「こうすればいい」と言われ、「はい、それで頑張ろう」という発想が多いのですが、それは無理なんです。人間の持ち味に合わせた形でどう対応するか、そういう発想で考えたほうがいい。それをやろうとすると結構泥臭くて、「こうすればオッケー!」にならないんです。例えば、持ち出し袋を玄関に置いといても、いつしか邪魔だなと片付けてしまう。いざとなった時にあれ?どこに置いたかしら、って。そういうことってありますよね。常に緊張感を持ち続けるのは体も精神も持たない。だから、非常事態の際に「正常性バイアス」(※-1)が働いてしまうのです、人間の特性ですね。

三:「備えあれば憂いなし」。なのに、まだ自分ごとじゃないという気分になってしまう。まさに正常性バイアスが働いてしまっている。

小:そうですね、だから普段の生活の中で考えるんです。例えばご飯。できるだけ外で食べてみる。災害時でも使えそうな趣味を持つ。例えばアウトドアとか、あるいはゲーム感覚で、何かあっても大丈夫なような行動を日常の中に入れておく。すると多少でも水分と食料が備わる。さらに絆創膏、携帯のバッテリーも必要だ、みたいにね。

三:何がないと誰がどう困るかという想像力を働かせる。とくに赤ちゃんを抱えるお母さんは大変ですね。

小:日常だと子育て、特に新生児の育児って、母乳じゃなきゃだめ!いやミルクだ!授乳の前には必ず消毒!とか、いろいろ大変ですよね。何を信じたらいいのかもわからないし、こだわればきりがないし。そんな中、親はなんとかいい子育てをしたいと日々頑張っていますが、災害時には日常で大事にして来た事を守り続けるのって難しいですよね。そうすると災害時に、「あれだけ大事にしてきたことってなんだったんだろう」となってしまう。日常で大切にしてきたことを、災害時でも大切にし続けようとすると(日常のレベルをキープした育児をしようとすると)、それだけの備えをしておかなければいけないのです。そこまでのクオリティーを公的支援に求めることはできませんし、他人にそれを求めるのは難しいです。大切にしたい思いを本当に理解できるのは自分自身ですから、大切にしたいこと、守りたいことがたくさんあればあるほど、守れるだけの備えをしてほしいと思います。
そして、命が助かって終わりじゃないですよ。そのあと、非日常の環境で生きていかなきゃならないですしね。

三:昨日、浦野さん(NPO法人 レスキューストックヤード 常務理事)のトイレの写真を見ただけでびっくりしましたけど。避難所ではあれが現実なんですよね。

小:下水が詰まり水が流れない。食べるのは我慢できても排泄は止められない。トイレが不衛生で、臭いもあるし虫も飛んでる。熊本の震災時は、市町村の支援職員がずっとトイレ掃除をしていました。被災したらそういう状況になることもわかっているのに、結局自分ごとになっていないので、毎回同じことが繰り返されるんです。

三:災害はいつ来るかわからない、予告もない。防災訓練は災害を想定して行われるわけですが、みんなが参加しやすくするには、どうしたらいいんでしょう。

小:防災訓練って何かっていうと、試す場なんですよね。昨日、井上さん(岐阜市本荘まちづくり協議会会長)が、本当にこれだけの荷物持って避難できるのか?という話をされましたが、となると、みんなが必要なものをどこに、たとえばどこかの事業所でこれを扱っているから、ストックとして在庫をこれだけいつも多めに持っておくよ、とか、そのようなことができないか。災害支援協定で一定期間置けないかとか、交渉とか、試行錯誤することで、あれこれやってみるっていうのが、訓練の一番大事なことだと思うんですね。
 防災に興味がない人に、防災イベントを提案しても来ないのは当たり前。興味があるものと合わせて話をしないと頭に入らない。例えば「子育てと防災」というテーマにしてみるとか。子育ての話の中で、この前の台風19号の時はこんなことがありましたね、とそこから「備える」ことに話題に転じてもいい。実は知っていれば備えたのにっていう人も多いんです。知る機会はあったはずなんだけど、その人たちのアンテナに引っかからないんですよね。アンテナに引っかかる内容の中に防災を含めていくというのがいいですね。

※-1)「正常性バイアス」とは?
「正常性バイアス(normalcy bias)」は、心理学の用語です。社会心理学や災害心理学だけでなく、医療用語としても使われます。人間が予期しない事態に対峙したとき、「ありえない」という先入観や偏見(バイアス)が働き、物事を正常の範囲だと自動的に認識する心の働き(メカニズム)を指します。何か起こるたびに反応していると精神的に疲れてしまうので、人間にはそのようなストレスを回避するために自然と“脳”が働き、“心”の平安を守る作用が備わっています。ところが、この防御作用ともいえる「正常性バイアス」が度を越すと、事は深刻な状況に……。つまり、一刻も早くその場を立ち去らなければならない非常事態であるにもかかわらず、“脳”の防御作用(=正常性バイアス)によってその認識が妨げられ、結果、生命の危険にさらされる状況を招きかねないのです

気軽に楽しくがキーワード

三:伝えることは私たちの役割と思って、編集をしていますが、先ほど話題に出たクオリティのこと、どこまで許容できるか問題ですね。

小:それは結局本人が決めるしかない。知る機会をたくさん作って、その中で自分はどんなことをしたいかを考えていく。クオリティの高いところを目指したい人がいれば、まずその人の気持ちを受け止めることが第一。「この非常時でそんなこと言ってもダメ!」というのは、自分のアイデンティティーを否定される感じがするからね。
 だから我々はそういうことを伝えるために、ワークショップみたいな方法でよくやるんです。自分としてはどこまで許容できてどうするかっていうことは、自分たちで考えるしかないよって。
 昨日のシンポジウムで、自助、共助、公助(※-2)という話がありましたが、公助は一人ひとりに寄り添うことは応急対応時には難しいんです。よりきめ細やかな話をしようとすると、公では難しい。復旧復興期になると、最終的には福祉サービスにつなげていくことになるので、日常の寄り添った支援に繋げていくことが大事。自分に必要な支援は自分にしかわからないから、公助としてはある程度まではできるけど、それを超えて「自分には支援が必要」となった時にそれをどう埋めるかは、その人自身が声を上げないと変わらない。起きてからでは間に合わないので平常時にそこを踏まえた仕組みづくりができるといいですね。

三:仕組みづくりは「まちづくり」に発展していきますね。

小:防災って、まさにまちづくりなんですよ。災害によってうちは関係ない、ではなく、どこかで自分も被災者になるかも知れない、困ったときは、お互い様の気持ちで日常的に顔が見える関係ができていることが望ましい。災害時でも日常時と合わせての付き合いが重要になってきますから。
 関わらなければ関わらないほど人のことがどうでもよくなる。なので、関わる機会が必要なんですけど、それは負担にならない形での関わり合いがいい。気軽にできて、なんかみんなで楽しくできるとね。

三:昨日の話で印象的だったのが、「台風カフェ」(※)。今、何とかカフェというのが人気で気軽でサロン的な雰囲気。楽しいがキーワードかなと思いました。そこに外国人が入ってくるとか。

小:そう気軽にとか楽しくとか、ちょっと関わったら感謝されたりとか、ちょっと行くのが楽しくなったとかね。ここで大切なのは台風カフェが「ちゃんと備えなきゃ」というのをモチベーションにしないってことです。楽しくおしゃべりしに行ったらそこは安全な場所、とか、例えばアウトドアを始めてみたら楽しくて、道具が一揃えあったらそれが被災時にも役にたつじゃんって感じ。防災の備えだと思って用意するのではなくて、結果として防災に役に立つこと。自分がやりたいことをやったら、それが、防災の備えにもなっているくらいの感じがいい。

三:そういうことを仕組んでいいんですか?

小:仕組んでいいんです。仕組む人は工夫やアイデアが必要です。例えば、自治会の自主防災会が、ある小学校の防災訓練を企画しているのですが、例えば学校行事でカレー祭りとかデイキャンプをするとき、必ずなにか足りない、トラブルが起きる、という仕込みをしています。「あれ?皿が足らないよ」とか、「薪が足らない」、「火つけるものがないぞ」という感じです。すると子ども達が自分で色々考えて、火を起こす時には「新聞が要る!」とか言って、新聞を絞って薪の代わりにするとか。
 こういうことを積み重ねることで、防災に繋がる。だから防災訓練って銘打ってやらなきゃいけないわけじゃないんですよ。むしろ言わずにブラインドでやる方が色々試せると思います。準備は大変かも知れないけど、楽しんでやればできちゃうと思います。

三:結果として防災・備えに繋がるってすごく魅力的ですね。

小:そうですね。防災だけじゃなくて、日常と防災をつなげていくのがいいと思います。

2019.10.22 朝日新聞(アベナオミの#1日1防災)第19回・使い捨てBBQセットで防災訓練 (承諾番号20-0473)

 災害時の食として、パッククッキングが注目されていますが、防災だけではなくて、食器を使わずに一袋一料理ができると今注目されてます。いろんな料理をまとめて一度にボイルすることもできる。鍋が一つしかないときに、いくつも袋に入れてボイルすれば一度に何品もできていい。さらに油も使わずヘルシー!ということで、日常でも注目されています。パッククッキングも防災が入り口じゃなくて、1人くらしの簡単クッキングと言う入り口でもいいわけです。切り口は全然違うけど、いざという時に役に立つということに繋がる。
 そういうことを考えるのが好きな人、得意な人はどんどん考えたらいいと思います。例えば「台風カフェ」を開くタイミングを考える人は気象庁の予報をしっかり見て情報を見極めることが得意な人、みたいな感じで企画を考えるのが好きな人、体力を発揮したい人、頭を使いたい人、などそれぞれ得意技を発揮できる役割分担をすればいい。おしゃべりしたい人はおしゃべりしてもらえばいいし。そのために新しく何かを身につけなきゃ、というのではなく、それぞれがやりたいことをうまくコーディネートするのが一番無理がなくていいと思います。
 別に防災を頑張っているわけじゃないけど、なんか、災害に強いまちだよねって言われる。そういうのが理想です。

 2019.09.03朝日新聞 (アベナオミの#1日1防災)第15回・水害は予測できる災害ですよ(承諾番号20-0473)

三:要はどうやって、「台風カフェ」を仕掛けていくか、ですね。ただオオカミ少年効果っていうのが気になります。

小:避難と思うから、オオカミ少年効果になるわけですよ。避難じゃなくて遊びにいくんだったら、別に空振りではないわけです。防災意識だけでは動けないという状況がありますから。それこそ「子育てカフェ」とかでもいいし、人によって興味関心が違うので、「起業カフェ」でも「ごちゃまぜカフェ」でもいい。ようは気軽に行きたくなる場を作ることがポイントかもしれませんね。

※)台風カフェは、浜松町の西山地区で地域のサロン(西山カフェ)を開いている集会所(安全な場所)を、台風時に「台風カフェ」として開き、安全なうちに避難してもらい、おしゃべりしながら不安なく過ごすというものです。

 積み重ねていくことで気づくこと

三:防災訓練で伝えたいことは?

小:防災の講演をするときに、「防災訓練の罠」っていう話をするんですよ。それは何かというと、型通りの訓練、例えば、朝サイレンがなって、震度7の地震が発生しました、どこそこの公民館を避難所として開放しました。すると各地から公民館に集まってくる…というような訓練。それで、公民館で防災講演を聞いて、AEDを体験して、お土産もらって帰る・・・。というような訓練の罠です。その訓練って、最初からその日にやるのがわかっているから、まだサイレンがなってないけど、家の前に出て屈伸とかして、なんか準備万端。みんななんか予知能力ありますね(笑)。場合によってはもう公民館に来てる!となると、これ何の訓練だったっけ?ってことになってしまう。
 それを10年やったとして、10年後、なにか変わっていますか?あまりかわらなさそうですよね。でもそれをやるために結構な準備をして手間がかかっているわけです。皆さんの貴重な時間をそこに何時間か費やしているのに、10年経っても変わらないような訓練をやっていたら、すごいコスパが悪くないですか?


 例えば3月に行った防災訓練の話です。避難所は体育館でしたから靴を脱いで靴下です。床は冷え冷えです。近所から参加するだけだからみんな手ぶらで来て割と軽装です。ブルーシート1枚でみんな靴下1枚ですよ。ここで何も言わなければ10年経っても同じ訓練かもしれませんが、ひと言「災害が起きてもその格好で来るんですか?」って聞くと、「いや、これではちょっと無理やね」ってなるじゃないですか。「ではちょっと寝てみてください、これで寝られますか?」と、そういうようなことをみなさんに投げかけると、次の年は持って来ようかとなりますよね。あと、「段ボールを敷くだけでも全然違うね」ってわかると、段ボールはどこから調達する?という話が出て、来年はそれをやってみよう、となる。すると環境が変わりますよね。そういうことを積み重ねていくと、「これでも一晩過ごすのはきついね」とか、「段ボールを二枚重ねてみる?」とか…。「やっぱりパーテションがないとうちの娘が年頃で、ちょっとここで家族以外の人と一緒に寝るのは、ね」という意見が出たりします。では、そういうスペースを作ろうかと、「赤ちゃんはどうする?」とかどんどん話が膨らみます。毎年毎年1テーマでいいので、そういうふうにやれば10年経つと、だいぶいい避難所になりそうな気がしませんか?一個一個は小さいことでも、何か足らないことに気づいて改善する。防災訓練って本来そうあるべきで、足らないこととか、今できてないことに気づいてそれを改善するための訓練なんです。
 災害って明日来るかもしれないけど、30年後かもしれない。同じ訓練をやり続けても何にも変らないまま30年経っちゃう。ちょっとづつでも変わっていければ、30年後はかなり改善されてますよね。実際の災害時には、変わらない訓練をやっているよりいい環境になっているはずなんです。

三:最後に、緊急時に茫然!とならないためにどうしたらいいでしょう?

2019.07.09朝日新聞 (アベナオミの#1日1防災)第12回・外出先でお役立ち車載防災セット(承諾番号20-0473)

小:自分はどこまで許容できて、どこから許容できないかを考えて、許容できる範囲の生活ができるような準備をしておくことでしょうね。あんまりひどい環境にならないように。
 私の場合だと、多分被災地から出ますね。引っ越し続きの暮しでしたし、住宅は賃貸なので家を再建する必要はないので住まいのあり方だけ考えればいい。それもあって、身軽にしているところもあります。
 ただコミュニティがしっかりしていてずっとそこで生きていきたいっていう人たちについては、自分だけの話じゃなくて、地域コミュニティーの存続のありかたと合わせて事前にみんなで考えておく必要があるでしょうね。あと被災後には避難所ができます。その避難所も水害とか津波だと自分の住んでいた地域内にはできないかも知れない。そうなると、よその地域にある避難所に行かざるを得ないけど、地域コミュニティーを守ることを意識しておかないと、地域の人がバラバラの避難所に入ってしまってコミュニティーが壊れてしまうこともあります。過去の災害では、自治会単位で入居できるようにしたケースもあるので、事前にそういう話を行政とできるといいですよね。
 あと、避難所生活は、みんなが他人事だとどんどん環境が悪くなるんですよね。住民主体で管理したところは環境が良くなるんですが、みんなが他人事だと、汚しても気にならない。衛生環境も悪くなるし、住空間としても、生活空間としても環境が悪くなるんですよ。だから自分が避難者として避難所にいる場合には有志を募って、環境作りを担うとか、率先して動いた方がいいです。それは何のためかと言ったら、自分がいい状態で暮らしたいから。被災してしまったらなるべく悪い状況に陥らないようにするということと、人の力をうまく使うこと。自分だけで抱えるのは大変ですから。復興まで長いですし、その瞬間はなんとかできるかもしれないですけど、そのあと生活再建に一年二年かかります。災害によってはもっとかかりますので。うまく人の力を使ってやっていくということですね。でも世代もその社会経験もみんな違うから価値観を共有することが非常に難しい。みんなが「こうしなきゃいけない」ってやると、みんなの思いの共通部分しか実現しない。人がいっぱいだったらいっぱいいるほど重なる部分がどんどん小さくなるから、できることは小さくなってしまう。それだったら自分と考えが違うものも認めて、みんなの思いをできるだけ取り入れた方が、可能性も広がるし、みんなハッピーですよね。

2019.11.19朝日新聞 (アベナオミの#1日1防災)第21回・断水時はまな板スルークッキング(承諾番号20-0473)

東日本大震災を経験したイラストレーターで防災士のアベナオミさんが、防災の知恵をイラストで提案。「1日一つ、少しでも防災に役立つことができれば、365日の積み重ねで大きな防災力になる」。そう語るアベさんが、日々続けられる身近な取り組み です。


vol.194 ぎむきょールーム ゲームのやりすぎは病気なの?

手放せない!やめられない‼
子どもの姿に「ゲーム障害」の不安がよぎったら

関 正樹(児童精神科医)×岡崎 勝(小学校教員)

「ゲーム障害」診断の基準は?

岡崎:子どもたちはゲームにかぎらずなんでも流行りものが好きですよね。相談でよくあるのは、不登校やひきこもりになってゲームばっかりやっているということ。
 ボクは「体が健康ならいいんじゃない?」というし、しばらく様子を見ていいと思うことがほとんどです。だけど、「ゲーム依存症」はキャッチーな言葉としてメディアにも流れてきているから煽られる部分はあると思います。
関:ネット依存、ゲーム依存については前からもいわれていましたが、2019年5月、WHO(世界保健機構)が作成する『ICD-11』という国際疾病分類で「ゲーム障害」が正式に認定されましたしね。この「ゲーム障害」、つまりみなさんが「ゲーム依存」と呼ぶものが、診断のガイドラインではどんな状態とされているかまずお話しします。
 「ゲーム障害」は、『ICD-11』で正式に収載されることに決まった診断名です。これは、行動の嗜癖といわれる状態のひとつであり、まず第一にゲームの「コントロール障害」があります。ゲームを始めるタイミングとか、終えるタイミングとか、時間のコントロールができなくなった状態になっている。なお、生活の中心がゲームになっていて、例えば対人関係上のトラブルなどが頻繁に起こってくる。それでもやめようとしない。こういう状態がわりと長い 期間(基準は12ヶ月間)続き、それが社会生活上の障害になる。つまり学校や会社に行けなくなったり、遅刻をしたりしてしまうということです。

「ハマる」というのがどういうことが考えてみると、その対象は周囲に認められやすいものからそうでないものまでいろいろあります。たとえば、大学教授が研究にハマって、それで収入を得て尊敬も得られている。囲碁や将棋にハマる人も賞賛されることがおおいかもしれません。しかし、ゲームにハマると、非常に冷ややかな視線を向けられることが多いかと思います。

専門家に相談する目安は?

岡崎:家族やまわりの大人が、ここまでは見守りましょうとか、ここからは治療が必要だとか、そういう線引きはできるものなのでしょうか。
関:難しい話ですね。家族とゲームのことがまったく話題にできないとかうるさいな、などといって本人が会話することを拒否しているとか、家庭内でひきこもるような状態になっているとしたら、家族が誰かに相談したいというニーズが出てくると思います。
岡崎:本人を精神科に連れていくのは難しい。本人が自覚していれば、助けを請うために専門家にある程度すがるのはひとつの過程としていいことだと思うけど。
関:家族が相談に行ったとしたら、それをオープンにして本人と話したりしてもらえると、そこに相談の意味があるように思います。

診断はみる医者によってちがう?

岡崎:ゲームにハマると、夜更かしになるとか生活のリズムが変わるから良くないと言われます。親の働き方や家庭の習慣もあるから、本人の努力ではどうにもならないこともある。
関:そのあたりは医者の主観によって、だいぶわかれると思います。
岡崎:発達障害でも、ほかの病気でもそうですが、医者によって診断が変わるというのは当然ありますね。
関:『ゲーム障害』に対するスタンスは医者によって違いますし、そのスタンスによって診断も変わってくるのではないか。かり作られて、その結果どういうデータが蓄積されていくかを見ていくことができることだと思います。

生活リズムの乱れが問題になるのは?

岡崎:一般的には学校で寝るのはまずいことだけど、本人にとってはそれが必要だから寝ているわけで、起こすのはまずいよねという意見もある。医学モデルと社会モデルの確執のようなものが教育の中ではすぐに出てしまうから、ボクが「早く起きろよ」というと、他の教員に「画一化していませんか?」みたいにいわれたりする。子どものゲーム依存のようなことは、体の心配もある一方、取り巻きの問題も大きいと思っています。
関:周りの大人がどんなふうに子どものゲームのことを考えているかによって、きりわけ方が変わってしまう。
岡崎:学校には、受験勉強で疲れて寝ている子もいるわけで、勉強だったら称賛される部分もある。すると、今「ゲーム依存」「ゲーム障害」と言われていることは、医学モデルの依存症とは随分距離があるかなと思います。

関:世の中ではゲームがまずいと思っている人の方が多数派だと思いますし、子ども目線でいえばゲームに対して肯定的な大人のほうが少ないと思います。バイオレンスなゲームが性格傾向として暴力的な人をつくるかという研究がクローズアップされたりしますが、最近はそれが否定される研究も出てきています。
岡崎:ゲームで乱暴になるなんてことはないですよ。暴力的になるのは、例えば人間関係がうまくいかないとか、ストレスやいら立ちがあるときで、それは逆にゲームをするとおちついたりもします。
関:そうですね。でも、うまくいかないと逆に怒りも出てきますが(苦笑)。

せき・まさき
1977年生まれ。児童精神科医として岐阜県の医療法人 仁誠会大湫病院児童精神医療センターに勤務。病院での臨床を重ねるかたわら、地域での子育て講座や各地での講演を行う。自身も子どもの頃からゲーム好きで、最近は「スプラクトーゥン2」にハマる。小3女児の父。休日は娘とゲームをすることや音楽活動にハマる。

おかざき・まさる
1952年生まれ。名古屋市公立小学校教員。<お・は>編集人。きょうだい誌<ち・お>編集協力人。「アーレの樹」理事。著書に『センセイは見た!「教育改革」の正体』(青土社)『子どもってワケわからん!』(批評社)他。ゲームは学生時代に「パックマン」にはまり、最近は孫の小2男児とWii Uを楽しむ。

ICD-11「ゲーム障害」の診断ガイドライン(草稿)
1-持続的または再発性のゲーム行動委パターン(インターネッ  トを介するオンラインまたはオフライン)で、以下のすべて  の特徴を示す。
 A:ゲームのコントロール障害(たとえば、開始、頻度、熱中度、  期間、終了、プレイ環境などにおいて)。
 B:他の日常生活の関心ごとや日々の活動よりゲームが先にく  るほどに、ゲームをますます優先。
 C:問題が起きているにもかかわらず、ゲームを継続または   さらにエスカレート(問題とはたとえば、反復する対人関係問題、仕事または学業上の問題、健康問題)。
2-ゲーム行動パターンは、持続的または挿話的かつ反  復的で、ある一定期間続く(たとえば、十二ヶ月)。
3-ゲーム行動パターンは、明らかな苦痛や個人、家族、社会、教育、職業やほかの重要な機能分野において著しい障害をひき起こしている。


vol.194 えんぴつ・カフェ

自分らしく生きる!

人生これから!は定期的にえんぴつカフェを開催しています。ライフデザインノート『ゼロの昇天』をどんどん書き込んでいきます。

2020年3月7日(土)14:00~16:00・4月16日(木)13:30~15:30 

 場所:にらめっこ編集室(各務原市蘇原新栄町3-15) 参加費500円(お茶とお菓子つき)

『ゼロの昇天』とは

「今を生きる」ことにスポットを当てたノート。とは言えいずれ迎える「死」を意識して、家族や周りの人に伝えておきたいことを書き留めておくことを勧めている。高畠純さんの軽快なイラストが心を和ませてくれる。定価700円 (B5版44p2色)

えんぴつ・カフェとは

毎月1回おしゃべりしながらライフデザインノート『ゼロの昇天』を書き込むために集うカフェです。お茶を飲みケーキをつまみながら、持ち寄った課題をみんなで考えます。話題は多岐にわたります。「人生これから!」を基本に、やがて迎えるであろう「そのとき」まで、どう生きるかを念頭に置いて書き込んでいきます。ちっとも筆が進まない、というのが現状ですが、みんなの話を聞いて、回を重ねるごとに、少しづつイメージが湧いてきます。そんなカフェです。

人生のエンディングは誰もが迎えるということはわかっていても、準備をするときを決めかねてしまう・・・
エンディングという言葉に抵抗を感じる人も多いですね。だから、ライフデザインノート「ゼロの昇天」にしました。いま、これから、どう生きるかが大事。だって、人生これから!ですから。(^o^)

主催:NPO「人生これから!」 問い合わせ 090-5638-7044(田辺)090-7854-4561(三上)


vol.194 しょうがいをみつめる vol.5

新生活、新年度に向けて  私の“トリセツ” 作ってみませんか?

 2015年頃から結婚式の余興のネタとして根強く人気のある トリセツ(取扱説明書)。この“トリセツ”が発達障害を周囲の人に理解してもらう手立てとして有効だと、近年広まりを見せています。新しい職場、新しいクラス…と環境の変わるこの時期に“トリセツ”を作ってみませんか?“トリセツ”を活用して、 互いの理解を深め、助け合える社会を自ら創造していきませんか?

“トリセツ”の作り方

1、困りごとは、何ですか?
 まずは、あなたやお子さんの「困り事、助けてほしいところ」に気付くことから始まります。

困りごとの例を挙げるとすれば
・自分から人に話しかけるのが苦手
・急な予定の変更にすぐに対応できない
・じっとしていることが苦手
・うっかりミスが多い、大事な場面でもうっかりミスをする
・視覚、聴覚、嗅覚などの感覚が敏感、または鈍感・・・などがあります。

2、困りごとの対策とお願い

①「自分(家庭)ができる対策」と
②「周囲(職場・学校)にお願いしたいこと」
を書き出してみましょう。
“トリセツ”は、職場や学校に限らず【子育て】の困りごと、【介護する】困りごと、【介護される】困りごとなど、【】の中が変われば家族間で、又はサービスを提供する受ける関係で有効に活用することができます。
 “トリセツ”を一から作るのは難しそうだなと思う方は、こちらから印刷して使える“トリセツ”もあります。参考にしてみてはいかがでしょうか。(my-torisetsu.pdf)

発達障害や自分の特徴を

「~ができない」「~が悪い」「~を頑張れない」
と、自分を責めるのではなく
「~ができないから、…の方法を選択する」
と、嗜好性の違い(好みの違い)だと捉えて、自ら周りに提案してみてはいかがでしょうか?

 周りの人はあなたを責めているわけではなく、あなたの特徴や嗜好性を知らず、どのように接していいのかわからないことが多いと思います。周囲に伝える時には、一方的に「絶対にこうしてほしい!」ではなく、「こんな風に接してほしいのですが、どんな方法があるか一緒に考えてもらえませんか」というように、相手にも同じ足並みで考えてもらえるように伝えてみると、周囲も受け入れやすいと思います。
また実際にやってみてうまく行かない時には、他の方法に「変えていく」ことも事前に伝えておくと、信頼関係を築きやすいと思います。わたしの生きやすい社会は、他の誰かにとっても、生きやすい社会になります。
 2020年度は、わたしの“トリセツ”作りをきっかけに、『わたし』を発信してみませんか?


vol.194  niramekko Gallery「さかな」「御朱印」

みるみるうちに身長が175センチに。体重はさて何キロあるだろう。聖くんはその体に見合わない優しい声で、話しかけてきます。小さな子とあそぶ時もとても穏やか。そんな聖くんは小学生の時から御朱印にはまってます。筆を持つとスラスラと書き始め、その達筆ぶりが伺えます。かと思うと、テーマが水族館の時には、見事に魚が泳ぐ。聖くんの筆さばきは見事です。そして、いつも目を惹く作品になります。クラスで「今回のテーマはこれ!」と投げかけますが、聖くんは何を描くだろうと、とても気になる存在です。

 なんか疲れたなぁ、と思ったときは思い切って日常から離れてみませんか?私たちの暮らしは意味や役割があるものに囲まれています。そうすると、意味のないものに耐えられなくなるかもしれません。アートに触れるときは、意味を求めないで、心の働きを感知する力を取り戻しましょう。共感したり感動したりすることで、心の働きが活発になっていきます。たまには、美術館やギャラリーでアートな作品を鑑賞してみませんか?気持ちが落ち着いたり、リフレッシュしたり、時にはワクワクしたり…まだ自分が体験した事のない領域の喜びを体や心で感じることができるかもしれません。

風の芸術村 会員・随時募集中です。
詳しくは下記へお問い合わせください。


vol.194 人生これから!シンポジウム

基調講演:上鵜瀬 孝志氏(セカンドライフアドバイザー)

人生は10万時間の三段重ね

小学校、中学校、高校 (24時間×365日×12年間=10万時間余)時代は「親に育てられた時代」。定年まで働く時間(1日10間勤務×年間250日×40年間=10万時間)は「社会に育てられた時代」。そして定年後から平均寿命80歳までの自由な時間(1日14時間30分×365日×20年間)これからは「自分で自分を育てる時代」です。

「人生これから」をより豊かに生きるために

1.「競い争う」から「協力して奏でる」こころへ
 定年までは競争と支配、比較が原動力だったが、それま での競争意識のままでは、孤立への道に進んでしまう。 孤立しないためにも価値観の転換をして「協奏」のここ ろを大切にしたい。
2.やりたかったこと、やっていたことがパワーに! 
 趣味でリセット。かつてやっていた趣味の再開やい ろんなことにチャレンジしてみよう。

3.貢献は、人のためならず
 始める動機は地域社会への貢献や社会の役に立ちた いでも、自治会、ボランティア、NPO活動…など活 動しているうちに、「やって良かった」「友達ができた」 という人は多い。まさに、貢献活動は人のためならず。

くう・いる・あそぶ

くう=料理が変える定年後。食べたい物を自分でつくる。妻の介護に備える、ひとり暮らしになっても困らない。料理は自立への大きなステップ。
いる=居場所さえあれば何とか充実。心理的側面からの居場所
あそぶ=友だちは“値”年金。充実人生に、友だちは大切。話しあえる人が多いと気持ちが落ち込む可能性は低い

“値”年金の増大に 友達つくりは3つの関係で…

  1. 年齢やかつての肩書きを意識せず付き合える関係 
  2. 利害を超えた付き合いができる関係 
  3. 年下の人たちとの関係  
    大切なのは何をしてきたかではなく、何をやりたいか。

さびない友達のメンテナンスを
1.相手に関心を持ち過ぎない 2.誘って断られても、気にしない 3.優劣、序列をつくらない
4.お金の貸し借りはしない、すべて割り勘 5.メールよりも「会って話そう」の精神で。
夫婦間に異なる意見や考え方があるのは当然。違う意見を認め受け入れる、それが「聴く」ということ。そうすると相手の人格を傷つけない。「聴く」こそ、コミュニケーションの基本。“聴く耳ニケーション”で信頼を。

 人生これから!のシンポジウムでは4人のパネラーが登壇。それぞれ「どんな転機を迎えたか」、そして今後「どう生きていくのか」を語っていただきました。定年を仕事の区切りだけにとどめず、人生の転機と捉えた時とし、4人からは「自分が病気になった時」「家族のありようが大きく変わった時」「転職した時」などいろいろでした。

参加者のアンケートより。

<基調講演>
・ 主人が定年後のライフが想像できて少しゾッとした。今か ら少しずつ今日のことを伝えていきたいと思った。(40代)
・ ジェンダーからくる定年後の生き方の転換がとてもわか りやすくてよかったです。競争→協奏 すてきです。(50代)
・ 「協奏」という言葉に心が惹かれました。(60代)
・ 友達関係で誘い、誘われても断れる関係になれるように なりたい。(60代)
・ すべて納得。夫と来て良かったです。(60代)
・ 今まで散見的に聞いたりした事が整理できて良かった。 これからはどう実践出来るかだ。(70代)

<シンポジウム>
・ 人それぞれの生き方を、腹を割って紹介していただきあ りがとうございました。皆様とても力強く精一杯生きて みえ、人生設計を考える上でとても参考になりました。(50代・まもなく還暦)
・ 大先輩の方々の生き様を生の声として聞くことができ、これからの生き方を考えるキッカケに」なった。(50代)
・ どう生きるか、ですね。その人の人生の話しは学びが大きいですね。(50代)
・ パネリストの方々のそれぞれの身の過ごし方が聞けて良かった。健康も自分の思うようにならないので、心の持ち方が1番大切かと思いました(60代)

<今後どのように人生を送りたいですか?>
・ 改めてしっかりした生活を送りたいです。自分を育てるという言葉に感銘を受けました。(70代)
・ 60歳から何をしたいか、何ができるかをさがしてみたい。健康とお金、友人を大切にしていく。(50代)
・ 感謝の心を大切に。(70代)
・ 夫の話しに耳をかす事を心がけようと思います。自分も自分らしく生きようと思います。(70代)
・ ねたきりにならない様運動、健康、食事、畑仕事、夫と感謝しあえるように。(70代)
・ 生涯独身の人、家族を失くし独りの人、いろんな方がいらっしゃいます。他人と比較せず前向きにサークル活動や運動に参加したいと思います。孤独だと感じないことが大切だと思いました。(60代)
・ 四つ葉のクローバーを大切に心にとめて生きたい。コミュニケーション大切に、人とのつながりを大切にしていきたい。夫と聴く耳にケーションする。(50代)
・ 人生四苦八苦であり、死も自覚しなくてはいけないと思う。自覚した上で死までの時間を、人生の目的を考えながら過ごしていきたいと思います。(50代まもなく還暦)
・ 静かにのんびりと小動物と余生を送りたい。人生振り返ると何もくいなく思い通りの人生で、自分では仕合せな人生で何も思い残す事はありません。(80代)
・ 自分ファーストの生活を送りたいと思いながら、母、子ども、孫、夫を優先させる生活が続いています。少しずつ実行したい。(60代)
・ 自分の人生は自分のコントロール下にあるけれど、自分だけでは生きていけない。家族、友人の存在、関わる人たちに対してどんなことに影響を与えることがで きるかがテーマだと思います。(60代)

えんぴつカフェスペシャル  参加者全員に進呈!(郵送)

・薬膳料理のレシピ・ゆる体操のメニュー・歌うは脳活!・定年後の10万時間をどう過ごす?etc …など「えんぴつカフェ・スペシャル」をまとめた暮らしのヒント集。スペシャル企画に参加していないけど、「NOTE欲しい!」という方はプレゼントコーナーを参照してね!


vol.194 熱中人 森のようちえん こどもの庭 園田 智子さん

“すべてのものがある森”の中で、
 一緒に育ちあう喜びをわかちあおう!

一般社団法人 こどもの庭 代表理事 園田 智子さん

 子どもたちは森でいろんなものを遊びへとつなげていく。石や木の枝を拾い集めてコレクションにしたり、四角い石でスマホごっこをしたり、木に登り虫を捕まえる…。大好きな冬いちごの実を見つけた時には「あった〜!」と叫び、少ししかないその赤い実を宝物のようにしてみんなで分け合って食べる。寒い冬、日なたや友だちとつないだ手の温かさに「あったかいねぇ!」と喜び、夏には木陰や吹く風に「涼しい〜!」と思わず声をあげる。小さなことにも喜びを見つける。
 「子どもたちを見ていると。何もないところから遊びを作りだすたくましさ、日常のささやかな事にも喜びを感じられる豊かな感性を持っているなあと感じます。そういう力がこれからの時代、幸せに生きて行くための力になる、森ではそういう力が培っていけるんじゃないかなって思います」と代表の園田さんは語る。
 園田さんが初めて「森のようちえん」の存在を知ったのは美濃市の「森のようちえん だんごむし」のパンフレットを手にしたとき。その後にらめっこ156号の記事で多治見市にも森のようちえん(森のわらべ)があると知り、そこでお散歩会に体験参加。その時見た娘の姿が印象的だった。
 「娘がまるでスイッチが入ったように、すごく活き活きし始めて。森の中で折り重なった落ち葉で滑り台して遊んでいる姿を見て、彼女の中の何かがパッと開いた感じがしたんです。もう“私の子育てこれだ!”って思いました。」(笑)
 とはいえ、自宅のある八百津から多治見や美濃市は毎日通うには距離がある。じゃあ自分でやってみようと、2015年、長女が年少になるタイミングで「森のようちえん 自然育児 こどもの庭」を立ち上げた。基本方針は、「答えは子どもの中にある」、「子どもと大人は人として対等である」というもの。最初の園児は長女ひとり。だがその後口コミなどで少しずつ広がり、今では17人の子どもたちが「こどもの庭」の園児として過ごす。
 「こどもの庭では、毎日朝の会、帰りの会でみんなが集まリます。ここで大事なことを伝えるからちゃんと聞いてね。ということを徹底しています。また子どもが自分の身を守れるようにと、大人がルールを設けることもあります」。
 大事なことというのは森で安全に過ごすためのルール。まずは大人が見えるところで遊ぶというのは鉄則。ハチ、マムシに出会った時の対処法。草むらに入るのは大人が確認してから。服装は必ず長袖長ズボン、靴下と靴をはいて、首にはバンダナ、など。ポイズンリムーバーも、自分たちで使えるように教えている。夏の熱中症対策など、園舎がないだけにとにかく子どもたちの安全には細心の注意が必要となる。
 屋外だけでなく、フィールド内にある建物で、にじみ絵や羊毛を使った手仕事などをして過ごす日も。年長さんに教わりながら自分の縄跳びの縄を編むのは年中さん。今、年長さんは小学校の準備のために、自分でベンガラ染めをした布で手提げバックを手縫い中。そして、3学期にはナイフを贈呈式でもらう。鉛筆を削ったり森の中の枝で箸を作ったり。「縫い物もナイフも、今年はまだ早いかな?とか、その年の子どもたちの様子を見て時期を決めます」子どもとしっかり向き合っているからこその判断だ。高くまで木に登り、縫い物をし、ナイフを使う年長の姿は、年下の子にとって憧れ。年上の子の姿を見て、ああなりたい!と大きくなって行くことへの希望や夢がそこにある。また、虫嫌いだったお母さんが、子どもが捕まえたカナヘビのエサにと、夢中で虫を捕まえるということは珍しくない。お母さんも知らず知らずにたくましくなっていく。子どもに求めるだけでなく、大人も楽しみながらいろんな世界が見られる、森にはそんな力があるようだ。
 「将来的には、園舎というかお家を持ちたいです。里山保育というか、お年寄りや地域の方とも交流して、手仕事や農作業を一緒にやったり。まわりには自然や畑があって、お母さんも畑仕事をしたりしながら子どもを育てるというような、昔農村でやっていた子育てみたいなものがやれたらいいなって。自然と子育てと暮らし、というものが一体になっているような、そんな場所をめざしたいです」園田さんの想いは広がる。 (加茂郡八百津町在住)

森のようちえん 自然育児 こどもの庭

 「こどもの庭」のフィールドは4つ。可児市(久々利・西可児)、美濃加茂市、御嵩町のうちのいずれかがその日のフィールドで、子どもたちと当番のお母さんたちとスタッフが一緒に森で過ごす。

ようちえん(3~6歳)週4日…定員20名ほどの少人数異年齢保育
親子の会(0~3歳)週1回…小さなお子さんとそのお母さんのための活動
E-mail yao2koniwa@gmail.com


vol.194 夢か悪夢かリニアが通る!vol.23

危機の南アを守れ

リニア中央新幹線南アルプストンネルを巡る情勢が「風雲急」を告げています。トンネル掘削による大井川の減水問題についてJR東海の説明が二転三転し、静岡県との議論がこう着状態となっていましたが、「仲介役」を買って出た国土交通省が今年に入って、新たな有識者会議を設置することを提案。環境省や農林水産省も参加した議論を求めていた静岡県も「会議は全面公開で行う」「水問題に関わる各省庁の専門家や県推薦の有識者が参加、地元住民の代表も立ち会う」など5条件を示して同意しました。3兆円もの財政投融資をJRに貸し付けるための法律改正を行い二人三脚でリニアを推進してきた国交省にはたして、「中立」を期待できるのでしょうか。これからもしっかり監視していく必要があります。                              井澤宏明・ジャーナリスト

大井川左岸の「赤崩」。断層破砕帯にたまった水が湧き出ている。トンネル掘削で破砕帯にぶつかると、水が噴出し、上流の沢が枯れる恐れがあるという(2019年6月13日撮影)

240万トンの水をどうする?

 「南アルプスにリニアはいらない」と題したシンポジウムが1月19日、神奈川県川崎市で開かれました。リニア建設によって危機的な状況に置かれている南アルプスについて考えようと、市民団体「リニア新幹線沿線住民ネットワーク」などが主催し、200人余りが参加しました。

川勝平太・静岡県知事らに「赤崩」について説明する塩坂さん

 「山場なんですよ、リニアの問題は」と話を切り出したのは、静岡県の有識者会議の委員としてJRと対峙してきた地質の専門家、塩坂邦雄さんです。
 南アルプスと30年以上付き合ってきたという塩坂さん。「大井川の水が毎秒2~3トン減ると言ってますけど、これは工事が終わってリニアが走れる状況になったとき、トンネルの周辺からチョロチョロ出てくる水。イメージとしては、華厳の滝の渇水期の水量で、それと同じ量をポンプで戻そうとしている」と解説。
 「それよりもっと重要なのは、トンネルが(断層)破砕帯を突き抜けると、240万トンの水が出てしまうとJRは言っているが、この大量の水をどうするんだ、という答えが出ていないこと」と問題点を指摘しました。「抜ける水は(240万トンの)ほぼ10倍だと思っている」とも。

川崎市で開かれたシンポジウム「南アルプスにリニアはいらない」

 トンネルに湧き出た水を沢に戻す悪影響にも言及しました。「トンネルの地下水温は年間ほとんど同じ15、6度。これを生態系のために戻すというが、水温が0度とか2度の沢に戻したら生態系を破壊するだけです」
 さらに、JR東海道本線の丹那トンネル掘削中に発生した北伊豆地震(1930年)でトンネル内に3メートル近い横ずれが発生したことや、台湾地震(1999年)で断層がずれ河川に滝が発生した事例を挙げ、断層を貫く南アルプストンネルの致命的な欠陥も指摘しました。「トンネルがずれたら、時速500キロのリニアに止められる余地はありません」

最後のスイッチを押してしまう

  日本自然保護協会で環境保護室長を務めた辻村千尋さんは、国立公園に指定されている南アルプスに、どうして巨大トンネルを掘ることができるのかという疑問に、「南アルプス国立公園の中には、リニアに関する設備が(計画されてい)ないからです」と答えました。
 辻村さんによると、南アルプス国立公園は山の稜線部しか指定されていません。そこで、重要な環境が残っている大井川源流部まで国立公園の範囲を拡充すべきだという結論が、リニア計画が決まった直後に出されました。「環境省が負けたんです。リニア計画の方が先に進んでしまったので、環境省は国立公園の指定を拡充することができなかった」
 南アルプスの高山植物のお花畑を取り巻く状況にも触れ、「シカの食害や地球温暖化で雪の降り方も変わって、お花畑は相当痛い目に遭っている。今回のトンネル工事で地下水全体の流れが変わり、最後のスイッチを押してしまう可能性がある」と危機感をあらわにしました。
 南アルプスが登録されているユネスコのエコパークには、定期的な報告が義務づけられています。辻村さんは「リニアのトンネルができて、(大井川源流部の)二軒小屋あたりまで道路が整備されて観光バスが行くようになったら、エコパークの指定が相当、黄色信号になるのではないか。予防的観点に立って見れば、リニア計画は止めるしかない」と訴えました。


vol.194 ボーダーレス社会をめざして vol.53

NPO法人オープンハウスCAN 理事長 伊藤佐代子

限りない成長

 お正月、自閉症の息子が私に、お抹茶を点ててくれました。先日は、「一緒にお菓子を食べましょう」と誘ってくれました。
 小さい頃の息子を知っている人は、びっくりだと思います。幼稚園の頃は、じっとしていられなくて、園外に出て行ってしまったことがありました。また、小学1年生の時は、多動で出来ないことが多いため、「お母さんも授業に付いてください」「どうして普通学級に在籍するのですか」と先生に言われた子どもが大人になり、自分の母親にお抹茶を点ててくれたのです。今でも自閉症の特徴はしっかりありますが、上手に付き合ってくれば、自分のため、家族のために行動できるようになるのです。
 特別支援学校高等部を卒業したばかりの頃は、仕事帰りにケーキ1個、お団子1本を自分のためだけに買ってきていました。「あっちゃん、Mちゃんにもケーキ買ってきてほしいな。」と繰り返し言い続けました。 また、カッターシャツをズボンの中にインするのが自閉症の人の定番スタイルですが、電車で会社に通い始め、乗っている人がシャツをインせずボタンもかけず着ている姿を見て、真似した事がありました。その時、「電車の中の人はこうして着ている」と言いました。周りを見ることができるようになったのです。
 また、電話は全く掛けられなかったのですが、今では一方的な電話とメールはOKです。携帯電話が普及し、うまく話せなくても文字で自分の意思を伝えられるようになりました。皆さんは、当たり前に携帯電話を使われていると思いますが、障がいのある人にとっては、素晴らしいツールなんです。視覚が強いため、電話で話すよりメールの文字で伝えることの方が得意で、お陰でかなり意思疎通ができるようになりました。一度だけ「ありがとう」というメールが来たことがあります。会社に持っていったお弁当のお礼です。おにぎりと色どりの良いお弁当を作った時のことです。おいしかったのか、きれいだったのかは定かではないのですが・・・。「お~~!!こんなことがあるのね。」とびっくり。20年程お弁当を作ってきて、ただの一度だけですが、記念のメールとして保存してあります。娘にはいつも「お弁当おいしかった。ありがとう!」って言われていましたから普通の人であれば、そんなこと当たり前のことですが、当たり前ではなく感謝の言葉をメールで送ることができるって本当に凄いことなんです。
 以前「限りある成長?」というタイトルで原稿を書いて12年経ちましたが、遅々たる成長をまだ続けています。今日も「温泉に行ってきました。楽しかったです」というメールが届きました。


vol.194 半農半X vol.35

ニュービギニングス 新しいはじまり

 綾部にUターンして今年で21年。京都市内から家族で引っ越ししたのは99年1月末のことでした。美しい雪化粧の27号線をいまも覚えています。綾部での生活が始まったある日、新聞で南アフリカの黒人が初めて生産したワインが販売されると知り、すぐ購入しました。アパルトヘイト(人種隔離)政策により、黒人はワインをつくることが許されなかったというのです。南アフリカ史上初の黒人生産ワインは「ニュービギニングス(新しいはじまり)」という美しい名前がつけられました。
 平成の御代から、令和の時代へ。不安もありますが、新しいはじまりもきっとあるはず。綾部ではいままであった店が閉まったり、イベントがなくなったり、始まるものより、終わるもののほうが多いのではないかと心配になりますが、それでも綾部の地から「ニュービギニングス~新しいはじまり」をたくさん生んでいくことにこだわっていきたいと思います。大変なこともいっぱいありますが、小さくてもいいので何かを新しいはじまりを創っていきましょう。

米粉麺が我が家に

 6次産業やマルシェ開催などを通じて、「農のあるくらし」を提案している大阪の山内美陽子さん(谷町空庭代表)を招き、講演会を開催しました。山内さんは「米粉」の普及活動もされていて、お米を送れば米粉麺にしてくれる工房がありますよと教えてくださいました。お米をなんとか活かせたらと思っていたので、早速、我が家のお米を米粉麺に。50キロの白米を送ったら、100グラム入りの米粉麺が約700パック完成し、我が家に届きました。1分半~2分であっという間に茹でることが可能です。
 帰天された作家・田辺聖子さんの言葉をふと思い出しました。以前、田辺さんがお母さんから教わったという「人はな、生まれ在所から三里以内にでけたもんを食べてたら、体によろしいねん」という言葉です。米の年間消費量も日本人1人あたり60キロ弱と、先の東京オリンピックのころと比べると半減中。米粉麺って、なかなかおもしろい存在かも。そんなことを感じている今日このごろです。

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塩見直紀(しおみなおき)半農半X研究所代表
1965年、京都府綾部市生まれ。20年前から「半農半X(エックス=天職)」コンセプトを提唱。半農半X本は翻訳されて、台湾、中国、韓国にもひろがる。著書に『半農半Xという生き方 実践編』など。

※半農半Xとは・・・半農は環境問題、半Xは天職問題(どう生きるか)を背景と する。持続可能な農のある小さな暮らしをベースに、天与の才を社会に活かす生き方、暮らし方。ex.半農半漁、半農半大工、半農半看護師、半農半カフェ、 半農半絵描き、半農半歌手、半農半鍼灸師、半農半カメラマンなどなど。


vol.194 未来に続く暮しの学びPrt-35

自然の魔法

 まだ、ところどころ山火事が続くオーストラリア。 私たちの住むエリア「バイロンベイ」には数週間前にやっと雨が届いてくれて、付近の火事も収まりました。滝が流れ、川が流れ、気も流れ始めレインフォレスト復活という感じです。それとともに、夏らしい蒸し暑さが戻ってきました。亜熱帯気候特有の、昼間は太陽のエネルギーが強く、湿気もあり、暑い。でも夕方になると夕立が訪れて、すべてを落ち着かせてくれます。
 雨が降って、気持ち的にやっと落ち着いたというか、まず生活の面で水の心配をしなくてもよくなったことにほっとしました。畑の水やりも心配なくできることにも感謝です。草も樹も、もちろん雑草も大喜びで、すくすく伸び放題。でも、それが自然な反応なのだなと思いじっくりと観察しています。

 動物たちもほっとしているところだと思います。雨が降りいつもの自然が戻ってくることで、彼らの動きも活発になってきています。コアラ、イグアナ、ウォーターリザード、鳥たちが私たちのエリアにも現れるようになり、共存共有の生活をより意識するようになりました。

 この土地とともに暮らすことで気づくことはたくさんあります。まず自然の変化やエネルギーに敏感になり、たまに魔法みたいな体験をさせてもらったり・・・・私たちも、人が本来持っている自然の部分を開けば開くほど、自分自身とつながり、人と人が調和し、あらゆるものを共有しやすくなるんだろうな、なんて思ったりします。
 学びの多いこの2か月間。様々な変化を受け止めながら、その変化に対応できるよう心がけてきました。日々、自然というおおきな存在のなかで暮らしていられることに感謝し、自然のサイクルをからだ全体で感じながら生活をしていこうと思うこの頃です。


vol.194 菌ちゃん野菜応援団 vol.15

 シンポジウムから大きく動き出した方々のお話をよく聞くようになりました。
 「畑に草を入れてみたよ」「生ごみを捨てるのがもったいないと思うようになったよ」「土作りしたいけど何からしたら良い?」
 そんな話を聞くたびにシンポジウムをやってよかったなぁとじんわり嬉しくなります。

 春に備えて土作りを考えていらっしゃる方はぜひ手始めに枯れた草を手にいれてください。プランター、もしくは畑に草をこれでもか、というくらいた〜〜っぷり敷き詰め、軽く水をかけたら上に土を少しかぶせます。畑の時は畝の上にやると後が楽です。使ってない炭が家にあればそれを混ぜると、さらに良し。あとは水がかからないようにシートをかけておけばOK。水はけが悪い畑の時は回りに溝をほって雨水がたまらないようにしてください。

 雨にあてないのがポイント。草にはもともと糸状菌というキノコ菌がついてます。それが春に向けてゆっくり活動を始め、草を分解していきます。そのときに雨にあたると菌ちゃんは死んじゃうんですよね。なので、必ずシートはしてくださいね。

寒い時期は動きがないけど大丈夫。春になったら草が残ってても野菜の植え付けが出来ますよ!要らないと思っていた草が極上の土を作って、野菜を育ててくれるなんてほんとかしら!!ぜひやってみてくださいね‼

 写真は無煙炭化器で炭をつくっているところ。子どもたちも一緒になってわいわいやってます。これはあとからた〜っぷり土にすき混んで菌ちゃんのマンションになってもらう予定です!!たのしみ〜〜〜〜〜。

 今年も菌ちゃん野菜応援団をよろしくお願いいたします。


vol.194 ここいく日記 はじめの11歩!

お母さんパワーが学校を変える!

 『ここいく』は、今年で10年目を迎えます。
 市内に住む私達が10年も活動しているのだから、市内の幼少中学校へ浸透していてもいいはずなのに実際には思うように実現できていません。
 しかし大垣市では2015年に市PTA連合会の研修会で「いのちの授業」発表依頼があり、それをきっかけに役員さん方が「是非、我が子の通う学校で授業を受けさせたい。」と学校へ働きかけて下さり何校かの小中学校での授業実施へ繋がりました。
そして、毎年の恒例行事として呼んでくださる学校につながっています。お母さんパワ-はすごい!!役員さんパワ-は大きい!!私自身もそのパワ-を活用したいと思いました。
 長男の子育て時代、いのちの授業の主催者側として小中学校へ勧めたけれどもハ-ドルが高く、望みは叶いませんでした。ですから長男は残念ながら私のワンツ-マン・プチ授業(‘_’)しかし、第2子の長女の頃には私にも人脈ができ、主催者である私からではなく他のお母さんや役員さんが学校へ掛け合ってくれました。ある時には友人5.6人が学校行事の際に校庭で校長先生を囲んでいのちの授業の必要性を訴えてくれました。そのお陰で娘は小中学校で授業を受けることができました。そして、ついに私も高校のPTA役員となり校長先生や担当の先生に掛け合い、各務原市内の娘の通う高校での開催に至った。まさしく、役員パワ-!!ばんざ-い!! 御理解くださった先生方に感謝。高校1年生239人を対象に体育館で授業を行うことができました。

 事前に16問の避妊認知度実力テストをしてもらい、テスト結果は当日の授業でクラスごとのランキング発表をして盛り上がりました。ワ-スト問題は写真の5問。答えは全てNO! 不確かな知識でこれまで学んでこなかったことがよくわかる結果です。
 性感染症の体験ワ-クでは、たった一人の感染者からセックスでどう広がっていくかを体験。20人中7人に感染しました。この実験は生徒からも反応がたくさんありました。授業後に届いた感想を読んでいると泣けてきました(T_T) 一部ご紹介します。

・講話のなかに「無知は罪」とあったけれど無知ほど怖いことはないと本当に思いました。
・嫌なことがあって死んでしまいたいと思ったことがあると思 いました。でもそれは命をかけて産んでくれた母にとても酷 いことを思っていたんだなと知りました。
・私は特にLGBTのことについて触れてくださったことがとても嬉しかったです。私自身LGBTのうちの1つをもっていて、それを理由にハブられたりということが昔ありました。その時から、1人1人それぞれが違っていいということを多くの人に知って欲しいと思っていました。なので今回、多くの人に教えていただけて本当によかったです。
・嫌だったら嫌と言えるようにすること、ちゃんと自分のことを大切にしてくれる相手、人任せにしないということを大切 にしていきたいと思った。

 オランダでは障害児を対象とする特別支援学校を含み、すべての初等教育(4~12歳)・中等教育(12~15歳)に性教育が義務化されていて学ぶ環境が整えられています。一方、日本は性産業先進国だけれど性教育に関しては最後進国。でも、できることはたくさんあります。学校を変えるのはお母さん達一人ひとりのパワ-です。パワ-を繋いでいけば国をも変える!!
もうすぐ、年度替わり。役員決めは終わりましたか?まずは一歩踏み出して役員に立候補!そして、子ども達へいのちの授業を一緒に届けましょう。ご依頼お待ちしております(^^♪

担当:ここいくメンバー・大塚道でした。
ここいく☎090-3446-8061(中村)


vol.194 「見たまま・感じたまま」from韓国 

 韓国に来て約半年が経ち、2月末でこの留学も終えることとなりました。今韓国のニュースは、新型コロナウィルスのことばかりで、日本に関する事はほとんど見られません。

 僕がこの留学を通して、一番伝えたいのは、僕が日本のニュースで見てきた韓国は、韓国で起きた一部分であり、それが全てではなかったという事。一部の切り抜いた情報だけで、韓国に対して悪いイメージを持つ人が日本には多いのでは、と感じました。
 日本では「韓国は反日教育をしている」と今でも言い続ける人がいますが、僕は逆に日本の方が反韓教育をしているんではないかと思ってしまいます。韓国の歴史を学ぶ上で、当時の日本に対して悪いイメージを持つのもわかります。教える先生にもよると思いますが、韓国で周りの人に聞いてみても、「反日教育?なにそれ?」と言う人がほとんどでした。僕の周りの韓国の人を見てみると、日本にワーキングホリデーに行く若者も沢山いるし、旅行に行くという人も沢山います。韓国に来て半年、そんな人たちの中で暮らしているからでしょうか、僕自身が“反日”と感じた事は今までありませんでした。
 一方、デモなどは減ったそうですが、日本製品の不買運動はまだ続いてるそうです。そういった活動をする人の中には、日本の事が嫌いだからという人もいるのでしょうが、ほとんどが、韓国と仲良くできない安倍首相に対する反対の運動だと聞きました。

会いに来てくれた姉と街を散策

 僕はこの留学でたくさんの国の方と出会いました。中国、台湾、ベトナム、モンゴル、マレーシア、ロシア…。どの国の人も本当にいい人で出会えてよかったと心から思っています。日本人だけが優しくて親切というわけでもない。韓国も日本も他のどの国の人も素晴らしいし、自分の国に誇りをもっている。世界中のみんなが、尊重しあえるといいなと思いました。

平和について語り合いたいと、各務原市の中学生でつくったPeace of peace。主要メンバーの古川司さんは、2019年秋から韓国へ語学留学した。日韓関係が危ぶまれている状況の中で彼の「見たまま・感じたままリポート」を韓国からお届けします。

韓国は朝鮮半島の南半分に位置する東アジアの国で、非常に厳しい軍事境界線が北朝鮮との間にあります。韓国はまた、桜の木や数百年前に建てられた仏教寺院が点在する緑に覆われた丘陵地帯や、海辺の漁村、亜熱帯の島、首都ソウルのようなハイテク都市でも知られています。


vol.194 プレゼントコーナー

1- あなたは環境のために何をしますか?してますか? まずは自分でできることから!具体的に教えてね。
2- 気になるにらめっこ紙面での広告
3- 気に入った記事、気に入らない記事の
 タイトル1つ・その理由もお書きください。
4- ご希望のプレゼント名
(第1希望・第2希望)
 ※Cは編集室まで受け取りに来られる方。
5- 本紙をどこで入手されましたか?
6- 氏名、年齢、住所、郵便番号、電話番号、家族構成

プレゼントご希望の方は

ハガキまたはe-mailで、上記のアンケートを
1〜6までご記入の上、編集部・プレゼント係りまでお送りください。
〆切:3月25日(Bは3月15日) 当日消印有効。

宛先
〒504-0855 各務原市蘇原新栄町3-15
e-mail: info@niramekko.com
※お寄せいただいた個人情報は、本紙プレゼントの発送に限り、 使用させていただきます。
※当選の発表は発送をもって代えさせていただきます

A.CINEX映画招待券

シネックス様より…ペア3組様

主人公と一緒に泣いたり笑ったり。感情を素直に出して映画館を出る時にはすっかりリフレッシュ!そんなひとときをどうぞ!写真は映画「グッドバイ」より。岐阜柳ヶ瀬のCINEXにてご利用いただけます。

B.JAZZE!ご招待

アートギャラリー是様より…2名様

奇数月に行なわれる大人のためのライブ。森永 理美(p)・大森ひろ(ds)・出宮 寛之(b)のトリオが奏でる世界にご招待!  飲食の料金はご負担ください。

C.春日のほうじ茶

ちゃぼぼ園様より…3名様

760年の歴史を持つ春日のお茶。大地に呼応し、自然の恵みだけでゆっくり育ちます。深く澄み切った味を心ゆくまで味わってね。にらめっこ編集室でお受け取りください。

D.人生これから!NOTE

人生これから!様より…5名様

「人生これから!」が今年度の活動を通して得た“いきいき暮らすヒント”を凝縮した1冊。食(薬膳)・運動(ゆる体操)・脳活(歌)・これからの生き方について、など。ぜひ活用してね!


vol.194 始動・にらめっこ!

 甘夏と八朔の移植は1月中旬に行い「ここで生きてね!」と祈るような気持ちで作業を見守りました。各部屋はまだ整備不十分ですが、風の芸術村の個別教室もできるようになり、ちょっと嬉しい。あとは、障子を張り替える作業が…真っ白な障子になったら、雰囲気はぐっとよくなること間違いなし!
 そこで、「障子張り替えワークショップ」を行いたいと思いま〜す!障子張りの得意な方、または一度体験したい方、集合しませんか?わいわいおしゃべりしながら。お茶とお菓子を用意してお待ちしています。

3月10日(火)11日(水)10時から。
(雨天順延)お時間のある方はぜひ!

新住所:各務原市蘇原新栄町3丁目15番地


vol.193 動物のいのち 私たちのいのち

「いのち」の背景を考える

    写真家・映画監督 大西 暢夫さんに聞く

『ぶたにく』 著:大西 暢夫  
お米や野菜は、どうやって育つかを知っている。でも、ぶた肉がどうやって食卓へあがるのかは知らない!鹿児島市にある知的障害施設が舞台。そこでは障害をもつ方たちが、とても大切にぶたを育てている。ぶたの餌は小学校の残飯。私たち人間が残したものをぶたは食べ、10か月で出荷され、ぶた肉となる。その繰り返しで、我々は生きている…「いのち」「食」を学ぶドキュメンタリー写真絵本。          A4変形版 幻冬舎

動物のいのちを考える

ー『ぶたにく』。ずいぶんストレートなタイトルですね。

 はい、直球ですね。かわいい黒豚が表紙で裏表紙がソーセージ。さらにこの本には屠殺場も出てきます。最初かわいい豚さんで始まるのに、最後の方に枝肉がダーって吊るされているシーン。すると子どもたちは大興奮するんですけど、親はそれを見せるかどうかっていうので賛否両論が結構ありました。そして、次の展開ではついこの間産んだばかりのお母さんブタが、またタネをつけられ、また子豚が生まれるっていう話で終わリます。
 実はそこまでの過程がとても大事なのだと思っています。僕は今まで豚と出会うことがなかった。牛は牧場で見かけるけど豚は豚舎。だけど豚って可愛いし、結構アイドルでいいキャラしているし。でも、豚って何者?って思うくらい全然知らなかった。

 僕たちはどれくらい成長した豚を食べているか知らないですよね。みんな子豚なんですよ。8ヶ月とか10ヶ月の子豚。柔らかくて美味しいからって。それを知った時は結構ショックでしたね。

 養豚場にはいろんなルールがあるんですね。いつごろ、何匹生まれるとか、体温が37度、お乳の数と生まれてくる数はほぼ一緒でだいたい満月の頃に生まれる、全国で毎日6万頭潰して、さらに毎日7万頭輸入しています。売り切れがなくどこでも売ってる・・・そういう数字をベースに本を作ったんですね。
 全て人間の都合で命を操作している。そういう背景を知って愕然としました。取材先である鹿児島のゆうかり学園という社会福祉法人は、豚に残飯を食べさせて10ヶ月で出荷しています。
 残飯は老人ホームや小学校、コンビニからパン屋さんを回ります。するとポリタンクが10箱くらいになる。で、その残飯には、豚肉やソーセージとかが入っている。ブタが豚を食べる・・・命を育てているのか、食べ物を育てているのか、わからないサイクルがあって、僕たちは、一体何を作っているんだろって、頭がこんがらがっちゃて。

 毎年、池田町の八幡小学校で講演をするのですが、「ぶた、見たことある?」って聞くと、見たことがない子が多いんです。「豚肉は美味しいけどお腹いっぱいだからポイッと捨てたけど、その豚肉が豚の餌となってまた肉になって給食のおかずとなって戻ってきているってどう思う?」と投げかけてもいます。

ー豚をペットにしている人もいます。ぶたはきれい好きだそうですね。

 においは動物ですから多少は漂いますが結構可愛いですから豚をペットにする人もいるでしょう。ということはペット用に育成して大量に繁殖するという背景を考えて欲しいと思います。例えば、チワワ。CMで人気が出て爆発的に増やした。それでどれだけのチワワが捨てられたことか。どれだけいのちが操作されているか、ブームの背景を読み取らないとね。
 僕らはホームセンターや大型マーケットにあるようなペットショップという形態で動物を売るという方法をなくした方がいいと思っています。プロのブリーダーが、保健所の犬を扱って、かっこよくして、そこで売ればいいのにと思う。ただ犬種がみんな雑種!とかなるかもしれないけど(笑)。あの子たちは本当に可愛いですから。殺処分に関して岐阜県はまだまだですね。滋賀県はやめたし、広島はゼロです。

 うちのハナ(柴犬)も保健所で目があっちゃったんですよね。保健所の片隅にいてね、静かで吠えないんです。吠える人には吠えるけど、好きな人には尻尾振って・・・だけど保健所の人が、「この犬はすごい凶暴ですから気をつけてください。最初にちょっと散歩をしてみますか?」そう言って、引っ張ると固定される紐を首に入れてぎゅっとするとワーワーワンって怒るんですよね。「こいつはこうやってはむかって」って言うんですが、そんなことされればどんな犬でも怒るでしょ。
 家に連れてきた日かな、撫でていたら突然がぶって僕の手を噛んだんですよ。やや甘噛みだったのですが、血が出たんで「ハナ痛いよな」って目を合わせて言ったら、血の出ているところをぺろぺろなめ始まるんですよ。それからのハナは僕と取っ組み合いの喧嘩しても平気です。
 ところが、前の飼い主は、孫にすごい勢いで噛むと言うんですね、孫が棒で殴ったらしいんです。それから首輪が変えられないくらいもう凶暴になって、危ないからと保健所に連れてこられた。結局そこに愛情があるかどうかの話ですよね。しかも子犬を産んだ後に、です。ハナは自分の子どもたちとも別れ、ボコボコにされて、死のギリギリのところまで行って、「ちょっと待った」と声がかかった。ラッキーですけど、彼女の背景にはそういうすごい辛い体験があるんです。

今は幸せなハナ

たくさんの小さないのちを考える

 糸は繭から紡ぐのですが、綿は引っ張って作ります。滋賀県の米原と長浜の話。この地域では<棚がい>という古くて珍しい昔の飼い方で、藁で飼っています。これも実はいのちの話につながっていくんですが、彼らは「虫供養」というのをきちんと行います。例えば一つの掛け布団を作るのにおよそ3,600個くらいのお蚕さんの命をいただいているわけです。ついこの間までお蚕さん(養蚕業)は盛んで生産量が世界ナンバーワンで日本で唯一の輸出品目だったのですが、今はお蚕さんという存在自体わからなくなっています。蚕糸協会に他県の養蚕農家が取引にやってきます。それくらい近県に市場がないんです。年に一回だけ美濃加茂で取引が行われています。
 僕たちはたくさんの小さないのちを身にまとっているんです。それはお蚕さん自身がくるまって温まっている暖かさなんですね。(取材中、お借りした真綿の膝掛けはとても軽くて暖かかった)人が加工したものの中に、このいのちあるお蚕さんたちのあったかさがある、という話です。子ども達にとっては、いのちあるものから糸ができるなんてことすら想像ができない、そこからがスタートで書いた本です。

『お蚕さんから糸と綿と』 著:大西 暢夫  
お蚕さんを育て、その繭から糸を取る。それが生糸になり、真綿にもなる。滋賀県で養蚕業にたずさわる人々の姿から、人間本来の生活の営みについて伝える。2020年1月中旬発売 B5変形版 アリス館

ー今は石油製品からできる人工的なもので包まれていますね。ナイロン、フリース、ポリエチレン、ポリエステルなどなどですが、静電気が起こり体にもよくないですね。

 ものが簡単に手に入る時代。インターネットでも、ポチッと押せばもう翌日に送られてくる。製品が作られるまでの過程をポンと飛び越えて。下手すればネットで犬、猫に限らず生きものさえ買える時代。それまでに生きてきた動物の背景なんて知らなくてもいいわけですよね。そこが今「いのちを大事にする」という中で足りないものですよね。出会うまでの過程がないからだろうなと思う。

ー過程が省略されているから、元の形を知らない。日常の、食べ物、身に纏うものの背景を知ることがとても大事なんですね。ちょっと広げてみたときに、棲む場所を失う野生動物、実験に使われいのちを落とす動物たち、被災地の動物たち、そういう動物たちに日常の中で少しでも思いを馳せたいと思うんですが…

 そうですね。いのちがもっと生活の中の近い場所にあればいいんだけど、そういうものがかなりバーチャルになってきていて、実感がないというか。実際、こういう子(大西家の保護猫)を触ったり抱っこしたりすることで、温もりを感じたり、死んだら生き返らないことを実体験することはバーチャルではできません。(大西家には保護猫が4匹と、前述した保護犬・ハナがいます)生き物は死ぬということ、生き物を看取るということ、そういうことが次に繋がり、また次に動物と向き合うかどうかということも考えるでしょう。

ー生きものと切っても切れない関係にあるにも関わらず、みんなあまり意識をしていない感じがします。

 意識していたら多分殺処分なんかないでしょうね。そいうところに連れてくるのは飼い主の身勝手。さまざまな事情もあるでしょうが、保健所に連れて行くというのは最終決断じゃないですか。でもそれほど考えずに持ってくる人が多いだろうなと思います。たとえ最終でも保健所へという決断はないでしょう。葬っちゃうわけですから。

ー『ぶたにく』に関連しますが、鶏を飼い卵を売って資金にしているある福祉施設では、卵を産まなくなった鶏をどうするか議論になりました。子どもたちが世話をして最終的に肉にするのはどうかと。結局私たちは日常的に鶏肉を食べています。そこに触れずにその過程を避けているという気がします。

 そういう中でちょっと動物に対して、隙を与えるというか、そういう生き方だってありだよなって、思ったりするんです。

ー隙というと?

 動物が生きやすい場所というか、そういうところがあってもいい。昔は野良犬がいっぱいいた。今だとすぐ保健所に電話する。それは街をきれいにしていくという言葉に似たようなところがある。僕は精神病院の取材を長くやっていますが、変わったおっちゃんたちが排除されました。そういう変わった人たちを町から排除したりとか、犬だって、動物たちだって同じようなもので、住みかのない子たちは駆除という名目で役場に連絡して捕獲されることと、構造的には結構似てる話だと思います。犬と人間を一緒にするのは違和感はありますが、考えるスタイルとすれば、排除するという感覚が似ていますね。

私たちのいのちを考える

ー排除という言葉、ヤマユリ学園の殺傷事件では生産性がない、生きていてもしょうがない、と多くの方が殺されました。

 関わってないから、知らないからだろうなって思います。実は東北のるんびにい美術館(アール・ブリュットの美術館)で僕の写真展が開かれています。タイトルは「いのちの姿、あなたの形」。重症身体障害者で動けない、喋れない、立てない、ないない尽くしの方達ばかりでいわゆる生産性のない人たちです。ずっと悩んでいたテーマで、10年間岩手に通って撮影してきました。
 人はこの人たちを見たときにどう思うか、その背景を考えないで漠然と彼らを見たときに、「なんや、なんもできへんやん」だけで終わってしまう。

大西暢夫写真展2019年10月11日ー2020年1月27日

彼らを撮るとすごく絵になりやすいんです。へんてこりんな形をしてるし。だけど、絵になると写真ってつまんない、という僕の持論があって、「彼らの何が撮りたいんだ」と突き詰めたときに、彼らのことが「わからなかった」わけです。それで、「わからない」っていうことをテーマにしようと思った。そのときに初めてこの車椅子と出会ったんです。ボコボコしているし誰が座るか想像がつかない超オーダーメイドの車椅子。これを作る人たちって誰?と思って、会津若松の職人さんのところに行きました。


 そこでは作業療法士らとタッグを組みながら、「こんなに変形しているけどどうしたらええか」と、ず—っとその人を見て職人さんたちが悩むわけです。リハビリをする人たちも、ずっと悩んで仕事をするわけですよね。リハビリの哲学みたいなものの中には、やっぱり歩くこととか、元の機能に近づけるとかがあるけれど、この人たちには全く通じない話なんですね。もともと歩く機能がないわけだから、歩かせることをリハビリと言わないわけです。だけど踏ん反り返ったこの角度は辛いんじゃないかと疑問を持つわけです。あーでもない、こうでもないと断定をしない仕事ばかり。仕事は断定して即決して効率が求められますよね。それとは真逆で、彼らは断定しないんです。

ー考える軸をどこに当てるか、ということでしょうか

 「この人はどうやったら立つんだ」というのが僕の見方でした。それはこの人にとっていいか悪いかではなく、僕の都合だったんですね。この人たちと出会わなかったら、そういうことを考えることはなかったでしょう。だからこそ、この人たちのいのちは大事だと思ったんです。僕がこのことに対して考えなきゃいけないから。そしてそこに、「わからない」を形にする車椅子を作る職人さんたちがいた。その職人さんたちの阿吽の呼吸で、車椅子はでき上がっていくんだけど、福祉的な議論というよりも、どうやったらこの人をうまく座らせることができるかなと、職人さんたちが頭をひねるわけです。僕はそこに一番の愛情を感じたんです。
 で、職人さんたちが、「彼らのことがわからない」とよく言うので、その「わからない」という言葉を表現したいがために、彼らを撮っているという感じでした。そういう中で、彼らの存在がなぜ必要なのか、ということに行き着いていくんです。それは多分、出会って知って考えること。彼らが存在するからこそ考えたことは山ほどありました。それらが一つの基本ベースとなれば、いろんなことに応用できるのではないかと思っています。

おおにし のぶお●プロフィール
写真家、映画監督。1968年東京生まれ。岐阜県揖斐郡池田町で育つ。東京綜合写真専門学校卒業後、写真家の本橋成一さんに師事。アシスタントをするあいまに、ダムに沈む岐阜県徳山村の取材を独自に開始する。独立後も今に至るまで全国を巡りダムに沈む村を追い続けている。そのほか精神科病棟、東日本大震災被災地、いずれも終わりのない長期取材を続けている。
映画監督作品に「水になった村』『家族の軌跡 3.11の記憶から』『オキナワへいこう』
著書に「ひとりひとりの人」「糸に染まる季節」「津波の夜に 3.11の記憶」など。


 


vol.193 ちびっこルーム

鼻とのどの不快な症状 看病の基本はなに?

心配しなくてよいとき、我慢させてはいけないとき、受診する目安って…        耳鼻咽喉科医 水谷 淳子

鼻、つらそうに見えても

鼻がつまるということは、鼻汁が増えて粘膜がはれているということですから、これらを軽くすればいいのです。温度と湿度あたえると手当てがしやすくなるので、入浴後や、あたたかいおしぼりを当ててみてください。粘膜のはれがひいて、鼻汁の粘りも軽くなります。そうすると鼻汁を吸ってあげやすくなり、鼻もかみやすくなります。
 ところで、鼻づまりがあって苦しそうに見えても、当の本人はあまりつらくないことがよくあります。赤ちゃんの場合、おっぱいやミルクを休み休みでも飲めていれば気にすることはありません。  もう少し大きいこどもの場合でも、鼻づまりでズーズーしていても眠れていれば、あるいは本人が気にしていなければ、やっきになって鼻づまりを治そうとする必要はありません。急性副鼻腔炎になっても、二〜三週間で自然に治ることもけっこう多いです。
 ですから、受診する目安は、おっぱいやミルクが十分に飲めないとき、鼻づまりやのどに落ちてくる鼻汁のためにせきが出て、何度も目が覚めて眠れないときでしょうか。あまり起きないことですが、発熱や頭痛が続くとき、頬が痛み赤くはれているときなども受診してください。

からだを守るために必要なせき

 コンコン、ゼロゼロのせきもつらそうです。とくに夜、何度もせきが出て親子ともども眠れない夜が続くと、ほんとうに疲れます。だけど、せきというのは、からだを守るために必要があって出ているという面があり、せきをすることによって、のど、気管、気管支といった空気の通り道にある刺激物を追いだす役目を果たしているのです。

 刺激物というのは、乾いた冷たい空気、ほこり、気道の粘膜のはれ、そのために増えた分泌物である痰、のどへ流れてくる鼻汁などです。せきを強い薬で止めてしまうということは、からだにとってよくありません。重い病気でせきが出ない状態、弱いせきしか出せない状態の人が肺炎になりやすいことでも、せきが出ることがいかに大事かわかると思います。
 せきが出ていても元気に遊びまわっている、少しおとなしくしていればひどいせきは出ない、夜分せきで目が覚めることはあってもだいたいは眠れている。という場合は受診しなくてよいと思います。
 受診する目安は、せきが出て親子ともどもほとんど眠れない、だんだんせきがひどくなってくる、といったときでしょうか。でも最近は、せきがうるさいので医者に行くようにと、学校からいわれて受診するこどもがいるくらいですから、目安といっても確たるものではありません。
 ただし、我慢してはいけないときもあります。赤ちゃんや小さいこどもののどは内径がせまいし、やわらかく、分泌物も多いのです。いちばんせまい喉頭付近がはれると、息ができなくなることがあります。肩で息をしている、くちびるが紫色になっている、話もできない、声がくぐもっている、よだれも多くなっている、せきこんだあとにヒューとかゴーといった音が聞こえるなどのときは、夜中であっても救急に受診してください。

あ゛っ鼻血! どうやって止める?

こどもといっしょに覚えたいその原因と応急処置のしかた 小児科医 山田 真

 こどもは鼻血をよく出します。しょっちゅう鼻血が出るこどももいます。お母さんやお父さんのなかには「鼻血→白血病」というふうに想像をたくましくして不安になる人もいますが、ほとんどは心配のないものです。 
 20分以上も出つづけるようなときや、鼻血以外に歯ぐきからの出血があったときなどは血液の検査をしたほうがいいでしょうが、短時間の鼻血をくり返す場合は、検査の必要もありません。
鼻血が出たときの対処方法をお話ししておきましょう。
 まずこどもを座らせ、頭を前に傾けます。このとき、頭を仰向きにさせると、鼻血がのどのほうへ落ちて、吐き気が起きたりしますから、かならず頭は前に傾けることです。そして口呼吸をさせながら小鼻の部分をつまみ、十分後に指を離すと、たいていは止まっています。もしまだ出血が続いていたら耳鼻科へ行くことにしましょう。
 鼻をかんだり首のうしろを叩いたりするのはやめましょう。鼻を冷やすことも意味がないと思われます。
 また鼻へティッシュペーパーなどをつめることも意味がないようです。綿をつめるのは、奥のほうへ入りこんでとれなくなることもあり、有害ともいえます。とにかく鼻をつまみつづけていることで、たいていの鼻血は止まってしまうということです。

プロフィール 

みずたに・あつこ 埼玉県にて耳鼻咽喉科医院を開業                 やまだ・まこと 小児科医、八王子中央診療所所長。「子どもたちを放射能から守る全国小児科医ネットワーク」代表。ち・お編集委員。


vol.193 「ズッコケ三人組」平和を語る

1978年にシリーズ「ズッコケ三人組」が始まり、2004年に50巻に。2500万部という戦後のベストセラーになった。2005年からは40歳になった三人組のシリーズが始まる。

児童文学者 那須 正幹さん

なぜこの本が子ども達に支持されたか

 小学6年のハチベェ、モーちゃん、ハカセという3人が、それぞれの特徴を生かして事件を解決する物語で徹底した娯楽小説です。それが受けた理由じゃないかなと思っている。ただ、戦争のことだけは取り上げなかった。もしこの3人が、太平洋戦争の時に国民学校の生徒だったら、ハチベェのようなおっちょこちょいがうろちょろすると先生から目をつけられてマークされる。モーちゃんみたいにスローな子は配属将校にお尻を蹴飛ばされるだろうし、ハカセみたいな理屈屋は、「先生、戦争は間違っているんじゃないか」と言って特高に睨まれる…裏を返せば、この3人がこれだけ元気に駆け回れるのは、日本が平和で民主主義の国だからこそ。そう考えて、この50巻では一切戦争について書きませんでした。

わたしの原体験

 では私自身は戦争に対して全く無関心だったかというと、実は他の本では取り上げています。わたしは1942年6月に広島市の西区己斐本町で生まれ、3歳の時に被爆しました。私の家は爆心から直線距離でおよそ3キロ。爆発の瞬間に、爆風で我が家の屋根が吹き飛びました。その後、雨が降ってきたので押入れの中で雨宿りしながら当時の国民学校の一年生の国語の本を眺めていた。巻末に桃太郎のお話が載っていた。天然色というか、綺麗な色がついていたような記憶がありますね。そして午後になると、市街地から被爆した人が逃げて来られました。全身灰色で、髪もパーマをかけたみたいにチリチリでまるで人形がフラフラ歩いている…怖いというよりあっけにとられていたという記憶があります。さらに夕方になって大八車に缶詰を山積みにしたおじさんが、「水を飲ませてくれ」と言ってきたので、我が家の井戸水をあげたら、お礼にみかんの缶詰を一つ開けてくれた。それが火傷するくらい熱かった。それをフーフーしながら食べた。この記憶だけは77歳になるのにいまだにあります。

子ども心にも「変だ」と思う出来事

 私の父は当時女学校の教師をしており、爆心地から10キロほどにある学校の職員室で被爆し頭と背中に怪我をしました。ある時、父親が家族会議を開こうと言い出した。その時に憲法の話もしまして、「これからの日本は戦争をしない」と。これは子ども心にすごく嬉しかった。父親は79歳で死んだのですが、遺品に「憲法入門」という本が出てきて、中にものすごく画期的なことが書いてあるんですよ。当時の大人たちは、新憲法というのを勉強していたんですね。
 私が小学校2年の時に、朝鮮戦争が始まりました。日本には警察予備隊という軍隊まがいのものができました。あれよあれよという間に保安隊と名前が変わり、6年生の時にはいわゆる自衛隊となった。
これには流石におかしいなと思いましたね。で、友達と学校帰りに、「ほりゃおかしいぞ!日本は戦争をしないといっているのに、軍隊を持たんことになっているのに、なんで自衛隊ができるんだ」って。友達も「そうだそうだ」、「今の大人は信用できん」、「あいつらが戦争をはじめたんだ」、「わしらが大人になったら自衛隊ぶっ潰そうぜ!」「一緒にやろう!」って、息巻いていた。
 残念ながら自衛隊をぶっ潰すこともできずに、もう77歳になりました。まぁ、その代わりに児童文学の中で、色々書いていこうと思っております。

広島を離れて気づいたこと

 戦争について一番最初に書いたのは「屋根裏の遠い旅」。いわゆるSFで戦争に勝った日本から戦争に負けた日本に行く冒険小説です。まず巻頭に「日本国憲法 第9条」の前文を書きました。平和憲法の中で、自衛隊が生まれたことに対する疑問、これについてなんか書こうと。当時はベトナム戦争の真っ只中で、今の日本だっていつ戦争になるかもわからないんだよというということを読者に伝えたかった。
 当時、被爆体験を児童文学の形として継承しようというのをモットーにしていた「こどもの家」という同人誌があったんですが、私は一度も原爆について書かなかった。広島に住んでいると、原爆、広島では「ピカ」というんですが、ピカの話が日常茶飯事で、今さら原爆を文学の形で書いても、という思いがあったからです。でも山口県に引っ越したら途端に原爆の情報が途絶えたんです。そうすると逆に気になりだす。さらに乾富美子さんという大先輩と一緒に飲んだ時、「あんたも原爆の被爆者なんでしょ、やはり原爆のことを書きなさい」とお説教されたんです。
 その時ふっと思ったのが、平和公園にある「原爆の子の像」。折鶴を折る少女の像です。私が高校一年の時に除幕されたんですが、あの像のモデルになった佐々木禎子さんという人は昭和18年の2月生まれ。早生まれですから私とは学年は一緒。同じ世代の目線で、佐々木禎子さんのこと、原爆の子の像の建立運動を書いてみようと取材をはじめました。
 佐々木禎子さんは、小学生になって白血病になり、中一の10月に亡くなった。クラスメートたちが同級生の死を悼んで世界平和のための原爆の子の像を作ったわけです。
 この「折り鶴の子どもたち―原爆症とたたかった佐々木禎子と級友たち」を書いた時に、いかに自分が原爆について無知だったか思い知らされた。言葉のルーツや正確な意味をもういっぺん勉強し直さなきゃと思いました。

原爆と原子力

 1989年に西村繁男さんが福音館から「僕らの地図旅行」という絵本を出したんですね。その絵を見た時に、絵本だったら広島の原爆の全体像が表現できるな、と思いました。文章で書いても難しすぎて、子どもは読んでくれません。この「絵で読む広島の原爆」は、「セミの声」をキーワードにしています。読者を50年前にタイムスリップさせるんです。セミの声は、江戸時代の城下町で栄えた頃も、明治以降、政治、経済、教育そして軍事の中心として発展した1941年の夏にもうるさいほど聞こえていたそうです。そしてこの本は科学絵本でもあります。例えば核分裂について。核兵器の元になった原子核の分裂によってすごいエネルギーが出るということまで、詳しく描いて日本に原爆を落とす経緯を説明している。さらに、戦後の日本、冷戦時代のソ連崩壊までを全部年表にして載せてある。原爆の百科事典みたいな本になっています。
 実はこの本を書いていた時に、身体を壊しました。だからもう原爆については書かないと思ったけど、広島の人間として一度は書かないと。原爆だけじゃなく、特に戦後の日本を書いていかなきゃいけないなと、そんな思いで書きましたね。
 そして、2011年3月11日、東日本大震災が起こりました。その年の6月に福島の小学校に行き「広島の人たちは苦しいこともあったけど、あの日に起こったことだけは絶対に忘れないよう、作文でもいいし、なんでもいいから記録しておきなさい」と、話をしたんです。するとある児童から「私たちは30歳までに死ぬと思っています。那須先生は3歳の頃にいっぱい放射能を浴びたのにいまだに元気で、だからすごく嬉しい」と言われました。それを聞いた時はショックでしたね。小学校6年のごくごく普通の子ですよ。これはね、放射線は、肉体だけでなしに心まで傷つけるんだと思いました。その子の話がきっかけで山口県の上関原子力発電所建設の反対運動に積極的に関わることになりました。

今の子どもたちにどう伝えたらいいか…

劇団風の子中部による朗読劇「茶色の朝」

 今の子ども達に戦争を伝えるというのは、非常に難しいです。戦争というのは勝つために全てを収斂させます。「欲しがりません、勝つまでは」という標語がありましたが、文字通り戦争に勝つためにあらゆることを犠牲にした。そういう状況を今の子ども達は知らない、というより50代の人たちも知らないわけですよ。まさか戦争になることはないだろうと。しかし気がついたときには戦争になってた・・・。戦前もそうだった。そういう状況が作られるのですから。
 ですが、戦争を語るのは大変難しいんですね。じゃぁ、語らずにいたらいいのか?例えば平和教育。私もいろんなところで話をしますが、今の親御さんの中には戦争の体験談のような話を子どもに聞かせたくない、と思っている方が多い。例えば「はだしのゲン」を子どもに見せるのは良くないと。読ませない。図書館から撤去したと。本当にそれでいいのか。

次の世代に伝えたいこと

 私の家族の話をします。長男が小学校5年、次男が小学1年生、3番目の長女が年少の時だったかな、広島の資料館に連れていった。今は撤去された被爆人形(子どもを連れた全身ケロイドの母親の人形)がうす暗い照明の中に立っている、お化け屋敷みたいなもんですね。その側まで行ったら、次男が固まってしまった。私自身は3歳の時、被爆体験をしているから見せても構わんだろうと思ったんだけど、次男の反応があまりにもひどかったので、ちょっと反省したんです。
 ところがその次男が高校3年の時、「資料館」へ行きたいと言うんです。それから3年くらい経った時に、長女も「資料館へ行きたい」って言うんですよ。「子どもの時に見てすごく怖かったんだけど、あれはどういうことなのか、なぜ怖かったのか自分でちゃんと見たい」と。それから一昨年かな、長男が家族を連れて「資料館」に行きました。だから子どもの時に、いっぺんはね、こういうことを見たり聞いたりしたほうがいいんじゃないかと私は思っている。その時は怖かっただろうけど、大人になって「なぜ?」と思って再確認をする。今の若い人たちには、特に必要なことだと思うんです。
 次に私が卒業した高校の話をします。創作表現コースという芸術のコースがあり、学生達が12年前から「被爆者と光」という絵を描きはじめたんです。これは平和プロジェクトの一つです。「次世代と拓く 原爆の絵」は被爆者から聞いた話を油絵にします。これは大変な作業です。今の子にゲートルとか三角巾と言ってもわからん、国防色って何色? 語り部も70年前のこと、うろ覚えのところもある。記憶を記録にする。しかも今の子どもたちがそれに協力している。こういうプロジェクトはすごく大切なことです。
 だから、「次世代と描く東京大空襲」「次世代が描く東日本大震災」、そういう形で次の世代に、繋いでいけたらと思います。

岐阜市民会館大ホール 講演に聞き入る参加者のみなさん
シンガーソングライター・増田康記さんとフィナーレ

2019年11月3日 平和のつどい 主催:「2019平和のつどい実行委員会」 参画:岐阜県内「九(9)条の会」 事務局:岐阜・9条の会


vol.193 しょうがいをみつめる vol.4

特別支援教育

特別支援教育:2007年4月から学校教育法の一部改正によって、特殊教育から特別支援教育に変わり、すべての幼稚園・学校において、障害のある子どもの支援を充実していくことになりました。特殊教育との大きな違いは、理念として「障害のある幼児・児童・生徒への教育にとどまらず、障害の有無やその他の個々の違いを認識しつつ様々な人々が生き生きと活躍できる共生社会の形成の基礎となるもの」という共生社会の実現が加わったことです。

 今回は、公立小学校の特別支援学級に在籍がある子どもたちの例を紹介します。文中に出てくる交流学級とは、特別支援学級に在籍がある児童生徒が交流している通常学級のクラスのことです。

・小学1年生、情緒障害A君
 A君は、自分の身の回りのことができ、友だちと基本的なコミュニケーションがとれます。愛嬌があり人気者です。語彙が少なく、自分の気持ちを言葉で表現するのことが苦手なため、小さなすれ違いからトラブルになることがあります。
 A君は、国語、算数以外(生活、音楽、図工、体育、行事)は交流学級で学んでいます。
 特別支援学級で学ぶ時間には、国語や算数の基本的な学習をA君に合わせた進度や学習方法で、自主的に学ぶ力をつけていきます。また、交流学級で学んできた他の教科でのまとめや、理解できなかった部分の確認なども行います。
 交流学級で意欲的に学習に向かえるよう、特別支援学級で基本的な力を身に付けています。また、特別支援学級の少人数の中で基礎的なコミュニケーションスキルを獲得しています。

・小学5年生、知的障害B君
 B君は、体験的な学習から気づく力がありますが、それを文章や言葉でまとめることが不得意です。文章を読んだり書いたりするのには、時間がかかります。
 B君が交流で通常学級へ行くのは、理科、体育、英語、総合的な学習、行事です。学習内容により、教師が付き添います。
 理科の実験では、多くの気付きがあり、事象を捉える力がありますが、それをノートに書いたり、人に伝えることは苦手なため、付き添いの教師が書くことの手助けをすることで皆の前で堂々と発表することができます。教師の付き添いが必要かは、授業内容やB君の希望、他の子の授業内容とも相談しながら決めていきます。

 私が初めて特別支援教育に関わったのは、「特別支援教育」という言葉が学校教育法に位置付けられた平成19年でした。当時は、特別支援学級に在籍している児童生徒は、ほとんどの時間を特別支援学級で過ごし、交流へ行き通常学級で過ごすのは、特別な行事のある時間くらいでした。
 現在では、交流学級で学習する上での困難が軽減するために、特別支援学級で基礎・基本的な力を身につけると言えるくらい、交流学級(通常学級)で過ごす時間が増えています。(個人差や学校の取り組み方に違いはあります。)
 障害のある子とない子が共に学ぶインクルーシブ教育の実現に向けて、特別支援学級のあり方も形を変えていることを実感しています。一方で、障害のある子もない子も、その能力を最大限に生かすにはまだ課題があることも事実です。


vol.193  niramekko Gallery「せかいに1つのくさ」

さくらちゃんのクールなものの言い方に、ドギマギする大人たち。彼女のことばは的確に状況を表すからなのかもしれない。自分だけの世界観を持っているから、どんなクラスでもマイペース。具象、抽象と表現は常に変わる。しかし彼女の発想は驚くほど豊かです。その作品に出会うと、大人たちはまたしてもドギマギ。私たちは彼女が興味を持つものに、次第に惹かれていきます。

風の芸術村 会員・随時募集中です。
詳しくは下記へお問い合わせください。


vol.193 えんぴつ・カフェ

人生これから!シンポジウム

2020年1月19日(日)14:00-16:00

各務原市那加福祉センター1階 集会室(予定)
参加無料

講演会「定年、そして10万時間の自由時間」
著者:上鵜瀬 孝志氏の講演会のあとは
いきいきシニアのシンポジウム

講師の上鵜瀬さんはこんな人。
今号のにらめっこ『熱中人』でも紹介しています。
上の新聞記事は10年前、「定年、そして10万時間」の出版が毎日新聞に大きく取り上げられました。

定年後にやりたいことはなんですか?

えんぴつ・カフェ

次回は、2020年3月7日(土)14:00~16:00    場所:にらめっこ編集室(各務原市蘇原新栄町3-15)

★みんなでワイワイおしゃべりしながら、「ゼロの昇天」の書き込みを中心に。お茶とお菓子 付き。  (準備の都合上事前にご連絡をお願いします。)

シンポジウム、えんぴつ・カフェのお申し込み、お問合せ:NPO人生これから!090-5638-7044 田辺   090-7854-4561 三上


vol.193 熱中世代 上鵜瀬 孝志さん

友だちは年金、定年後は楽しく、充実した人生を送ろう!

セカンドライフアドバイザー ウィ! エルダーマン代表 上鵜瀬 孝志さん

  いわゆる団塊の世代として生まれ育った上鵜瀬さん。第一次ベビーブームの昭和22年〜24年に生まれた団塊の世代は800万人を越す。小中高時代から常にひしめき合い、社会の中でも競争を強いられてきた。
 「定年が視野に入ってくるようになった50代、それまでの競争という価値観そのままで、地域や家庭に帰ったって通用しない。今から男性のネットワークを作っておかないといけないんじゃないかという思いがありました。それで「ウイ!エルダーマン」という活動グループを設立したんです」
 エルダーマンのキーワードは「驕らず、威張らず、腐らず」、「来る人拒まず、去る人追わず」。楽しくなければ人生じゃない!と言いながらも、実は楽しいだけではない。それまでの人生で得た技術なり経験を、社会のために活かす活動もする。社会に貢献し、人と繋がることで、それぞれが自分の存在意義を見出すという奥深い団体でもある。
 エルダーマンの活動は多岐にわたる。セミナーの開催、フリーマーケットに出店し売り上げを寄付、学校の余剰机をリフォームしベトナムに送る、懇親会(飲み会)、芝居、旅行…。仲間とともに様々な活動をする中で定年後の生き方について感じたことを書き溜め、一冊の本にしたのが、「定年そして、10万時間」だ。
 10万時間というのは定年後から男性の平均寿命までの時間。定年までの40年間会社に拘束されていた時間もほぼ10万時間。同じウエイトが定年後にかかることになる。しかも、人生100年時代などとも言われる昨今、10万時間どころか、もっと多くなることもある。その時間をどう使うのか。
 「仕事の関わりではなく、社会との関わりの中で自分の存在意義を確認できるかどうか。自治会のことをやるとか、ボランティアをやるとか、なんでもいい、それが豊かな人生に繋がっていくんじゃないかな。」と定年を機に価値観の転換を上鵜瀬さんは提案する。
 多くの同年代の女性は、子どもが手が離れた段階で価値観の転換をすでに済ませて、女性同士のネットワークもできているという。
 1つのアンケート結果がある。「定年後に旅行に行くなら誰と行きたいですか?」というもの。夫の1位は妻。それに対し、妻が夫と答えたのは6位。
「現実は、こんなにも夫婦間にズレがあるんです。夫婦といえどもそれぞれの人生、妻には妻の人生があるでしょ。親に育てられた子どもから学生までの時代、社会に育てられた会社員の時代を経て、定年後は自分で自分を育てる時代です。自分の人生だもん、妻に頼るんじゃなくて、自分で存在意義を見つけていこうよ」と語る。ただ、 そういう生き方をしていくには、友だちの存在が欠かせない。
 「友だちは年金って僕はよく言ってるんだけど、飲み友だちや趣味の友だち、そういう友だちが多いほうが人生はより豊かになるよね。友だちって、知人以上、親友未満というふうに僕は考えています。友だちのプライバシーや、過去にどういう仕事をしていたかとか、家族がどうとかという話は知らなくてもいいんです。その人がこれから何をしたいのかが大事。」
 退職した男性には、過去の実績や肩書きにとらわれ、そこにしか自分を説明するものがないという人も意外と多い。
 「それでは寂しいし、後ろ向き。そこから抜け出さないと誰も相手してくれなくなって孤立しちゃうよね。人に対して上から目線になりがちな人もいる。だけど、僕らの年代まで生きてきたら、どういう境遇であってもそれぞれいろんなことを乗り越えてきた実績がある。財産やポストの問題じゃなくて、その年までお互い生きてこれたねって話。いかに相手のことを尊重できるか、そこも大事にしたいよね。」
 「自然災害や病気、この先、誰だっていつどういう状況におかれるか分からない。ならば、一日一日を充実したものにできるといいよね。そうなると楽しいじゃない」。
 これからの時間をどう過ごすのか、それは自分自身が決める、のである。

かみうせ たかし
コピーライター、「イマージ」主宰。「ウイ!エルダーマン」ネットワーク代表。
広告代理店を経て独立。広告制作会社「(有)イマージ」を設立。2000年、団塊世代の男性を中心とした市民活動グループ「ウイ!エルダーマン」を設立し、各地で定年後の生き方などをテーマに講座やセミナーで講師を務める。
趣味は昭和の車(旧車)のカタログ収集と美味しいものを食べること。
名古屋市在住。
H.P http://kamiuse.com/

本の帯には「定年よ、大志を抱こう!」。本文にはダジャレやオヤジギャグが満載。難しくなりがちなテーマも楽しく痛快な語り口で綴られている。


vol.193 ボーダーレス社会をめざして vol.52

NPO法人オープンハウスCAN 理事長 伊藤佐代子

「くん」「ちゃん」って虐待?

 15年ほど前から、岐阜のスポーツクラブに通っています。がんになってからは、時間があれば優先的にスポーツクラブに行くようにしています。先日、そのクラブで「ちょっと聞いていいですか?」と声をかけられました。話を聞くと一升餅の話でした。孫が出来て娘の所に紅白の一升餅を送ったのだけれど、小さな子にお餅を背負わせる行為そのものが虐待にあたるかしら? 送ったのをすごく後悔しているとのことでした。
 一升餅とは、一歳の誕生日を祝い、一生食べ物に困らないように、これからの健やかな成長を祈る伝統行事で、風呂敷にお餅を包み斜めに背負わせ歩かせるようなことをするのです。地域によっていろいろあるようですが。私は、「それは虐待にはならないでしょう。紅白のお餅でしょ。そんな気遣いをして下さったお母様に感謝されるでしょう」とお答えしました。
 虐待のつもりなんて毛頭ないと思っている行為も一つ間違えば虐待と言われてしまうことがあります。それが、障がいのある人の呼び方です。○○くん、○○ちゃんなどの呼び方は虐待にあたるかもしれないと最近は言われ始めました。ちなみに息子に「ヘルパーさんにどう呼んで欲しい? あっちゃん・伊藤さん・淳司さん?」と聞きますと「淳司さんです」「あっちゃんではだめ?」「僕は41歳です。淳司さんがいいです」とはっきり答えました。何度聞いても変わりませんでした。41歳なのでと言われた時には、ギクリとしました。ちゃんと分かっているのだなとちょっとびっくりしました。
 平成24年に障害者虐待防止法ができ、当たり前のことなのですが、障がいのある方の気持ちを汲みとろうと多くの人が考えています。ご本人が嫌がっていなくても、「くん、ちゃん」とよぶことは虐待にあたる場合があります。見下すように○○ちゃんと呼んだり、○○くんは、明らかに年少者に対する呼称になり気をつけなければいけません。年齢にふさわしくない呼び方はどうなんでしょう?
 幸いにも息子からは、明確な回答を得られ、年齢相応に成長してきていることに正直感心するより、甘く見ていた自分を反省しました。しっかりと大人になっていました。呼称は、人格・人間関係をも示す大切なものであり、ご本人が一人の大人であり、それにふさわしい対応がされるようにと考慮する必要があります。ご本人、ご家族がどう呼んで欲しいのか教えていただき、周囲から見ても適切な呼び方、ご本人を尊重している呼び方を考えなくてはいけないと思います。


vol.193 ここいく日記 はじめの10歩!

未だグラグラ揺れる日々ですが…

 私と「いのちの授業」の出逢い、それは私が高齢出産のワンオペ育児で子育てに辛さを感じていた時でした。
「歳をとってからの子どもだから、甘やかして、我がままね」と後ろ指を指されないようにと必要以上に張り詰めていた時、「頑張らなくても大丈夫だよ」と優しく語りかけてくれたここいくのメンバー。
 その後、メンバー募集のチラシを見た時は、後先考えず「入りたいです」と言葉を発していました。少しずつ授業に参加するうちに、我が子の通う保育所に「いのちの授業」を届けたい。娘と同じ時期を過ごす子どもたちが誰にも被害者にも加害者にもなって欲しくない。生まれてきてくれただけで素晴らしいことを知って欲しいと思い、役員になり企画をしました。

 授業当日は、私は「セックスの絵本」を担当しました。
いつもより緊張しましたが、子どもの笑顔と真剣な眼差しに、子どもたちの吸収する力のすごさを感じました。
精子と卵子の出逢い、みんなはラッキーボーイ・ラッキーガールと伝えると、子どもたちの笑顔はキラキラ。こんな宝物がもらえる「いのちの授業」
 各務原市でもっと授業ができるようになるといいなぁ~といつも感じています。

 そんな娘も小4になり思春期のドアを開けようとしています。心と体の変化する時期。友達との関りに悩んだり、いつ来るか分からない月経に不安を感じています。思春期がやってくるぞと思うと、ドキドキ、ハラハラしますが、少し楽しみ。娘が生まれた頃の気を張っていた私とは違い「大丈夫」が心のどこかにあります。

 最近は「ここいく」の活動になかなか参加できず、辞めようかと何度も悩みました。でも「できる範囲でいいよ」と言ってもらい続けています。
いつか、自分の感じていることをつなげていける私になれたらと思います。

 「思春期はすぐに来るよ」と言われても、遠い未来だと思っていましたが、10年はあっという間でした。まだまだ甘えてくる我が子も、いつか離れていく。当たり前のことなのに、ずっと甘えが続く気がしていた。私自身もまだ「今」にグラグラ揺れる日々ですが、ここいくの先輩ママの姿を追いかけていきます。

 小さな人と過ごしているママたちに「いのちの授業」に出逢って欲しい。そして1日1日を大切にして欲しいと思います。

担当:ここいくメンバー・前畑かおるでした。
ここいく☎090-3446-8061(中村)


vol.193 第4回 菌ちゃん野菜交流会全国大会in岐阜

心と体をはぐくむシンポジウム プレイベント 
11月25日(月)13:00〜

 全国各地から「菌ちゃん野菜応援団」の方々が実践されている取り組みを発表。遠くは福岡、熊本、新潟、東京、長野、岐阜…地域に違いはあるものの、吉田俊道さんの「すべてのものに役割がある すべてのいのちと折り合おう」の考えをベースに活動をしている様子がよくわかりました。NPO法人や社団法人の方、農林水産部の「食と花の推進課」という行政の方の発表、どれも眼を見張るものばかりでした。中でも、行政の方が小学校や幼稚園に出向いて、「子どもたちの心と身体を育む、欽ちゃん元気野菜つくり」の発表にちょっとびっくり。官民一体となって「菌ちゃん野菜つくり」に取り組むことは、私たちの目標でもあるので先駆的例としてしっかり胸に刻みました。
 どの地域でも、子どもの反応はとっても素直。菌ちゃん野菜作りの仕組みがわかれば、子どもは家族に話すでしょう。するとおかあさんやおとうさんたちが考える。それが暮らしを振り返るきっかけとなる。交流会では「未来は大人が守らなきゃ!」という吉田さんのメッセージを受け止め、改めて共有できたのではないかと思いました。(三)

講評:吉田 俊道氏

菌ちゃん野菜つくりの効果

 菌ちゃん野菜つくりは「すべてのものに役割がある」という考えがベースにあります。子ども達に命の大切さとを伝える時に、「世の中にいらないものなんてないんだよ、全部大切なんだよ」っていうことを、菌ちゃん野菜つくりを通じて伝えられることに先生が気づいたんですね。久留米の方では小学校で結構広まっています。この地球にいらないものなんてない。ぜ〜んぶ意味があってそれぞれ助け合ったり、ときにはケンカすることもありますが、折り合いをつけて生きてるんですね。

菌ちゃん野菜つくりにはもう1つ大事な目的がある

 それはこの社会をかえること!あと一年と数ヶ月の間に何もしなかったら、もう取り返しのつかないところまで来そうだってこと、気候変動はどうもCO2のせいだ、ということをみんな気付き始めてます。スェーデンではグレタさんを筆頭に毎週金曜日に子どもたちがストライキをする。「将来のために勉強しろよ!と言っても子どもたちは「えっ?私たち将来あるんですか?」って。

 なんでCO2がこんなに増えたか。原因は農業なんです。昔は地球の表面にはいっぱい生き物がいた、それが炭素です。残念なことに今は除草剤や化学肥料、農薬や土壌殺菌剤をかけたりして土が痩せどんどん砂漠化して、炭素がCO2を固定化(※)できなくなっている。それがこの温暖化の原因の4割くらいと言われています。昔の農業は、自然界をうまく活用していたね。土の中は微生物だらけになって、虫も増え、小動物も増えて…それで温暖化の4割は解決できるんですよ。

 そして、あとの6割の原因は石油。石油が地球温暖化を作ったと言われていますが、それをたて直すことができるのも実は農業なんです。FAO(国連食糧農業機関)は炭を畑に入れれば、世界中のCO2を回収できることをすでに発表しています。そうすることで理論上は5年未満で地球温暖化は止まるってわかっている。さらに発酵力が強まって、いろんな菌が入ってくる。微生物と共生するこの「菌ちゃん野菜つくり」が世界中に広がったら、CO2問題はかなり解決できるってことを、子どもたちに教えてください。

 「循環型共生社会」と言いながら、今は循環も共生もない。このまま未来がなくなっていくかもしれない。そんな中で地球のかけがえのない生き物たちの役割をもう一回考え直してみる。教えるのではなくて子どもと一緒に考えることができたら、子どもたちが大人になった時に、今の社会の矛盾に気付いて、社会を変えていく人たちになると思ってます。未来は私たちが守るしかないんですね。   (文責・にらめっこ)

※炭素固定(たんそこてい、英: carbon fixation)とは、植物や一部の微生物が空気中から取り込んだ二酸化炭素(CO2)を炭素化合物として留めておく機能のこと。 この機能を利用して、大気中の二酸化炭素を削減することが考えられている。 同化反応のひとつ。


vol.193 菌ちゃん野菜応援団 vol.14

 先日、「菌ちゃん野菜応援団 東海支部」と「つくろ!の会」の共催で2日にわたりちょっと大きなイベントを開催しました。お越しいただいた方も多かったと思います、本当にありがとうございました。2日目のイベントのなかで講師の方が二人とも「このまま何も手を打たなければ地球環境は1年半で手がつけられなくなる、というのが世界の公式発表です」とはっきり言われました。
 ではそのために私たちが何ができるかというと、一番簡単なのが大地を微生物でいっぱいにすること、という話をされました。農地から微生物がいなくなったが為に二酸化炭素が吸着されなくなり、地球温暖化が加速した。では農地をもう一度微生物でいっぱいにすればいい。そのためのノウハウは菌ちゃん野菜作りのなかにすべてある!と力強く仰ってました。それを受けて各地で人が立ち上がり始めました。

 ある地域では「では、はじめの一歩として耕作放棄地に草を入れよう!そこで野菜を作って地域活性化もしちゃおう!」という動きがおきました。
つくろ!の会に要請が来たので、早速大量の草を畑に運びみんなで畝に下ろして土をかけてマルチを張って。ちゃーんとおまじないもしましたよ。この畝はすこしづつ増やして春には野菜を植え付けます。

 耕作放棄されていた土地に微生物が増え、春からは野菜の命が育まれる。それが私たちの地球を救い、地域の活性化にもつながる。
こんなわくわくすることがあるでしょうかー!!!

みなさんもぜひ、ご自分の手の届く範囲でやってみませんか??


vol.193 半農半X vol.34

 10月半ば、台湾・高雄の美濃(メイノン)という美しいまちから綾部訪問がありました。大型バスで約30名、縁あって、わが村を訪ねてくださったのでした。里山ねっと・あやべがおこなってきた「綾部里山交流大学」では、都会からの参加者と、「里山・村散策」をおこなっていて、とても好評です。今回、台湾の一行をお連れしたところ、大変喜んでくださいました。季節はちょうど秋のいい季節です。たくさんの質問をいただいたなかで、特に印象的だったのは、「たくさん柿が生っていますね。なぜ柿をとらないのですか?もったいないです」というものです。昔は日本でも柿をたくさんとっていたけれど、いつしかあまり食さないようになってしまいました。柿は「眠れる地域資源」の最たるもののような気がしています。活かすアイデアをみんなで出し合えたらいいですね。

お地蔵様と一本檜

 子どものころから村にある「お地蔵様と一本檜」の風景にひかれてきました。15年ぶりにUターンしたとき、都会の友を連れてきたら、とても気に入ってくれました。村人にとってもここはこころの風景です。都会の人も村人もみんな好きな風景というのがあるのですね。この地は昔の塚が多くて、「八塚」という地名です。すこし先には産土の神社があり、田んぼの中には、古墳がいくつか現存し、お地蔵さまもあります。それらを結ぶラインの先には、その昔、行基が霊気を感じて寺を創建したといわれる地もあります。それらが一直線に並ぶのです。私はここを村のパワースポットと呼んでいます。ほんとうに何気ない村
の風景ですが、もしかしたらここはすごい場所かもしれません。ときどき、里山散策で都会の方をお連れし、喜んでもらっています。

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塩見直紀(しおみなおき)半農半X研究所代表
1965年、京都府綾部市生まれ。20年前から「半農半X(エックス=天職)」コンセプトを提唱。半農半X本は翻訳されて、台湾、中国、韓国にもひろがる。著書に『半農半Xという生き方 実践編』など。

※半農半Xとは・・・半農は環境問題、半Xは天職問題(どう生きるか)を背景と する。持続可能な農のある小さな暮らしをベースに、天与の才を社会に活かす生き方、暮らし方。ex.半農半漁、半農半大工、半農半看護師、半農半カフェ、 半農半絵描き、半農半歌手、半農半鍼灸師、半農半カメラマンなどなど。


vol.193 未来に続く暮しの学びPrt-34

オーストラリアの山火事で感じること。

異常に長引く“乾期”に猛威を振るう山火事

 この6ヶ月間、まとまった雨が降っていないところへ、山火事が発生しています。新聞やニュースでご存知の方も多いと思いますが、かなり広範囲でいまだに燃え続けています。
ここバイロンベイは亜熱帯気候なので、熱帯雨林が国立公園として守られています。でもこの過激な乾期のおかげで、熱帯雨林でも乾燥しすぎて火事が発生するほど。各地域では、一時避難警告がだされ、家から離れなければいけない家族もたくさんいました。バイロンベイでは節水と、水量使用制限などの規制がだされ、市内に住んでいる人たちも、節水を強いられています。私たちの土地では、雨水を集めてまかなう仕組みなので、完全に水不足になり、4日ほど断水状態が続きました。いまは、地下水を汲み上げて、施設内の水はまかなえるようになりました。このような異常事態を経験すると、あらためて”水” がどれだけ自分たちの生活に関わっているかを実感します。自分だけではなく、この国全体で、体験しているようです。

 全ての生き物が生きる上で、最も重要な水。だから、細かな部分までにも神経を使って常に「命を育む水」を意識して、無駄なく使いたいもの。いやそうしなければいけない。危機をとおしてしか、学べない人間の未熟さを感じながらも、これをきっかけに、水に対しての意識が高まり、水は人間だけのものではないという意識も伝わるといいなと思います。

 樹齢を重ねた木々、食卓を潤してくれる畑の野菜や植物、動物、爬虫類、昆虫類などなど生あるものには欠かせないものであり、あらゆる生き物と水を共有しているのだという意識が大事。日常生活もそんな思いで水を使えるようになるといいなと思います。
 火事は少しづつ収まってきていますが、まだまだ目が離せない状況です。収束に向けてこの地域では、レインダンスを呼びかけて、みんなの意識が雨を呼ぶことに集中しています。
雨期はもうすぐの、、、はず。。。動物も、人間も、植物も、みんな雨を待っている。

自然の猛威になすすべもなく…私たちもその自然の一部。


vol.193 夢か悪夢かリニアが通る!vol.22

「水枯れ」経験した掛川

 南アルプスを愛した山岳写真家、白籏史朗さんが11月30日、86歳でなくなりました。5年前の2014年9月、白籏さんがリニア中央新幹線建設に反対する集会で講演する様子が動画投稿サイトYouTubeで公開されています。白籏さんは「気持ちが非常に落ち着く、包み込んでくれるような山地」と南アルプスの魅力を語り、リニア南アルプストンネル計画について、「トンネルを掘るということで、地下水の流路がどのように変わるかということが非常に心配。森林に相当大きな被害が出るのではないかと思います」と警鐘を鳴らしています。「何か工事すると金が絡む。金が絡むとつい巻かれてしまう人もいる。それによって自然は荒れ、地下水は枯れ、生物は減ってしまう。悪循環なんですね」。その言葉は、長年にわたり山々の襞を分け入って歩き続けた白籏さんの実感だったのでしょう。   井澤宏明・ジャーナリスト

60万人の生活用水

「一番頼りになるのは、水を利用している方々に『命の水』だと声を挙げていただくこと」と訴える難波副知事

 静岡県掛川市で12月3日、「掛川の水について考えるシンポジウム」が開かれました。平日の昼間にもかかわらず会場の市生涯学習センター大ホールには約500人が詰めかけました。リニアの南アルプストンネル建設で大井川の水が減る問題を受けて、身近な水について考えてもらおうと市が主催したものです。


 長年、水不足に苦しんできた掛川市には県内の3分の1に当たる200以上の「ため池」が作られ、毎日の水くみが大変なことから、「水のない掛川には嫁をやるな」と言われたという悲しい歴史があるほど。現在、使用量の9割を大井川の水でまかなっていますが、大井川の渇水により、最近では昨年12月から今年5月まで147日間も節水対策を行いました。
 同市には苦い経験があります。新東名高速道路の粟ヶ岳トンネル掘削工事で2000年5月、地域の水道の水源だった粟ヶ岳中腹の湧水が枯れてしまったのです。
 パネリストとして参加した富士東製茶農協の平井文男組合長は、年間収入の7、8割を得る「一番茶」シーズンに水が枯れ、製茶に必要な水を給水車で運んだこと、その後、中日本高速道路(ネクスコ中日本)の補償で上水道が整備された(水道料は30年分のみ補償)経緯を振り返り、こう語りかけました。

約60万人分の水をまかなう大井川。その影響範囲は広大だ(配布資料より)


 「お風呂のふたを開けて湯気が出てきたとき、今のカルキ臭がする水に最初は慣れることができなかった。本来のおいしい山の湧き水を飲んでみたいという思いがあります」
 ネクスコが工事前に、「水は枯れない」と地域の先輩たちに説明していたこと、水枯れ発生当初は、「因果関係は調べてみなければ分からない」となかなか話し合いにも応じなかったことを挙げ、「JR東海は(大井川の減水について)色々数字等を言っているが、本当にそれが正しいのか。(水枯れの経験があるので)信用できなくなっている」と訴えました。

「県民共有の財産」

平日にも関わらず多くの掛川市民が詰めかけた「掛川の水について考えるシンポジウム」

 基調講演を行った静岡県の難波喬司副知事は、JR東海が推計している大井川の毎秒2トンの減水量について、「大井川の水を利用している約60万人の生活用水がそっくりそのままなくなるということ」と解説。JR東海が「原則として、湧水の全量を大井川に流す」と表明したのは昨年10月、減水を公表してから5年後のことでした。
 ところが今年8月になって、「先進坑がつながるまでの工事期間中、山梨、長野両県へトンネル湧水が流出する」ことをJR東海は明らかにしました。静岡・山梨県境には地下水をたたえた「畑薙山断層」があることが分かっています。難波副知事は、映画「黒部の太陽」を例に挙げながら、「断層の水が枯れるまで出し切って、それで工事が再開になる。1年間ここから出た水は全部、山梨側に流れる。それでも大井川水系の水は減らないと言っている。まったく理解できない」とJR東海を批判、議論がこう着状態にあることを伝えました。
 さらに、「水循環基本法」などを紹介して、「トンネルで出る水はJRの水じゃない。県民共有の財産を、よそに流す権利はどこにもない。ここはどんなことがあっても我々は譲れない」と決意を述べ、利水者の応援を求めました。




vol.193 緊急特集 中村 哲さんを悼む

中村 哲 なかむら てつ
ペシャワール会現地代表。PMS総院長。1946年福岡市生まれ。九州大学医学部卒業。国内の病院勤務を経て、1984年パキスタン北西辺境州の州都ペシャワールに赴任。その後、東部アフガニスタンへも活動範囲を拡げ、ハンセン病や結核など貧困層に多い疾患の診療、農村復興のため水利事業に携わる。

なぜ、どうして……、
ペシャワール会の中村 哲医師が死去

 12月4日、アフガンで支援活動を30年以上行なってきたペシャワール会の中村哲さんが武装集団に銃撃され死去された。友人からのメールでそのことを知った私は、驚きととともにその事実が信じられなかった。政治、思想をこえてアフガンの現地で救援活動を行ってきた中村さんは、戦乱とは関係なく、現地の人々の尊敬と支援を集めて黙々と活動してきたのである。その中村さんが標的となり死去したのである。
 ペシャワール会は1983年に中村哲医師の活動を支援する目的で結成された日本の民間支援団体です。パキスタンのペシャワールから始まった医療活動はアフガニスタンにも拡大され、医療活動とともに生命の根源である「命の水」を求めて井戸掘り、カレーズ(伝統的な地下水路)の修復活動へと進展しました。また、アフガン戦争では空爆の下で食料援助を実施しました。
 2000年の大干ばつから続く干ばつの影響、戦乱による治安の悪化によってアフガンの国土は荒れ、多くの難民が生まれました。中村さんによれば、報道されるのは戦乱のようすばかりですが、アフガン荒廃の根本的な原因は継続する干ばつの影響です。当初行なっていた医療活動から、命の水を求めての飲料水源確保事業から(掘った井戸は現在1600)、「緑の大地」計画のもと2003年から砂漠化した大地を緑の農地にするために用水路の建設が始まりました。用水路によって荒廃した大地に緑がもどり、ふるさとに帰還した難民は約15万人と推定され、その水利事業によって現在約65万人の人たちの生活を支えています。
 そんなペシャワール会の活動を支えているのが約2万人(会員・寄付者)の日本人の真心です。民間による支援活動ですが、その活動はすでに国家的な事業といえるほどに成長しており、その活動の根源は現地の人たちと中村哲氏の強固な信頼関係にあります。当たり前のことですが、現地の人たちの思いにそった、アフガンの人たちのための支援活動です。いまだに戦乱は治まらず、治安悪化のアフガンにあって、用水路建設、農村復興が進むアフガン東部、クナール川流域は暗闇の中の光明です。医療活動から井戸掘り、そして「緑の大地」計画による用水路建設、農地の確保、「命の水」は「平和の水」となってアフガンの国土を潤す。ペシャワール会の活動はすでに30余年、武力によらない真の積極的平和主義を実践してきたのがペシャワール会、中村 哲医師でした。
 なぜ、どうして中村さんが狙われたのか、アフガン国内の混乱を狙った武装集団の正体、思惑が私にはまったく理解できません。ただただ驚きと悲しみでいっぱいです。日本に帰る中村さんの棺をガニ大統領が担ぐ報道写真を見て、アフガンの人たちとともに涙があふれてきました。
 08年にペシャワール会の現地スタッフであった伊藤和也さんが殺害される事件があったが、「私たちペシャワール会は、変わらずに事業を継続して、皆さんと苦楽を共に致したいと思います……皆さんの協力と要望がある限り、ペシャワール会の活動をやむことなく継続されることを誓い、弔辞と致します」と中村医師。
 中村さん死去という大きく深い悲しみを乗越え、今までの活動を変わらず継続していくことが残された私たちのつとめであろう……ただただ合掌。

(新年になったら、中村哲医師追悼の集いとペシャワール会の報告会を計画したいと思っています)  
黒野こうき(岐阜ペシャワール会を応援する会・代表)

記憶に残る中村さんのことば

「憤りと悲しみを友好と平和への意志に変え、今後も力を尽くすこと誓う」
伊藤和也さん(ペシャワール会スタッフ)が2008年に殺害された時の追悼の言葉。

「100の診療所より1本の用水路を」

「誰もがそこへ行かぬから、我々がゆく。
 誰もしないから、我々がする」

「戦争協力が国際的貢献とは言語道断である」

「9条がリアルで大きな力だったという現実」

2016年5月27日 各務原市民会館大ホールにて ペシャワール会は、パキスタンでの医療活動に取り組んでいた医師の中村 哲を支援するために1983年に結成された非政府組織。



vol.193 プレゼントコーナー

1- あなたは、2020年をどんな一年にしますか?
どんな一年を送るのか、あなたの決意を聞かせてね!
2- 気になるにらめっこ紙面での広告
3- 気に入った記事、気に入らない記事のタイトル1つ・その理由もお書きください。
4- ご希望のプレゼント名 (第1希望・第2希望)
 ※A、B、Dは編集室まで受け取りに来られる方。
5- 本紙をどこで入手されましたか?
6- 氏名、年齢、住所、郵便番号、電話番号、  家族構成

プレゼントご希望の方は

ハガキまたはe-mailで、上記のアンケートを
1〜6までご記入の上、編集部・プレゼント係りまでお送りください。
〆切:2020年1月27日 当日消印有効。

宛先
〒504-0855 各務原市蘇原新栄町3-15
e-mail: info@niramekko.com
※お寄せいただいた個人情報は、本紙プレゼントの発送に限り、 使用させていただきます。
※当選の発表は発送をもって代えさせていただきます。

A.九条ボールペン  

にらめっこより…5名様

日本が戦争を永久に放棄し戦力を保持しないと定めた第9条を含む日本国憲法。改憲に積極的な今の日本の政権。あなたは改憲に賛成?反対?どう思う?難しいと構えないで、身近な人とどんどん対話してみて。まずはこのボールペンでネタ振りってどうでしょう。にらめっこ編集室でお受け取りください。

B.ペアコーヒーカップ

にらめっこより…1名様

葉っぱがモチーフの藍色の柄がシックでおしゃれなペアのコーヒーカップ。寒い日には温か〜いコーヒーでほっとひと息、ブレイクタイム。そんなひとときをあなたは誰と過ごしますか?にらめっこ編集室でお受け取りください。

C.CINEX映画招待券

シネックス様より…ペア3組様

優れた映画作品は時代考証などもしっかり、まるで映画作品の時代へタイムスリップしているかのよう。観ているうちに主人公とその時代を共にする、そんな一体感は映画館ならではかも。写真は「カツベン!」より。招待券は柳ヶ瀬のCINEXでご利用になれます。

D.アルベルベッロのマグネット

にらめっこより…2名様

南イタリア、プーリア州アルベロベッロには、石と漆喰で作られたトゥルッリと呼ばれる伝統的な家屋が多く残ることで知られています。世界遺産として登録もされているこの町をデザインした小ぶりのマグネットです。サイズは約5センチ×7センチ。にらめっこ編集室でお受け取りください。


vol.192  土のある暮し

日々の暮らしの中で「循環生活」をスタート!と題して、前号は、台所→堆肥→野菜→台所…を実現する「ダンボールコンポスト」を紹介しました。今回は、「土の循環」について。そこには、私たちの暮らしに欠かせない大切な世界がありました。

大事なものは、土から生まれる。

土は、私たちの命を支えている
 人が摂取している食べ物の99.7%は土から育ったもの(※国連食糧農業機構・FAOのデータより)であることを、ご存じですか。動物はもちろん、昆虫や微生物に至るまで、食べ物を得る場所として、生きていくためのすみかとして、土は生き物にとって欠かせない存在です。土は、水を循環させていることを忘れてはなりません。私たちをふくむ多様な命は、土から始まる食物連鎖に支えられて今日も生きています。

土づくりは、自然が教えてくれる
 人が手を加えていない森の中では、土と植物がバランスを保ちつつ、持続的な仕組みを作っています。古くから伝わる「土づくりは自然から学ぶ」という言葉にうなづけます。しかし、農業での主な関心事は肥料や農薬などの散布について、ではないでしょうか。農薬や化学肥料は作物にとって、農作業者にとって都合のいいものでしょうが、結果的には土を劣化させてしまいます。リビングソイル研究所では、「土の劣化を抑制して再生させる」ことを提唱しています。

土の再生が、世界を変える
 “土壌を再生すれば、発展途上国を悩ます飢餓だけでなく、水不足や地球温暖化に対処する道も開けてくる”ナショナルジオグラフィック 2008年9月号 『食を支える土壌を救え』では、土壌を再生することで、
「▪気候変動を解決▪生物多様性の回復▪食べ物の質の向上▪飢餓・貧困を解決▪有害・汚染物質の分解▪ゴミの削減▪水の保全・水質向上▪健康向上・医療費削減▪植生の回復・植物の生育促進▪酸性雨などからの緩衝▪空気の質が向上▪海や湖など、生物の環境を快適に、」なると述べ、さらに、
 「農地や身近な環境で土を再生できれば、現代社会が抱える多くの課題を解決へと導くことが可能です。土の機能は、植物を育てたり、支えることだけではありません。水の循環サイクルでは大切な機能を果たしており、土に侵入した有害物質を分解する他、酸性雨の影響を緩和。河川や湖、海の生態系にすぐれた効果を発揮します。また、草木や家畜の排泄物、生ゴミを適切な状態で土にもどすことによってゴミが減り、土は肥沃になっていきます。土は、私たち人間の食べ物だけでなく、バクテリアや菌類などの微生物にも作用するため、生物の多様性が幅広いレベルで守られることになるのです。飢餓や貧困に苦しむ地域で土が再生されると、作物の収穫量が増え、水や燃料などに用いる樹木の生育もよ

くなって食べ物の質や栄養価の向上に影響を与えます。「土の再生」を社会の仕組みに織り込んでいくことは、さまざまな課題の解決につながっていくのです。」と、述べています。

土の再生って?
 土は生きている—土壌動物が育む土壌環境 横浜国立大学金子信博氏の研究によると、土の中の微生物、土壌動物の関係性が土をより良い状態にしていくとのこと。地球は土の惑星!土は命の源。私たちの食は「土の力」に支えられています。しかもその土を耕している微生物、土壌生物は土に循環をもたらす働きをしています。その一部をご紹介します。

土の惑星
 よく「土は生きている」と言われます。確かに土には驚くほど多くの、そして多様な生きものが暮らしています。その顔ぶれは、細菌・カビなどの微生物から、センチュウ・トビムシ・ササラダニなどの小型の土壌動物、ミミズやヤスデといった大型の土壌動物までさまざま。そのほとんどが私たちにははっきり見えない大きさですが、肉眼で見える動物に限ってみても、地上の動物の数倍から10倍程度の量の動物が、地表からせいぜい50cmほどの深さの土壌の中に生息しています。宇宙の中で地球を特徴付けるものはたくさんありますが、陸地が生物に満ちた土壌で覆われているという点も地球の大きな特徴です。

ミミズやヤスデが炭素を溜める
 土壌食で知られているミミズやヤスデの糞を調べると、土壌よりも炭素濃度が高くなっています。これは有機物と土壌を混ぜて食べるため。食べられた有機物は消化管のなかで土壌と十分混ざりあい、粘土鉱物と結合します。糞として排泄された窒素は、微生物の活動によってアンモニア態から硝酸態に変化します。このうちの一部はガスとなって大気に戻りますが、硝酸態窒素は植物に利用されやすい。一方、糞のなかの炭素は土壌に塗り込められているので、酸

素が供給されにくい糞内部にあり分解が抑制される。植物の側から見ると、必要な栄養塩はめぐり、植物にとって大気から簡単に得られる炭素は土壌に蓄積されるわけで、生育にプラスに働くことになる。大気の二酸化炭素を土壌に溜めるという点で、緑の地球は、茶色の土壌が支えていると言ってもよいと思います。

土壌動物が引き出す土の働き
 土壌が機能するには、土壌中に微生物だけでなく、土壌動物も含んださまざまな生物グループ(機能群)が揃い、たがいにゆるやかな共生関係を保っていることが重要です。単なる種の多様性(種数)ではなく、このような生物グループ(機能群)の多様性に注目することが必要だと思われます。

 近年、微生物の顔ぶれは世界中の土壌で驚くほど似ていることが分かってきました。それに対して土壌動物は環境の影響を受けやすく、場所ごとに顔ぶれが大きく異なっています。それゆえ、微生物の活動への影響も場所によって異なり、土壌機能も異なってきます。人間の開発によって土壌動物がいなくなり、炭素貯留の働きを失った農地はその一例を示しています。
 農業の開始いらい、人間がある意味、ひどい扱いをしてきた土壌が依然として働いてくれるしくみの基盤には、土壌生物の多様性があります。土壌の働きは多様な生物によって引き出されているという意味で、土はやはり「生きている」のです。


vol.192 虫はなんのためにいる?

虫たちは地球を豊かにするためにかけがえのない役割を担っています。ここでは特に畑づくりという観点から、大切だと思える3つの役割をご紹介します。

① 花粉の運び役
 植物にきれいな花が咲くのは蜂などの昆虫を呼び寄せるため。彼らに花粉を運んでもらって、子孫を残す手助けをしてもらっています。蚊やハエの仲間にも花粉を運ぶものがいるそうです。野菜も同じく、特にイチゴやカボチャのような野菜は虫が受粉してくれることで、たくさん実がなるようになります。

② 生物の死骸を分解する
 虫たちは微生物と協力して、枯葉や生き物の死骸を細かく分解していきます。そして新しく土として再合成するサイクルを繰り返すことで、土は豊かになっていきます。

③ 全体のバランスを調整する
 自然界は、特定の栄養素や微生物・植物・虫などが増えすぎたり、減りすぎたりしないようにバランスが取られる働きが自動的に行われています。畑にいる虫も同じで、自然全体で見るとこの働きに基づいて動いています。

 以上3つの役割をご紹介しましたが、結局これらをまとめると「虫は生態系を豊かにしようとしている」と言えます。

 虫は生態系や土を豊かにしようとしていると説明しましたが、畑の害虫も実は同じ目的を持っています。例えば畑の中で“野菜という植物だけ”に、集中的に“肥料”という形で栄養をあげた場合、これはその土地全体から見ると非常にアンバランスな状態です。そこで、自然のバランス調整機能が働きます。つまり、害虫が余分な栄養を与えられている野菜を食べに来て数が増えます。そしてその虫がその畑にフンを落として、その土地全体に栄養素をバラまこうとするわけです。
 しばらくするとその増えた害虫は、その天敵に食べられてしまいます。今度は天敵が個体数を増やすことで、害虫は自然と減っていきます。このように全体で見ると自然はその土地全体に栄養素を分散して、その土地と生態系全体が豊かになるような働きが起こっているのです。

根本的に害虫の被害を減らすには
 虫や自然界の目的は「生態系(土)を豊かにする」ことであり、人間の目的は「野菜を収穫する」ことです。このズレがある限り、害虫の被害は根本的には解決することはできず、対症療法に追われることになります。それなら、虫たちの目的と人間の目的を一致させてはどうでしょうか?
 視点を変えると、根本的な解決の道が見えて来ます。具体的には以下の4つの方法が考えられます。

1)土の地力を高める
 害虫の問題にしても根本的には土づくりがとても大切になります。土の中の栄養素や微生物のアンバランスが起きていると、その調整役として虫が来るリスクが高まるので、そのバランスをとりながら地力、「その土が植物を育む力」をつけていく必要があります。
 虫たちがしようとしている役割をこちらで先にやってしまうことで、彼らがくる必要性を最低限に留めることが出来ます。
 ただし注意点として、この地力を高める過程で、害虫が大量発生する可能性があることを十分に理解しておいてください。それまでバランスが崩れていた場所であればあるほど、そのバランスを取り戻す働きが強く起こります。長い目で見ることが大切です。

2)害虫は全滅させない
 いくら憎き害虫といえども全滅させてしまうと、その天敵となる生き物もエサがなくなるので減ってしまいます。そして結果的にまたその害虫が増えやすい環境を作ってしまいます。多少食べられる程度は目をつむりましょう。

3)周囲の環境を整える
 例えばナメクジが多い畑の場合、いくらナメクジを駆除し続けても、その場所自体がジメジメしているような環境であればまたやってくるでしょう。ほとんどの野菜は日当たりがよく、風通しが良く、水はけが良い場所を好み、そういった環境を好む虫とも比較的相性が良いです。

4)効き目の強い肥料や農薬の使用を減らす
 即効性のある肥料や農薬ほど、生態系や栄養素のバランスを崩すリスクも高くなります。こういった資材に頼りすぎない手入れの仕方をしていきましょう。

害虫が発生した時の対処法
 あまりにも地力がなかったり、生態系のバランスが崩れてたりしている場合、あまり効果がない時もありますが、畑の生態系に副作用があまりない液剤などを用いて、虫除けを行うものです。基本的には葉や茎に散布しますが、濃度が強すぎたり、散布しすぎると野菜が傷む可能性もあるので要注意。

○酢
 合成酢ではなく穀物の醸造酢が植物を傷めず、むしろ元気にする効果もあるとされているのでオススメ。ナメクジやアブラムシなどの様々な害虫の対策に使います。50〜100倍に薄めて使用します。焼酎を混ぜたり、唐辛子やニンニクなどを漬け込んだりしておくとより効果的です。

○木酢液
 木材を燃やした時に出る煙を冷やして液体にしたもので、ホームセンターなどでも売られています。センチュウやアブラムシなどの対策に用います。一般的には500〜1000倍に薄めて使いますが、商品によっても異なるのできちんと確認してからお使いください。

○捕殺する
 シンプルに捕まえて殺すという方法です。完全に殺すのではなく、半殺しにして体液を出させることで、それがその虫にとっての警戒信号となっており、その仲間が来にくなるとも言われています。
 例えば緑色のカメムシは強烈臭いを発しますが、あれも仲間に警戒を促すものです。畑にいるカメムシや他の害虫はこのような強い臭いを発しませんが、その体液が同じような役割を持っていると言われています。
このとき全ての虫を殺すとその反動で逆に増えるという現象が起こる場合がありますので、無理に全滅させようとせず必要最低限の捕殺で大丈夫です。

「世の中にいらないものなんてない」と熱く語る吉田俊道
さんの言葉が印象的です。詳しくは次ページで。


vol.192 土と虫と草と…

雑草は根から抜いちゃダメ!?

雑草を根から抜いていませんか?実は雑草の根を残して刈ることで、土が軟らかく栄養豊富になり、だんだん刈るのが楽な雑草が生えるようになるという不思議なことが起こるのです。      マイナビ農業「畑は小さな大自然」より

なぜ根っこから抜いてはいけないのか
 それは雑草を抜くたびに土が締まって硬くなっていくから。土が固くなると、固い土でも繁殖できる根の張りがとても強い雑草が生えて来やすくなります。つまり、根から抜くことを繰り返と、草取りがだんだん大変になるという悪循環に。

根の本来の役割
 植物の根の役割は、「土から栄養を吸うこと」ですが、「土を掘り進め、軟らかくすること」も重要な役割。すると、その植物自身も根を張りやすくなり、次の世代もそこで根を張ることができます。
 さらに、光合成で作った糖分を根から出して微生物を集め、彼らが住みやすい環境を土の中に作るという役割を持っています。つまり、土の中で微生物と植物がお互いに協力し合いながら、住みやすい土を作っているのです。それがまた、野菜が育ちやすい土の環境にもつながっていきます。
 枯れた後の植物の根は、微生物たちによって分解され、土の栄養となり、根があった部分は土の中でトンネルのように空洞として残るので、土がフカフカになっていくのです。根から抜いてしまうとこの空洞は生まれないので、土が少しずつ締まっていきます。

土の環境が変わると、生える雑草も変わる
 このように植物たちは根を使って、微生物たちと協力して土の中に住みやすい環境を作っているのですが、より住みやすい環境になってくると、実は生える雑草が変わってきます。これはちょっと難しい言葉で説明すると「植生の遷移」という現象。耕作放棄地も最初は小さな雑草が生えますが、何十年と放っておくと、だんだんと森になっていくというのと同じような現象です。つまり雑草の根っこを残して切ることで、土がフカフカになり、フカフカの土を好む微生物や雑草が増えます。このような環境で生える雑草は、根の張りが浅く、背が低く、柔らかいので草刈りするのにも楽ですし、野菜の生育の邪魔になりません。
 耕すことでも土はフカフカになったように思えますが、それは一時的なもの。根本的にそして長期的にフカフカな状態を保つためには、根っこを残した草刈りが必要になります。またこれに合わせて、”雑草・落ち葉マルチ”を行うと3〜4ヶ月でかなりフカフカで栄養豊富な土ができていきます。

お勧めする草刈りの仕方
・確実に根元の下を切る
基本は、根を残して「根元より下」を刈ること。鎌を少し土に入れて根をできるだけ残すように刈っていくことが大事なポイント。
・地下茎が生えなくなる土づくり
土がフカフカで豊かな状態になれば、自然と地下茎の植物は減っていきます。土自体が硬くて痩せている状態であれば、また繰り返し地下茎の植物が生えるようになってしまいます。

世の中にいらないものなんてない。害虫も雑草も自分の場所で自分の役割を果たしているだけだった。NPO法人大地といのちの会 理事長 吉田俊道

なぜおいしい野菜には虫がつかなくなるのか? 少し理論的に説明しましょう。

 有機物(生き物の死体)の分解、合成過程には発酵と腐敗の二つの道があります。そして関与している生物がそれぞれにいるわけです。この二つの道のどちらにも関与できる生物はあまりいません。
 私たち人間は、発酵の世界で生命を食べつないでいます。逆に、うじ虫や害虫たちは、腐敗している食べ物や腐敗しそうな食べ物を食べて、栄養を吸収しています。
 生き物は腐敗か発酵かの、どちらかの世界に分かれて生きているのです。
 畑によく現れるフトミミズは腐敗の生き物です。空気の少ない固い土や、微妙に腐敗臭のする土にたくさん発生し、腐敗しかけた有機物を食べて暮らしています。
 モグラはそんなフトミミズを食べるために、腐敗臭のする土のほうへ動き回ります。つまり、モグラの害が多いということは、土が腐敗に傾きすぎているということを意味しているのです。
 しかし、フトミミズは腐敗した土を発酵の世界に変えてくれます。
そしてモグラも、結果的にたくさんの空気を土の中に運び、より早く土の状態を発酵に戻してくれます。
 4年前まで、土の中を荒らして野菜を枯らすモグラが私はとても憎かったです。それが今では「モグラさん、ありがとう」になりました。発酵している土の中はミミズもモグラも少なくなります。土が完全に発酵状態になると、住む世界が違うので自然といなくなるのです。私たちが農業を営む上で敵と考えてきた病害虫は、敵ではなく、ただ自分の場所で自分の役割を果たしていただけだったのです。

雑草も同じです。草を取るから、土はいつまで経っても団粒構造が発達せず、いよいよゴウブシやスズメノカタビラなどの引き抜きにくい草だらけになるのです。
 反対に、よその草まで持ち込んでたっぷり土に入れると、ふかふかで微生物たっぷりの発酵型土壌に変わります。

 ナズナやハコベなどの抜きやすい双子葉類の草だけ生えるようになり、野菜は後味がよくなり、病害虫も発生しなくなります。
 雑草をできるだけ小さいうちから除草しようとする農家は多いです。ですが、ためしに運動場や固い土の畑によく生えているスズメノカタビラを、思い切って大量に畑に入れてみてほしいです。数ケ月すると、もともとタネもなかった双子葉類の草が生えてきます。

 今、中学校では生命の循環と生物の育成を習うことになっています。しかし、どれだけ教室で知識を学ばせても、校舎の周りで育っている雑草を捨ててしまっています。そんな中、福岡教育大学では雑草を運動場のような固い土に入れて、数か月で土をふかふかに変える実験を行っています。そこで育てた野菜が元気でおいしい「菌ちゃん野菜」になるかどうかを検証しています。厄介者でしかなかった校庭や校舎の周りの雑草が循環して最高の土を作り、とってもおいしい野菜が生まれる。そして、その野菜を育てた人がありがたくいただく。そのとき、「世の中の生き物はすべて自分とつながっている。世の中にいらないものなんてなかったんだ」ということを初めて実感できるのだと思います。

(熊本市で行われた「こどもの給食を考える会くまもと」主催の講演より    みやざき中央新聞

「食べることを通して、 生きることを考えよう!」

11月26日(火)吉田俊道さんと船越康弘さんの対談がありますよ。詳しくは「こころとからだをはぐくむシンポジウム」で検索!


vol.192 ぎむきょーるーむ 学校に行きたくない 

「お腹が痛い」「頭が痛い」「行きたいけど、宿題が終わってない…」「もう、死んだほうがいい!」
学校に行き渋る子どもの言葉も姿もいろいろ。
「行きたくない」と言葉にできる子もいれば、体の不調を訴える子も。中には暴言や暴力など「荒れる」というかたちで表現する子もいます。
「学校に行くのが辛い」のはわかった。
でも、どうして?
学校でなにかあったの?
ひょっとして、いじめられていたとか…。
「学校に行きたくない」子どもの声として聞こえてくるのは…

【低学年の場合】 「体育がいや」「給食を早く食べられない」「先生がこわい」「○○ちゃんが遊んでくれなくなった」「ぼく(わたし)が怒られてる気がする」「みんなできるのに、ぼく(わたし)だけできない」「一人でいたいのに、みんなと遊びなさいといわれる」 etc

【高学年から中学生の場合】「疲れる」「先生がぼく(わたし)の意見を聞いてくれない」「勉強がわかんないからだるい」「テストがあると気分が重くなる」「部活がきつい」「なんとなく…」「クラスでいじめがあるのがつらい」「友だちにハブられた」「LINEで排除された」「もうこれ以上がんばれない」 etc

子どもは、期待に応えたい、大人が安心できる言葉はなにかと、がんばってそこにあわせようとすることがあります。
自分でもそうしてよいかわからなくても、その場しのぎのことをいってみたりします。
学校のことは親にも先生にもなにも話してくれないことも。
大人は不安にかられてあれこれ問いたい。
けれど、気持ちをこらえて、そっとしておく時間も必要です。

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学校に行きたくない理由を考えるときに

答える人:山下 耕平(NPO法人フォロ事務局長)

 「学校に行けない原因はなんですか?」と親や先生が聞く場合、「その原因を潰せば行くようになる」と考えておられることが、ままあります。でも、そういう見方では、ボタンをかけちがえてしまうことが多いように思います。
 

きっかけはあるかもしれないけど、それは自分でもよくわからないとか、いろいろなことが重なってそうなったということのほうが多いのではないでしょうか。もちろん、はっきりとこれが原因という場合もありますけど。
 子どもにとっては「これが原因だから、ここをこうしよう」とやっていくとしんどい気がします。
 理由はともあれ、子どもが学校に行けないというとき、あまりそれをなんとかしようと思わずに、まずは「休むこと」を受けとめられたらいいんだろうと思います。だけど、初期ほど、それは難しいですよね。
 ぼくの見てきた経験からいうと、この時期にあまり親子でがんばりすぎて、それでも「行けない」となってしまうと、苦しみや傷を深めてしまうことが多い気がします。
 できれば、初期の段階から、がんばってどうにかしようということは少ないほうがいいのかなと思います。
 とくに学校の先生は、原因を探そうとしてしまいがちです。でも、それは「わからない」ものであって、あまり行けない原因にフォーカスしないほうがいいとぼくは思います。

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対談 「いい親」の対応をしなくても

岡崎 子どもが学校に行かないと相談してくる親御さんのなかには、「子どもに『学校に行かなくてもいい』っていわなきゃならないんですよね?」と聞いてくる人もけっこういます。ボクが「それはそうじゃないんじゃない?だって行ってほしいんでしょう?だったらそういったほうがいいんじゃない?」というと、「でも、そういったら子どもを抑圧するから」と。「いや、でもお母さんが『行かなくていいよ』といって顔をひきつらせてる抑圧のほうが強いから、それはいっていいと思うよ」と話すんですが、「そりゃあ行ってほしいけど、あなたがしんどいのに無理して行くことはないのよ」というくらいで。
山下 これはもう不登校の鉄板ネタみたいになっていますけど、昔から子どもたちがよくいうのは、「『学校に行かなくてもいいよ』といっているお母さんの目が笑っていない」(苦笑)。

里中 私も最初はそうだったと思います。
山下 階段をのぼる足音とか、ドアを開けたときの音とか、ちょっとした所作から子どもが感じとっているメッセージがある。それと言葉が食いちがってしまうと親も子どもも逆に苦しい面はあると思うんですよね。
里中 親は「いい親」をしなくちゃいけないって、すごく思っているんですよね。だから子どもにいってはいけないと思ったら、それをすごくがんばろうとしてしまう。「無理しなくていいんじゃない?」って親の会で私はよく話しますが、「この程度の親です」というのを子どもにも見せた方が楽なつきあい方ができると思うんです。
 だけど、親は子どもにとって権力がすごくある人だから、それをふりかざすことをしてしまうのはまずいですよね。立場が強いということは自覚して、これまでにしてまずかったことは、これからはしないようにすればいいんです。
 親自身が「こうできなかった」と自分をすごく否定してしまうと、子どものほうも否定感が強くなってしまうので、それよりもこれからどうしていきたいのかを親も子もそれぞれが考える、というような感じになれるといいのかなと思います。そこにたどり着くまでがなかなか難しいですが。

対談した人
NPO法人フォロ スタッフ:里中 和子、山下 耕平
お・は編集人:小学校教員 岡崎 勝

NPO法人フォロ …2001年、大阪で不登校の子どもを持つ親たちを中心に設立され、フリースクール、親のつながり、相談事業、なるには(18歳以上の居場所)の4つの活動を展開。


vol.192 しょうがいをみつめる vol.3

学びのユニバーサルデザイン

 私が考えるこれからの教育は、通常学級、特別支援学級・学校という垣根をなくして、共に安心して暮らせるクラスです。そのためには、「学びのユニバーサルデザイン」という視点が非常に重要になってくると考えます。

 始まりは、通常学級における特別支援教育において、授業や学習環境をユニバーサルデザインの視点で捉えようという動きで、10年くらい前から取り入れられている視点です。何をもってユニバーサルデザインとするのかの定義は現時点では統一したものは定まっていません。
 『学びのユニバーサルデザイン』を提唱している1つの団体として、米国の研究団体C A S T (Center for Applied Special Technology)があります。
 C A S T は障害のある児童生徒をいかにして通常学級に適応させるのかという問題を追求していました。追求すればするほど「障害は誰にあるのか?」と自問することに。そこから、90年代に「障害は学習者ではなく、教育カリキュラムの側にあるのではないか」という視点が生まれたそうです。

 私が10数年前、勤務していた小学校の通常学級では、視覚に敏感な子どもたちのため、教室全面にできるだけ掲示物を貼らない配慮がされ始めました。これまでは時間割や係り活動表、お便りなどが掲示されていました。そういった掲示物を教室背面に移動することで、気が散らずに集中できるとの理由からでした。視覚に敏感な子どもだけでなく、多くの子どもから教室がすっきりした、集中しやすいという意見が出されました。
 また、特別支援学級では、授業で使う印字された教科書が読めない子どもに対して、この子はどうして読めないのか、視覚障害か、知的障害か、読字障害かもしれないと、人に当てていた視点で教材研究がされていました。教科書が読めないのなら、教科書を読み上げるCDを使ってみよう、点字教科書はどうかな、と様々な媒体の中から本人が適したものを選んでいく。その子に障害があるから学べないのではなく、学びの手段が、印字された教科書1つに絞られているために学べないという視点の切り替えが『学びのユニバーサルデザイン』の第一歩でなのです。
 また「学びのユニバーサルデザイン」では、「学びのエキスパート(学ぶ意欲と目的を持ち、学び方がわかり、方略的に学ぶことができる学習者)」を育てることを目指しています。

 これまでの教師や学校教育の役割は、「学習者に知識を授ける」ことでした。授業とは、字のごとく「知識を授ける業」なんですね。しかし、これからの時代は、「学びのプロセス自体を提供する」ことが重要になってくると考えます。来年から施行される新学習指導要領の目指すところとも重なるのだと思います。

 C A S T では、『学びのユニバーサルデザイン』の根拠として、脳科学が基盤にあります。親子でも、双子でも、脳は2つとして同じものは存在しません。だから、学習プロセスも一人ひとり異なるという前提において、学びのための多様な手段の必要性が裏付けられています。

 『学びのユニバーサルデザイン』という言葉を私が知ったのは、つい最近です。このように名付けられていなくとも、実践している教師・学校はあるでしょうし、まだこれからというところもあるかもしれません。現時点では一教師の裁量に寄るものが大きいのかもしれませんね。


vol.192  niramekko Gallery「やさいスタンプで」

作者:さら

さら:ふふ〜ん♩ひらふぅはぁゆぅ〜♬、さらちゃんはいつも小さな声でハナウタのような歌を口ずさみながら、ペンや筆を走らせます。その集中力にいつも感心します。特に、粘土の作品つくりは気迫さえ感じます。今は、造形やドローイングを楽しんでいる段階ですが、実はそこに、ものつくりの原点があります。成長していく彼女の今後が楽しみです。


vol.192 えんぴつ・カフェ

えんぴつカフェ

11月8日(金)13:00~15:00・2020年3月7日(土)14:00~16:00 各務原市産業文化センター2階 第1会議室(予定)

★みんなでワイワイおしゃべりしながら、「ゼロの昇天」の書き込みを中心に。お茶とお菓子 付き。  (会場の都合により日程に変更が生じる場合があります。参加の際は必ずお電話にてご確認ください。)

人生これから!シンポジウム

2020年1月19日(日)14:00-16:00

各務原市那加福祉センター1階 集会室(予定)
参加無料

講演会「定年、そして10万時間の自由時間」
著者:上鵜瀬 孝志氏の講演会のあとは
いきいきシニアのシンポジウム

定年後にやりたいことは何ですか?

定年後はバイクを買ってツーリングに行きたい!
家族との時間を大切にしたい!
島に移住して自然と共に暮らしたい。
いつまで経っても現役で居続ける!
そんな意気込みが聞こえてきそうですが、東京海上日動あんしん生命がとったアンケートによると

5位/スポーツ 現役の間は忙しすぎてスポーツをする暇もないし、たまにある休みは家族サービスか寝て過ごすだけ・・・「いや、むしろ休日も働いてるから!!(怒)」という方も多い現状では確かに定年後にスポーツをやってみたいと思う方も多いでしょうね。(ゴルフ・テニス・ジム通いなどがトップ3)
4位/料理 一昔前までは「男子厨房に入らず」という言葉があるくらいでしたが、今は死語。男性、女性共に料理にはまってしまう人は多い。
3位/芸術 一口に「芸術」と行っても色々な種類があります。絵画はその内のひとつでしかありません。 例えば書道や陶芸は代表的な例でしょうし、お茶もそうですよね。少し趣向を変えればボトルシップなんかもそうですし、広い視点で言うとペットボトルで何か凄いものを作ってしまうのも芸術。
2位/働き続ける 「定年後の生活の安定の為」「ライフルスタイルが急激に変化するのを避ける為」「職場から頼まれたから」と、理由は様々ですが、定年後も再雇用という形で働き続けたいという人は多い。
1位/旅行 お金と時間さえあれば気軽に出来るので定年した人達に人気があるのもわかりますね。旅行の行き先として人気なのが温泉。

人生これからNOTE」参加者全員に進呈!(郵送)・薬膳料理のレシピ・ゆる体操のメニュー・歌うは脳活!・定年後の10万時間をどう過ごす?etc …など「えんぴつカフェ・スペシャル」をまとめた暮らしのヒント集。

申 込:人生これから!(当日参加もオーケー)
えんぴつカフェの問い合わせは NPO「人生これから!」
090-5638-7044(田辺)
090-7854-4561(三上)


vol.192 熱中世代 竹内 蘭さん

ひょうたん愛と地元愛が止まらない!

新しい風で養老の町を元気にする NPO法人ヨロスト  竹内 蘭さん(養老郡養老町)

 若い時に地元養老を離れ久しぶりに戻ってきた竹内さん。町に活気がなく、何か盛り上げたいと思い町を見ると唯一の特産であるひょうたんがあった。しかし栽培加工者の高齢化などから、途絶える寸前だった。なんとか繋げたい、それには自分もひょうたんを知ることと思い自分で栽培から加工までやり始めたのが8年前。それ以降、自らひょうたんをかぶり、ひょうたんマダムのキャラクターでひょうたんの魅力を広める活動、ひょうたんランプ作家と、まさしくひょうたんに囲まれた日々を送っている。
 栽培してみるといわゆる「いい形」のひょうたんを作るには栽培の過程で薬を使ったり、かなりの手入れが必要だった。苦労してできた実も、何百個と採れる中で本当にいいひょうたんは数個しかない。形の良くない物は商品化されず、コスト面の問題も見えて来た。
 「よくあるような、茶色くて房をつけて座布団に置く、という商品では、今後はそんなに売れないだろう。産業、文化として受け継がれていくには?特に若い人や子どもたちにアプローチするにはどうしたらいい?と模索しているうちに、すっかりひょうたんにはまって、瓢道に足を踏み入れた、という格好ですね。」と、ちゃめっけたっぷりに笑顔を見せる。
 地元で昔からひょうたんの栽培・加工をしていたおじいちゃんたちは、竹内さんのことを小さい時からよく知っている人たちでもあった。分からない事やコツを教えてもらえるベースはあった。

第42回全日本愛瓢会全国展示会での金賞受賞作品「ひょうたんランプ・ふくろう」。古代のものが好きで、アイヌのイメージで描いた。

「ただ最初にひょうたんを頭に冠ってやり始めたときには、あいつは何なんだって。(笑)ふざけているように見えたでしょうけど、私としては考えて考えた結果。ぱっと見てあれは何だ!って関心をもってもらうための作戦だったんです。その結果いろんなところに呼んでいただいたり、マスコミにも注目していただいて、それを足がかりに学校に行くこともできたので、我ながらいい作戦だったなと思います(笑)。」

 「ひょうたんの素晴らしさを語るにはきっと3時間くらいかかりますよ。まず、1点目には歴史の深さの面白さがあります。人類が一番最初に栽培を始めた植物のひとつと言われています。日本には縄文時代から、土器を焼く技術ができる前に、生活の用具である器として身近にあったんです。もうひとつは、アートの素材としての面白さ。木よりも柔らかくて加工が簡単なんですね。女性でも子どもでも比較的簡単に穴を開けたり、扱いやすいんです。転がったりしても割れませんし、とても軽いんです。このなんともいえない可愛らしい形にいろんな発想が湧いてきたり、素材としての面白さというのも魅力です。」

 養老町全部の小学校にひょうたんの苗を配ったり、春の植え付け、秋の収穫、冬に加工、と一年を通じての学習として学校へ教えにいったり。そんな活動を地道に続け、今や養老町では、「ひょうたん、やったことあるよ」という子がほとんどというまでになった。
 「ワークなどで初めてみた!とか面白かった!と言ってもらえるとああこれでひょうたんチルドレン増えた!って(笑)。『早期瓢育、英才瓢育』って言ってるんですけど小さい時からとにかく、ひょうたんをネタに遊んでもらいたいです。昔からひょうたんを作っていたお年寄りの方に教えていただいくとか、世代間交流にもなりますし。本来はそうあるべきだと私は思うんですよ」
 丸いフォルムのひょうたんに触れるとみんなが笑顔になる。養老の町がそんな笑顔でいっぱいになることを竹内さんは願っている。

たけうち らん●プロフィール大学進学を機に東京、就職で大阪と地元を離れてくらしていたが、2011年養老町に戻り、まちづくりの活動を始める。13年にまちづくりグループNPO 法人ヨロスト設立。14年養老瓢箪工房エイト8を開業しひょうたんランプ作家として活動。現在工房は休業しているが、また再開したいとウズウズする毎日。


vol.192 ボーダーレス社会をめざして vol.51

NPO法人オープンハウスCAN 理事長 伊藤佐代子

忘れられない人

「伊藤さんに出会えたから、今の僕がある。」とお姉さんに話された1週間後に頭が痛いと緊急入院をし、帰らぬ人となられましたAさん。12,3年ほど前の話です。「障害基礎年金を取りたい」と相談に来られたのがご縁でその後、家事援助に入るまでのお付き合いになりました。家事援助に私が行くと、カーテンを少し開けて私が来るのを待っておられるようなお茶目な方でした。障がいが軽いため一人暮らしをし、ずーっと年金はもらっていらっしゃらなかったようです。
 障害基礎年金は自己申請ですので、申請しない限り頂けません。高齢になり力仕事ができなくなったため、生活が成り立たなくなり、数度、年金申請されたようです。しかし、却下されどうしたらいいのか?と私の所へ。手助けをして下さるきょうだいさんが一人いらっしゃったことが、彼にとって幸せでした。いろいろ年金申請のことをお話しし、その後再申請をし年金が頂けるようになりました。年金は1か月約65、000円。とても喜ばれました。
 障害基礎年金は、誰もが生活ができなくなったからといって申請すればもらえるものではありません。小さい頃、特別支援学級に通っていたなど、障がいがはっきり分からないと年金は頂けません。審査は厳しいです。Aさんにとって、年金は恵みのお金だったに違いありません。ヘルパーとして働き出した私と部屋の掃除をする、布団を干す、洗濯をするなどなど、いろいろな家事を一緒にしました。お料理は、ご飯を冷凍することをご存知なくて、お教えしたり、冬にはお鍋をすると2日くらいはお料理をしなくても食べられますよ等、安くて簡単に栄養を取れる方法を二人で考えていきました。
 ある日、Aさんの部屋を掃除をしていて、「こんなに親身に見てくれるヘルパーさんが息子にもできるといいな。心が通い合う楽しい支援をしてもらえる人に出会えるといいな」と思いました。家事援助とは言え、支援をする側、される側の関係ではなく、ひとりの人と人の出会いです。信頼される人にならなくちゃいけません。現在、Aさんは、無縁墓地に埋葬されています。今でもそのお墓の近くを通った時は、「お元気ですか?」と寄ってきます。亡くなられた時は、どうして○○家の墓というのに入れてもらえないの?と割り切れないものがありましたが、気軽に立ち寄れるお墓でよかったなと最近は思っています。
 10年ひと昔。時代は変わり、お墓事情も変わりました。最先端のお墓の選択だったのかもしれません。Aさんが残して下さった言葉は、私にとっては宝物になっています。


vol.192 ここいく日記 はじめの9歩!

全国夏季セミナーでの発表

一般社団法人 ”人間と性”教育研究協議会主催 「全国夏季セミナー近畿大会in京都」の分科会にて、普通のお母さんたちの集まりの私たち「ここいく」が発表 ?!今回のここいく日記は、「ここいく」のこれまでの軌跡と分科会での発表のことをお伝えします。

今大会のテーマ
いつでも どこでも だれでも 大切にされる性の学び
–あらゆる暴力をのりこえる包括的性教育の希望–

 「包括的性教育」とは?どういう意味かわかりますか?
 性器・セックス、妊娠・出産のことだけでなく、性を通して人との関わり方や相手の立場を考えることも含めた性教育。そして、子ども・若者が自分で考えて決められる力を育むことを目的としています。残念ながら、日本の性教育は遅れていて、この視点での性教育はまだまだこれからという現状です。
 分科会発表の前日に聞いた田代美江子先生のお話は、世界的な性教育の指針を基にした「包括的性教育」について。
 このお話を聞けたことは大きな学びで、私たちがお母さんとして子ども達に届けたい!を原動力に日々悩み考えて積み重ねてきた内容が、まさにこの「包括的性教育」になっていたということに気付きました。最初からそこを目指していた訳ではなかったけれど、現状を見つめ、伝えたいことを選択してきた過程でそこにたどり着いていたのです。
 今まで自分たちがやってきたことは間違ってなかったんだと自信を得ることができ、とても嬉しく思いました。そして、分科会の発表の前日にこの話を聞けたことは奇跡的で、大きな意味があると感じました。

 私たちの授業はお母さん目線で、伝える内容は科学的なことだけではなく、母としての想いを乗せる。それは、子育てを通した生活の中での不安や悩みごと、「うちの子、男の子だけどピンクが好きなのよね。」「行動が他の子と違うのが心配」とか、思春期になり、「異性に興味がでてきた」「体が変化してきている」などを、授業に組み込んでいくこと。伝え方は、言葉や表現方法にこだわり、「子ども達に幸せに生きて欲しい!」「加害者にも被害者にもなって欲しくない!」を軸にマイナスでいやらしいイメージではなく、当たり前のこととして伝える、前向きで明るい性教育です。
 母の想いを乗せることについては、様々な環境で育っている子どもたちがいる中で、「この言葉の使い方はどうなのか?」「親を知らない子どもたちは、母の想いが強いメッセージをどう受け取るのか?」などという問いに、その都度悩み考えて授業を作ってきました。
 これらの過程で、包括的性教育にたどり着いたのであれば、発表では私たちらしい授業にたどり着くまでの道のり 「学びを得て変わってきたこと」、それでも「どう伝えるかを迷っていること」とや、これから「何を大切にしていくのか?」などの想いを発表で伝えるべきだと思いました。
 とにかく楽しそうに発表するメンバーを見て嬉しくなりました。そして、分科会発表に合わせて作成した「ここいく」ソング 「生まれてきてくれてありがとう」の曲に合わせて、私たちの9年間の軌跡を動画にしたスライドショーも発表。

田代先生が講評の中で、『よく勉強していますね。そしてよく話し合っている。親を知らない子が、お母さんたちの想いに触れて「親っていいなぁ~」って思ったという感想、そういうこともあるのね。現場の声を聞きながら変わっていく姿、気付いたら包括的性教育になっていた。これが「包括的性教育」。ここの分科会で良かったわ。』と、言っていただけたことがとても有り難かったです。

ここで得た、学びと気づきと勇気を糧に今後、「ここいく」はもっともっと進化していきます!新しい「ここいく」に期待していて下さいね。

担当:ここいくメンバー・中村 暁子でした。


vol.192 菌ちゃん野菜応援団 vol.13

今年の夏も暑かった!!

刈っても刈っても生えてくる草に野菜が負けないように、毎日畑に通いつめ。

それでもあの勢いは半端なかった。。。

そんなエネルギー満タンの草を堆肥にした畑からは子どもの背より大きく伸びたズッキーニ、3日に1度大量にとれるししとう、真っ赤に色づいたトマトやピカピカのなす、キュウリ、おくら等夏の恵みをたくさんたくさんいただきました。

みんなで収穫したり、バーベキューをしたりして多くの方に畑に親しんでもらえたなと思ってます。

「野菜がこんなにも身体に染み渡るって初めて知ったよー」という嬉しい声も。

「俺はあとからでいいからさ、子どもんたに先にわけたって」なんて言いながらずっと火の番をしてくれた小学生の男の子も。

畑仕事はキツいときもあるけれど、こんなドラマが垣間見れるからやめられない。

これからは冬野菜の植え付けに入ります。

今年の冬はどんなドラマが見られるかな。

菌ちゃん野菜応援団とは…
菌ちゃんとは、土の中にいる土壌微生物のこと。土に混ぜた生ごみを菌ちゃんが分解し、発酵熱で土がおふろのように温まることに、子どもたちはびっくり。さらに、菌ちゃんがたくさんいる土で育った野菜のおいしさに、またびっくり! 
菌ちゃん野菜応援団は、子どもたちが野菜づくりを通して、目に見えない微生物の存在に気づき、いのちの循環や健康の大切さを感じていくプロセスを体験しています。興味のある方は、東海支部へお問い合わせください。(070-2626-6675各務)