産廃に揺れた町で
静岡県熱海市で7月3日に起きた大規模土石流。真っ黒な濁流がまるで生き物のように建物をなぎ倒していく映像に戦慄を覚えました。犠牲者は26人を数え、1人は行方不明のまま。静岡県は、流れた土砂の総量が約5万5500立方メートルで、そのほとんどが盛り土だったという解析結果を公表しています。リニア中央新幹線が計画されている沿線の多くの住民が、この事故を「他人事」とは思えないのも無理はありません。全体の86%がトンネルとなるリニア建設では東京ドーム約45杯分5680万立方メートルの残土が発生して多くが盛り土になり、なお約3割の受け入れ先が確定していないのです。 井澤宏明・ジャーナリスト
きれいなところだけど
熱海で行方不明者の捜索活動が続いていた7月10、11日、岐阜県御嵩町でリニアの残土処分場の住民説明会がマスコミなど報道陣に非公開で行われました。
JR東海によると、町内で掘削する美佐野トンネル、日吉トンネルから発生する残土は計約90万立方メートル。そのうち、自然由来のカドミウムやヒ素などの有害な重金属が混ざった「汚染土」(JR東海は「対策土」と呼んでいます)を含んだ約50万立方メートルを町有地約7ヘクタールに、残り約40万立方メートルを民有地など約6ヘクタールに埋める計画です。
「汚染土」は2枚の遮水シートと3枚の不織布を交互に重ねて覆うことで有害物質が漏れ出るのを防ぎ、周辺の水質をモニタリングしていくとしています。
会場からは、熱海の事故を受け、山中に盛り土された残土が下流の住宅に被害をもたらすのではないかと心配する声が上がりました。また、残土処分場の近くを流れる押山川から可児川、木曽川へと有害物質が流れ込むことによる飲料水や農業への影響を懸念する声もありました。
隣接する可児市では2003年、高速道路「東海環状自動車道」工事で出た残土に含まれていた黄鉄鉱による水質汚染で、稲作ができなくなる被害が起きています。
残土処分場候補地は絶滅の恐れのあるハナノキなど希少植物の群生地。ところがJR東海は説明の中でそのことに触れませんでした。町の生物環境アドバイザーを務める女性は「今、伐採して埋めようとしているのは、町に 残された唯一の自然豊かな土地。JRさんはこの土地の写真を示したうえで、『こんなにきれいなところだけど、町民の皆さん(残土処分場にして)いいですか』と尋ねてください」と呼びかけ、説明に不信感を露わにしました。
消極的な賛成
9月9日に開かれた御嵩町議会本会議。町有地を汚染土を含んだ残土の処分場にすることについて渡邊公夫町長は「受け入れを前提として協議に入りたい。反対の声はあるが解決策はない。立場としては消極的賛成です」と表明しました。その理由について、かつて町内で計画されていた産業廃棄物処分場問題を持ち出し、「我々は『なぜ全国の廃棄物を御嵩で』と言ってきたので、『御嵩のもの(土)をどこかへ持っていけ』と言うのでは論理に整合性が無くなってしまう。整合性を保たなければ、一生懸命取り組んだ産廃問題を否定することになりかねない」と説明しました。
同町では1996年、産廃処分場建設を巡り当時の柳川喜郎町長が襲撃され翌年、建設の是非を問う住民投票で受け入れを拒否した経緯があります。
JR東海が2017年6月、地元に行った説明では、汚染土の持ち込みには言及せず、町有地に汚染土を持ち込む案は19年8月になって示されました。町は昨年5月、「環境保全策が不十分」としてこの提案を拒否。一転して容認に至った背景として町長は「地盤工学、水環境学、土壌環境学の専門家の話を聞き、一定の理解、納得ができた」と説明しました。
産廃問題に揺れた遺産として、同町は独自の環境基本条例や希少野生生物保護条例を策定してきました。その環境基本条例の前文にこうあります。「住民投票を実施した結果、町民の大多数が『大量生産・大量消費・大量廃棄のシステム』より『健康に生きていける環境』を選択しました。『カネ』より『命』の選択でした」。その理念を維持できるのか、同町は正念場を迎えています。